紀貫之の和歌。貫之集4
紀貫之家集
已下據『歌仙歌集三』刊行年出版社校訂者等不明。
解題云如已下自撰の集ありしこと後拾遺集大鏡などにみえたれど今のは少なくとももとのまゝにはあらざるべし
貫之集第四
天慶三年四月右大將殿御屏風の哥二十首
ひとのいへにこうはいあり
くれなゐにいろをはかへてうめのはなかそことことににほはさりける[後撰]
をんなやなきを見る
あをやきのまゆにこもれるいとなれとはるのくるにやいろまさるらん
ふるさとにいたれり
はなのいろはちらぬまはかりふるさとにつねにも[はイ]まつのみとりなりけり
やま里のさくらをみる
またしらぬところまてかくきてみれはさくらはかりのはなゝかりけり
うみのほとりにかせふきなみたつ
ふくかせにさきてはちれとうくひすのこえぬはなみのはなにそありける
みちゆきひと
あはとみるみちたにあるを春霞かすめるかたのはるかなるかな
ふちのはな
ほとゝきすなくへきときはふちのはなさけるをみれはちかつきにけり
くれぬとはおもふものからふちの花さけるやとにははるそひさしき[新古今]
ひとのいへにとこなつあり
かはるときなきやとなれははなといへととこなつをのみうゑてこそみれ
をとこやまさとにゆくついてに木のもとにほとゝきすをきく
ゆくさきはありもあらすもほとゝきすなくこゝにてをきゝてくらさん
をとこをんなふねにのりてあそふ
まちつけてもろともにこそかへるさのなみよりさきにひとのたつらん
あきのかせをきのはなをふく
いつもきくかせをはきけとをきのはのそよくおとにそあきはきにける
いへにをんなつきをみる
おもふことありとはなしにひさかたのつきよとなれはいこそねられね
みちゆくひとのはつかりをきく
ことつてもとふへきものをはつかりのきこゆるこゑははるかなりけり
こたかゝり
もゝくさのはなはみゆれとをみなへしさけるかなかにをりくらしてん
をとこたひのやとりに鹿のなくをきく
なくしかはつまそこふらしくさまくらゆくたひことにこゑなきかせそ
をんなあるいへのきく
をゝよりてぬくよしもかなあさことにきくのうへなるつゆのしら玉
九月
しくれふるかみなつきこそちかゝらしやまのおしなへいろつきにけり
あめなれとしくれといへはくれなゐにこのはのしみてちらぬひはなし
ふるときはなほあめなれとかみなつきしくれそやまのいろはそめける
みつのほとりにつるあつまる
むれてをるあしへのたつをわすれつゝみつにもきえぬゆきかとそみる
十二月つこもりゆきひとの家にあり
はなとみるゆきのいましもふりつらんはるちかくなるとしのつねかも
同年閏七月右衞門督殿屏風のれう十五首
正月元日人ゝあそひしたるとこのにはに梅の花さけり
おいらくもわれはなけかし千よまてのとしこんことにかくてたのまん
二月はつうまいなりまうて
いかきにもいたらぬとりのいなり山こゆるおもひは神そしるらん
うちむれてこえゆくひとのおもひをは神にしまさはしりもしぬらん
三月いけのなかしまにまつ鶴ふちのはなあり
まつもみなつるもちとせのよをふれは春てふはるのはなをこそみめ
四月かもまうて
ゆふたすきかけたるけふのたよりにはひとにこゝろをかけつゝそおもふ
五月あやめくさ
さつきてふさつきにあへるあやめくさうへもねなかくおひそめにけり
六月はらへ
みそきつゝおもふこゝろはこのかはのそこのふかさにかよふへらなり
七月七日
ひとゝせにひとよとおもへとたなはたのあひみむあきのかきりなきかな
八月十五夜
もゝとせの千ゝのあきことにあしひきのやまのはかへすいつるつき影
九月きく
いのりつゝなほなかつきのきくのはないつれのあきかうゑてみさらん[新古今]
十月あしろ
やまかはをとめきてみれはおちつもるもみちのためのあしろなりけり
十一月りんしのまつり
あしひきのやまゐのいろはゆふたすきかけたるきぬのつまにさりける
ゆふたすきちとせをかけてあしひきのやまゐのいろはかはらさりけり
十二月佛名のあしたわかるゝそらに
きみさらに[はイ]やまにかへりてふゆことにゆきふみわけておりよとそ思ふ
おなし御時のうちのおほせことにて
元日
けふ[にイ入]あけてきのふににぬはみるひとのこゝろにはるそたちぬへらなる
さくらのはなのちるをみたる
ちりまかふいろをみつゝそなくさむるゆきのかたみのさくらなりけり
三月つくる日
