伊勢物語・慶長印本(嵯峨本)上
〇底本
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・書誌情報
タイトル:伊勢物語上
出版年月日:慶長13(1608)刊
請求記号:WA7-238
書誌ID(国立国会図書館オンラインへのリンク):000004011456
・解題/抄録
古活字版。嵯峨本。『伊勢物語』の最初期の刊本。嵯峨本は、本阿弥光悦、角倉素庵が刊行に関与したといわれ、流麗な活字の書体、豪華な装訂により、美しい古典籍の代表格とされる。本書の嵯峨本は、慶長13年から15年にかけ数種刊行されており、本書は、川瀬一馬氏の分類(『増補古活字版之研究』)によれば、そのうち最初に刊行されたもの(第一種イ本)。具引きの色替り料紙を使用し、整版の挿絵(上25図、下24図)がある。巻末に古典学者中院通勝(1556-1610)の刊語(整版)があり、花押を自署している。
引用已上。
慶長13年は108代後水尾天皇御時。征夷大将軍は2代德川秀忠。
〇凡例
・及・・で改ページ。・から・・までゝ見開き。
[ ]内註等。イは異本、殆ど假名遣に関するもの。元の漢字の註及家のいゑいへ折のをりおりの如き。
已上。
伊勢物語上
・
・・
・
むかしおとこうゐかうふりしてなら乃
京かすかの里にしるよし[之]し[志]てかりに
いにけりそ乃さとにいとなまめいたる女
はらからすみけりこのおとこかいまみ[見]て
けりおもほえすふるさとにいとはした
なくてありけれは心地まとひにけり
男のきたりけるかりきぬ乃すそをきりて
うたをかきてやるその[能]おとこし乃ふすり
の[濃]かりきぬをなむきたりける
・
かすかのゝわかむらさき乃すり衣
し乃ふの[能]みたれかきりしられす
となむをいつきていひやれりけるついて
おもしろき事ともやおもひけむ[无]
・
[挿繪1]
・・
みち乃くの忍ふもちすりたれゆへに
みたれそめにしわれならなくに
といふうたの[能]心はへなりむかし人はかく
いちはやきみやひをなむ[无]しける[已上1段]
むかしおとこありけりならの京は[八]は[者]なれ
こ乃京は人乃いゑ[へイ]またさたまらさりける
時に西の京に女ありけりその女世人
にはまされりけりそ乃人かたちよりは心
なむまさりたりけるひとり乃みもあらさ
・
りけらしそれをかの[能]まめをとこうちもの
かたらひてかへりきていかゝおもひけむ[无]
時はやよひ乃ついたち雨そをふりけるにやり
ける
おきもせすねもせてよるを明しては
春のもの[能]とてなかめくらしつ[已上2段]
・・
[挿絵2]
・
むかしおとこありけりけさうしける女
乃もとにひしきといふ者をやるとて
思ひあらはむくらの宿にねもしなむ[无]
ひしきもの[能]にはそてをしつゝも
二條[条]のきさきのまたみかとにもつかう
まつり給はてたゝ人にておはしけるとき
のことなり[已上3段]
・・
[挿絵3]
・
むかし東の五條[条]におほきさいの[能]宮[のイ入]お
はしましけるにし乃たいにすむひとあり
けりそれをほいにはあらて心さしふ
かゝりける人行とふらひけるをむ月の十
日はかりのほとにほかにかくれにけり
あり所はきけと人の[濃]ゆき[遊支]かよふへきところ
にもあらさりけれはなを[ほイ]うしとおもひ
つゝなむ[无]ありける又のとし乃む月に梅
乃花さかりにこそをこひていきてたち
・・
てみゐてみ[見]ゝれとこそに[仁]に[耳]るへくも
あらすうちなきてあはらなるいたしき
に月のかたふくまてふせりてこそを思ひ
いてゝよめる
月やあらぬ春やむかしの[能]はるならぬ
我み[身]ひとつはもとのみ[身]にして
とよみて夜乃ほ乃ゝゝとあくるに
なくゝゝかへりにけり[已上4段]
・
[挿絵4]
・・
