拾遺愚草卷下雜、無常/藤原定家

據戦前版国歌大観

拾遺愚草下

 無常

  きさらきのころはゝのおもひに侍りしとふたふとて

  大輔

つねならぬ世はうきものといひいひてけにかなしきをいまやしるらむ

  かへし

かなしさはひとかたならすいまそしるとにもかくにもさためなきよを

  おなし三月盡日後京極大將殿より

はるかすみかすみしそらのなこりさへけふをかきりのわかれなりけり

  御かへし

わかれにし身のゆふくれにくもきえてなへてのはるはうらみはてゝき

  おなし年五月になりて

  三位季經

はかなさをわすれぬほとをしるやとてつき日をへてもおとろかすかな

  かへし

つき日へてしつまるほとのなけきこそことゝふひとのなさけをもしれ

  秋野分せし日五條へまかりてかへるとて

たまゆらのつゆもなみたもとゝまらすなきひとこふるやとのあきかせ

  御返事

あきになりかせのすゝしくかはるにもなみたのつゆそしのに散りける

  三位中將なくなりての秋母のおもひにこもりゐたる九月盡日山座主にたてまつる

はつしもよなれのみときはわきかほにひとはかそへぬあきのくれかは

みそちあまりふたとせへぬるあきのしもまことに袖のしたとほるまて

ふりまさるわか世のあらしよわるらしそてまてもろきあきのくれかな

見しひとのなきかすまさるあきのくれわかれなれたるこゝちこそすれ

かすみまてとはれしひとはまとひにきむなしきあきのくれのしらくも

あけくれてこれもむかしになりぬへしわれのみもとのあきとをしめと

とはぬひとなれつるあきのつゆあらしあとたしかなるにはのあさちふ

ねかはるゝおもひのすゑもかせさむくたにのとほそもあきやいぬらむ

またさめすよしなきゆめのまくらかなこゝろのあきをあきにあはせて

をやま田の露のかりいほのやとりかなきみをたのまむいなつまのゝち

  御かへし

くれのあきをかそへてしれはかひもなくしるしありける庭のはつしも

したとほるそてにてきみもおもひしれよそちかさなるしものたもとを

わかあきのふくれはふゆのやまおろしつよく身にしむあかつきのそら

ひとの世のつゆにしくれをそめかへてわかれなれたるこゝちこそすれ

ふちころもそめけむはるのかすみよりさてしもあきのくれのしらつゆ

おもひ出つるきのふの秋はむかしにてこのころおもふゆくすゑのはる

わかやとはけさこそいとゝあはれなれあきにおくるゝにはをなかめて

きみはさはおもひしらてやたとるらむねかふすみかそあきのとなりも

ひとりのみ夜もあけやらぬあきのゆめさはまたさめぬきみもありけり

あきもふゆもなかめはかりはきみをのみたのむのかりを月にまかせて

ことの葉にむすふちきりは見えねともたのめといかゝいはしろのまつ

  おなし日女院大輔に

とゝまらぬあきのわかれのかすかすにみなれしひとのなきそおほかる

  かへし

つくつくとひとりなかめておもひ出つるこゝろのうちを君もしりけり

  おなし年の雪のあした後京極大將殿より

しろたへの外やまのゆきをなかめてもまついろおもふきみかそてかな

ひとの世はおもひなれたるわかれにてあさ日にむかふゆきのあけほの

いかに君おもひやるらむこけのしたをいくへやま路のゆきうつむらむ

またさめぬきのふのゆめのそてのうへにたえすむすへる雪のしたみつ

なほのこれあけゆくそらのゆきのいろこの世のほかのゝちのなかめに

  御かへし

ころも手にはてなきなみたまつくれてかはる外やまのゆきをたに見す

ゆきつもるふりゆくかたそあはれなるおもひなれたるわかれなれとも

おなし世になれしすかたはへたたりてゆきつむこけのしたそしたしき

こそは見ぬきのふのゆめのかすそひてまくらにゝたるのきのゆきかな

こゝろもてこの世のほかをとほしとていはやのおくのゆきを見ぬかな

  建久元年二月十六日西行上人身まかりにけるをはりみたれさりけるよしきゝて三位中將のもとへ

