紀貫之の和歌。貫之集5
紀貫之家集
已下據『歌仙歌集三』刊行年出版社校訂者等不明。
解題云如已下自撰の集ありしこと後拾遺集大鏡などにみえたれど今のは少なくとももとのまゝにはあらざるべし
貫之集第五
戀
やまとにはへりけるひとのもとにつかはしける
こえぬまはよしのゝやまの櫻花ひとつてにのみきゝやわたらん[古今]
やまさくらかすみのまより[へたてゝイ]ほのかにも見しはかりにや戀しかるらん[古今]
よのなかはかくこそありけれ吹風のめにみぬひともこひしかりけり[古今]
よしのかはいはなみたかくゆくみつのはやくそひとをおもひそめてし[古今]
あふことはくもゐはるかになるかみのおとにきゝつゝこひやわたらん[わたる哉イ][古今]
ひとしれすものおもふときはなにはかたあしのそらねもせられやはする
なみにのみぬれつるものをふくかせのたよりうれしきあまのつりふね
つのくにのなにはのあしのめもはるにしけきわかこひひとしるらめや[古今]
ひとしれぬおもひのみこそわひしけれ我なけきをは我のみそきく
もえもあへぬこなたかなたのおもひかななみたのかはのなかにゆけはか
くれなゐのふりてつゝなくなみたにはたもとのみこそいろまさりけれ
かせふけはたえすなみこすいそなれや我ころも手のかわくときなき
こひしきやいろにはあるらんなみたかはなかるゝ音のみつそうつろふ
かせふけはみねにわかるゝしら雲のたえてつれなきひとのこゝろか[ゆきめくりてもあはんとそおもふイ]
なみたかはおつるみなかみはやけれはせきそかねつるそてのしからみ
ゆくすゑはつひ[ねイ]にすきつゝあふことのとしつきなきそわひしかりける
しらたまとみえしなみたもとしふれはからくれなゐになりぬへらなり[うつろひにけりイ][古今]
なけきこる山路はひともしらなくにわかこゝろのみつねにゆくらん
やまかけにつくるやまたのこかくれてほにいてぬこひそ[はイ]わひしかりける[けりイ]
もゆれともしるしたになきふしのねにおもふなかをはたとへさらなん
みやつかへするをんなのあひかたかりけるに
たむけせぬわかれするみのわひしきはひとめをたひとおもふなりけり[後撰]
なかきよをおもひあかしてあさつゆのおきてしくれはそてそひちぬる[ぬれけるイ]
たなはたに[とイ]おもふものからあふことのいつともしらぬ我そわひしき[かなしきイ]
もゝはかきはねかくしき[鴫]も我ことくあしたわひしき數はまさらし[拾遺]
かさすともたちとたちにしなき名にはことなしくさもかひやなからん
あふことのやま[あまイ]ひこにしてよそならはひとめもわれはよかす[きイ]そあらまし
たなはたのとしにひとたひあふことはひとめそのちのそらにはありける
まこもかるよとのさはみつあめふれはつねよりことにまさる我戀[古今]
よそにみてかへる夢たにあるものをうつゝにひとにわかれぬるかな
我戀はしらぬやま路にあらねともまとふこゝろそわひしかりける[古今]
きみこふるなみたしなくはからころもむねのあたりはいろもえなまし[古今]
あふことをつき日にそへてまつときはけふゆくすゑになりねとそおもふ
あさなあさなけつれはたまる[おつるイ]わかのみのおもひみたれてはてぬへらなり[拾遺]
あきかせのいなはもそよにふくなへにほにいてゝひとそこひしかりける
てもふれてつきひへにけるしらまゆみおきふしよるはいこそねられね[ものをこそおもへイ][古今]
わかためのあたにさりけるとしつきはおもひもなさてゆきかへりつゝ
しきしまのやまとにはあらぬから衣ころもへすして[へたてすイ]あふよしも哉[古今]
なみたにそぬれつつしほるよのひとのつらきこゝろはそてのしつくか
あひみんとおもふこゝろをいのちにていけるわか身のたのもしけなき
あふことのなくてつきひはへにけれとこゝろはかりはあけくれもせす
いせのうみのあまとならはやきみこふるこゝろのふかさかつきくらへん
いそのかみふるのゝみちのくさわけてしみつくみにはまたもかへらん
いにしへに[むかしへにイ]猶たちかへるこゝろ哉こひしきことにものわすれせて[古今]
としつきはむかしにあらぬけふなれと戀しきことはかはらさりけり
こひにのみとしはすくせとほとゝきすなくかひもなくなりぬへらなり
さつきやまこすゑをたかみほとゝきすなくねそらなる戀もする哉[古今]
あはれともこひしとおもふいろなれやおつるなみたにそてのそむらん
