長編小説:完全版

これは、長編小説をまとめた一覧です。

《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。
Prelude in A mainor, 1913, Joseph-Maurice Ravel


この小説は、転生をモティーフにした長編小説です。


個人的に愛してやまない《浜松中納言物語》をベースにした、というより、あんな、夢と転生を基本素材にした物語を自分で書いてみたかったのです。

同時に、物語の全体としては、ギリシャ神話の一部に典拠しています。

いわゆるオルフェウス教団、…ムネーモシュネーの泉にふれることによって、つまりは現在過去未来のすべての記憶を取り戻すことによって、輪廻転生の輪から救済されようとした、といわれる変り種の宗教団体ですが、その周辺に形成された神話のいくつかをベースにしています。

この小説の主人公たちはすべての現在過去未来を知っているし、そして、なんども自分たちが転生していることを知っている、のです。

とはいっても、ファンタジーというよりは、かなりぐちゃぐちゃの哲学小説、といった感じのものです。

思い切りエロティックで、限りもなく繊細で、どうしようもなく純で切なく、救いようもなく残酷で、にもかかわらず美しい。

そんな作品を目指しました。


全体は、大きな5連作になっています。


《雨の日の風景》 …中篇連作

   1. ...underworldisrainy

   2. 堕ちる天使

   3. scherzo; largo

   4. 堕ちる天使

   5. silence for a flower


《それら花々は恍惚をさえ曝さない》 …長編小説


《紫色のブルレスケ》 …中編小説


《わたしを描く女》 …長編小説


《in the sea of the pluto》 …中篇連作

   1. ザグレウスは憩う

   2. カローン、エリス、冥王星…破壊するもの

   3. ディオニュソスの女たち

   4. カローン、エリス、冥王星…破壊するもの

   5. ハデス紀の雨


《雨の中の風景》

Ⅰ. ...underworldisrainy



この小説は、全体の序曲になる中編小説です。

単独でも読めるようになっています。


舞台はベトナム、中部の町ダナン市。

亜熱帯気候で、韓国人主体の外国人旅行客と、現地のダナン市民たちが、お互いに交じり合いはしない生活を営んでいる、観光都市です。

そこに在住している日本人の《私》が見た、ある叙情的な風景、といったものでしょうか。

そもそも、バナー・ヒルというよく知られた高山上の遊園地に行った、その時の印象を元に書いた短い中篇小説だったのですが、規模が拡大して、大きな連作小説になって仕舞いました。

連作全体としては、日本の《浜松中納言物語》と、いくつかのギリシャ神話、あるいはオルフェウス教団の転生の概念をもとに、話は進んでいきますが、この序曲的な中篇では、まだ、そういった話はでてきません。


愛児の死と妻の父親殺しの物語が、記憶として語られるだけです。

どちらかというと、叙情的で、やさしい文体を心がけたつもりです。

ヴォリューム的には、たぶん原稿用紙で130枚くらいだと想います。



Ⅱ. 堕ちる天使



これは、渋谷を舞台にした、19歳の少年と、ふたつ年上のある異国人種の女性との破滅的で、痛々しい恋愛の物語です。

時代的には、90年代初頭および現在です。

いきなり、その異人種の褐色の肌の少女が、渋谷の高層マンションから飛び降りるところから始まります。


《移民問題》というのがありますが、私は、日本のそれはもっと複雑なものだと想います。いまや、日本くらいその《移民》と呼ばれる人たちによって成り立っている国も珍しいわけで、そこには新しい差別の問題をも含めて、非常にデリケートな問題があふれています。個人的には非常に興味が在る問題で、作品の中でもなんども取り上げてきました。

もっとも、この作品ではまだそのあたりのことには直接ふれられてはいません。単に、人種としてはフィリピン人と呼ばれる必然性がある(つまり、お父さんもお母さんもフィリピン人だから)、日本生まれ日本育ちのある《日本人ではない》女性の、ある、どこまでも個人的な物語が、恋愛小説として語られるだけです。