もちつきのころはたかはぬそらなれときえけむくものゆくへかなしな

  上人先年詠すといふ

   ねかはくははなの下にてはる死なむそのきさらきの望月の比

   今年十六日望月也

  かへし

むらさきのいろときくにそなくさむるきえけむくもはかなしけれとも

  後京極攝政殿にはかに夢のこゝちせし御叓のあくる日宮内卿とふらひ遣したりし返事のついてに

きのふまてかけとたのみしさくらはなひとよのゆめのはるのやまかせ

  かへし

かなしさのきのふのゆめにくらふれはうつろふはなもけふのやまかせ

  そのゝち日かすへてまたあれより

さくらはなこふともしらしかけろふのもゆるはる日になくなくそふる

はるのよのおほろつき夜もおほろけのゆめとも見えぬはなのおもかけ

なくなみたこのめもかれしはるのゆめにぬるゝたもとは君もかわかし

ふしてこひおきてもまとふはるのゆめいつかおもひのさめむとすらむ

おもひやるこけのしたこそかなしけれかすみのたにのはるのゆふくれ

あふき見しかりのかすみにきえしよりむなしくゝるゝはるのそらかな

かりそめのやとにせき入れし池みつにやまもうつりてかけをこふらし

いつまてかたれもいくたのもりのつゆきえにしあとをこひつゝもへむ

たまきはるいのちはたれもなきものをわすれねこゝろおもひかへして

きえぬへし見れはなみたのたきつ瀨にうたかたひとのあとをこひつゝ

  かへし

こひわふるはなのすかたはかけろふのもえしけふりをむねにたきつゝ

せきもあへぬなみたのとかくゝもれつきかすみしたしき空とたのまむ

くれなゐのなみたふり出てしはるさめにあらし身をしる袖のたくひは

ゆめならてあふ夜もいまはしらつゆのおくとはわかれぬとはまたれて

うつもれぬたまのこゑのみとまりゐてしたひかねたるこけのしたかな

かすみにしうきものからのはるのそらくるれはかなしそれもかたみに

やまの色はせき入れしみつにうつるとも戀しきかけをいつか見るへき

はるのゆめのかきりにきゝしゆふへよりいくたのもりの秋もうらめし

世ゝふともわすれしこゝろたまきはるあたのいのちに身こそかはらめ

いまはたゝわか身ひとつのおもひかはうたかたきえてたきつしらなみ

  おなしころひとのとふらひかへし

みちかはるけふりのはてにたちそめてゆめならねはそあけくらすらむ

見しもうきかはらぬゆめとかつきけとわかこゝろにはためしたになし

みかさやまあふきしみちもたのまれす世のことわりにまとふこゝろは

見ぬひともしらぬもなみたかゝる世になれてそむかぬそてのつれなさ

おもかけはまたかきりともたとられすいとしもひとのしつのをたまき

世のなかはうきにあふきのあきはてぬなにのわかれのわすれかたみそ

さきたてゝしのふへしとはしらさりきおもへおもひのほかのなみたを

あさつゆにぬれてのゝちの世もしらすころもにそめぬいろそかなしき

  おなしとしのなつころのことにやひとに

わかそむるたもとのいろのひまもかなそれゆゑふかきことの葉も見む

なくは世にしのはれむとは見しひとそおくるゝ身こそおもふにはにね

あけくれもおほえぬつき日へたたゝりてそれかの雲のそらもたのます

おもひきやまちしやよひのはなの色にはなたちはなのよすかはかりと

あたに見しはなのことやはつねならぬうきはるかせはめくりあふとも

よるのつるのこゝろのいかにとまりけむころもの色にたれもなくねを

おもひかねひとりなこりをたつねつゝその世にもにぬやとを見しかな

うたかひてうゑしこすゑはあを葉にてひとめはにはのよそにかれにき

日をさしていそきしいけのはなのふねみくさのなかにうきよなりけり

おもひかはあはれうき世のまさりつゝいかはかりなるなみたとかしる

  又の年三月七日かもに御幸侍りしつきの日大僧正十首の御哥のかへし

うきなからきのふはそれもしのはれきまたしらさりしこそのあけほの