こむとしもくへき春とはしりなからけふのくるゝはをしくそありける
四月池のほとりの藤の花
みなそこにかけさへふかきふちの花はなのいろにやさをはさすらん
なつはらへ
かはやしろしのにおりはへほすころもいかにほせはかなぬかひさらん[新古今]
七日
ひとゝせにひとよとおもへとたなはたはふたりともなきつまにさりける
はき
つまこふるしかのなみたやあきはきのしたはもみつるつゆとなるらん
きく
ちとせをしとゝむへけれはしらたまをぬけるとそみるきくのしらつゆ
さきのこるきくにはみつもなかれねとあきふかくこそにほふへらなれ
八月鹿のなくをきく
こゝろしもかよはしものをやまちかみしかのねきけはまさるこひかな
みつにもみちうかへる
もみちはのかけをうつしてゆくみつはなみのはなさへうつろひにけり
ひとのいへに松竹あり
ときはのみやとにあるかなすむひとの[よはひイ]こゝろもまつとたけとなりけり
くるゝとし
ことしはやあすにあけなむあしひきのやまにかすみはたてりとやみん
やまのはにゆふひさしつゝくれゆくははるにいりぬるとしにさりける
おなしとしさいさうの中將屏風のうた二十三首
元日ふるきをとこのをんなのもとにきてものなといふ
あたらしきとしのたよりにたまほこのみちまとひするきみかとそおもふ
やまさとにすむをんなねのひする
あしひきのやまへのまつをかつみれはこゝろをのへにおもひやる哉
あさなけに見つゝすめともけふなれはやまへのみこそおもひやらるれ
のやまにはなのきほれり
やまのにはさけるかひなしいろみつゝはなとしるへきやとにうゑなん
たひいてたちするところにあるをんなともわかれをしめる
をしみつゝわかるゝひとをみるときは我なみたさへとまらさりけり
いてたつひとのかへし
おもふひととゝめてとほくわかるれはこゝろゆくともわかおもはなくに
かねてよりわかれををしとしれりせはいてたゝんとはおもはさらまし
をとこをんなのいへにいたりてとふらひたる
くさも木もありとはみれとふくかせにきみかとしつきいかゝとそおもふ
かへしをんな
さくらはなかつちりなからとしつきはわかみにのみそつもるへらなる
ふるさとのはなを見る
あたなれとさくらのみこそふるさとのむかしなからのものにはありけれ
みしことくあらすもあるかなふるさとははなのいろのみそあれすはありける
三月つこもり
ゆくはるのたそかれときになりぬれはうくひすのねもくれぬへらなり
はるのけふくるゝしるしはうくひすのなかすなりぬるこゝろなりけり
かみまつる
卯のはなのいろ見えまかふゆふしてゝけふこそかみをいのるへらなれ
はるすきてうつきになれはさかき葉のときはのみこそいろまさりけれ
やまさとにほとゝきすなきたり
このさとにいかなるひとかいへゐしてやまほとゝきすたえすきくらん[拾遺]
たなはた
ゆふつくよひさしからぬをあまのかははやくたなはたこきわたらなん
つもりぬるとしはおほかれとあまのかはきみかわたれるかすそすくなき
とまり
とまりてふこのところにはくるひとのやかてすくへきたひならなくに
つきにことひきたるをきゝてをんな
ひくことのねのうちつけにつきかけをあきのゆきかとおとろかれつゝ
つきかけもゆきかとみつゝひくことのきえてつめともしらすやあるらん
をとこ
ひくことのねことにおもふこゝろあるをこゝろのことくきゝもなさなん
たのなかにこたかゝりしたる
ひともみなわれならねともあきのたのかりにそものをおもふへらなる
かみのやしろにまうてたる
いかきにもまたいらぬほとはひとしれすわかおもふことを神はしらなん
やもめなるひとのいへ
つれつれととしふるやとはぬは玉のよも日もなかくなりぬへらなり
やへむくらしけくのみこそなりまされひとめそやとのくさきならまし
たひ人のきぬうつこゑをきゝたる
くさまくらゆふかせさむくなりぬるをころもうつなるやとやからまし
をとこをんなのいへにきてよふかくなるまてたちわつらひてひとにえあはてあるに
いととゝふひともなきかなこよひもやとりさへなきてわれはかへらん
あしろ
もみちはのなかれておつるあしろにはしらなみもまたよらぬひそなき
のやとりせるたひゝと
しもかれのくさまくらにはきみこふるなみたのつゆそおきまさりける
いつとてもおもはさらめときみかけていへこひしきはたひにさりける
ゆきのふるいへ
