金槐和歌集/源実朝/8雜
據校註金槐和歌集/佐々木信綱
奧書云、
昭和元年十二月廿七日印刷
昭和二年一月一日發行
明治書院
金槐和謌集
雜
海邊立春といふ叓をよめる
しほかまのうらのまつかせかすむ也やそしまかけてはるやたつらん
子日
いかにして野なかのまつのふりぬらむ昔のひとはひかすやありけむ
殘雪
はるきてははなとか見らんおのつからくちきのそまにふれるしら雪
鶯
ふか草のたにのうくひすはることにあはれむかしとねをのみそなく
くさふかきかすみの谷にはくゝもるうくひすのみやむかしこふらし
海邊春月
すみよしのまつの木かくれゆく月のおほろにかすむはるのよのそら
屏風に賀茂へ詣てたる所
たちよれはころも手すゝしみたらしやかけみるきしのまつの川なみ
海邊春望
なにはかたこき出つる舟のめもはるにかすみにきえて歸るかりかね
關路花
名にしおははいさたつねみむあふ坂のせきちににほふ花はありやと
たつねみるかひはまことにあふ坂のせきちににほふ花にそありける
あふさかのあらしのかせにちるはなをしはしととむる關もりそなき
あふさかのせきのせきやの板ひさしまはらなれはやはなのもるらん〇
櫻
いにしへの朽ち木のさくら春ことにあはれむかしとおもふかひなし
うつせみのよは夢なれやさくらはなさきてはちりぬあはれいつまて〇
屏風に春の繪かきたる所を見てよめる
見てのみそおとろかれぬるむは玉のゆめかとおもひし春ののこれる
撫子
ゆかしくはゆきても見ませゆき島のいはほにおふるなてしこのはな
[空白]
わかやとのませのはたてにはふ瓜のなりもならすもふたりねまほし[この哥のまへに題おちたり。ませのはたてハ籬のはて]
祓哥
わかくにのやまとしまねの神たちをけふのみそきにたむけつるかな
あた人のあたにある身のあた叓をけふみな月のはらへすてつといふ
山家思秋
ことしけきよをのかれにしやま里にいかにたつねてあきのきつらん
ひとりゆくそてよりおくかおく山のこけのとほそのみちのゆふつゆ
故鄕蟲
たのめこしひとたにとはぬふる里にたれまつむしのよはになくらん
故鄕のこゝろを
うつら鳴くふりにしさとの淺茅生にいくよのあきのつゆかおきけむ
契むなしくなれるこゝろをよめる
ちきりけむこれやむかしの宿ならんあさちかはらにうつらなくなり
あれたる宿の月といふこゝろを
あさち原ぬしなきやとのにはのおもにあはれいくよの月かすみけん
月をよめる
思ひ出てゝむかしをしのふ袖のうへにありしにもあらぬ月そ宿れる
故鄕月
ゆきめくりまたもきてみむふる里のやともるつきはわれをわするな〇
おほはらやおほろのしみつ里とほみひとこそくまねつきはすみけり
水邊月
わくらはにゆきてもみしかさめかゐのふるきしみつにやとる月かけ
まないたといふ物の上に雁をあらぬさまにして置きたるを見てよめる
哀れ也くもゐのよそにゆくかりもかゝるすかたになりぬとおもへは
聲うちそふる沖つ白波といふ叓を人ゝあまたつかうまつりしついてに
すみのえの岸のまつふくあきかせをたのめてなみのよるをまちける
月前千鳥
玉つしまわかのまつはらゆめにたにまたみぬつきに千とりなくなり
冬初によめる
はるといひなつとすくしてあきかせの吹上のはまにふゆはきにけり
濱へ出てたりしに海士のもしほ火を見て
いつもかくさひしきものかあしのやにたきすさひたるあまの藻汐火[※海士ハあま]
みつとりのかものうきねのうきなから玉ものとこにいくよへぬらん
松間雪
たかさこのをのへのまつにふるゆきのふりていくよの年かつもれる
ゆきつもる和歌の松はらふりにけりいくよへぬらむたまつしまもり
海邊冬月
つきのすむ磯のまつかせさえさえてしろくそみゆるゆきのしらはま
屏風に那智のみ山かきたる所
冬こもりなちのあらしのさむけれは苔のころものうすくやあるらん
深山に炭やくを見てよめる
すみをやくひとのこゝろもあはれ也さてもこのよをすくるならひは
足にわつらふ叓ありて入りこもれりし人のもとに雪ふりし日よみて遣はす哥
ふる雪をいかにあはれとなかむらんこゝろは思ふとも足たゝすして
老人寒を厭ふといふ叓を
としふれはさむきしもこそさえけらしかうへは山のゆきならなくに
雪
われのみそかなしとはおもふなみのよる山のひたひに雪のふれゝは
としつもるこしのしら山しらすともかしらのゆきをあはれとはみよ
老人憐歳暮
老ぬれはとしのくれゆくたひことにわか身ひとつとおもほゆるかな
しらかといひ老ぬるけにやことしあれは年のはやくもおもほゆる哉
