伊勢物語・慶長印本(嵯峨本)下

〇底本

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・書誌情報

タイトル:伊勢物語下

出版年月日:慶長13(1608)刊



伊勢物語下

・・

・・

むかしおとこいもうとのいとをかしけ

なりけるをみ[見]をりて

 うらわかみねよけにみゆるわか草を

 人の[濃]むすはむ[无]ことをしそ思ふ

ときこえけり返し

 はつ草の[能]なとめつらしきこと乃はそ

 うら[羅]なくものをおもひけるかな[可那已下仝][已上49段]

[挿絵26]

・・

むかし男ありけりうら[羅]むる人をうらみて

 とりのこをとをつゝとをはかさぬとも

 おもはぬ人をおもふものかは

といへりけれは

 あさ露はきえ乃こりてもありぬへし

 たれかこの[濃]よをた乃みはつへき

又おとこ

 ふく風にこそのさくらはちらすとも

 あなた乃みかた人乃こゝろは

又女返し

 ゆく水にかすかくよりもはかなきは

 おもはぬ人をおもふなりけり

またおとこ

 行水と過るよはひとちるはなと

 いつれまてゝふことをきくらむ

あたくらへかたみにしけるおとこ女のし

乃ひありきしけることなるへし[已上50段]

・・

[挿絵27]

むかし男人乃せむさいに菊うへ[ゑイ]けるに

 うへ[ゑイ]しうへはあきなき時やさかさらむ[无]

 花こそちらめねさへかれめや[已上51段]

・・

[挿絵28]

昔おとこありけり人乃もとよりかさなり

ちまきをゝ[おイ]こせたりける返ことに

 あやめかり君はぬまにそまとひける

 われは野にいてゝかるそわひしき

とてきしをなむ[无]やりける[已上52段]

むかしおとこあひかたき女にあひて物

かたりなとするほとにとりのなきけれは

 いかてかは鳥乃なくらむ[无]人しれす

 思ふこゝろはまた夜ふかきに[已上53段]

・・

昔男つれなかりける女にいひやりける

 ゆき[遊支]やらぬ夢ちをたとる[のむイ]たもとには

 あまつ空なるつゆ[川遊]やをくらむ[无][已上54段]

むかしおとこおもひかけたる女のえう

ましうなりての[濃]よに

 思はすはありもすらめとことの[能]は乃

 をりふしことにたのまるゝかな[已上55段]

むかし男ふしておもひおきておもひゝゝゝ

あまりて

 わか袖はくさ乃いほりにあらねとも

 くるれは露のやとりなりけり[已上56段]

むかしおとこ人しれぬもの[能]おもひけり

つれなき人乃もとに

 戀[恋]わひぬあま乃かるもにやとるてふ

 我からみ[身]をもくたきつるかな[已上57段]

昔こゝろつきて色この[能]みなるおとこなか

をかといふ所にいゑ[へイ]つくりてをりけり

そこの[濃]となりなりける宮はらにことも

・・

なき女ともの[能]ゐなかなりけれは田からむ[无]

とてこ乃男の[能]あるをみ[見]ていみし乃すきも

のゝしわさやとてあつまりていりきけれ

はこの男にけておくにかくれにけれは女

 あれにけりあはれいくよ[世]のやとなれや

 すみけむ[无]人乃を[おイ]とつれもせぬ

といひてこの宮にあつまりきゐてあり

けれは[このイ入]おとこ

 むくらおひてあれたる宿のうれたきは

 かりにもおにのすたくなりけり

とてなむ[无]いたしたりけるこの[濃]女ともほ

ひろはむ[无]といひけれは

 うちわひておちほひろふときかませは

 われもたつらにゆかましものを[已上58段]

むかしおとこ京をいかゝ思ひけむひむかし[日无可之]

山にすまむとおもひいりて

 すみわひぬいまはかきりと山さとに

 み[身]をかくすへきやともとめてむ

・・

かくて物いたくやみてしにいりたりけれ

はおもてに水そゝきなとしていきいてゝ

 わかうへに露そを[おイ]くなるあま乃川

 とわたるふねのかひ[いイ]乃しつくか

となむ[无]いひていきいてたりける[已上59段]

昔おとこありけり宮つかへいそかしく

心もまめならさりけるほと乃いへとうし

まめにおもはむ[无]といふ人につきて人乃

くにへいにけりこの[能]おとこ宇佐乃つかひ

にていきけるにあるくにのしそう乃

官人の[濃]めにてなむあるときゝて女あるし

にかはらけとら[羅]せよさらすはのましとい

ひけれはかはらけとりていたしたりける

にさかなゝりけるたちはなをとりて

 さ月まつ花たちはな乃かをかけは

 むかしのひと乃袖の[濃]かそする

といひけるにそおもひいてゝあまになり

て山にいりてそありける[已上60段]

・・

[挿絵29]

昔おとこつくしまていきたりけるに

これはいろこのむといふすきもの[能]とすた

れ乃うちなる人のいひけるをきゝて

 そめ川をわたらむ[无]ひと[悲止]乃いかてかは

 色になるてふことのなからむ[无]

女返し

 名にしおはゝあたにそあるへきたはれ嶋

 なみ乃ぬれきぬきるといふなり[已上61段]

むかし年ころを[おイ]とつれさりける女心かし

・・

こくやあらさりけむ[无]はかなき人のことに

つきて人のくになりける人につかはれて

もとみ[見]し人の[濃]まへにいてきてもの[能]くは

せなとしけりよさりこ乃有つるひとたま

へとあるしにいひけれはをこせたりけり

おとこわ[和]れをはしらすやとて

 いにしへ乃にほひはいつらさくら花

 こけるからともなりにけるかな

といふをいとはつかしとおもひていら[羅]へ

もせてゐたるをなといらへもせぬとい[伊]へ

は淚乃こほるゝにめもみえす者もいは

れすといふ

 これやこの[能]我にあふみをのかれつゝ

 とし月ふれとまさりかほなき

といひてきぬゝきてとらせけれとすてゝ

にけにけりいつちいぬらむ[无]ともしらす[已上62段]

