修羅ら沙羅さら。——小説。1
この小説は今の、新型コロナの騒動の中の物語です。
三年前に、生まれて初めて書いた「蘭陵王」という名の短い小説があって、それを新たに書き直したものです。
本編は二部構成になっています。
一部「蘭陵王」、二部「夷族」、それから本編以外に短い断片を集めた雜部からなります。
すくなくとも、予定としてはそうです。
一部は二部を起動させる爲の序章のようなものになっています。
もっとも、いま出来上がったのは一部の方だけに過ぎません。
一般的な小説のかたちを考えれば、非常に特殊かつ異端的なかたちで書いてあります。
これにはあきらかな元ネタがあります。
仏教の経典の一部に見られる形式です。
即ち、散文、頌(偈)、散文、頌(偈)のくりかえし。
それと、万葉集又は古事記等の表記法です。
但し古典回帰というわけではさらさらなく、又、奇をてらったり実験作ぶったりしたわけではありません。
既存の文学様式を離れて、生きて生き感じ思うヒトの日々のヒトの日常に、もっとも近いかたちに添う表現を望み、テクストがそのままヒトの目の中の世界をなぞっているかのような、そんなヒトの言葉の集合体を望んだのでした。
その意味では、むしろ、いまどき非常にナイーブな、子供っぽ過ぎる、結局は莫迦馬鹿しく無意味な意図から出来上がっています。
一部は三章立てになっています。
内容は、外国暮らしの男が新型コロナ騒動下で見聞きする生と死の物語。
うち、第二章はふたつ書かれるはずです。
ひとつは今回掲載されるもの。
もうひとつは、別に、これから書かれる、ある画家をめぐる物語。
二部はその男が、謂わば彷徨い出た荒れ野で月を見上げる話。
もっとも、二部の方は、頭の中ではできているものの、実際にどうなるのかまだよくわかりません。
そもそも一応のかたちを成しはした一部の方も、はたしてこれで完成しているのかどうか、自信はありません。
たぶん、おそらくは、いまだ未完成の粗ら書きのようなもの、なのかもしれません。
いずれにせよ、こんな風変わりなものを作る変人もいるのだなくらいに読んでいただければありがたいです。
又、以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第一
かくに聞キゝそノ時期壬生友則異國ダナン市に住シき是レベトナム中部ナる觀光都市ナり妻と俱なり此ノ人現地ノ人なり壬生そノ日庭にひとり出でゝひトりなりキ妻ノ家の庭なりかクて壬生思はずに氣附きゝアボカドの若樹マンゴーの大樹の葉の翳りにいツの間にかニ壬生ノ背丈よりモ遥かに髙ク伸びてヲりたりき壬生ひとりひソかに觀喜せりかくて頌して
あなたに話そう
秘密めかして、あえてそれが
まさにあなたに、
内緒話だったかのように?
ひそめた、あくまでひそめとおした聲を
誰にも知らせない、そんな
さゞめいたひそひそ聲を、飽く迄
なにを隱す氣も無い儘の
擬態しおおせたままで?
その、泡沫めいた玉散るしぶきに
これ抑市場で買ひたるアボカドなりき妻ノ食シたル後の種ヲ壬生戲レに植ゑたりキか乃時壬生まサかにモ芽吹クとハ思はざりきユゑにそバなるマンゴーが樹ノ事など考慮せざりてかくてたゞ放置してかくて忘れたりきアボカドが種土にみヅからふれみづから新芽を出シ又アボカドが種土の水にみづからふれ美豆迦羅新芽を出してかくてすデに三年の年經り弖阿利支是レ生ヒ伸ビたるアボカドはすでにシて大樹なるマンゴーの茂レる葉と枝又葉ゝと枝ゝにフれナんトすにも達シき稚樹が葉又葉ゝすでに綠りなりテ匂ひたつほど綠りなりてかくて綠りなりキ故レ壬生雙つノ木そノ儘にこスれ合ヒながらに葉ト枝の葉ゝと枝ゝの葉生ひ生ひにおいたつほどに枝ゝノ翳りをにおいたつほどに突キ破りて行くとノみ思ひヲりき而れドにおいだつほどまでにアボカド此の先住のマンゴーをにおいたつほどまでにも避けて横に縱ににおいたつほどに伸びテ自在ナりきカくテにおいたつほどの棲ミ分けて枝と葉においたつほどに枝ゝと葉ゝノ巧妙を空間ににおいたつほどまでにも曝しき此レら互ヒにふれズして伸ビにおいたつほどの邪魔せずシて伸びテ瑕においたつほどに附けずにシて伸ビ阻害しアはズに伸びタりゆゑに壬生においたつ心に思ひテ曰ク樹木たちには意識があるに違いない。…かれらに、…彼等にだけ固有の、彼等に固有の彼等の彼等だけの意識が。その、…俺には意識とも思ない意識、…そのかたちが。そして彼等固有の言語。…かれ等にだけ固有の、…言語。俺にはもはや言語とさえも思えない言語が。我々が思ってもみなかったかたちで、不意の。不意打ちの言語が。…わたしたちにだけ、まさにわたしたちにとってだけ不意の抜き打ちだったようなかたちで言語は、…それ。まさに鮮明に、…それ。——と壬生ひとりにおいたつように或は、意識と言語とのみだけが可能にしていたとは思えない。それ、交流を。交歡を。ふれあい、ささやきあい、想いをいだき、いだき合うことを、それ。なにかを思うことを。それ。その、かくてかクなりてかクて頌シて
あなたに話そう
ひそめられた聲に似て、まさに
色づく
まさにあなたの爲に話そう
その、それらさまざまにも
ひそめられた聲に似て色づき繁茂した、或は最早
それは自生していたというべきだったろう。
色のある——その色といろの
或はもはやみだらなまでにも?