うちわすれはかなくてのみすくしきぬあはれと思へ身につもるとし
あしひきのやまよりおくに宿もかなとしのくましきかくれかにせむ
年のはての哥
ゆくとしのゆくへをとへはよのなかの人こそひとつまうくへらなれ
雜
はるあきはかはりゆけともわたつうみのなかなる島のまつそ久しき
三崎といふ所へまかれりし道に磯邊の松としふりにけるを見てよめる
磯のまついくひさゝにかなりぬらんいたくこたかきかせのおとかな
ものまうてし侍りし時磯のほとりに松一本ありしを見てよめる
あつさ弓いそへにたてるひとつまつあなつれつれけともなしにして
屏風哥
としふれは老にたふれて朽ちぬへき身はすみの江のまつならなくに
すみのえのきしのひめまつふりに鳬いつれのよにかたねはまきけん
とよくにのきくのはま松おいにけりしらすいくよのとしかへにけむ
屏風繪に野の中に松三本おひたる所をきぬかふれる女一人とほりたる
おのつから我をたつぬるひともあらはのなかのまつよみきと語るな
かち人の橋わたりたる所
かちひとのわたれはゆるくかつしかのまゝのつき橋くちやしぬらん
故鄕のこゝろを
いにしへをしのふとなしにいそのかみふりにし里にわれはきにけり
いそのかみふるきみやこは神さひてたゝるにしあれや人もかよはぬ
相州の土屋といふ所に九十にあまれる朽法師ありおのつからきたる昔かたりなとせしついてに身のたちゐに堪へすなんなりぬる叓をなくなく申し出てぬ時に老といふ叓を人ゝに仰せてつかうまつらせしついてに詠み侍る哥
我いくそ見し世の叓をおもひ出てつあくるほとなきよるのねさめに
おもひ出てゝよるはすからにねをそなくありし昔の世ゝのふること
なかなかに老はほれてもわすれなてなとかむかしをいとしのふらん
道とをし腰はふたへにかゝまれりつゑにすかりてそこゝまてもくる
さりともと思ふものから日をへてはしたいしたいによはるかなしさ
雜哥
いつくにてよをはつくさむ菅原やふしみの里もあれぬといふものを
歎き佗ひよをそむくへきかたしらすよしのゝ奧もすみうしといへり
よにふれはうきことの葉のかすことに絕えすなみたの露そおきける
蘆
難波かたうきふししけきあしの葉にをきたるつゆのあはれよのなか
舟
よのなかはつねにもかもななきさこくあまのを舟のつな手かなしも
千鳥
あさほらけあとなき波になく千とりあなことことしあはれいつまて〇
鶴
さは邊より雲ゐにかよふあしたつもうきことあれやねのみ鳴くらん
慈悲の心を
ものいはぬよものけたものすらたにもあはれなるかなや親の子を思ふ
道のほとりに幼なき童の母を尋ねていたく泣くを其あたりの人に尋ねしかは父母なん身まかりにしと答へ侍りしを聞きてよめる
いとほしやみるになみたもとゝまらすおやもなきこの母をたつぬる
無常を
かくてのみありてはかなき世の中をうしとやいはん哀れとやいはん
うつゝとも夢ともしらぬよにしあれはありとてありと賴むへき身か
佗ひ人の世にたちめくるを見てよめる
とにかくにあはれありけるよにしあれはなしとてもなきよをもふるかも
日比病すとも聞かさりし人曉はかなくなりにけると聞きてよめる
きゝてしもおとろくへきにあらねともはかなきゆめのよにこそありけれ
世中つねならすといふ叓を人もとに詠みて遣はし侍りし
よのなかにかしこきこともはかなきもおもひしとけはゆめにそありける
大乘作中道觀哥
よのなかはかゝみにうつるかけにあれやあるにもあらすなきにもあらす
思罪業哥
ほのほのみ虛空[※こくう]にみてる阿鼻地獄[※あひちこく]ゆくへもなしといふもはかなし
懺悔哥
塔[※たふ]をくみ堂[※たう]をつくるも人なけき懺悔にまさる功德[※くとく]やはある
得功德哥
大日[※たいにち]の種子[※しゆし]よりいてゝさまや形[※きやう]さまやきやう又尊形[※そむきやう]となる
心の心をよめる
神といひほとけといふもよのなかのひとのこゝろのほかのものかは
建曆元年七月洪水漫天土民愁歎せん叓を思ひて一人奉向本尊聊致祈念云
時により過くれは民の歎きなり八大龍王[※はちたいりうわう]あめやめ給へ
人心不常といふ叓をよめる
とにかくにあな定めなのよのなかやよろこふものあれは佗ふるものあり
黑
むは玉やゝみのくらきにあまくもの八重くもかくれ鴈そなくなる
白
かもめゐる沖のしらすにふるゆきのはれゆくそらのつきのさやけさ
ある人都の方へのほり侍りしに便につけて詠みて遣はす哥
よをさむみひとりねさめのとこさえてわかころも手に霜そおきける