昔おとこありけりひんかし[日无可之]の[能]五條[条]わたり
にいとしのひていきけりみそかなる
ところなれはかとよりもえいらてわらは
へのふみあけたるついひち乃くつれより
かよひけり人しけくもあらねとたひかさ
なりけれはあるしきゝつけてその[能]かよひ
ちに夜ことに人をすへてまもらせけれは
いけともえあはてかへりけりさてよめる
人しれぬわか[可]か[加]よひちのせきもりは
・
よひゝゝことにうちもねなゝむ[无]
とよめりけれはいといたうこゝろやみけ
りあるしゆるしてけり二條[条]の[能]きさきに
し乃ひてまひりけるをよ[世]のきこえあり
けれはせうとたちのまもらせたまひけ
るとそ[已上5段]
・・
[挿絵5]
・
昔おとこありけりを[おイ]んなのえうまし
かりけるを年をへてよはひわたりけるを
からうしてぬすみ出ていとくらきにき
けりあくた河といふかはをゐていきけれ
はくさのうへにを[おイ]きたる露をかれ
はなにそとなむ[无]おとこにとひける行さ
きおほく夜もふけにけれはおにある所
ともしらてかみさへいといみしうなり
雨もいたうふりけれはあはらなるくらに
・・
女をはお[をイ]くにを[おイ]しいれておとこゆみや
なくひをおひてとくちにを[おイ]りはや夜も
あけなむとおもひつゝゐたりけるにおに
はやひとくちにくひてけりあなやといひ
けれと神なるさはきにえきかさりけり
やうゝゝ夜もあけゆくにみ[見]れはゐ[井]て
こし女もなしあしすりをしてなけとも
かひなし
しら玉かなにそと人のとひしとき
・
露とこたへてきえなましものを
これは二條[条]のきさき乃いとこの[濃]女御の[能]御
もとにつかうまつるやうにてゐ[井]給へりけ
るをかたちの[能]いとめてたくおはしけれは
ぬすみておひていてたりけるを御せう
とほりかはのおとゝたら[羅]うくにつねの
大納言また下ら[羅]うにて內へまいり給ふに
いみしうなくひとあるをきゝつけてとゝ
めてとりかへしたまうてけりそれをかく
・・
おにとはいふ也けりまたいとわかうて
きさきのたゝにおはしけるときとや[已上6段]
・
[挿絵6]
・・
むかし男ありけり京にありわひてあ
つまにいきけるにいせおはりのあはひの[能]
うみつらをゆくになみ乃いとしろくたつ
をみ[見]て
いとゝしく過行かたの戀しきに
うらやましくもかへるなみかな[可那已下仝]
となむよめりける[已上7段]
・
[挿絵7]
・・
昔おとこありけり京やすみうかりけむ[无]
あつまの[能]かたにゆきてすみ所もとむとて
ともとする人ひとりふたりしてゆきけり
しなのゝくにあさま乃たけにけふり
の[能]たつをみ[見]て
しなのなるあさま乃たけにたつ煙
をちこち人の[濃]みやはとかめぬ[已上8段]
・
[挿絵8]
・・
昔男ありけりその[能]男[み]身をえうなき物に思ひ
なして京にはあらしあつまのかたにすむ
へきくにもとめにとてゆきけりもとより
ともとする人ひとりふたりしていきけり
みちしれるひともなくてまとひいきけり
みかはのくにやつはしといふ所にいたり
ぬそこをやつはしといひけるは水行河乃
くもてなれは[盤]は[者]しをやつわたせるにより
てなむやつはしといひけるそ乃さはのほ
・
とりの[能]木の[濃]かけにおりゐてかれいひくひ
けりその[能]さはにかきつはたいとおもしろ
くさきたりそれをみ[見]てある人のいはくか
きつはたといふいつもしをく乃かみにす
へてたひの心よめといひけれはよめる
から衣きつゝなれにしつましあれは
はるゝゝきぬるたひをしそ思ふ
とよめりけれはみな人かれいひのうへに
淚おとしてほとひにけり
・・
[挿絵9]
・
ゆきゝゝてするかのくにゝいたりぬうつ乃
山にいたりてわかいらむ[无]とするみち[地]はい