むかし世心つける女いかて心なさけあらむ

男にあひえてしかなと思へといひ

・・

いてむたよりも[いてむもたよりイ]なさにまことならぬ夢

かたりをす子三人をよひてかたりけり

ふたり乃こはなさけなくいら[羅]へてやみぬ

さふらうなりける子なむよき御おとこそ

いてこむ[无]とあはするにこの[能]女けしき

いとよしこと人はいとなさけなしいかて

こ乃在五中將にあはせてしかなと思ふ

心ありかしありきけるにいきあひ

てみちにてむまのくちをとりてかうゝゝ

なむ[无]おもふといひけれはあはれかりて

きてねにけりさてのち男みえさりけれは

女おとこ乃いゑ[へイ]にいきてかいまみ[見]けるを

おとこほ乃かにみ[見]て

 もゝとせに一とせたらぬつくもかみ

 われをこふらしおもかけにみゆ

とていてたつけしきをみ[見]てむはらから

たちにかゝりていゑ[へイ]にきてうちふせり

おとこかの女乃せしやうにしのひて

・・

たてりてみ[見]れは女なけきてぬとて

 さむしろに衣かたしきこよひもや

 戀[恋]しき人にあはて乃みねむ[无]

とよみけるをおとこあはれと思ひてその[能]

夜はねにけり世中乃れいとして思ふ

をはおもひおもはぬをは思はぬものをこ

乃人はおもふをもおもはぬをもけちめみ

せぬ心なむ[无]ありける[已上63段]

[挿絵30]

・・

昔おとこみそかにかたらふわさもせさり

けれはいつくなりけむあやしさによめる

 吹風にわかみ[身]をなさはたますたれ

 ひまもとめつゝいるへきものを

返し

 とりとめぬ風にはありとも玉すたれ

 たかゆるさはかひまもとむへき[已上64段]

むかしおほやけおほしてつかうたまふ

女の色ゆるされたるありけりおほみやす

む所とていますかりけるいとこなりけり

殿上にさふらひけるありはらなりける

おとこのまたいとわか[可]か[加]りけるをこ乃女

あひしりたりけり男女かたゆるされたり

けれは女のある所にきてむかひをりけ

れは女いとかたはなりみ[身]もほろひなむ[无]

かくなせそう[うイニナシ]といひけれは

 思ふにはし乃ふることそまけにける

 あふにしかへはさもあらはあれ

・・

といひてさうしにおりたまへはれい

乃この[能]みさうしには人のみ[見]るをもしらて

のほりゐけれはこ乃女おもひわひて里へ

ゆくされはなにの[濃]よきことゝおもひて

いきかよひけれはみな人きゝてわらひけ

りつとめてとのもつかさのみるにくつは

とりておくになけいれて乃ほりぬかく

かたはにしつゝありわたるにみもいた

つらになりぬへけれはつゐ[ひイ]にほろひぬ

へしとてこの[濃]おとこいかにせむわか[可]

か[加]ゝる心やめ給へとほとけ神にも申け

れといやまさりに乃みおほえつゝなを[ほイ]

わりなく戀[恋]しう乃みおほえけれはおむ[无]

やうしかむ[无]なきよひて戀[恋]せしといふ

はらへ乃くしてなむ[无]いきけるはら

へけるまゝにいとゝかなしきことかすま

さりてありしよりけにこひしくの

みおほえけれは

・・

 こひせしとみたらし川にせしみそき

 神はうけすもなりにけるかな

といひてなむいにける

[挿絵31]

・・

この[能]みかとはかほかたちよくおはし

ましてほとけの御なを御心にいれて御

こゑはいとたうとくて申給ふをきゝて

女はいたうなきけりかゝるきみにつかう

まつらてすくせつたなくかなしきことこ

乃おとこにほたされてとてなむ[无]なき

けるかゝるほとにみかときこしめしつけ

てこ乃男をはなかしつかはしてけれ

はこの女のいとこ乃宮す所女をはまかて

させてくらにこめてしおり給ふけれは

くらにこもりてなく

 あま乃かるもにすむ蟲[虫]のわれからと

 ねをこそなかめよ[世]をはうらみし

となきをれはこ乃おとこは[はイニナシ]人のくにより

夜ことにきつゝふえをいとおもしろくふ

きてこゑはおかしうてそあはれにう

たひけるかゝれはこの[濃]女はくらにこもり

なからそれにそあなるとはきけとあひ

・・

み[見]るへきにもあらてなむ有ける

 さりともと思ふらむ[无]こそかなしけれ

 あるにもあらぬみ[身]をしらすして

と思ひけり男は女しあはねはかくしあり

きつゝ人乃くにゝありきてかくうたふ

 いたつらにゆきてはきぬる物ゆへに

 み[見]まくほしさにいさなはれつゝ

水のおの[濃]御ときなるへしおほ宮すむ所も

そめとの[能]ゝきさきなり五條[条]のきさきとも[已上65段]

昔おとこつのくにゝしる所ありけるに

あにおと[止]ゝと[登]もたちひきゐ[井]てなに

は乃かたにいきけりなきさをみ[見]れは舟

とものあるをみ[見]て

 なにはつをけさこそみつのうらことに

 これやこ乃世をうみわたるふね

これをあはれかりて人ゝゝかへりにけり[已上66段]

昔おとこせうえうしにおもふとちかひ[いイ]

