金槐和歌集/源実朝/3秋


據校註金槐和歌集/佐々木信綱

奧書云、

昭和元年十二月廿七日印刷

昭和二年一月一日發行

明治書院



金槐和歌集

 秋

  七月一日のあしたによめる

きのふこそなつはくれしか朝戶いてのころも手さむしあきのはつ風

  海邊秋來るといふこゝろを

霧たちてあきこそゝらにきにけらしふきあけの濱のうらのしほかせ

うちはへてあきはきにけり紀の國やゆらのみさきのあまのうけなは

  寒蟬鳴

ふく風のすゝしくもあるかおのつからやまのせみなきて秋は來に鳬

  秋のはしめの哥

すむひともなきやとなれと荻の葉のつゆをたつねてあきはきにけり

のとなりてあとはたえにしふか草のつゆのやとりにあきはきにけり

  白露

あきははやきにけるものをおほかたの野にもやまにも露そをくなる

  秋風

ゆふされはころもてさむしたかまとのをのへのみやの秋のはつかせ

なかむれはころもてさむしゆふつく夜さほのかはらの秋のはつかせ

  秋のはしめによめる

天のかはみなわさかまきゆくみつのはやくもあきのたちにけるかな

ひさかたのあまのかはらをうちなかめいつかとまちしあきもきに鳬

ひこほしのゆきあひをまつ久かたのあまのかはらにあきかせそふく

夕されはあきかせすゝしたなはたのあまの羽ころもたちやかふらん

  七夕

あまのかはきりたちわたるひこほしのつまむかへ舟はやも漕かなむ

こひこひてまれにあふよの天の川かは瀨のたつはなかすもあらなん

たなはたのわかれをゝしみ天のかはやすのわたりにたつもなかなむ

今はしもわかれもすらしたなはたはあまのかはらにたつそ鳴くなる

  秋のはしめ月あかゝりし夜

あまのはらくもなきよひに久かたのつき冱えわたるかさゝきのはし

あきかせによのふけゆけはひさかたのあまのかはらに月かたふきぬ

  七月十四日夜勝長壽院の廊に侍りて月のさし入りたりしをよめる

なかめやるのきのしのふの露の間にいたくなふけそあきのよのつき〇

  曙に庭の荻を見て

あさほらけ荻のうへ吹くあきかせにした葉おしなひつゆそこほるゝ

  秋の野におく白露は玉なれやといふ叓を人ゝおほせてつかうまつらせし時よめる

さゝかにの玉ぬくいとのをゝよはみかせに亂たれてつゆそこほるゝ

  秋哥

花にをくつゆをしつけみしらすけの眞野の萩はらしをれあひにけり

  路頭萩

みちのへのを野のゆふ霧たちかへりみてこそゆかめあきはきのはな

  草花をよめる

の邊にいてゝそほちにけりなからころもきつゝわけゆくはなの雫に〇

藤はかまきてぬきかけしぬしやたれとへとこたへすのへのあきかせ〇

  鳥狩しにとかみか原といふ所に出て侍りし時あれたるいほりの前に蘭さけるを見てよめる

あきかせになに匂ふらんふちはかまぬしはふりにしやとゝしらすや

  故鄕萩

ふる里のもとあらのこ萩いたつらに見るひとなしにさきか散りなん

  庭の萩をよめる

あき風はいたくなふきそわか宿のもとあらのこはきちらまくもをし

  夕秋風といふ叓を

秋ならてたゝおほかたのかせのおとも夕へはことにかなしきものを

  夕への心をよめる

おほかたにものおもふとしもなかり鳬たゝわかためのあきのゆふ暮

たそかれにものおもひをれはわか宿のはきの葉そよきあき風そふく

われのみや佗ひしとおもふ花すゝきほにいつるやとのあきの夕くれ

  庭の萩わつかに殘れるを月さしいてゝ後見るに散りにたるにや花の見えさりしかは

はきのはなくれくれ迄もありつるか月いてゝみるになきかはかなさ

  秋をよめる

あき萩のした葉もいまたうつろはぬにけさふく風はたもとさむしも

  あさかほ

かせをまつくさのはに置くつゆよりもあたなるものはあさかほの花

  野への苅萱をよめる

ゆふされはのちのかるかやうちなひき亂れてのみそつゆもおきける

  秋哥

あさなあさな露にをれふすあきはきのはなふみしたき鹿そなくなる

はきかはなうつろひゆけは髙さこのをのへのしかのなかぬひそなき

さをしかのおのかすむのゝをみなへし花にあかすとねをやなくらん

よそにみてをらてはすきしをみなへし名をむつましみ露にぬるとも

あきかせはあやなゝふきそしら露のあたなるの邊の葛の葉のうへに

しらつゆのあたにもおくかくすの葉にたまれはきえぬ風たゝぬまに

きりきりすなくゆふくれのあきかせに我さへあやなものそかなしき

  山家晩望といふ叓を

くれかゝるゆふへのそらをなかむれはこたかき山にあきかせそふく

あきをへてしのひもかねにもの思ふをのゝやまへのゆふくれのそら

こゑたかみはやしにさけふ猿よりも我そものおもふあきのゆふへは

  秋の哥

玉たれのこすのひまもるあきかせはいもこひしらに身にそしみける[こすハ小簾]