その、放置
ひそめられた聲に似て、まさに
色づく
その、放置されたアボカドの木は
それら。…好き放題に色づいたいろの、色といろと色の
綠りのみだらなまでの
わたしの手のひらの上からこぼれちたと云うだけであって。飽く迄もそれは
その色彩。色の微細な翳りの
光は音も無く自在な乱反射をさらしていた
むしろあくまでも野生の樹木というべきだっただろう
繁茂する綠りの色の。色と色の
単に、單に綠りと言葉はそれを謂う
何を云えると
ひそめられた聲に似て、まさに
色づく
何を云えるというのだろう、それに對して?
いまだに繁殖しない綠りの。
その色彩。それ、色といろと
わたしはそう思ったのだった。
色彩。花のないままに。花も無い儘に拡大してゆく
色といろの。色づく。色づき、色と色の
假りに、それらがわたしのかたわらで、——わたし。…と、わたしのユエンの傍らで?
その色。向こうには垂れさがる蔦が。色づく
繁茂した綠りの
わたしの?…彼女の家族たちの傍らで?——わたしのそばで
その色彩。光沢、さまざまな。
雨は降っていなかった。その朝には
わたしには一切の關りをゆるさないそれらの自由の、まさにそれらの自在の。
背後に鳥の羽根が鳴った。
その光沢
あなたに話そう。
ないし自在の、まさに
ひそめられた聲に似て、まさに
色づく
ないし自在の、まさにそれらの自由のうちに、それらにだけ共謀された繁茂をさらしたとしても。
さまざまに散った頭上の音響は
色づく、樣ゝに
ユエンは時にわたしを呼んだ。聲を
その時、わたしの耳だけに、音響は
あるいはみだらな
生長したアボカドの木を見せる爲に。殊更にも
…綠り上の
みだらなほどの繁殖の
わたしはユエンとユエンの目の前で、殊更にも驚き、そして
ひそめられた聲に似て、まさに
色づく
そして笑った
若い木はいまだ、幹さえも綠りなのだった。
繁殖の赤裸々な。そして色の
ユエンと同じように——共謀して?
細く。わたしの身長よりは高く
色といろと色の。赤裸々な
ふたりで。ふたりだけの
しなやかに。アボカドの若い木は
色といろと色の、それら色づく
ふたりの爲に?ふたりで
且つすでに強靭な
その色彩。あるいは色といろに溶け込んでも猶
壬生は聞いた。その一瞬に風が吹いたに違いなかった。葉と葉ゝ、又は枝と枝ゝ、又は葉と枝ゝ、葉ゝと枝、そして葉ゝと枝ゝがこすれて一度鳴ったのを。庭は広かった。樹木はさまざまに散在した。それらすべてがひとしく同じ高さの葉に鳴ったと彼は思った。頭のすぐ上にだけ風とも言えない大気の動きがあったに違いなかった。見上げた。日に葉が照った。かくて偈を以て頌して曰く
ほほえむしかないほどに
笑う。時には
あざやかなかたちと色の匂い立つのを見た
耳元で、ユエンが
いつかの雨の朝にも
わたしにだけ
ひろい庭の
内緒にしたようなかすかな鼻で
その隅に、真ん中に、通り道を圍んでまでも
笑い聲を聞かせて
樹木はおなじような色の
すぐ背後で
さまざまな固有の色の固有をさらす
より添うように
ほゝえむしかないほどに
その耳も
その雨の匂いの
たしかに聞いていただろう
あるいは雨にぬれた葉と雨の匂いの中に
飛沫にゆらぐ
その冴えた臭気に
葉こすれの音を
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