つらねていつみ乃くにへきさらきはかりに

・・

いきけりかうち乃くにいこまの[濃]山を

み[見]れはくもりみはれみ立ゐ[井]るくもやま

すあしたよりくもりてひる[日留]はれたり

雪いとしろう木のすゑにふりたりそ

れをみ[見]てかのゆく人乃なかにたゝひ

とりよみける

 き乃ふけふ雲のたちまひかくろふは

 花の[能]はやしをうしとなりけり[已上67段]

[挿絵32]

・・

昔おとこいつみの[能]くにへいきけり

住よしのこほり住吉乃さとすみよし

乃はまをゆくにいとおもしろけれはおり

ゐ[井]つゝゆくある人すみよしのはまとよ

めといふ

 かりなきて菊のはなさく秋はあれと

 春乃うみへにすみよしのはま

とよめりけれはみなひとゝゝよますなりにけり[已上68段]

[挿絵33]

・・

昔おとこ有けりそ乃おとこいせ[以勢]のくにゝ

かりのつかひにいきけるにかの[能]いせ

の[濃]齋宮なりけるひとのおやつね乃つかひ

よりはこ乃人よくいたはれといひやれり

けれはおやの事なりけれはいとねむ[无]

ころにいたはりけりあしたにはかりに

いたしたてゝやりゆふさりはかへりつゝ

そこにこさせけりかくてねむ[无]ころにいた

つきけり二日といふ夜おとこわれてあ

はむ[无]といふ女もはたあはしとも思へら[羅]す

されとひとめ[悲止女]しけ[計]け[介]れはえあはすつかひ

さねとある人なれはとをくもやとさす女

乃ねやも[もイニナシ]ちかくありけれは女人をしつ

めてねひとつはかりにおとこ乃もとに

きたりけり男はたねられさりけれはとの

かたをみいたしてふせるに月の[能]おほ

ろなるにちい[ひイ]さきわらはをさきにたてゝ

人たてり男いとうれしくてわかぬる所

・・

にゐていりてねひとつよりうしみつ

まてあるにまたなにこともかたらはぬに

かへりにけりおとこいとかなしくてねす

なりにけりつとめていふかしけれとわか

人をやるへきにしあらねはいと心もと

なくてまちをれはあけはなれてしはし

あるに女のもとよりことはゝなくて

 君やこしわれやゆきけむ[无]おもほえす

 ゆめかうつゝかねてかさめてか

おとこいといたうなきてよめる

 かきくらす心のやみにまとひにき

 夢うつゝとはこよひさためよ

とよみてやりてかりにいてぬ野にあり

けと心はそらにてこよひたに人しつめ

ていとゝくあはむ[无]と思ふにくにのかみいつ

き乃宮のかみかけたるかりの[濃]つかひあり

ときゝて夜ひとよさけ乃みしけれはも

はらあひこともえせてあけはおはりの國

・・

へたちなむ[无]とすれはおとこも人しれす

ち乃淚をなかせとえあはす夜やうゝゝ

あけなむ[无]とするほとに女かたより

いたすさかつきのさらにうたをかきて

いたしたりとりてみ[見]れは

 かち人の[濃]わたれとぬれぬえにしあれは

 とかきてすゑはなしその[能]さかつきのさら

につゐ[井][いイ]まつ乃すみしてうたの[能]すゑ

をかきつく

 又あふさかのせきはこえなむ[无]

とてあくれはおはりのくにへこえにけり

齋宮は水の[濃]お乃御とき文德天皇の御女こ

れたかの[能]みこのいもうと[已上69段]

・・

[挿絵34] 

むかしおとこかり乃つかひよりかへりき

けるにおほよとのわたりにやとり

ていつきのみやの[濃]わらはへにいひかけ[計]

け[介]る

 み[見]るめかる方やいつこそさほさして

 われにをしへよあまの[能]つり舟[已上70段]

むかしおとこいせ[以勢]の齋宮に内乃御つかひ

にてまい[ゐ]れりけれはか乃みやにすきこと

いひける女わ[和]たくしことにて

・・

 ちはやふる神の[濃]いかきもこえぬへし

 おほみや人乃み[見]まくほしさに

おとこ

 戀[恋]しくはきてもみ[見]よかしちはやふる

 神のいさむるみちならなくに[已上71段]

[挿絵35]

・・

昔おとこいせ乃くになりける女又えあ

はてとなりのくにへいくとていみしう[宇]

う[宇]らみけれは女

 おほよと乃松はつらくもあらなくに

 うらみてのみもかへるなみかな[已上72段]

昔そこにはありときけとせうそこをたに

いふへくもあらぬ女の[濃]あたりを思ひける

 めにはみ[見]て手にはとられぬ月のうち乃

 かつらの[能]ことき君にそありける[已上73段]

むかし男女をい[伊]たうう[宇宇]らみて

 岩ねふみかさなる山にあらねとも

 あはぬひ[日]おほくこひわ[和]たるかな[已上74段]

むかしおとこいせ[以勢]の[濃]くにゝゐていきて

あらむ[无]といひけれは女

 おほよとの濱におふてふみ[見]るからに

 こゝろはなきぬかたら[羅]はねとも

といひてましてつれなかりけれはおとこ

 袖ぬれてあま乃かりほすわたつ海の[能]

・・

 みるをあふにてやまむ[无]とやする

 岩まよりおふるみるめしつれなくは

 しほひしほみちかひもありなむ

又おとこ

 なみたにそぬれつゝしほるよ[世]乃人の[濃]

 つらき心はそての[能]しつくか

よ[世]にあふ事かたき女になむ[无][已上75段]