いちしるきしるしなりけりあらたまのとしのくるゝはゆきにさりける
同四年正月右大將殿御屏風哥十二首
元日人の家にまれうとあまたきたりあるはやのうちにいりあるは庭におりたちてうめのはなををる
春たゝは-かはとおもひしうめのはなめつらしひ[けイ]にやひとのをるらん
ひとのいへにまれうとあまたきてやなきさくらのもとにむれゐてあそひするに花ちりまかふ
あをやきのいろはかはらてさくらはなちるもとにこそゆきはふりけれ
ふちのはなまつにかゝれる
むかしいかにたのめたれはかふちなみのまつにしもなほかゝりそめけん
をとこ神のやしろにまうてたる
いのりくるかみそとおもへはたまほこのみちのとほさもしられさりけり
をとこをんなの水のもとにむれゐたるところに舟にのりてわたるひとあるかおよひをさしてものいへるやうなりそのさまほとゝきすをきけるににたり
かのかたにはやこきよせよほとゝきすみちになきつとひとにかたらん[拾遺]
うみのほとりなるひとのいへにをんなすたれをあけてうみをみいたせりそのなかにいたくおいたるをんなあり
はまへにてとしふるひとはしらなみのともにしろくそみえわたりける
人ゝあきのゝにあそふ
あきのゝのはきのにしきはをみなへしたちましりつゝおれるなりけり
女□なの池のほとりなるたいにむ□て水の底を見る[□欠字]
つきかけのみゆるにつけてみなそこをあまつそらとやおもひまとはん
きくおほくおひたるかはのほとりなるひとのいへにをんなともおほくかはつらにいてゝあそふ
みなかみにひちてさけれときくのはなうつろふかけはなかれさりけり
ひとひとふねにのりてあしろにいけり
さをさしてきつるところはしらなみのよれとゝまらぬあしろなりけり
道行人かはのほとりにつるむれてゐたるを見る
よそなれはみきはにたてるあしたつをなみかゆきかとわきそかねつる
おなしとし三月うちの御屏風の料のうた二十八首
元日ゆきふれり
けふしまれゆきのふれゝはくさもきもはるてふなへにはなそさきける
子
かへるさはくらくなるともはるのゝのみゆるかきりはゆかんとそおもふ
うめのはなのちれる
うめのはなにほひにほひてちるときはかくすににたるゆきそふりける
やなきおほかる所
あをやきをたよりとおもひてはるのうちのみとりつもれるところなりけり
さくらのはな
さくらはなをるときにしもなくなれはうくひすのねもくれやしぬらん
たつくれるところ
あらを田をかへすいまよりひとしれすおもひほにいてんことをこそおもへ
やまふき
うつるかけありとおもへはみなそこのものとそみましやまふきのはな
はるのくるゝひ
あすもくるときはあれともはなみつゝなれぬるけふはをしくそありける
いけのほとりにさけるふち舟にのりてあそひ見る
こきかへりみれともあかすわかれにしはるのなこりのふちなみのはな
ほとゝきす
あけくるゝつき日あれともほとゝきすなくこゑにこそなつはきにけれ
なてしこ
なかけくにいろをそめつゝはるもあきもしらてのみさくとこなつのはな
五月五日
とりのねはあまたあれともほとときすなくなるこゑはさつきなりけり
いけの鶴
わかやとのいけにのみすむつるなれは千とせのなつのかすはしるらん
ひとの木のもとにやすめる
かけふかきこのしたかせのふきくれはなつのうちなからあきそきにける
なつかくら
ゆくみつのうへにいはへるかはやしろかはなみたかくあそふなるかな
たなはた
たなはたのうきふしならてよをふるはとしにひとたひあへはなりけり
はつかりをきける
はつかりのこゑにつけてやひさかたのそらのあきをもひとのしるらん
しかのなける
なくしかのこゑをとめつゝあきはきのさけるをのへにわれはきにけり
八月十五夜
つきことにあふよなれともよをへつゝこよひにまさるかけなかりけり
九月九日
みなひとのおいをとゝむといふきくはもゝとせをやるはなにさりける
のゝはなみたる
おくしもやはなのいろことにそめわきてあきのくれとはひとにみすらん
九月くるゝひ
くさもきももみち散りぬとみるまてにあきのくれぬるけふはきにけり
殘のきく
あきさけるきくにはあれやかみなつきしくれそはなのいろはそめける
いねかりほせる
かりてほすやまたのいねのそてひちてうゑしさなへと見えもする哉
あしろ
やまかせのいたくふきおろすあしろにはしらなみさへそよりまさりける
はつゆき