とくらうほそきにつたかへ[えイ]てはしけり物
心ほそくすゝろなるめをみ[見]ることゝ思ふ
にす行者あひたりかゝるみちはいかてかいま
するといふをみ[見]れはみし人なりけり京
にその[能]人の御もとにとてふみかきてつく
するかなるうつ乃山へのうつゝにも
夢にもひとにあはぬなりけり
・・
[挿絵10]
ふしの山をみ[見]れはさ月の[能]つこもりに[に見消]
雪いとしろうふれり
ときしらぬ山はふしのねいつとてか[可]
か[加]のこまたらに雪乃ふるらむ[无]
その山はこゝにたとへはひえの[能]やまをは
たちはかりかさねあけたらむ[无]ほとしてなり
はしほしりのやうになむありける
・・
[挿絵11]
・
猶ゆき〱てむさし乃くにとしもつふさ
の[能]くにとのなかにいとおほきなる河あり
それをすみた川といふその[能]川乃ほとりに
むれゐておもひやれはかきりなくとを[ほイ]く
もきにけるかなとわひあへるにわたしも
りはやふねにのれひ[日]もくれぬといふに
の[能]りてわたらむ[无]とするにみなひと物わ
ひしくて京に思ふ人なきにしもあらす
さるお[を]りしもしろき鳥のはしとあしと
・・
あかきしきのおほきさなる水乃うへに
あそひつゝいをゝくふ京にはみえぬとり
なれはみる人み[見]しらすわたしもりにとひ
けれはこれなむ[无]宮こ鳥といふをきゝて
名にしおはゝいさことゝはむ[无]宮こ[古]鳥
わか思ふ人はありやなしやと[堂]
と[止]よめりけれはふねこそりてなきにけり[已上9段]
・
[挿絵12]
・・
昔おとこむさしの國まてまとひありき
けりさてその[能]くにゝある女をよはひけり
ちゝはこと人にあはせむといひけるを
はゝなむ[无]あてなるひとに心つけたり
けるちゝはなを[おイ]人にはゝなむふちはら
なりけるさてなむあてなる人にとおもひ
けるこの[能]むこかねによみてを[おイ]こせたり
けるすむ所なむいるまのこほりみよし
乃ゝさとなりける
・
みよしのゝたの[能]む乃かりもひたふるに
君か[可]か[加]たにそよるとなくなる
むこかねかへし
我かたによるとなくなるみよしの[能]ゝ
たのむ乃かりをいつかわすれむ[无]
となむ[无]人の[濃]くにゝてもなを[ほイ]かゝる事なむ
やまさりける[已上10段]
むかしおとこあつまへゆきけるにとも
たちともにみちよりいひおこせける
・・
わするなよほとは雲ゐになりぬとも
そら行月のめくりあふまて[已上11段]
昔おとこありけり人乃むすめをぬすみて
むさし野へゐ[井]てゆくほとにぬす人
なりけれはくにの[能]かみにからめられ[羅禮]に
けり女をはくさむらの中にをきてに
けにけりみちくる人こ乃野はぬすひとあ
なりとて火つけむ[无]とすをむ[无]なわひて
むさし野はけふはなやきそわかくさ乃
・
つまもこもれり我もこもれり
とよみけるをきゝて女をはとりてともに
ゐていにけり[已上12段]
・・
[挿絵13]
・
013
昔むさしなるおとこ京なる女のもとに
きこゆれは[八]は[者]つかしきこえねはくるしと
かきてうはかきにむさしあふみとかきて
を[おイ]こせてのちを[おイ]ともせすなりにけれは京
よりをむ[无]な
むさしあふみさすかにかけてたのむには
とはぬもつらしとふもうるさし
とあるをみ[見]てなむたへかたき心地しける
とへはいふとはねはうらむ[武]むさし[無左之]あふみ
・・
かゝるおりにや人はしぬらむ[已上13段]
むかし男みち乃くにゝすゝろに行い
たりにけりそこなる女京の人はめつらか
にやおほえけむ[无]せちにおもへる心なむ
ありけるさてかの女
中ゝゝに戀[恋]にしなすは桑子[くはこイ]こにそ
なるへかりける玉乃をはかり
うたさへそひなひたりけるさすかにあ
はれとやおもひけむいきてねにけり夜ふ
・
かくいてにけれは女