むかし二條[条]のきさきの[能]また春宮の[濃]みやす

む所と申けるとき氏神にまうて給ける

にこ乃ゑ[衞]つかさにさふらひけるおきな

人ゝゝのろくたまはるついてに御車より

たまはりてよみてたてまつりける

 おほはらやをしほ乃山もけふこそは

 神世のこともおもひいつらめ

とて心にもかなしとやおもひけむ[无]いかゝ

おもひけむしらすかし[已上76段]

むかし田むら乃みかとゝ申すみかとお

・・

はしましけりその[能]時の[濃]女御たかき

こと申すみ[見]まそかりけりそれうせ給て

安祥寺にてみわさしけり人ゝゝさゝけ

者たてまつりけりたてまつりあつめたる物

ちさゝけはかりありそこはくのさゝけもの[能]

を木乃枝につけてたう乃まへにたて

たれは山もさらにたうのまへにうこき

いてたるやうになむ[无]みえけるそれを

右大將にいまそかりけるふちはらのつね

ゆきと申すいまそかりてかう乃をはる

ほとにうたよむ人ゝゝをめしあつめて

けふ乃みわさを題にて春の[能]心はえある

うたゝてまつらせ給右乃むまのかみなり

けるおきなめはたかひなからよみける

 山のみなうつりてけふにあふ事は

 はる乃わかれをとふとなるへし

とよみたりけるをいまみ[見]れはよくもあら

さりけりそ乃かみはこれやまさりけむ[无]

・・

あはれかりけり[已上77段]

むかしたかきこと申す女御おはしま

しけりうせ給ひてな[な]ゝな[奈]ぬかのみわさ

安祥寺にてしけり右大將ふちはらの

つねゆきといふ人いまそかりけりそ乃み

わさにまうて給ひてかへさに山しな乃

せむしのみこおはしますその[能]やましな

乃宮にたきおとし水はしらせなとして

おもしろくつくられたるにまうて給うて

年ころよそにはつかうまつれとちか

くはいまたつかうまつらすこよひはこゝ

にさふらはむ[无]と申たまふみこよろ

こひ給ふてよるのおまし乃まうけさ

せたまふさるにか乃大將いてゝたは

かり給ふやう宮つかへのはしめにたゝ

なをやはあるへき三條[条]のおほみゆきせし

時き[紀]乃くにの千里のはまにありける

いとおもしろきいしたてまつれりきおほみ

・・

ゆきの[能]のちたてまつれりしかはある人

乃みさうし乃まへのみそにすへたり

しをしまこ乃みたまふきみなりこの[能]

いしをたてまつらむ[无]との給てみすいしむ[无]

とねりしてとりにつかはすいくはく

もなくてもてきぬこの[濃]いしきゝし

よりはみ[見]るはまされりこれをたゝにたて

まつらはすゝろなるへしとて人ゝゝ

にうたよませたまふ右のむまの[能]かみなり

ける人のをなむ[无]あをきこけをきさみて

まきゑの[能]かたにこ乃うたをつけてたて

まつりける

 あかねとも岩にそかふるいろみえぬ

 こゝろをみせむ[无]よしのなけれは

となむ[无]よめりける[已上78段]

・・

[挿絵36]

むかしうちのなかにみこうまれ給へり

けり御うふやに人ゝゝうたよみけり御

おほちかたなりけるおきなのよめる

 わか門[冂]にちひろあるかけをうへつれは

 なつふゆたれか[可]か[加]くれさるへき

これはさたかす乃みこときの[能]人中將の[濃]こ

となむ[无]いひけるあに乃中納言ゆきひら

の[濃]むすめのはらなり[已上79段]

・・

むかしおとろへたるいへ[伊部]にふちの花

うへたるひと[悲止]ありけりやよひのつこもり

にその[能]ひ[日]あめそほふるに人の[濃]もとへ

おりてたてまつらすとてよめる

 ぬれつゝそしゐておりつる年の内に

 はるはいくかもあらしとおもへは[已上80段]

[挿絵37]

・・

むかし左のおほいまうちきみいまそかり

けりかも河の[濃]ほとりに六條[条]わ[和]たりに家を

いとおもしろくつくりてすみ給ひけり神

な月乃つこもりかた菊の花うつろひさか

りなるに紅葉乃ちくさにみ[見]ゆるおりみこ

たちおはしまさせてよひと夜さけのみし

あそひて夜あけもてゆくほとにこ乃との

乃おもしろきをほむるうたよむそこにあ

りけるかたゐ[井]お[をイ]きなたいしき乃したには

ひありきて人にみなよませはてゝよめる

 しほかまにいつかきにけむ[无]あさなきに

 つりする舟はこゝによらなむ[无]

となむよみけるはみちのくにゝいきたりけ

るにあやしくおもしろきところゝゝゝおほ

かりけりわかみかと六十よ國乃なかにし

ほかまといふ所にゝたる所なかりけりさ

れはなむか乃お[をイ]きなさらにこゝをめてゝ

しほかまにいつかきにけむ[无]とよめりける[已上81段]

・・

[挿絵38]

むかしこれたかのみこと申すみこおは

しましけり山さきの[能]あなたにみなせ

といふところに宮ありけり年ことのさ

くら乃花さかりにはその[能]宮へなむおはし

ましけるそ乃時みきのむま乃かみなり

ける人をつねにゐておはしましけり

時よへて久しくなりにけれはその[能]人の[濃]

名わすれにけりかりはねむ[无]ころにも

せてさけを乃み[三]のみ[見]つゝやまとうたに

・・

かゝれりけり今かりするかたのゝなきさ

乃いへそのゐむ[无]の櫻[桜]ことにおもしろし

その[能]木乃もとにおりゐてえたをお[ゝイ]りてか

さしにさしてかみなかしもみな哥よみ

けりうまのかみなりける人の[濃]よめる

 世中にたえて[帝]さくらのなかりせは[八]