あはれてふことにしるしはなけれともいはてはえこそあらぬものなれ
あはれてふことにあかねは世の中をなみたにうかふ[かふるイ]我身なりけり
さをしかのなきてしからむあきはきにおけるしらつゆわれもけぬへし
あきはきをみつゝけふこそくらしつれした葉は戀のつまにさりける
せをはやみそてよりふるなみたにはものおもひもなきひともぬれけり
のへみれはおふるすゝきのくさわかみまたほにいてぬこひもするかな
きみこふるなみたはあきにかよへはやそてもたもともともにしくるゝ
ひとのみにあきやたつらんことのはのうすくこくなりうつろひにけり
あきは我こゝろのつまにあらねとも物なけかしき[おもはしきイ]ころにもある哉
をしからてかなしきものはみなりけりうき世そむかんかたしなけれは[ひとのこゝろのゆへしらねはイ][後撰]
あきのゝのうつろふみれはつれもなくかれにしひとはくさはとそおもふ
もゝ千とりなくときはあれときみをのみこふるこゝろはいつとさためす
あきのゝにみたれてさけるはなのいろのちくさにものをおもふころかな[古今]
あけたてはまつさすひものいとよわみたえてあはすはなといけるかひ
あめやまぬやまのあまくもたちゐつゝやすきときなくきみをしそおもふ
おほそらはくもらさりけり神な月しくれこゝちはわれのみそする
としをへて戀わたれとも我ためはあまのかはらのなきそ[かイ]わひしき[さイ]
天の川みつたえ[みつたえもイ]せなんかさゝきの橋をししらす[もまたすてイ]たゝわたりなん
くれなゐにそてそうつろふこひしきやなみたのかはのいろ[あきイ]にはあるらん
ひとをおもふこゝろのそらにあるときはわかころもてそつゆけかりける
あきかせにはきのしたはのいろつけはひとりぬるみそこひまさりける
あきのゝのくさはもわけぬわかそてのものおもふなへにつゆけかるらん[後撰]
きえやすきゆきはしはしもとまらなんうきことなけく[しけきイ]われにかはりて
よとゝもになかれてそふるなみたかはふゆもこほらぬみなとなりけり[古今]
あめふれはいろさりやすき花さくらうすきこゝろも我おもはなくに
いろならはうつるはかりも[はイ]そめてましおもふこゝろをしるひとのなき[えやはみせけるイ][後撰]
きみによりぬれてそわたるからころもそてはなみたのつまにさりける
はつかりのなきこそわたれよのなかのひとのこゝろのあきしうけれは
すみのえのまつにはあらねとよとゝもにこゝろをきみによせわたる哉[後撰]
夢路にもつゆそおくらし[むイ]夜もすからかよへる袖の[ねぬるよの我衣手のイ]ひちてかわかぬ[古今]
ひとめてふこと[ものイ]はいかなるみちなれはいつち[つかひイ]もゆかてはるけかるらん
しつはたに亂れてそおもふこひしさはたてぬきにしておれる我身か
さけは散るものとおもひし[をイ入]くれなゐはなみたのかはのいろにさりける
あはれてふことををにしてぬくたまはあはてとしふる[しのふるイ]なみたなりけり
つまこふるしかのしからむあきはきにおけるしらつゆわれもけぬへし
おもひあまりこひしきときはやとかれてあくかれぬへきこゝちこそすれ
降雪をゆきとみなくに[たのましイ]ひとしれすものおもふとき[ことイ]のかすまさりけり
いろもなきこゝろをひとにそめしよりうつろはんとはおもはさりしを[古今]
ちかとなりけるひとのときときとかういふをほかにうつろふときゝて
ちかくてもあはぬうつゝにこよひよりとほきゆめみんわれそわひ[かなイ]しき
はきのはのいろつくあきをいたつらにあまたかそへてすくしつるかな
はるかすみやまほとゝきすもみちはもゆきもおほくのとしそへにける
わひゝとはとしにしられぬあきなれはわかそてにしも[のみイ]しくれふるらん
しのふれとこひしきときはあしひきのやまよりつきのいてゝこそくれ[古今]
うつゝにはあふことかたし玉のをのよるはたえすも夢にみえなん
こゝろさせるをんなのあたりにまかりていひいれける
わひわたる我身はつゆをおなしくは君かかきね[あたりイ]のくさにきえなん
わすられすこひしきものははるのよのゆめののこりをさむるなりけり
ねぬるよのゆめはなみにもあらなくにたちかへりつつきみを[ひとをイ]みつるか[みるかなイ]
ほとゝきすひとまつやまになくとき[なれイ]は我[もイ入]うちつけにこひまさりけり[まさるなりイ][古今]
なけきこるやまとわかみは[のイ]なりぬれはこゝろのみこそいとなかりけれ