夜も明はきつにはめなてくたかけの
またきになきてせなをやりつる
といへるにおとこ京へなむまかるとて
くりはらのあれは乃松の[濃]人ならは
みやこ[宮古]のつとにいさといはましを
といへりけれはよろこほひておもひけら[羅]
しとそいひをりける[已上14段]
・・
[挿絵14]
・
昔みち乃くにゝてなてうことなき人のめ
にかよひけるにあやしうさやうにて
あるへき女ともあらすみえけれは
しのふ山忍ひてかよふみちもかな[可那]
人のこゝろ乃おくもみ[見]るへく
女かきりなくめでたしと思へとさるさ
かなきえひす心をみ[見]てはいかゝはせむは[已上15段]
むかしきのありつねといふひとありけり
みよの[能]みかとにつかうまつりてときに
・・
あひけれとのちはよ[世]かはり時うつりに
けれはよの[能]つねの[濃]人乃こともあらす人から
は心うつくしくてあてはかなることをこ
乃みてことに人にもにすまつしくへても
なを[ほイ]むかしよかりし時の心なからよの
つねの[能]こともしらすとしころあひなれ
たるめやうゝゝとこはなれてつゐ[ひイ]に
あまになりてあねのさきたちてなりたる
所へ行をおとこまことにむつまし
・
き事こそなかりけれ今はとゆくをいと
あはれとは思けれとまつしけれはするわ
さもなかりけりおもひわひてねむ[无]ころ
にあひかたらひけるともたちのもとに
かうゝゝいまはとてまかるをなにこと
もいさゝかなることもえせてつかはすこ
とゝかきておくに
てをお[をイ]りてあひみしことをかそふれは
とおといひつゝよつはへにけり
・・
かのともたちこれをみ[見]ていとあはれと
思ひてよるのもの[能]まてを[おイ]くりてよめる
年たにもとを[おイ]とてよつはへにけるを
いくたひきみをた乃みきぬらむ[无]
かくいひやりたりけれは
これやこの[能]あまの[能]は衣むへしこそ
君かみけしにたてまつりけれ
よろこひにたへて又
秋やくるつゆ[川遊]やまかふと思ふまて
・
あるはなみたのふるにそありける[已上16段]
としころを[おイ]とつれさりける人のさくら
のなかりにみにきたりけれはあるし
あたなりとな[名]にこそたてれさくら花
としにまれなる人もまちけり
返し
けふこすはあすは雪とそふりなまし
きえすはありともはなとみ[見]ましや[已上17段]
むかしなま心ある女ありけり男ちかう有
・・
けり女うたよむひとなりけれはこゝろ
みむとてきくの花乃うつろへるをお[をイ]りて
おとこの[濃]もとへやる
くれなゐ[井]にに[尓ゝ]ほふはいつら白雪乃
えたもとをゝにふるかともみゆ
おとこしらすよみによみける
紅に[耳]に[仁]ほふかうへのしら雪は
お[をイ]りける人の[濃]そてかともみゆ[已上18段]
・
[挿絵15]
・・
むかし男みやつかへしける女のかたにこ
たちなりける人をあひしりたりけるほと
もなくかれにけりおなし所なれは女の[濃]
めにはみ[見]ゆる物からおとこはあるもの[能]
かともおもひたらすを[おイ]む[ん]な
あまくものよそにも人乃なりゆくか
さすかにめにはみゆるもの[能]から
とよめりけれはおとこ返し
あま雲のよそに乃みしてふることは
・
わかゐる山乃かせはやみなり
とよめりけるは又おとこある人となむ[无]
いひける[已上19段]
むかし男やまとにある女をみ[見]てよはひて
あひにけりさてほとへて宮つかへする人
なりけれはかへりくるみち[地]にやよひはかり
にかえての[能]もみちのいとおもしろきを
お[をイ]りて女乃もとにみちよりいひやる
君かためたおれるえたは[盤]は[者]るなから
・・
かくこそ秋乃もみちしにけれ
とてやりたりけれは返事は京にいきつき
てなむ[无]もてきたりける
いつのまにうつろふいろ乃つきぬ攬