は[者]るの心はのとけからまし

となむ[无]よみたりける又ひとの[能]うた

 ちれはこそいとゝさくらはめてたけれ

 うきよ[世]になにかひさしかるへき

とてその木乃もとはたちてかへるにひ[日]

くれになりぬ御ともなる人さけをもた

せて野よりいてきたりこ乃さけを乃み

てむとてよき所をもとめゆくにあまの

かはといふ所にいたりぬみこにむまの[能]

かみおほみきまいるみこの[能]ゝたまひける

かたのをかりてあまのかは乃ほとりにい

たるをたいにてうたよみてさかつきは

・・

させとのたまうけれはかのむまの[能]かみよ

みてたてまつりける

 かりくらしたなはたつめに宿からむ[无]

 あま乃かはらに我はきにけり

みこうたを返ゝすし給うてかへし

えしたまはすきの[能]ありつね御ともに

つかうまつれりそれか返し

 一とせにひとたひきますきみまては

 やとかす人もあらしとそおもふ

[挿絵39]

・・

かへりて宮にいらせたまひぬよふくる

まてさけ乃みもの[能]かたりしてあるしの

みこゑひていり給ひなむ[无]とす十一日の[濃]

月もかくれなむ[无]とすれはかのむまの[能]かみ

乃よめる

 あかなくにまたきも月のかくるゝか

 山のはにけていれすもあらなむ[无]

みこにかはりたてまつりてきの[能]ありつね

 を[おイ]しなへてみねもたひらになりなゝむ[无]

 やま乃はなくは月もいらしを[已上82段]

むかしみなせにかよひ給ひしこれたか乃

みこれいのかりしにおはしますとも

にうまの[能]かみなるおきなつかうまつれり

ひ[日]ころへて宮にかへり給うけり御を

くりしてとくいなむとおもふにおほみ

きたまひろくたまはむ[无]とてつかはさ[佐]さ[左]り

けりこの[能]むま乃かみ心もとなかりて

 まくらとてくさひきむすふこともせし

・・

 あき乃夜とたにたのまれなくに

とよみけるときはやよひ乃つこもりなり

けりみこおほとの[濃]こもらてあかし給てけ

りかくしつゝまうてつかうまつりける

をおもひのほかに御くしおろし

たまうてけりむ月におかみたてまつらむ[无]

とてをの[能]にまうてたるにひえの山乃ふ

もとなれは雪いとたかし[之]し[志]ゐ[井]てみむろ

にまうてゝおかみたてまつるにつれゝゝ

といともの[乃]かなしくておはしましけれは

やゝひ[日]さしくさふらひていにしへ

乃ことなとおもひいてゝきこえけりさて

もさふらひてしかなと思へとおほや

けことゝもありけれはえさふらはてゆふ

くれにかへるとて

 わ[和]すれては夢かとそ思ふおもひきや

 雪ふみわけてきみをみ[見]む[无]とは

とてなむ[无]なくゝゝきにける[已上83段]

・・

[挿絵40]

昔おとこありけりみ[身]はいやしなからはゝ

なむ宮なりけるその[能]はゝなかをかといふ

所にすみ給けり子は京に宮つかへし

けれはまうつとしけれとしはゝゝえ

まうてすひとつ子にさへありけれはいと

かなしうし給ひけりさるにしはすはかり

にとみのことと[止止]て御ふみありおとろきて

みれはうたあり

 おいぬれはさらぬ別のありといへは

・・

 いよゝゝみ[見]まくほしき君かな

かの子い[伊]たうう[宇宇]ちなきてよめる

 世中にさらぬわかれのなくもなか[可奈]

 千よもといのる人の[濃]こ乃ため[已上84段]

むかしおとこありけりわらはよりつかう

まつりけるきみ御くしおろし給うて

けりむ月にはかならすまうてけりおほ

やけ乃宮つかへしけれはつねには

えまうてすされともとの[能]心うしなはて

まうてけるになむ[无]ありけるむかしつかう

まつりし人そくなるせんしなるあまた

まい[ゐイ]りあつまりてむ月なれはことたつと

ておほみきたまひけりゆき[由支]こほすかこと

ふりてひ[日]ねもすにやますみなひとゑ

ひて雪にふりこめられたりといふを題

にてうたありけり

 思へともみ[身]をしわけねはめかれせぬ

 ゆき[遊支]のつもるそわかこゝろなる

とよめりけれはみこいといたうあはれか

り給うて御そぬきてたまへりけり[已上85段]

むかしいとわ[和]かきおとこわかき女をあひ

いへりけりをのゝゝおやありけれはつゝ

みていひさしてやみにけり年ころへて

女のもとになを[ほイ]心さしはたさむ[无]とや思

けむ[无]おとこうたをよみてやれりけり

 今まてにわ[和]すれぬ人はよ[世]にもあらし

 をのかさゝゝ年乃へぬれは

とてやみにけりおとこも女もあひはな

れぬ宮つかへになむ[无]いてにける[已上86段]

むかしおとこつの國むはら乃こほりあし

やのさとにしるよし[之]し[志]ていきてすみ

けりむかし乃うたに

 蘆のやの[能]なたのしほやきいとまなみ

 つけ乃を[おイ]くしもさゝすきにけり

とよみけるそこの[能]さとをよみけるこゝ

をなむ[无]あしやの[濃]なたとはいひけるこ乃

・・

おとこなま宮つかへしけれはそれを

たよりにてゑう乃すけともあつまり

きにけりこの[濃]男のこの[能]かみもゑふのかみ

なりけりその[能]いゑ[へイ]乃まへの[能]海のほとりに

あそひありきていさこ乃山の[濃]かみにあり

といふぬのひき乃たきみにのほらむ[无]と

いひて乃ほりてみるにそ乃たきもの[能]より

ことなりなかさ二十丈ひろさ五丈はかり

なるいしのおもてにしらきぬにいはを

つゝめらむ[无]やうになむ[无]ありけるさる

たきの[能]かみにわらうたのおほきさして

さしいてたるいしありそ乃いしの[濃]