ゆふされはひとまつむしのなくなへにひとりある[ぬるイ]みそこひまさりける
やまひこのこゑのまにまにたつねゆかはいつこともなくわれやまとはん
ふるあめにいててもぬれぬわかそてのかけにゐなからひちまさるかな[拾遺]
ひとしれすいはぬおもひのわひしきはたゝになもとのぬるゝなりけり
ひとしれすあたしこゝろのありけれは[といへはイ]波路とのみややまてなくらん[はなるらんイ]
ゆめをみてかひなきもの[ことイ]のわひしきはさむるうつゝのこひにさりける
あひみすはいけらしとのみおもふ[こふるイ]みのさすかにをしくひとしれぬかな
かきくもりあめふることにみちしらぬかさとりやまにまとはるゝ哉
みやまにはときもさためぬもゝちとりめつらしけなくなきわたるかな
ちるときはうしといへ[みれイ]ともわすれつゝはなにこゝろのなほとまるかな
ねられぬをしひてねてみるはるのよのゆめのかきりはこよひなりけり
うつゝにもゆめにもあはてかなしきはうつゝもゆめもあか[らイ]ぬなりけり
からころもたもとをあらふなみたこそいまはとしふるかひなかりけれ
しるしなきけふりをくもにまかへつゝよをへてふしのやまはもえけり[新古今]
わひゝとのそてをやかれるやまかははなみたのことく[もイ]おつるたきかな
このころはさみたれちかみほとゝきすおもひみたれてなかぬひそなき
とりのねもきこえぬやまのうもれきは我ひとしれぬなけきなりけり
花すゝきほにはいてしとおもひしをとくもふきぬるあきのかせ哉
ひとりしてよをしつくせはたかさこのまつのときはもかひなかりけり[拾遺]
よのなかははるきぬへしときゝしかとこひにはとしもくれすそありける
しら波のうちかへすともはま千とり猶ふみつけてあとはとゝめん[よイ]
ふみかよはすをんあのいかゝありけんあまたゝひかへりこともせさりけれはやりつるふみをたにかへせといひやりたりけれはふみやきたる灰をそれとておこせたりけれはみてたれる
きみかためわれこそはひと[にイ]なりはてめしらたまつさや[はイ]やけと[てイ]かひなし
ぬきみたるなみたもしはしとまるやとたまのをはかりあふよしもかな[あひみてしかなイ]
てるつきもかけみなそこにうつりけりにたるものなきこひもするかな[拾遺]
まれにあふときくたなはたもあまのかはわたらぬとしはあらしとそおもふ
けさのとこのつゆおきなからかなしきはあかぬゆめちをこふるなりけり
うちよするうらなみゝれはわかこひのつきぬかすとそまつしられける
いつとてかわかこひさらんちはやふるあさまのやまのけふりたゆとも
ひとしれすわれもなきつゝとしふれはうくひすのねもものとやはきく
ひこほしもまつひはあるをいまさらにわれをいへともひとのたのめぬ
あひみすてこひしきことをたとふれはくるしきたひはこと[ものイ]ならなくに
あひみすてわかこひしなむいのちをはさすかにひとやつらしとおもはん
ひとりねはわひしきものとこりよとや旅なる夜しもゆきのふるらん[拾遺]
いつしかもけふをくらしてあすかかはわたりてはやくたまもかへらん
なかむれはわひしきものをやまのはにいりひとくさしはやもくれなん
みるひともなくてわれをは[我身はイ]とはすともたそかれときにはやもならなん
みにそへるかけともなしになにしかもほかにわひしきひとゝなりけん
たちよれはそてにそよめくかせの音にちかくはきけとあひもみぬ哉
めにもみえこゑもたえせぬほとなれとしのふるにこそはるけかりけれ
あきはきはしたはのよそにみしかともひとりねんとはおもはさりしを
あきはきのした葉を見つゝゆふされはいつしかのねになきわたる哉
ひとめゆくなみたをせけはからころもたもとはぬれぬねこそなかるれ
しつむともうかふともなほみなそこになををしとりのともにこそおもへ
いかてなほひとにもとはんあかつきのあかぬわかれやなにゝにたり[るイ]と
ひとのもとにまかりかへりてつかはしける
あかつきのなからましかはしらつゆのおきてわひしきわかれせましや[後撰]
あひしりたるひとのもとにしはしかよはぬほとになかたえにけるを又おもひかへしていひやる
いそのかみふるのなかみちなかなかにみすはこひしとおもはましやは[古今]
またはなほよりつかめ[すイ]とも[てイ]玉の緒の
たえとたえては
わひしかりけり
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