きみかさとには春なかるらし[已上20段]
・
[挿絵16]
・・
昔男女いとかしこくおもひかはしてこと
心なかりけりさるをいかなることかあり
けむ[无]いさゝかなることにことつけてよのなか
をうしと思ていてゝいなむ[无]と思ゐてかゝる
うたをなむよみてもの[能]にかきつけ[計]け[介]る
いてゝいなは心かるしといひやせむ
世のありさまを人はしらねは
とよみてをきていてゝいにけりこの[濃]女かく
かきを[おイ]きたるをけしう心を[おイ]くへきことも
・
おほえぬをなにゝよりてかゝらむ[无]と
いといたうなきていつかたにもとめゆ
かむ[无]とかとにいてゝとみかうみ[見]ゝけれ
といつこをはかりともおほえさりけれは
かへりいりて
おもふかひなきよ[世]なりけりとし月を
あたにちきりてわれやすまひし
といひてなかめをり
人はい[伊]さおもひやすらむ[无]たまかつら
・・
おもかけに乃みいとゝみ[見]えつゝ
この[能]女いとひさしくありてねむしわひて
にやありけむいひを[おイ]こせたる
今はとてわするゝくさ乃たねをたに
人の[濃]心にまかせすもかな[可那]
返し
わすれくさうふとたにきく物ならは
おもひけりとはしりもしなまし
又ゝゝありしよりけにいひかはして男
・
わ[和]するらむ[无]と思ふ心のうたかひに
ありしよりけに物そかなしき
返し
なか空にたちゐる雲の[能]あともなく
み[身]乃はかなくもなりにけるかな[可那]
とはいひけれとを[おイ]のかよ[世]ゝになりに
けれはうとくなりにけり[已上21段]
昔はかなくてたえにけるなかなを[ほイ]やわ
すれさりけ[むイ入]女のもとより
・・
うきなから人をはえしもわすれねは
かつうらみつゝ猶そ戀[恋]しき
といへりけれはされはよといひておとこ
あひみ[見]ては心ひとつをかはしまの[能]
水のなかれてたえしとそ思ふ
とはいひけれとその[能]夜いにけりいに
しへ行さきの[濃]ことゝもなといひて
秋の夜乃ちよをひとよになすらへて
やちよしねはやあくときのあらむ[无]
・
返し
あきの[能]よのちよを一夜になせりとも
ことは乃こりてとりやなきなむ
いにしへよりもあはれにてなむ[无]
かよひける[已上22段]
・・
[挿絵17]
・
昔ゐなかわたら[羅]ひしける人のこともゐ[井]
乃もとにいてゝあそひけるをおとなに
なりにけれはおとこも女もはちかはして
ありけれは[とイ]おとこはこ乃女をこそえめと
思ふ女はこの[能]男をと思ひつゝおやのあは
すれともきかてなむありけるさてこ乃と
なりの[能]おとこ乃もとよりかくなむ[无]
つ[徒]ゝゐつのゐ[井]つ[津]ゝにかけしまろかたけ
すきにけらしないもみさるまに
・・
[女イ入]返し
くらへこしふりわけかみもかたすきぬ
きみならすしてたれかあくへき
なといひゝゝてつゐ[井][ひイ]にほいのことく
あひにけり
・
[挿絵18]
・・
さてとしころふるほとに女おやなくた
よりなくなるまゝにもろともにいふかひ
なくてあらむ[无]やはとてかうち乃くにた
かやすのこほりにいきかよふ所いてき
にけりさりけれとこの[濃]もとの[能]女あしと思
へるけしきもなくていたしやりけれは
男こと心ありてかゝるにやあらむとおもひ
うたかひてせむさいのなかにかくれ
ゐてかうちへいぬるかほにてみ[見]れはこの[能]
・
女いとようけさうしてうちなかめて
風ふけはおきつしらなみたつた山
夜はにやきみかひとりこゆらむ[无]
とよみけるをきゝてかきりなくかなしと
おもひてかうちへもいかすなりにけり
・・
[挿絵19]
まれゝゝかのたかやすにきてみれは[八]は[波]し
めこそこゝろにくもつくりけれいまは
うちとけてゝつからいゐ[井]かひとりてけ
この[濃]うつは物にもりけるをみ[見]て心う