恋愛小説とはいうものの、救いようもなく行く当てもない心情のかさなりをこまかく描いた、基本的にはストーリーらしいストーリーもないものになっています。

突き詰めて言うと、ある少女が渋谷道玄坂の高層マンションから、誰に向ってでもなく花々をただ投げつける、という物語です。


だれかを愛する、と言うこと自体に想い悩んだという方になら、少しは気に入っていただけるかも知れません。


ヴォリューム的には、たぶん原稿用紙で170枚くらいだと想います。



Ⅲ. scherzo; largo



かつて性的な虐待を受けていた美しい少年が大人になってから、かつての傷の記憶をめぐらし、かつての傷にふたたび出会う物語です。

最初に断っておきますが、若干の不愉快な描写も出てきます。どんな事にかかわるものかはだいたい、上記一文で想像していただけると想います。


愛と、憎しみ。

傷と、傷の発見と、嗜虐。だれかに傷付いていることと、だれかを傷つけること。

許すことと破壊すること、…など、相反するもろもろの心の動きを追いかけようとした作品です。


内容の詳細については、作品自体の言葉で語らせるしかないと想っているので、あえてなにも言いたくない、…と、言えればかっこいいのですが、そういうよりは、伝えようと、必死になにか言おうとしてもうまく言えなくてなにも言わないで済ましてしまうだけ、なので、内容については、なんとも説明し難いのですが。…


これだけではなくて、どの作品も、本当は、せっかく書いたので、みなさんの興味を引く宣伝文句と言うか、煽り文と言うか、自己解説みたいのを書いて、プロモーションと言うか、そういうのをしっかりさせていただいて、一人でも多くの方に読んでいただきたいな、と想っているのはやまやまなのですが、なんか、どれも、作品を語ろうとすると、うーん…と、いつも口籠って終わってしまうのです。


読みやすくもないし、なかなか、理解され難い作品だと想いますが、読んでいただいて、大丈夫だよ頑張ってね、と、励まされて与えられる勇気というのとはちょっと違う、むしろ、がけっぷちで決然とするしかない、といった、そんな追い詰められた勇気を、なにかの傷をうけたことのある人に感じていただけたらいいな、と、想っています。

それでも美しいと、もはや絶望さえなく断言する、みたいな。…うまく言えませんが。


この作品あたりから、夢と転生の救済の主題がゆっくりと生起し始めます。


ヴォリューム的には、原稿用紙換算でたぶん260枚くらいだと想います。



Ⅳ. 堕ちる天使



これは、先の《Ⅱ.堕ちる天使》の続編、というか、ようするに同じ物語です。


物語の内容としては、人種的にはフィリピン人なのだが、日本生まれの日本育ちというある女性がいて、そして、その、風俗街と薬物に身を持ち崩していく彼女を愛してしまった《私》が見い出す悲しみに染まった風景とは…と、言った感じのものです。


最初に言っておくと、破天荒なストーリー展開などはありません。

ただただしずかで、壊れそうに危うい心象風景が続いて、見あげられた空はいつか夕焼けて紅蓮に染まっていた、というだけの物語です。


結局のところ、これら連作《雨の中の風景》は、いわば《コロヌスのオイディプス(ソフォクレス)》、つまりは自分の宿命を認識して自分で両眼を引き裂いて以降のオイディプス王の物語に寄り添おうとした物語などです。


これから何かが起こっていくとか、何かが崩壊していくとか、いずれにしても生成の物語ではなく、すべてがすでに起こってしまった後、すくなくとも、眼差しの主にとっては、そう認識されざるを獲ない、いわば《最期の風景》を見つめる眼差しの物語。

もう、なにも見い出すべきものがないない《最期の時間》の中に、彼らは何を見つめるのだろう?という物語です。


短い小説で、原稿用紙換算の、100枚とか、110枚とか、90枚とか、そんな感じだと想います。


Ⅴ. silence for a flower



この小説のあらすじをざっと書いてしまうと、

ある日の朝、《私》のうちに《盗賊》の少年が入っていて、そして彼はまるで少女のように華奢で、美しく、そして知性を感じさせない。


私はその妻がこの少年をかならずしも排除するわけでもなく身辺に置いて戯れるばかりなのを、いぶかるでもなく見つめている、…というだけの、筋にしてしまうとなんでもないなのですが…