うへにはしりかゝる水はせうかうし

くりのおほきさにてこほれおつそこ

なる人にみなたきの[能]うたよますかのゑふ

乃かみまつよむ

 我世をはけふかあすかとまつかひの

 なみたのたきといつれたかけむ[无]

・・

あるしつきによむ

 ぬきみたる人こそあるらし[之]し[志]ら玉の

 まなくもちるか袖のせはきに

とよめりけれはかたへ乃人わらふことに

やありけむ[无]こ乃うたにめてゝやみにけり

[挿絵41]

・・

かへりくるみちとを[ほイ]くてうせにし宮内卿

もちよしか家の[濃]まへくるにひ[日]くれ

ぬやとりのかたをみやれはあま乃いさり

する[するイニナシ]火おほくみ[見]ゆるにかのあるしの[能]

おとこよむ

 はるゝ夜の[濃]ほしか河へのほたるかも

 わかすむかたのあま乃たく火か

とよみていゑ[へイ]にかへりきぬその[能]夜みな

み乃風ふきてなみいとたかしつとめて

その[能]いゑ[へイ]のめ乃こともいてゝうきみる乃

なみによせられたるひろひていゑ[へイ]のうち

にもてきぬ女かたよりそ乃みるをたかつ

きにもりてかしはをおほひていたしたる

かしはにかけり

 わ[和]たつ海のかさしにさすといはふもゝ

 きみかためにはおしまさりけり

ゐ[井]なかひと[日止]乃うたにてはあまれり

やたらすや[已上87段]

・・

[挿絵42]

むかしいとわかきにはあらぬこれかれ[己禮加連]と

もたちともあつまりて月をみ[見]てそれか

中にひとり

 おほかたは月をもめてしこれそこ乃

 つもれはひと乃老となるもの[已上88段]

むかしいやしからぬおとこわれよりはま

さりたる人をおもひかけてとしへける

 人しれすわれ戀[恋]しなはあちきなく

 いつれの神になき名をおほせむ[已上89段]

・・

むかしつれなき人をいかてと思ひわ[和]たり

けれはあはれとやおもひけむ[无]さらはあす

もの[能]こしにてもといへりけるをかきり

なくうれしく又うたかはしかりけれは

おもしろかりける櫻[桜]につけて

 さくら花けふこそかくもにほふとも

 あなた乃みかたあすの[能]よ乃こと

といふ心はへもあるへし[已上90段]

むかし月日のゆくをさへなけくおとこ三

月つこもりかたに

 おしめとも春の[濃]かきりのけふ乃ひ[日]の

 ゆふくれにさへなりにけるかな[已上91段]

昔戀[恋]しさにきつゝかへれと女にせう

そこをたにえせてよめる

 あしへこくたなゝし小舟いくそたひ

 ゆ[遊]きかへるらむ[无]しる人もなみ[已上92段]

むかしおとこみ[身]はいやしくていとになき

人をおもひかけたりけりすこした乃み

・・

ぬへきさまにやありけむ[无]ふしておも

ひおきておもひ思ひわひてよめる

 あふなゝゝゝ思ひはすへしなそへなく

 たかきいやしきくるしかりけり

むかしもかゝることはよ[世]のことわりに

やありけむ[已上93段]

[挿絵43]

・・

昔おとこありけりいかゝ有けむ[无]その[能]おと

こすますなりにけり後におとこあり

けれと子あるなかなりけれはこまかに

こそあらねと[登]と[止]きゝゝもの[能]いひをこせ

けり女かたにゑかく人なりけれはかき

にやれりけるをいま乃おとこのも乃

すとてひとひふつかを[おイ]こせさりけりかの

おとこいとつらくを乃かきこゆることをは

いまゝてたまはねはことはりとおもへと

なを[ほ]人をはうらみつへき物になむ[无]あり

けるとてろうしてよみてやれりける時は

あきになむ[无]ありける

 秋の[濃]夜は春ひ[日]わするゝもの[能]なれや

 かすみにきりやちへまさるらむ[无]

となむよめりける女返し

 ちゝの[能]あきひ[日]とつの春にむかはめや

 もみちも花もともにこそちれ[已上94段]

むかし二條[条]の[濃]きさきにつかうまつる男

・・

ありけり女のつかうまつるをつねにみ[見]

かはしてよはひわ[和]たりけりいかて物こし

にたいめむ[无]しておほつかなくおもひ

つめたることすこしはるかさむといひ

けれは女いとしのひてもの[能]こしに

あひにけりものかたりなとしておとこ

 ひこほしにこひはまさりぬあまの河

 へたつるせきをいまはやめてよ

この[濃]うたにめてゝあひにけり[已上95段]

[挿絵44]

・・

昔おとこありけり女をとかくいふこと月日

へにけりいは木にしあらねは心くるしとや

思けむやうゝゝあはれと思けりそ乃ころ

みな月乃もちはかりなりけれは女み[身]にかさ

ひとつ[比止つ]ふたつ[布太つ]いてきにけり女いひをこせ

たるいまはなにの心もなしみ[身]にかさも

ひとつ[悲止徒]ふたつ[不多川]いてたりときもいとあつし

すこしあき風ふきたちなむ[无]時かならす

あはむ[无]といへりけり秋まつころをひに

こゝかしこよりその[能]人の[濃]もとへいなむす

なりとてくせちいてきにけりさりけれは

女の[能]せうとにはかにむかへにきたりさ

れはこ乃女かえての[能]はつもみちをひろは

せてうたをよみてかきつけてを[おイ]こせたり

 あきかけていひしなからもあらなくに

 木葉ふりしくえにこそありけれ

とかきを[おイ]きてかしこより人をこせはこれ

をやれとていぬさてやかてのちつゐ[井][ひイ]に

・・

けふまてしらすよくてやあらむ[无]あし

くてやあらむいにし所もしらすかの

おとこはあまのさかてをうちてなむ[无]の

ろひをるなる[无]むくつけきことひとの[能]ゝろ

ひことはおふ物にやあらむ[无]おはぬ

ものにやあらむ[无]いまこそはみめとそ

いふなる[已上96段]

