金槐和歌集/源実朝/6恋


據校註金槐和歌集/佐々木信綱

奧書云、

昭和元年十二月廿七日印刷

昭和二年一月一日發行

明治書院



金槐和謌集

 戀

  初戀のこゝろをよめる

はるかすみたつたのやまのさくらはなおほつかなきをしる人のなき

  寄鹿戀

秋のゝのあさきりかくれなくしかのほのかにのみやきゝわたりなん

  戀哥

あしひきのやまのをか邊にかるかやのつかのまもなし亂れてそ思ふ

わかこひははつやまあゐのすりころもひとこそしらね亂れてそ思ふ

こかくれてものをおもへはうつ蟬の羽にをくつゆのきえやかへらむ

かさゝきの羽におくつゆのまろき橋ふみゝぬさきにきえやわたらん

つきかけのそれかあらぬかかけろふのほのかにみえてくも隱れにき

くもかくれなきてゆくなるはつ鴈のはつかにみてそひとはこひしき

  草に寄せて忍ふる戀

あきかせになひくすゝきのほにはいてすこゝろみたれて物を思ふ哉

  風に寄する戀

あたしのゝ葛のうら吹くあきかせのめにしみえねはしるひともなし

秋萩のはなのゝすゝきつゆをおもみおのれしをれてほにやいてなむ

  或人のもとにつかはし侍りし

なにはかたみきはの蘆のいつまてかほにいてすしもあきをしのはん

雁のゐる羽かせにさわくあきの田のおもひみたれてほにそ出てぬる

  戀のこゝろをよめる

さよふけてかりのつはさにおくつゆのきえてもゝのは思ふかきりを

  忍ふる戀

しくれふるおほあらきのゝをさゝ原ぬれはひつともいろに出てめや

  神無月の比人のもとに

しくれのみふるの神すきふりぬれといかにせよとかいろのつれなき

  戀の哥

よをさむみ鴨の羽かひにをくしものたとひけぬともいろに出てめや

あし鴨のさわくいり江のうきくさのうきてやものをおもひわたらん

  海の邊の戀

うき波のをしまのあまのぬれころもぬるとないひそ朽ちは果つとも

いせ島やいちしのあまのすてころもあふことなみにくちやはてなむ

あはち島かよふちとりのしはしはもはねかくまなくこひやわたらん

  戀の哥

とよ國のきくのなかはまゆめにたにまた見ぬひとにこひやわたらん

すまの浦にあまのともせるいさり火のほのかに人をみるよしもかな

あしの屋のなたのしほやき我なれやよるはすからにくゆりわふらむ

  沼に寄せて忍ふる戀

かくれぬのしたはふ蘆のみこもりに我そものおもふゆくへしらねは

  水邊の戀

まこもおふるよとの澤みつみくさゐてかけし見えねはとふ人もなし

みしま江や玉えのまこもみかくれてめにしみえねはかるひともなし

  雨に寄する戀

ほとゝきすなくやさつきのさみたれのはれすもの思ふ比にも有かな

ほとゝきすまつよなからの五月雨にしけきあやめのねにそなくなる

ほとゝきすなくやさつきの卯の花のうきことの葉のしけきころかな

  夏の戀といふ叓を

さつきやまこのしたやみのくらけれはおのれまとひて鳴ほとゝきす

  戀の哥

おくやまのたつきもしらぬきみによりわかこゝろからまとふへら也

おくやまのこけふみならすさをしかも深きこゝろのほとはしらなん

天のはらかせにうきたるうきくものゆくへさためぬこひもするかな

  雲に寄する戀

しら雲のきえはきえなてなにしかもたつたのやまのなのみたつらん

  衣に寄する戀

忘らるゝ身はうらふれぬからころもさてもたちにし名こそをしけれ

  戀のこゝろをよめる

きみにこひうらふれをれはあき風になひくあさちのつゆそけぬへき

ものおもはぬの邊のくさ木の葉にたにもあきの夕へは露そおきける

秋のゝのはなのちくさにものそおもふつゆよりしけき色はみえねと

  露に寄する戀

わかそての淚にもあらぬつゆにたにはきのした葉ゝいろにいてけり

  戀の哥

やましろの岩たのもりのいはすとも秋のこすゑはしるくやあるらむ

  山家後のあした

消えなましけさたつねすはやましろのひとこぬやとのみちしはの露

  瞿麥に寄せて忍ふる戀

なてしこのはなにおきゐる朝つゆのたまさかにたにこゝろへたつな

  草に寄する戀

わかこひはなつのゝすゝきしけゝれと穗にしあらねはとふ人もなし

  會ひて逢はぬ戀

いまさらになにをかしのふ花すゝきほに出てし秋もたれならなくに