かりていかすなりにけりさりけれはかの[濃]
女やまと乃かたをみ[見]やりて
きみかあたりみつゝをゝらむ[无]伊駒山
くもなかくしそ雨はふるとも
といひてみいたすにからうしてやまと
・・
ひとこむ[无]とい[伊]へりよろこひてまつに
たひゝゝ過ぬれは
君こむといひし夜ことにすきぬれは
た乃まぬものゝこひつゝそふる
といひけれとおとこすますなりにけり[已上23段]
・
[挿絵20]
・・
むかし男かたゐなかにすみけり男宮つか
へしにとてわかれお[をイ]しみてゆきにける
まゝにみ[三]とせこさりけれは待わたりけ
るにいとねむころにいひける人にこよひ
あはむ[无]とちきりたりけるにこ乃男きた
りけりこ乃とあけたまへとたゝきけれと
あけてうたをなむ[无]よみていたしたりける
あら玉の年乃み[三]とせをまちわひて
たゝこよひこそにゐ[井]まくらすれ
・
[挿絵21]
・・
といひいたしたりけれは
あつさ弓まゆみ[由三]つきゆみ[由見]としをへて
わかせしかことうるはしみせよ
といひていなむ[无]としけれは女
あつさ弓ひけとひかねとむかしより
こゝろはきみによりにし物を
といひけれとおとこかへりにけり女いと
かなしくてしりにたちてを[おイ]ひゆけと
えをひつかてし水のある所にふしに
・
けりそこなりけるいはにおよひ乃ちして
かきつけ[計]け[介]る
あひおもはてかれぬる人をとゝめかね
わかみ[身]は今そきえはてぬめる
とかきてそこにいたつらになりにけり[已上24段]
昔おとこありけりあはしともいはさり
けるを[おイ]む[无]なのさすかなりけるかもとに
いひやりける
秋乃野にさゝわけしあさの袖よりも
・・
あはてぬるよそひちまさりける
いろこの[能]みなる女かへし
み[見]るめなき我み[身]をうらとしらねはや
かれなてあま乃あしたゆく[具]く[久]る[已上25段]
むかし男五條[条]わたりなりける女をえゝす
なりけることゝわひたりける人の返事に
おもほえす袖にみなと乃さはくなか[可那]
もろこし舟乃よりしはかりに[已上26段]
昔おとこ女乃もとにひと夜いきて又もい
・
かすなりにけれは女の[能]てあらふ所に
ぬきすをうちやりてたら[羅]ひのかけにみ[見]え
けるをみつから
われはかり物思人はまたもあらし
とおもへは水乃したにもありけり
とよむをこさりけるおとこたちきゝて
みなくちに我やみ[見]ゆらむかはつさへ
水乃したにてもろこゑになく[已上27段]
・・
[挿絵22]
・
昔いろこの[濃]みなりける女いてゝいにけれは
なとてかくあふこかたみになりにけむ[无]
水もらさしとむすひしものを[已上28段]
むかし春宮の女御乃御かたの[能]はなの賀に
めしあつけら[羅]れたりけるに
花にあかぬなけきはいつもせしかとも
けふ乃こよひにゝるときはなし[已上29段]
・・
[挿絵23]
・
昔おとこはつかなりける女のもとに
あふ事はたま乃をはかりおもほえて
つらき心のなかくみゆらむ[无][已上30段]
むかし宮の[濃]うちにてあるこたちのつ
ほねのまへをわ[和]たりけるになに乃あた
にかおもけむ[无]よしやくさはよな
らむ[无]さかみむといふおとこ
つみもなき人をうけへはわすれくさ
を[おイ]のかうへにそおふといふなる
・・
といふをねたむ女もありけり[已上31段]
むかし物いひける女にとしころありて
いにしへのしつ乃をたまきくり返し
むかしをいまになすよしもかな[可那]
といへりけれとなにとも思はすやありけむ[已上32段]
むかし男つ乃くにむはらの[濃]こほりにかよ
ひける女この[能]たひいきては又こしと
おもへるけしきなれはおとこ
あしへよりみち[地]くるしほ乃いやましに
・
きみにこゝろをおもひますかな[可那]
返し