あき風はやゝはたさむくなりにけりひとりやねなむなかきこのよを

鴈なきてあきかせさむくなりにけりひとりやねなむよるの衣うすし

をさゝはらよはにつゆふくあきかせをやゝさむしとや蟲のわふらん

秋ふかみつゆさむきとやきりきりすたゝいたつらにねをのみそなく

には草のつゆのかすそふむらさめによふかきむしのこゑそかなしき

あさち原つゆしけきにはのきりきりすあきふかきよのつきになく也

秋の夜のつきのみやこのきりきりすなくはむかしのかけやこひしき

あまのはらふりさけみれは月きよみあきのよいたくふけにけるかな

  月をよめる

われなからおほえすおくか袖のつゆ月にものおもふ夜ころへぬれは

  八月十五夜

ひさかたのつきのひかりしきよけれはあきのなかはをそらにしる哉

  海邊月

たまさかに見るものにもか伊勢のうみのきよきなきさの秋のよの月

いせのうみや波にかけたるあきのよの有明のつきにまつかせそふく

すまのあまのそてふきかへすしほ風にうらみてふくるあきのよの月

鹽かまのうらふくかせにあきたけてまかきのしまにつきかたふきぬ

  月前雁

あまの原ふりさけみれはますかゝみきよきつきよにかりなきわたる

むは玉のよはふけぬらしかりかねのきこゆるそらにつきかたふきぬ

なきわたる鴈の羽かせにくもきえてよふかきそらにすめるつきかけ

こゝのへのくもゐをわけてひさかたの月のみやこにかりそなくなる

あまのとをあけかたのそらになくかりのつはさのつゆに宿るつき影

  海のほとりをすくとてよめる

わたのはら八重の汐路にとふかりのつはさのなみにあきかせそふく

なかめやるこゝろもたへぬわたのはらやへのしほちのあきの夕くれ

  雁を

あき風にやまとひこゆるはつかりのつはさにわくるみねのしらくも

あし引のやまとひこゆるあきのかりいくへのきりをしのき來ぬらむ

かりかねはともまとはせりしからきやまきの杣やまきりたゝるらし

  夕雁

ゆふされはいなはのなひくあきかせにそらとふかりの聲もかなしや

  田家夕雁

かりのゐるかとたのいな葉うちそよきたそかれときに秋かせそふく

  野邊露

ひさかたのあまとふかりの淚かもおほあらきのゝさゝかうへのつゆ

  田家露

秋田もるいほにかたしくわか袖にきえあへぬつゆのいくへおきけむ

  田家夕

かくて猶たへてしあらはいかゝせんやまたもるいほのあきの夕くれ

  田家秋といふ叓を

からころもいな葉のつゆにそてぬれてもの思へともなれるわか身か

やまたもるいほにしをれはあさなあさなたえすきゝつるさを鹿の聲

  夕鹿

なく鹿のこゑよりそてにおくか露ものおもふころのあきのゆふくれ

  鹿をよめる

つま戀ふるしかそなくなるをくら山やまのゆふきりたちにけむかも

ゆふされは霧たちくらしをくらやまやまのとかけにしかそなくなる

雲のゐるこすゑはるかにきりこめてたかしのやまにしかそなくなる

さ夜ふくるまゝにとやまのこのまよりさそふか月をひとりなくしか

つきをのみあはれと思ふをさ夜ふけてみやまかくれに鹿そなくなる

  閑居望月

こけのいほにひとりなかめてとしもへぬともなき山のあきのよの月

  名所秋月

つき見れはころもてさむしさらしなやをはすてやまのみねの秋かせ

やまさむみころもてうすしさらしなやをはすての月に秋ふけしかは