  薄に寄す戀

まつひとはこぬものゆゑに花すゝきほに出てゝねたきこひもする哉

  たのめなる人のもとに

をさゝ原おくつゆさむみあきされはまつむしのねになかぬ夜そなき

まつよひのふけゆくたにもあるものをつきさへあやな傾ふきにけり

まてとしもたのめぬやまもつきはいてぬいひしはかりの夕くれの空

  月に寄する戀

數ならぬみはうきくものよそなからあはれとそ思ふあきのよのつき

つき影もさやにはみえすかきくらすこゝろのやみのはれしやらねは

  月の前の戀

わかそてにおほえすつきそやとりけるとふ人あらはいかゝこたへん

  秋の比いひなれにし人の物へまかれりしに便につけてふみなと遣はすとて

うはのそらにみしおも影をおもひいてゝつきになれにし秋そ戀しき

逢ふ叓をくもゐのよそにゆくかりのとほさかれはやこゑもきこえぬ

  遠き國へまかれりし人八月はかりに歸り參るへき由を申すして九月まて見えさりしかは彼の人のもとに遣はし侍りし哥

こぬとしもたのめぬうはの空にたにあきかせふけはかりは來にけり

いまこむとたのめし人はみえなくにあきかせさむみかりは來にけり

  雁に寄する戀

しのひあまりこひしきときは天の原そらとふかりのねになきぬへし

  戀の哥

あまころもたみのの嶋になくたつのこゑきゝしよりわすれかねつゝ

なにはかたうらよりをちになくたつのよそにきゝつゝこひや渡らん

ひとしれす思へはくるしたけくまのまつとはまたしまてはすへなし

わかこひはみ山のまつにはふ蔦のしけきをひとのとはすそありける

やましけみ木の下かくれゆくみつのおときゝしよりわれやわするゝ

神やまの山したみつのわきかへりいはてものおもふわれそかなしき

こけふかきいはまをつたふやま水のおとこそたてねとしはへにけり

あつま路のみちのおくなるしらかはのせきあへぬそてをもる淚かな

しのふ山したゆくみつのとしをへてわきこそかへれあふよしをなみ

もらし佗ひぬしのふのおくのやまふかみこかくれてゆく谷かはの水

こゝろをししのふの里におきたらはあふくまかははみまくちかけむ

としふともおとにはたてし音羽かはしたゆくみつのしたのおもひを

いそのかみふるのたかはしふりぬとももとつひとには戀やわたらん

ひろ瀨かはそてつくはかりあさけれと我はふかめておもひそめてき

あふさかのせきやもいつらやましなのおとはの瀧のおとにきゝつゝ

石はしるやましたゝきつやまかはのこゝろくたけてこひやわたらん

やまかはの瀨ゝのいは波わきかへりおのれひとりや身をくたくらん

うきしつみはてはあわとそなりぬへき瀨ゝの岩なみ身をくたきつゝ

  戀

しら山にふりてつもれるゆきなれはしたこそきゆれうへはつれなし

くものゐるよしのゝたけにふる雪のつもりつもりて春にあひにけり

春ふかみみねのあらしに散るはなのさためなきよにこひつゝそふる

  月に寄せて忍ふる戀

はるやあらぬつきはみしよのそらなからなれしむかしの影そ戀しき

おもひきやありしむかしの月かけをいまはくもゐのよそに見むとは

  待戀のこゝろをよめる

さむしろにひとりむなしくとしもへぬ夜のころものすそあはすして

さむしろにいくよのあきをしのひきぬいまはたおなし宇治のはし姬

こぬ人をかならすまつとなけれともあかつきかたになりやしぬらむ

  曉の戀

さむしろに露のはかなくをきていなはあかつきことにきえや渡らん

  曉の戀といふ叓を

あかつきの露やいかなる露ならむおきてしゆけはわ佗ひしかりけり

あかつきの鴫のはねかきしけゝれとなとあふことのまとほなるらむ

  人を待つこゝろをよめる

みちのくのま野のかや原かりにたにこぬひとをのみまつかくるしさ

まてとしもたのめぬひとの葛の葉もあたなるかせをうらみやはせぬ

  戀のこゝろをよめる

あきふかみすそ野の眞葛かれかれにうらむるかせのおとのみそする

秋のゝにおくしら露のあさなあさなはかなくてのみきえやかへらむ

かせをまつ今はたおなしみやき野のもとあらの萩のはなのうへの露

  菊に寄する戀

きえかへりあるかなきかにものそおもふうつろふ秋の花のうへの霜

花によりもひとのこゝろは初霜のおきあへぬいろのかはるなりけり

  久しき戀のこゝろを