かゝるをりもありけるものを手枕らのひまもる風をなにいとひけん
いはねふみいくへの峯をこえぬともおもひも出てはこゝろへたつな
みやこよりふきこん風のきみならは忘するなとたにいはましものを
うちたえて思ふはかりはいはねともたよりにつけてたつぬはかりそ
都へにゆめにもゆかむたよりあらはうつのやまかせふきもつたへよ
五月のころ陸奧へまかれりし人のもとに扇なとあまた遣はし侍りし中に時鳥かきたる扇にかきつけ侍りし哥
たちわかれいなはの山のほとゝきすまつと告けこせ歸へりくるかに
近うめしつかふ女房とをき國にまからむといとま申し侍りしかは
山とほみくもゐにかりのこえていなは我のみひとりねにやなきなん
遠き國へまかれりし人のもとより見せはや袖のなと申しおこせたりし返事に
われゆゑにぬるゝにはあらしからころも山路の苔の露にそありけん
忍ひていひわたる人ありき遙なる方へゆかんといひ侍りしかは
ゆひそめてなれしたふさのこむらさき思はすいまもあさかりきとは
山の端に日の入るを見てよめる
くれなゐの千入のまふり山のはに日のいるときの空にそありける[まふりハ眞振]
二所詣下向に濱への宿のまへに前川といふ川あり雨ふりて水まさりにしかは日暮れて渡りし時よめる
はま邊なるまへのかは瀨をゆくみつのはやくもけふのくれにける哉
相模川といふ川あり月さし出てゝのち舟にのりてわたるとてよめる
夕つく夜さすやかは瀨のみなれ棹なれてもうときなみのおとかな
二所詣下向後朝にさふらひとも見えさりしかは
旅をゆきしあとの宿もりおのおのにわたくしあれやけさはいまたこぬ
民のかまとより煙の立つを見てよめる
みちのくにこゝにやいつく汐かまのうらとはなしにけふりたつみゆ
又の年二所へ參りたりし時箱根のみうみを見てよみ侍る哥
玉くしけ箱根のみうみけけれあれや二國かけてなかにたゆたふ
箱根の山をうち出てゝ見れは波のよる小島あり供の者此うみの名は知るやと尋ねしかは伊豆の海となん申すと答へ侍りしを聞きて
はこね路をわれこえくれはいつのうみや沖のこしまになみのよるみゆ
朝ほらけ八重のしほ路霞み渡りて空も一つに見え侍りしかはよめる
そらや海うみや空ともえそわかぬ霞も波も立ちみちにつゝ〇
あら磯に波のよるを見てよめる
おほうみのいそもとゝろによる波のわれてくたけてさけてちるかも
走湯山に參詣の時哥
わたつ海のなかにむかひていつる湯のいつのお山とうへもいひけり
いつの國やまのみなみにいつるゆのはやきは神のしるしなりけり
はしる湯の神とはうへそいひけらしはやきしるしのあれはなりけり
神祇哥
みつかきのひさしきよゝりゆふたすきかけしこゝろは神そしるらん
さとみこかみ湯たてさゝのそよそよになひきおきふしよしや世の中〇
かみつけのせたの赤城のからやしろやまとにいかてあとをたれけむ
法眼定忍にあひて侍りし時大峯の物語などせしを聞きて後によめる
いくかへりゆききの峯のそみかくたすすかけ衣きつゝなれけん[そみかくだハ蘇民書く札]
すゝかけの苔をりきぬのふる衣をてもこのもにきつゝ馴れけん[すゝけハ山伏の衣]
おくやまのこけのころもにおくつゆはなみたのあめのしつくなりけり〇
那智瀧のありさま語りしを
み熊野のなちのおやまに引くしめのうちはへてのみおつる瀧かな
三輪の社を
いまつくる三輪のはふりか杉やしろすきにしことはとはすともよし[はふりハ祝部]
賀茂祭哥
あふひ草かつらにかけて千早振かものまつりをねるやた子こそ
社頭松風
ふりにけるあけのたまかき神さひてやれたるみすに松風そ吹
社頭月
つきのすむきたのゝみやのこまつ原いくよをへてか神さひにけん
神祇
つきさゆるみもすそ河のそこきよみいつれのよにかすみはしめけん
いにしへの神代のかけそのこりけるあまのいはせのあけかたのつき
やほよろつよもの神たちあつまれりたかまかはらにきゝたかくして
伊勢御遷宮の年の哥
神風やあさひの宮のみやうつしかけのとかなる世にこそ有けれ
述懷哥
君か代になほなからへて月きよみ秋のみそらのかけをまたなん
太上天皇御書下預時哥
おほきみの勑[ちよく]をかしこみちちわくに心はわくとも人にいはめやも
ひんかしの國にわかをれは朝日さすはこやの山のかけと成にき
やまはさけうみはあせなむよなりともきみにふたこゝろわかあらめやも
建曆三年十二月十八日
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