けさはいとゝなみたそ袖にふりまさるきのふもすきぬこそもむかしと

おくれてはやすくすきけるつき日かなしたひしみちはゆくかたもなし

おほかたはたゝあけぬ夜のこゝちしてしらすことしのきのふけふとも

わすられぬいのちのかきりなけきしてつらきはもとのなさけなりけり

とほさかるつき日のうさをかそへてもおもかけのみそいとゝけちかき

たのまれぬゆめてふものゝうき世にはこひしきひとのえやは見えける

うかりけるやよひのはなのちきりかな散るをやひとはならひなれとも

かみになほきみをいのりしさかきはのかけにも見えしたまかつらかな

いはへともわかためつゆそこほれそふふちのさかりをまつそふりつゝ

  建永元年七月和哥所當座

   寄風懷舊

つき日へてあきのこの葉をふくかせにやよひのゆめそいとゝふりゆく

   雨中無常

よそふれはかさねてもろきすゑのつゆ身をしるそてのうへのむらさめ

  六條三位家衡卿ひとのおくれてなけくときゝて申しおくりし

とゝむてふしからみもかなわかれ路のあきのなみたをなにゝせくらむ

なきわたるよさむのかせのいかならむとこよはなれしかりのつはさに

  かへし

とくそてもなかなかこそはあかしつれむなしきとこのあきのこのころ

とはれてもとこ世はなれしかりかねのあきのわかれはかなしかりけり

  承元四年三月七日左大將殿へ

おくれしとしたひしつき日うきなからけふもつれなくめくりあひつゝ

  かへし

かすみにしけふのつき日をへたてゝもなほおもかけのたちそはなれぬ

  入道身まかりぬときゝて雅經の少將のもとへ

たまきはる世のことわりもたとられすなほうらめしきすみよしのかみ

  かへし

かきりあれはうらみてもまたいかゝせむかゝるうきよにすみよしの神

  承久元年六月故女院の御忌日蓮華心院に參りて思ひ出つることゝもおほくて參られたりし女房のうちに

おいらくのつらきわかれはかすそひてむかし見し世のひとのすくなき

をしむへきひとはみしかきたまのをにうき身ひとつのなかきよのゆめ

けふことにくさ葉のつゆをふみわけてあとなきゝみのあとそかなしき

いまよりのけふ來む人を數へつゝこれやなこりのかたみなりける[り]

  つきの日

おいらくのおもひそゝらにしられにしうきをかさねしいにしへのゆめ

おもひきやとはかりは見しとしとしもことしをしらぬうらみなりけり

しらさりしたれもえしらしいにしへやあとなきゝみかあとを見むとは

しのふへきけふこむひとのそのかすにのこるへしとはおもはさりしを

  老耄籠居のゝち秋のころ母のおもひなるひとに

かはりにしたもとのいろもいかならむしくれはてぬるよものこすゑに

いかはかりあきのよすからしのふらむひさしきはてのさらぬわかれを

つゆしくれそてになこりをしのへとやあきをかたみのわかれなりけむ

かたみとていくかもあらぬあきの日にうつろひまさるしらきくのはな

なきひとをこふるなみたやきほふらむおつるこの葉にあらしたつころ

しものたてやまのにしきのよをへてはともなふむしやよわりはつらむ

おもひやるまくらのしもゝ冱えはてゝみやこのゆめもあらしこそふけ

さためなくしくるゝくものゆくへにもそなたのそらをわすれやはする

おほかたのみをしるそてにおきそへてなほいろふかきあきのつゆかな

ふるさとのしくれにつけてことつてよひとかたならすおもひやるとは

  女院かくれさせおはしまして典侍世をそむきにしころとふらひつかはして

はなのいろもうきよにかふるすみそめの袖やなみたになほしつくらむ

  かへし

すみそめをはなのころもにたちかへし

   なみたのいろは

      あはれとも見き






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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