こもり江に思ふこゝろをいかてかは
舟さすさほ乃さしてしるへき
ゐ[井]なか人の[濃]ことにてはよしやあしや[已上33段]
むかしおとこつれなかりける人の[濃]もとに
いへはえにいはねはむねにさはかれて
心ひとつになけくころかな
おもなくてい[伊]へるなるへし[已上34段]
・・
昔心にもあらてたえにける人のもとに
玉のをゝあはをによりてむすへれは
たえてのゝちもあはむ[ん]とそ思ふ[已上35段]
むかしわすれぬるなめりと[登]と[止]ひことし
ける女の[能]もとに
谷せはみみねまてはへるたまかつら
たえむと人にわかおもはなくに[已上36段]
昔おとこいろこ乃みなりける女にあへり
けりうしろめたくやおもひけむ[无]
・
我ならてしたひもとくなあさかほ乃
ゆふかけまたぬ花にはありとも
返し
ふたりしてむすひしひもをひとりして
あひみ[見]るまてはとかしとそ思ふ[已上37段]
むかしき[紀]の[能]ありつねかりいきたるにあり
きてをそくきけるによみてやりける
きみにより思ひならひぬよ[世]の中乃
人はこれをやこひといふらむ
・・
返し
ならはねはよ[世]の人ことになにをかも
こひとはいふとゝひしわれしも[已上38段]
昔西院乃みかとゝ申すみかとおはし
ましけりその[能]みかとの御こたかいこと
申すいまそかりけりそ乃みこうせ給ひて
おほむ[无]はふり乃夜その[能]宮のとなり[奈利]なり[奈里]
けるおとこ御はふりみ[見]む[ん]とて女車に
あひ乃りていてたりけりいとひさしう
・
ゐ[井]ていてたてまつらすうちなきてやみ
ぬへかりけるあひたにあめ乃したの[濃]
いろこの[濃]み源のいたるといふ人これも物
みるにこの[能]車を女車とみ[見]てよりきて
とかくなまめくあひたにかの[能]いたるほ
たるをとりて女のくるまにいれたりける
をくるまなりける人こ乃ほたる乃ともす
火にやみ[見]ゆらむ[无]ともしけちなむ[无]する
とてのれるおとこ乃よめる
・・
いてゝいなはかきりなるへみともしけち
としへぬるかとなくこゑをきけ
かのいたるかへし
いとあはれなくそきこゆるともしけち
きゆる物ともわれはしらすな
あめのしたのいろこ乃みの[濃]うたにては
猶そありける
いたるはしたかふかおほちなりみこ
乃ほいなし[已上39段]
・
昔わかきおとこけしうはあらぬ女を
おもひけりさかしら[羅]するおやありて思ひ
もそつくとてこの女をほかへを[おイ]ひやらむ[无]
とすさこそい[伊]へまたを[おイ]いやらすひ[悲]と乃こ
なれはまた心いきおひなかりけれはとゝ
むるいきおひなしえお[おイ]む[无]なもいやし
けれはすまふちからなしさるあひたに
おもひはいやまさりにまさるにはかにお
やこ乃女をゝひうつおとこちの淚をなか
せともとゝむるよしなしゐていてゝいぬ
おとこなくゝゝよめる
いてゝいなはたれか別れのかたからむ[无]
ありしにまさるけふはかなしも
とよみてたえいりにけりおやあはて
にけりなを[ほイ]おもひてこそいひしかいと
かくしもあらしと思ふにしむ[无]しちに
たえいりにけれはまとひて願たてけり
けふ乃いりあひはかりにたえいりて又の
・
ひ[日]のいぬ乃ときはかりになむ[无]からうして
いきいてたりけるむかしのわか人はさる
すける物おもひをなむ[无]しけるいまのお
きなまさにしなむや[已上40段]
むかし女はらからふたりありけりひとりは
いやしきおとこの[能]まつしきひとりは
あてなる男もたりけりいやしき男もた
るしはすのつこもりにうへの[能]きぬをあ
ら[羅]ひてゝつからはりけり心さしはいたし
・・
けれとさるいやしきわ[和]さもならはさり
けれはうへ乃きぬのかたをはりやりてけ
りせむかたもなくてたゝなきになき[奈記]になき[那支]けり