これには、《オリジナル版》と《改訂版》があって、

《オリジナル版》は、このファイルで始めて公開する、もともと書いた、時系列がバラバラにされたもの。

《改訂版》はブログに載せたほうの、時系列を追っているヴァージョンです。


内容としては、つぎの《それら花々は恍惚をさえ曝さない》という、長編小説を準備する序曲です。

そして、この、次の小説から輪廻転生と、ギリシャ神話モティーフの物語が、生起していくことになります。


かなり、ぐちゃぐちゃなその展開の前の、…あるいは、後の、木漏れ日の中の一瞬の物語、で、あろうとしたのが、この《silence for a flower》という物語なのです。

官能性と、なんか、ばかばかしいほどに純な心の繊細さを求めた、そんな、48の断片からなる小説です。


ヴォリューム的には、原稿用紙換算の150枚とか、140枚とか、130枚とか。…

100枚以上、150枚未満、みたいな?

…書式の問題で、うまくいえませんが。


読んでいただいて、気に入っていただければ嬉しいです。

1.

《それら花々は恍惚をさえ曝さない》

結構長くなって仕舞った連作《イ短調のプレリュード;モーリス・ラヴェル》ですが、

実は、この小説から、いよいよ本編に入ります。


ここにおいて、初めて転生の主題が起動していくのですが、

最初に書いておくと、僕は前世とか生まれ変わりとかスピリチュアルとか、

既存のそう言ったものには全く興味は在りません。

むしろ、既存の穏当な存在論を全部なぎたおして仕舞う装置として、

ここでは使用されています。

あくまで書きたかったのは、たとえば、野性の世界、なのでした。

人間の論理的、倫理的な都合など関係なく、

好き放題に荒れ狂う自然だの宇宙だのの、いわば野生のものの息吹き、ですね。…


物語は、


ベトナム、ダナン市、その熱帯の町に住む日本人の《私》のたどる転生と生と死の物語。

ある日、ブーゲンビリアの花々が咲き乱れる《私》のうちに偸みに入った《盗賊》の美少年、ミー。

彼は《私》がかつて愛した女の転生した姿であるに違いない。

彼を取り巻く、破滅型の《盗賊たち》の暗躍。

美少年が《盗賊たち》に加えさせた集団リンチ、彼に寄り添う美貌の女。

やがて美貌の女の姉の結婚式に、呼ばれた《私》に美少年は、口付ける。…


…的な。


あらすじにして仕舞うと、本当になんか、どうしようもないのですが(笑)

以下のリンクの《完全版》は、いろいろなところ、いろいろなことに気を遣わなければならないブログ版より、かなり好き放題に書いてあるバージョンです。


便宜上、二分冊になっていますが、そのまま続く小説で、分割には何の意味も在りません。

単に、容量とか読みやすさを考えてわけただけです。

分量的には、原稿用紙換算で600枚とか、400枚とか、そんな感じです。行変えのインナーヴォイス的なものの挿入を多用してあるので。…

それなりのヴォリュームがあります。


気に入っていただければ、嬉しいです。

2.

