金槐和歌集/源実朝/9補遺
據校註金槐和歌集/佐々木信綱
奧書云、
昭和元年十二月廿七日印刷
昭和二年一月一日發行
明治書院
金槐和謌集補遺
貞亨本所載哥
梅の花を詠める
さきしよりかねてそをしき梅の花ちりのわかれはわかみとおもへは
雨中柳
あをやきの絲よりつたふしらつゆを玉とみるまてはるさめそふる
水底款冬といふ叓を人ゝあまたつかうまつらせしついてに
聲たかみかはつなくなりゐての川きしのやまふきいまはちるらん
三月盡
朝きよめ格子[※かうし]なあけそゆく春をわかねやのうちにしはしとゝめん
卯花
わか宿のかきねにさけるうのはなのうきことしけきよにこそありけれ
神まつるうつきになれはうのはなのうきことの葉の數やまさらん
深夜杜字
さつきやみさ夜ふけぬらしほとゝきす神なひ山におのかつまよふ
郭公
たまくしけはこねの山のほとゝきすむかふのさとにあさなあさななく
照射
さ月やまおほつかなきを夕つく夜こかくれてのみ鹿やまつらん
蟬
いつみかはゝはそのもりに鳴くせみのこゑのすめるは夏のふかきか〇
夏の暮によめる
みそきする萱の軒端にひくしてのまつはれつきて夏をとゝめん
〇
いまよりはすゝしくなりぬひくらしのなくやまかけにあきのゆふかせ
菊を
ませのうちによるおく露やいかならむぬれつゝきくのうつろひにける
霰
ものゝふの矢なみつくろふこてのうへに霰たはしるなすのしのはら〇
さゝの葉にあられさやきてみやま邊のみねのこからししきりて吹きぬ
雪
ひさかたのあま雲あへりかつらきや髙まの山はみ雪ふるらし
建曆二年十二月雪のふり侍りける日山家の景氣を見侍らんとて民部大夫行光か家にまかり侍りけるに山城判官行村なとあまた侍り和歌管絃の遊ありて夜ふけて歸り侍りしに行光黑馬をたひけるを又の日見けるにたつかみに紙をむすひ侍るを見れは
この雪をわけてこゝろのきみにあれは主しる駒のためしをそひく
返し
ぬししれとひきけるこまのゆきをわけはかしこきあとにかへれとそおもふ
みつからかきて好士を撰ひ侍りしに内藤馬允知親を使として遣はし侍し
建保五年十二月方違の爲に永福寺の僧坊にまかりてあした歸り侍るとて小袖を殘しおきて
春まちてかすみの袖にかさねよと霜のころものおきてこそゆけ
戀哥の中に
はみのほるあゆすむかはの瀨をはやみはやくや君にこひわたりなん
夕つく夜おほつかなきをくもまよりほのかにみえしそれかあらぬか〇
かれはてんのちしのへとやなつ草のふかくは人のたのめおきけん
いまさらにわか名はたゝし瓦屋のしたしくけふりくゆりわふとも
藻鹽やくあまのたく火のほのかにもわか思ふ人をみるよしもかな
あしひきの山にすむてふやまかつのこゝろもしらぬ戀もするかな
かせふけは波うつきしのいはなれやかたくもあるか人のこゝろの
よそにてもあるへきものをなかなかに何しか人にむつれそめけむ
名所戀のこゝろをよめる
から衣きなれのさとに君をおきてしま松の木のまてはくるしも
わかせこをまつちのやまの葛かつらたまさかにたにくるよしもかな[イなし]
みつくきのをか邊の眞くすかれしより身をあきかせのふかぬひはなし
いかにせんいのちもしらすまつやまのうへこす波にくちぬおもひを
忍戀
時雨ふるあきのやまへにをくしものいろには出てし[濁]いろにいつとも
寄月待人
しのふれはくるしきものをやまのはにさしいつるつきのかけにみえなん
うらみわひまたしとおもふゆふへたになほやまのはにつきはいてにけり
寄風戀
から衣すそあはぬつまに吹く風のめにこそ見えね身にはしみけり
寄露戀
いろをたに袖よりつたふした萩のしのひし秋の野へのゆふつゆ
今も見てしか山かつのといふ叓を
やまかつのかきほにさけるなてしこの花のこゝろをしる人のなき
ある人のもとに遣はし侍りし
秋の田のほのうへにすかくさゝかにのいとわれはかりものはおもはし
旅のこゝろを
くさまくらたひにしあれはいもにこひさむるまをなみ夢さへ見えす
あつま路のさやのなかやまこえていなはいとゝ都やとほさかりなん
旅泊
みなとかせいたくなふきそしなかとりゐなのみつうみ舟とむるまて
やらの崎つきかけさむしおきつとりかもといふ舟うきねすらしも
素暹法師物へまかり侍りけるにつかはしける
おきつなみやそしまかけてすむ千とりこゝろひとつといかゝたのまん
返し
濱ちとりやそしまかけてかよふともすみこし波をいかゝわすれん
秋の比いひなれたる人の物へまかりしに便につけて書き遣すとて
思ひ出てよ見し世はよそになりぬともありし名殘の有明の月
建保六年十一月素暹法師[于時胤行]下總國に侍りし比のほるへきよし申し遣はすとて
戀しともおもはていかゝ久かたのあまてる神も空にしるらん
社頭夏月
なかむれはふくかせすゝし三輪のやますきのこすゑを出つる月かけ
寄松祝といふ叓を
たつのゐるなからの濱の濱松のまつとはなしにちよを[イも]こそふれ
ゆくすゑの千とせをこめて春かすみたつたのやまにまつかせそふく
障子の繪に岩に松のおひたる所
いはのうへにおふるこまつのとしもへぬいくちよまてとちきりおきけむ
寄竹祝
たけのはにふりおほふ雪のうれをおもみしたにもちよの色はかくれす
なよ竹のなゝのもゝそちおいぬれとやそのちふしは色もかはらす
なよ竹のちゝのさえたのはゝ枝のそのふしふしによゝはこもれり
あひおひのそてのふれにし宿のたけよゝはへにけりわか友として
慶賀の哥
みやはしらふとしきたてゝよろつよにいまそさかえんかまくらのさと
大嘗會の年の哥に
いまつくる黑木のもろ屋ふりすして君は通はん萬世まてに
夫木和歌抄所載
梅
見ても猶あかすそありける水の江のよし野の宮の梅の初花
郭公御歌中
しなか鳥ゐな山わかれほとゝきすなきゆく聲は旅人そきく
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