ゆきふれはくさきになへてをるひとのころもてさむきはなそさきける
まつとたけとあり
まつもみなたけもあやしくふくかせはふりぬるあめのこゑそきこゆる
としのつこもり
ゆくつき日かはのみつにもあらなくになかるゝこともいぬるとし哉
同五年亭子院御屏風のれうにうた二十一首
みつなかにありこそしけれはるたちてこほりとくれはおつるしらたま
みよしのゝよしのゝやまにはるかすみたつをみるみるゆきそまたふる
むかしよりおもひそめてしのへなれはわかなつみにそわれはきにける
おなしいろにちりまかふともうめのはなかをふりかくすゆきなかりけり
みつのあやのみたるゝいけにあをやきのいとのかけさへそこにみえつゝ
はるかすみとひわけいぬるこゑききてかりきぬなりとほかはいふらん
ちはやふるかみのたよりにゆふたすきかけてやひともわれをこふらん
さくらはなふりにふるともみるひとのころもぬるへきゆきならなくに
ふちなみのかけしうつれはわかやとのいけのそこにもはなそさきける
はなとりもみなゆきかひてぬはたまのよのまにけふのなつはきにけり
はるかにもこゑのするかなほとゝきすこのくれたかくなけはなりけり
さみたれにあひくることはあやめくさねなかきいのちあれはなりけり
あしひきのやまたをうゑていなつまのともにあきにはあはむとそおもふ
ふくかせのしるくもあるかなをきのはのそよくなかにそあきはきにける
つなはへてもりわたりつるわかやとのわさたかりかねいまそなくなる
ひとしれすきつるところにときしもあれつきのあかくもてりわたる哉
かりにのみひとのみゆれはをみなへしはなのたもとそつゆけかりける
つとめてそみるへかりけるはなすゝきまねくかたにやあきはいぬらん
かみなつきしくれにそめてもみちはをにしきにおれるかみなひのもり
みよしのゝよしのゝかはのあしろにはたきのみなわそおちつもりける
おなしとし九月内裏御屏風のうた五首
元日ゆきふれるところ
しろたへにゆきのふれゝはくさも木もとしとゝもにもあたらしき哉
梅のはなのもとにをとこをんなむれゐつゝさけのみなとしてはなををりてうちなるひとのやれる
まれにきてをれはやあかぬうめのはなつねにみるひといかゝとそおもふ
返し
やとちかくうゑたるうめのはななれと馨にわかあけるはるのなき哉
九月九日
もゝとせをひとにゝむるはなゝれとあたにやはみるきくのうへのつゆ
いねかりほせる
あさつゆのおくてのいねはいなつまをこふとぬれてやかわかさるらん
おなしとし四月のないしの屏風のうた十二首
千とせといふまつをひきつゝはるのゝのとほさもしらす我はきにけり
あしひきのやまのさくらのいろみてそをちかたひとはたねもまきける
をしめともとまらぬけふはよのなかにほかに春まつこゝろやあるらん
なつころもたちてしひよりほとゝきすとくきかんとそまちわたりつる
としことにけふにしあへはあやめくさうへもねなかくおひそひにけり
たまとのみみなりみたれておちたきつこゝろきよみやなつはらへする
くるゝひはおほかりなからたなはたはとしにひとよやよるをしるらん
ひさかたのあまつそらよりかけみれはよくところなきあきのよのつき
うつろへとかはらさりけりきくのはなおなしむかしのいろやさくらん
こゑたかくあそふなるかなあしひきのやまひといまそかへるへらなる
おくやまのみえみ見えぬはとしくれてゆきのふりつゝかくすなりけり
おなし八年二月うちの御屏風のれう二十首[儘]
いへにてねのひしたる所
わかゆかてたゝにしあれははるのゝのわかなもなにもかへり來にけり
かみまつるいへ
もゝとせのうつきをいのるこゝろをはかみなからみなしりませるらん
五日
ほとゝきすなけともしらすあやめ草こそくすりひのしるしなりけり
はらへ
うきひとのつらきこゝろをこのかはのなみにたくへてはらへてそやる
七夕
ひとゝせをまちはしつれとたなはたのゆふくれまつは久しかりけり
こたゝかり
かりにくるわれとはしらてあきのゝになくまつむしの聲をきく哉
みつのほとりきくおほかり
みつにさへなかれてふかきわかやとはきくのふちとそなりぬへらなる
をとこなきいへ
かけておもふひともなけれとゆふされはおも影たえぬ玉かつらかな
神樂
さかき葉のときはにあれはなかけくにいのちたもてる神のきね哉
おほたかゝり
冬草のかれもはてなてしかすかに
いまとしなれは
かりにのみくる
0コメント