《紫色のブルレスケ》

小説は、全体の中間地点にいたります。


《私》の妻である《フエ》の物語です。


ベトナムのダナンという海辺の町に、ある少女が住んでいる。

その彼女の、いわゆる禁忌にふれた恋愛のいくつかと、彼女が見出す《死者たち》の映像

未来の記憶、そして、戦争に明け暮れなければならなかったベトナムの近代史とが絡まりあって

かなりぐちゃぐちゃな物語になっていきます。


および、《トゥイ》という、知的障害を持った従姉妹の物語りも絡まって、

テクストは読みやすくはないのかもしれませんが、言葉が乱反射していく、それそのものを

そのまま感じ取っていただければ嬉しいです。


《フエ》の従姉妹の《チャン》という少女が、自分で両眼を抉り取って仕舞うまでの、ある一家の物語です。

結構辛辣な描写も出てくることは、最初にお断りしておきます。


目指したのは、痛みを残す小説、…というか。

《世界》と、そういうしかない僕たちの生存環境そのものについて考えると、

あまりにも巨大で分裂していて、それ自体多元的なものだ、という気がします。

100年とか200年とか、挙句の果てには1000年とかの時間性のなかに生きている樹木には樹木の必然があって、

人には人の、猫には猫の、微生物には微生物の、あるいは、それらを構成した細胞の群れそれぞれにはそれぞれの、

異なった《世界》が互いに共有し獲るもののなにもない状態で、にもかかわらず同時に、同じ場所に存在している、と。

それって、もはや《痛い》とでもいうしかない、すさまじい現状だ、と、想うのです。


そんな、《痛み》に晒されようとした小説、です。


三分冊になっています。前半、中間部、後半。ようするに、マーラーの交響曲とかの、

5楽章構成、真ん中にスケルツォ、という形式をなぜか踏襲しようとしたので、三部形式…と、

それ以外に意味はありません。

基本的には頭から最後まで連続している物語です。


ヴォリュームは、原稿用紙換算400枚から500枚くらい。

読んでいただければ、とても嬉しいです。

3.

《わたしを描く女》

小説は、三部作の後半に入ります。

90年代の歌舞伎町と、渋谷区千駄ヶ谷の、明治神宮付近のあたり、…といえば、委しい方ならすぐにわかってしまう界隈なのですが、あのあたりを舞台にしています。


《堕ちる天使》の《理沙》が自殺した直後、《私》がホストになっていく過程の話と、ホストになって数年後に出会ったアパレル会社の女社長との物語、その二つが同時進行していきます。


《私》は《理沙》が自殺したあとの彼女のマンションにいまだに住んでいる。もうすぐ立ち退かなければならないが、そんなときに、クラブである同性愛者の青年と出会う。

その、《慶輔》という名の青年は歌舞伎町のホストで、独立を控えた彼は《私》をホストに誘う。

数年後、《私》は《愛》という名の、あるアパレル会社社長に見初められ、そして、彼女のマンションの一室で彼女の失語症の妹《葉》の絵のモデルになるのだが、…という筋立てです。

そこに、《ハオ》という、このあとの物語で大きな役割を果すことになる人物の暗躍が絡みます。

《ハオ》の物語は、歌舞伎町の雑居ビル火災事件をアイデアとして使っています。


転生の物語は、ここにおいて一気に本格化します。

普通の意味で、おもしろい小説なのではないか、と想います。

短くはない小説ですが、読んでいただければ嬉しいです。


分量的には、だいたい、原稿用紙で650枚とか、そのくらいの長さです。

終章

《...in the sea of the pluto》

Ⅰ. ザグレウスは憩う



この小説から、全体は最終章に入っていきます。


基本的には、《紫色のブルレスケ》で、自分の妹を刺殺した上で、自分の両眼まで抉り取ってしまったところ《チャン》という少女の顛末。《紫色のブルレスケ》のほとんど直接的な続編になっている部分、

及び、《フエ》の祖父たる老人の葬儀の風景、さらに、《私》と《フエ》の結婚式前日の、近親姦を繰り返す姉弟の見い出す風景、…など、さまざまな記憶が重なり合って、物語が形成されていきます。


なかなか風変わりな書き方がしてあったりもするのですが、

意味を読み取ろうとしないで、むしろ、言葉の群れの意図を超えた相互反応、みたいなものを、感じていただければありがいたいです。


殺されたはずの人物も堂々と出てきたりしますが、これは、意図的なものです。

物語の全体として、今までの部分だとまだしもそれなりに整合性を確保しているのですが、この最終章はどんどんいろいろなものが崩壊していくので、かなりぐちゃぐちゃになって行きます。後には、そもそもこの《私》は生きてるのか死んでるのかとか、そういうことにもなるのですが。…

とはいえ、この序章はまだしもとりあえずはまともな世界の中で、言葉だけ狂っていく、と言う感じなのでしょうか。


ヴォリュームは、原稿用紙560枚くらいから400枚くらい。

文字数は86,000字くらい。

それほど長くはないと想います。



…以下、ブログ版とあわせて、出来上がり次第アップしていきます。

読んでいただければ、嬉しいです。