わかこひはあはてふる野のをさゝ原いくよまてとかしものおくらむ

  故鄕戀

くさふかみさしもあれたる宿なるをつゆをかたみにたつねこしかな

さとはあれてやとはくちにしあとなれや淺茅か露にまつむしのなく

あれに鳬たのめしやとはくさのはらつゆののきはにまつむしのなく

しのふくさしのひしのひにおくつゆをひとこそとはね宿はふりにき

宿は荒れてふるきみ山のまつにのみとふへきものとかせのふくらむ

  年を經て待つ戀といふ叓を人ゝにおほせてつかうまつらせしついてに

ふる里のあさちか露にむすほゝれひとりなくむしのひとをうらむる

  物語に寄する戀

わかれにしむかしはつゆかあさち原あとなきの邊にあきかせそふく

  冬の戀

あさちはらあとなき野へにをく霜のむすほゝれつゝきえやわたらん

あさちはらあたなる霜のむすほゝれひかけをまつにきえやわたらん

にはのおもにしけりにけらしやへ葎とはていくよのあきかへぬらむ

  故鄕戀

ふるさとのすきの板屋のひまをあらみゆきあはてのみ年のへぬらん

  簾によする戀

津の國のこやのまろやのあしすたれまとほになりぬゆきあはすして

  戀の哥

すみよしのまつとせしまにとしもへぬ千木の片そきゆきあはすして

すみの江のまつことひさになりに鳬こんとたのめてとしのへぬれは

おもひたえ佗ひにしものをいまさらにのなかのみつの我をたのむる

をしかふすなつのゝくさのつゆよりもしらしなしけき思ひありとは

きかてたゝあらましものを夕つくよひとたのめなるをきのうはかせ

  七夕に寄する戀

たなはたにあらぬわか身のなそもかくとしにまれなる人をまつらん

  戀の哥

わかこひはあまのはらとふあしたつのくもゐにのみやなき渡りなん

久かたの天のかはらにすむたつもこゝろにもあらぬねをやなくらん

久かたの天とふくものかせをいたみ我はしか思ふいもにしあはねは

わかこひはかこのわたりのつなて繩たゆたふこゝろやむときもなし

  こかねに寄する戀

こかねほるみちのくやまにたつ民のいのちもしらぬこひもするかな

あふ叓のなきなをたつの市にうるかねてものおもふわか身なりけり

  雪中まつ人といふ叓を

けふも又ひとりなかめてくれにけりたのめぬやとのにはのしらゆき

  戀の哥

おくやまのいはかき沼に木の葉おちてしつめるこゝろ人しるらめや

おくやまのすゑのたつきもいさしらすいもにあはすて年の經ゆけは

ふしのねのけふりもそらにたつものをなとか思ひのしたにもゆらむ

おもひのみふかきみやまのほとゝきす人こそしらねねをのみそなく

なにしおはゝそのかみやまのあふひ草かけてむかしを思ひ出てなん

なつふかきもりのうつせみおのれのみむなしき戀に身をくたくらむ

おほあらきのうきたのもりに引くしめのうちはへてのみ戀や渡らん

それをたにおもふ叓とて千はやふるかみのやしろになかぬ日はなし

千はやふる賀茂のかは波いくそたひたちかへるらむかきりしらすも

なみたこそゆくへもしらねみわの崎さののわたりのあめのゆふくれ

しらまゆみいそへの山のまつの葉のときはにものをおもふころかな

しら波のいそらかちなるのとせかはのちもあひみむみをし絕えすは

わたつうみになかれ出てたるしかまかはしかもたえすや戀渡りなん

きみにより我とはなしにすまの浦に藻しほたれつゝとしのへぬらん

おきつ波うちいての濱のはまひさきしをれてのみやとしのへぬらん

かくてのみありその海のありつゝもあふよもあらはなにかうらみむ

三熊野のうらのはまゆふいはすともおもふこゝろのかすをしらなむ

わかこひはもゝしまめくる濱ちとりゆくへもしらぬかたになくなり

おきつ島うのすむいしによるなみのまなくものおもふ我そかなしき

田子の浦のあらいその玉もなみのうへにうきてたゆたふ戀もする哉

かもめゐるあらいそのすさき汐みちてかくろひゆけはまさるわか戀

むこの浦のいり江のすとりあさなあさな

   つねにみまくの

      ほしき君哉








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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