昔ほりかはのおほいまうちきみと申い

まそかりけり四十の[能]賀九條[条]の[濃]家にてせら

れけるひ[日]中將なりけるおきな

 さくら花ちりかひくもれ老ら[羅]くの

 こむといふなる道まかふかに[已上97段]

むかしおほきおほいまうち君ときこゆる

おはしけりつかうまつるおとこ長月はかり

に梅の[濃]つくりえたにきしをつけて

たてまつるとて

 わかたのむ君かためにとお[をイ]る花は

 ときしもわかぬもの[能]にそ有ける

とよみてたてまつりたりけれはいとかしこ

くをかしかり給ひてつかひにろくた

まへりけり[已上98段]

[挿絵45]

・・

むかしおとこ右近の馬場の[濃]ひをり乃ひ[日]む

かひにたてたりける車に女の[能]かほ乃

したすたれよりほのかにみえけれは中將

なりけるおとこのよみてやりける

 みすもあらすみ[見]もせぬ人の戀[恋]しくは

 あやなくけふやなかめくらさむ[无]

返し

 しるしらぬなにかあやなくわ[和]きていはむ

 おもひ乃みこそしるへなりけれ

のちはたれとしりにけり[已上99段]

むかしおとこ後凉殿の[濃]はさまをわ[和]たりけれは

あるやむことなきひと[日止]乃御つほねよりわ[和]

すれくさをし乃ふ草とやいふとていた

させ給へりけれはたまはりて

 わすれ草おふる野へとはみ[見]るらめと

 こはし乃ふなり後もたのまむ[无][已上100段]

むかし左兵衞督なりけるありはら乃ゆき

ひらといふありけりその[能]人の[濃]家によき

・・

さけありときゝてうへにありける左中辨[弁]

ふちはらのまさちかといふをなむまらう

とさねにてそ乃ひ[日]はあるしまうけした

りけるなさけある人にてかめにはなを

させりその[能]花のなかにあやしきふちの花

ありけりはな乃しなひ三尺六寸はかりなむ

有けるそれをたいにてよむよみはてか

たにあるし乃はらからなるあるし[之]し[志]

たまふときゝてきたりけれはとらへてよ

ませけるもとよりうたの[能]ことはしらさり

けれはすまひけれとしゐてよませけれは

かくなむ

 さくはなのしたにかくるゝ人をほみ

 ありしにまさるふちの[能]かけかも

なとかくしもよむといひけれはおほき

おとゝ乃ゑい花のさかりにみまそかりて

藤氏の[濃]ことにさかゆるを思ひてよめると

なむいひけるみな人そしらすなりにけり[已上101段]

・・

[挿絵46]

昔おとこありけり哥はよまさりけれとよ[世]

乃なかを思ひしりたりけりあてなる女乃

あまになりて世中をおもひうむして京

にもあらすはるかなる山さとにすみけり

もとしそくなりけれはよみてやりける

 そむくとて雲にはのらぬもの[能]なれと

 よのうきことそよそになるてふ

となむ[无]いひやりける齋宮のみやなり[已上102段]

むかしおとこ有けりいとまめにしち

・・

ようにてあたなる心なかりけりふかくさ

のみかとになむつかうまつりける心あ

やまりやしたりけむ[无]みこたちのつかひ給

ける人をあひいへりけりさて

 ねぬる夜の夢をはかなみまとろめは

 いやはかなにもなりまさるかな

となむ[无]よみてやりけるさるうたの[能]きた

なけさよ[已上103段]

むかしことなる事なくてあまになれる

人有けりかたちをやつしたけれと物や

ゆかしかりけむかものまつりみ[見]にいてたり

けるをおとこうたよみてやる

 よをうみのあまとし人をみるからに

 めくはせよともたのまるゝかな

これは齋宮乃もの[能]みたまひける車に

かくきこえたりけれはみ[見]さしてかへり

やまひにけりとなむ[104段]

むかしおとこかくてはしぬへしといひ

やりたりけれは女

 しら露はけなはけなゝむきえすとて

 玉にぬくへき人もあらしを

といへりけれはいとなめしと思ひけれと

心さしはいやまさりけり[已上105段]

むかしおとこみこたちのせうえうし

給う所にまうてゝ立田川乃ほとりにて

 ちはやふる神代もきかすたつたかは

 からくれなゐ[井]に水くゝるとは[已上106段]

[挿絵47]

・・

昔あてなるおとこありけりその[能]男の[濃]もと

なりける人を内記にありける藤はら乃

としゆきといふ人よはひけりされと

また[またイニナシ]わかけれはふみもおさゝゝし

からすこと葉もいひしらすいはむ[无]や哥は

よまさりけれはかの[能]あるしなる人あむを

かきてかゝせてやりけりめてまとひに

けりさておとこのよめる

 つれゝゝ乃なかめにまさるなみた川

 袖乃みひちてあふよしもなし

返しれい乃おとこ女にかはりて

 あさみこそ袖はひつらめなみた川

 み[身]さへなかるときかはたのまむ

といへりけれはおとこいといたうめてゝ

いまゝてまきてふはこにいれてありと

なむいふなるおとこふみをこせたりえて

後の[濃]ことなりけりあめ乃ふりぬへきに

なむ[无]みわ[和]つらひ侍るみ[身]さいはひあらは

・・

こ乃あめはふらしといへりけれはれいの[濃]男

女にかはりてよみてやらす

 かすゝゝに思ひおもはすとひかたみ

 み[身]をしる雨はふりそまされる

とよみてやれりけれはみのもかさもとり

あへてしとゝにぬれてまとひきにけり[已上107段]