さゝ波やひらのやまかせさ夜ふけてつきかけさむし志賀のからさき

  秋哥

つきゝよみ秋の夜いたくふけにけりさほのかはらに千とりしはなく

  月前擣衣

あきたけてよふかきつきの影みれはあれたるやとにころもうつなる

さよふけてなかはたけゆく月かけにあかてやひとのころもうつらん

よを長み寢さめてきけはなかつきのありあけの月にころもうつなり

  擣衣をよめる

ひとりぬるねさめにきくそあはれなるふしみの里にころもうつこゑ

みよしのゝやましたかせのさむきよをたれふる里にころもうつらむ

  秋哥

むかしおもふ秋の寢覺めのとこのうへにほのかにかよふ峯のまつ風

みるひともなくてちりにき時雨のみふりにしさとのあきはきのはな

あきはきのむかしのつゆに袖ぬれてふるきまかきにしかそ鳴くなる

あさまたきをののつゆ霜さむけれはあきをつらしとしかそ鳴くなる

あきはきのした葉のもみちうつろひぬなかつきのよの風のさむさに

  雨のふれる夜庭の菊を見てよめる

つゆをおもみ籬の菊のほしもあへすはるれはくもるよひのむらさめ

  月や菊の花を折るとてよめる

ぬれてをるそてのつき影ふけにけりまかきのきくのはなのうへの露

  ある僧に衣をたまふとて

の邊みれはつゆしもさむみきりきりすよるの衣のうすくやあるらん

  長月の夜きりきりすのなくを聞きてよめる

きりきりす夜半の衣のうすきうへにいたくは霜のおかすもあらなむ

  九月霜降秋早寒といふこゝろを

むしのねもほのかになりぬ花すゝきあきのすゑ葉にしもやおくらん

  秋のすゑによめる

鴈なきてふくかせさむみたかまとのの邊のあさちはいろつきにけり

鴈なきてさむきあさけのつゆしもにやのゝかみやまいろつきにけり

  名所紅葉

はつかりの羽かせのさむくなるまゝにさほのやまへは色つきにけり

かりなきてさむきあらしのふくなへにたつたのやまは色つきにけり

  雁のなくを聞きてよめる

けさ來なくかりかねさむみからころもたつたの山はもみちしぬらむ

  深山紅葉

神なつきまたてしくれやふりにけんみやまにふかきもみちしにけり

  佐保山の柞のもみちしくれにぬるといふ叓を人ゝによませしついてによめる

さほ山のはゝそのもみち千ゝのいろにうつろふあきはしくれふり鳬

  秋哥

木の葉ちるあきのやまへはうかりけりたへてや鹿のひとりなくらむ

もみち葉ゝみちもなきまて散りしきぬわか宿をとふひとしなけれは〇

  水上落葉

なかれゆくこのはのよとむえにしあれは暮てのゝちも秋のひさしき

くれてゆく秋のみなとにうかふこの葉あまのつりする舟かともみゆ

  秋のすゑによめる

はかなくてくれぬとおもふをおのつから有明の月にあきそのこれる

  秋を惜しむといふ叓を

なかつきのあり明けの月のつきすのみくるあきことにをしきけふ哉

年ことの秋のわかれはあまたあれとけふのくるるそ佗ひしかりける

  九月盡のこゝろを人ゝにおほせてつかうまつらせしついてによめる

はつ瀨やまけふをかきりとなかめつゝ

   いりあひの鐘に

      秋そくれぬる








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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