これをかのあてなるおとこきゝていと心
くるしかりけれはいときよらなるろう
さうの[濃]うへ乃きぬをみ[見]いてゝやるとて
むらさきのいろこき時はめもはるに
野なるくさ木そわかれさりける
むさし野乃心なるへし[已上41段]
・
[挿絵24]
・・
昔おとこいろこ乃みとしるゝゝ女を
あひいへりけりされとにくゝはあらさ
りけりしはゝゝいきけれとなを[ほイ]いとうし
ろめたくさりとていかてはたえあるまし
かりけり猶はたえあらさりける中なりけ
れはふつか三日はかりさはることありて
えい[伊]かてかくなむ[无]
いてゝこしあとたにいまたかはらしを
たか[可]か[加]よひちといまはなるらむ[无]
・
ものうたかはしさによめるなりけり[已上42段]
むかしかやのみこと申すみこおはし
ましけりその[能]みこ女をおほしめして
いとかしこく[うイ]めくみつかう給ひけるを人
なまめきてありけるをわれ乃みとおもひ
けるを又人きゝつけてふみやるほとゝき
す乃かたをかきて
郭公なかなくさとのあまたあれは
なを[ほイ]うとまれぬおもふも乃から
・・
といへりこの[能]女けしきをとりて
名のみたつして乃たおさはけさそなく
いほりあまたとうとまれぬれは
時はさ月になむ[无]ありけるおとこ返し
いほりおほきしてのたおさはなを[ほイ]た乃む
わかすむさとにこゑしたえすは[已上43段]
むかしあかたへ行人にむまの[能]はなむ
けせむ[无]とてよひてうとき人にしあらさり
けれはいゑ[へイ]とうしさか月さゝせて女の
・
さうそくかつけむ[无]とすあるし乃おとこう
たよみてもの[能]こしにゆひつけさす
いてゝゆく君かためにとぬきつれは
われさへもなくなりぬへきかな[可那]
このうたはあるかなかにおもしろけれは
心とか[ゝイ]めてよますはらにあちはひて[已上44段]
むかし男ありけり人の[濃]むすめ乃かしつく
いかてこのおとこにものいはむ[无]とおもひ
けりうちいてむことかたくやありけむ
・・
ものやみになりてしぬへきときにか
くこそおもひしかといひけるをおやきゝ
つけてなくゝゝつけたりけれはまとひ
きたりけれとしにけれはつれゝゝと
こもりをりけりときはみな月のつこもり
いとあつきころをひによゐ[ひイ]はあそひをり
て夜ふけてやゝすゝしき風ふきけり
ほたるたかくとひあかるこの[能]おとこみ[見]ふ
せりて
・
ゆくほたる雲の上まて[帝]いぬへくは
秋かせふくとかりにつけこせ
くれかたき夏の[能]ひ[日]くらしなかむれは
その[能]ことゝなくもの[能]そかなしき[已上45段]
・・
[挿絵25]
・
むかし男いとうるはしきともありけりか
た時さらすあひおもひけるを人のくにへ
いきけるをいとあはれとおもひてわ[和]かれ
にけり月日へてをこせたるふみにあさ
ましくえたいめむ[无]せて月日のへに
けること忘やし給にけむ[无]といたく思ひ
わひてなむ[无]侍世中乃人の心はめかる
れはわすれぬへき物にこそあめれといへ
りけれはよみてやる
・・
めかるともおもほえなくにわすらるゝ
ときしなけれはおもかけにたつ[已上46段]
むかしおとこねんころにいかてと思ふ女
ありけりされとこの[能]おとこをあたなりと
きゝてつれなさ乃みまさりつゝいへる
おほぬさのひくてあまたになりぬれは
おもへとえこそた乃まさりけれ
返しおとこ
おほぬさと名にこそたてれなかれても
・
つゐ[井][ひイ]によるせはありといふもの[能]を[已上47段]
昔おとこ有けりむま乃はなむけせむとて
人をまちけるにこさりけれは
いまそしるくるしき物と人またむ
さとをはかれすとふへかりけり[已上48段]
・・
・
・・
・
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