むかし女人の心をうらみて

 風ふけはとはになみこす岩なれや

 わか衣手乃かはくときなき

とつね乃ことくさにいひけるをきゝ

おひけるおとこ

 よゐ[ひイ]ことにかはつ乃あまたなく田には

 水こそまされあめはふらねと[已上108段]

むかしおとこともたちの人をうしな

へるかもとにやりける

 花よりも人こそあたになりにけれ

 いつれをさきにこひむ[无]とかみ[見]し[109段]

昔おとこみそかにかよふ女ありけりそれ

・・

かもとよりこよひ夢になむ[无]み[見]え給ひ

つるといへりけれは男

 思ひあまり出にし玉のあるならむ[无]

 夜ふかくみえはたまむすひせよ[已上110段]

むかしおとこやむことなき女のもとに

なくなりにけるをとふらふやうにて

いひやりける

 いにしへは有もやしけむ[无]今そしる

 またみぬ人をこふるものとは

返し

 したひもの[能]しるしとするもとけなくに

 かたるかことはこひすそあるへき

又返し

 戀[恋]しとはさらにいはし[之]し[志]たひもの[能]

 とけむを人はそれとしらなむ[无][已上111段]

むかしおとこねむ[无]ころにいひちきり

れる女のことさまになりにけれは

 すまの[能]あま乃しほやく煙風をいたみ

・・

 おもはぬかたにたなひきにけり[已上112段]

むかしおとこやもめにてゐて

 なかゝらぬいのち乃ほとに忘るゝは

 いかにみしかき心なるらむ[无][已上113段]

昔仁和の[濃]みかとせり川に行かうし

給ける時いまはさることにけなく思けれ

ともとつきにけることなれはおほたかの

たか[加]か[可]ひにてさふらはせたまひけるすり

かりきぬのたもとにかきつけ[計]け[遣]る

 おきなさひ人なとかめそかりころも

 けふはかりとそたつもなくなる

おほやけの御けしきあしかりけりを乃

かよはひをおもひけれとわか[可]か[加]らぬ人は

きゝおひけりとや[已上114段]

むかしみち乃くにゝておとこ女すみけり

おとこ宮こへいなむ[无]といふこの[能]女いと

かなしうてむまの[能]はなむけをたにせむと

ておきのゐ[井]て宮こしまといふ所にてさけ

のませてよめる

 お[をイ]きの[能]ゐてみ[身]をやくよりもかなしきは

 みやこしまへ乃わかれなりけり[115段]

昔おとこすゝろにみちのくにまてまとひ

いにけり京に思ふ人にいひやる

 なみまよりみゆるこしまの[濃]はまひさし

 ひさしくなりぬ君にあひみ[見]て

なに事もみなよくなりにけりとなむ[无]

いひやりける[已上116段]

むかしみかと住吉に行幸し給ひけり

 我み[見]てもひさしくなりぬ住よし乃

 きしのひめ松いくよ[世]へぬらむ[无]

おほむ神けきやうし給ひて

 むつましと君はしらなみ[見]み[三]つかき乃

 ひさしき世よりいはひそめてき[已上117]

むかしおとこひさしくを[おイ]ともせてわす

るゝこゝろもなしまい[ゐイ]りこむ[无]といへり

けれは

・・

 玉かつらはふ木あまたになりぬれは

 たえぬ心乃うれしけもなし[已上118段]

昔女のあたなるおとこのかたみ[可太見]とてを[おイ]き

たる物ともをみ[見]て

 かたみ[加多見]こそ今はあたなれこれなくは

 わするゝときもあらましもの[能]を[已上119段]

[挿絵48]

・・

むかしおとこ女のまたよへすとおほえた

るか人の[濃]御もとにし乃ひてものきこえ

てのちほとへて

 あふみなるつくまの[能]まつりとくせなむ

 つれなき人のなへ乃かすみ[見]む[已上120段]

むかしおとこ梅つぼより雨にぬれて

人のまかりいつるをみ[見]て

 うくひすの花をぬふてふかさもかな

 ぬるめる人にきせてかへさむ

返し

 鶯[鴬]のはなをぬふてふかさはいな

 おもひをつけよほしてかへさむ[无][已上121段]

むかし男ちきれることあやまれる人に

 やましろの[能]ゐ[井]ての[濃]玉水てにむすひ

 たのみしかひもなきよなりけり

といひやれといらへもせす[122段]

昔おとこありけりふかくさにすみける女

をやうゝゝあきかたにやおもひけむ[无]

・・

かゝるうたをよみけり

 年をへて住こしさとを出ていなは

 いとゝふかくさ野とやなりなむ

女返し

 野とならはうつらとなりて鳴をらむ[无]

 かりにたにやは君はこさらむ[无]

とよめりけるにめてゝゆかむとおもふ

心なくなりにけり[123段]

むかしおとこい[伊]かなりける事をおもひ

けるお[をイ]りにかよめる

 思ふ事いはてそたゝにやみぬへき

 我とひとしき人しなけれは[已上124]

昔おとこわつらひて心地しぬへくお

ほえけれは

 つゐ[井]にゆく道とはかねてきゝしかと

 昨日けふとはおもはさりしを[已上125段]

・・

[挿絵49]







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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