拾遺愚草卷下戀/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草下
戀
建仁二年六月水無瀨殿のつり殿に出てさせたまひてにはかに六首の題をたまはりて御製にあはせられ侍りし中三首
初戀
春やときとはかりきゝしうくひすの初ねを我とけふやなかめ[な]む
忍戀
なつくさのましるしけみにきえねつゆおきとめてひとの色もこそ見れ
久戀
わかなかはうきたのみしめかけかへていくたひくちぬもりのした葉も
おなしときなかつき十三夜水無瀨の戀十五首の哥合に
春戀
忘れはやはなにたちまよふはるかすみそれかとはかり見えしあけほの
夏戀
ほとゝきすそらにつたへよこひわひてなくやさつきのあやめわかすと
秋戀
こよひしもつきやはあらぬおほかたのあきはならひそひとそつれなき
久秋
とこのしもまくらのこほりきえわひぬむすひもおかぬひとのちきりに
曉戀
おもかけもまつ夜むなしきわかれにてつれなく見ゆるありあけのつき
暮戀
なかめつゝまたはとおもふくものいろをたかゆふくれと君たのむらむ
羇中戀
きみならぬ木のはもつらしたひころもはらひもあへすつゆこほれつゝ
山家戀
かせふけはさもあらぬみねの松もうしこひせぬひとはみやこにをすめ
故鄕戀
つれなきをまつとせしまのはるのくさかれぬこゝろのふるさとのしも
旅泊戀
わすれぬはなみ路のつきにうれへつゝ身をうしまとにとまるふなひと
關路戀
すまの浦やなみにおもかけたちそひてせきふきこゆるかせそかなしき
海邊戀
わかれのみをしまのあまのそてぬれてまたはみるめをいつかかるへき
河邊戀
なとりかはわたれはつらしくちはつるそてのためしの瀨ゝのうもれ木
寄雨戀
ゆくへなきやとはとゝへはなみたのみさのゝわたりのむらさめのそら
寄風戀
しろたへのそてのわかれにつゆおちて身にしむいろのあきかせそふく
建久五年夏左大將の家の哥合
戀
うつりにきわかこゝろからみしま江のいりえのつきのあかぬおもかけ
建仁元年三月盡哥合
不會戀
ひとこゝろほとはくもゐの月はかりわすれぬそての淚とふ[な]らむ
正治二年二月左大臣の家の哥合
夏戀
よひなからくものいつことをしまれしつきをなかしとこひつゝそぬる
宇治御幸夜戀元久元年七月
まつひとのやま路のつきもとほけれはさとのなつらきかたしきのとこ
建仁二年三月六首の中
戀
たのむ夜の木のまのつきにうつろひぬこゝろのあきのいろをうらみて
愚不會戀承久閏四月四日和哥所
とひ來かしまたおなしよのつきを見てかゝるいのちにのこるちきりを
承久四年九月栗田宮の哥合
寄月戀
やとり來したもとはゆめかとはかりにあらはあふよのよそのつきかけ
三宮十五首の戀の哥
つゆしくれしたくさかけてもるやまのいろかすならぬそてを見せはや
おほかたはわすれはつともわするなよありあけの月のありしひとこと
ならふなとわれもいさめしうたゝねをなほものおもふをりはこひつゝ
建保五年四月庚申
久戀
こひ死なぬ身のおこたりそとしへぬるあらはあふよのこゝろつよさに
建永元年七月和哥所被忌戀[當座]
むせふともしらしなこゝろかはらやにわれのみけたぬしたのけふりは
建曆三年三月内裏戀哥三首
やとりせぬくらふのやまをうらみつゝはかなのはるのゆめのまくらや
ちきりのみいとゝかりはのならしはゝたえぬおもひのいろそまされる
かけをたにあふせにむすへおもひかはうかふみなわのけなはけぬとも
建曆三年九月十三夜内裏の哥合
於宿戀
とゝめおきしそてのなかにやたまくしけふたみのうらは夢もむすはす
建保四年閏六月内裏の哥合
戀
あふことはしのふのころもあはれなとまれなるいろにみたれそめけむ
來ぬひとをまつほのうらのゆふなきにやくやもしほの身もこかれつゝ
九月十三夜内裏
寄海戀
ひとこゝろうきなみたつるゆらの戶のあけぬくれぬとねをのみそなく
建保四年内にて
寄蘆戀
なにはなる身をつくしてのかひもなしみしかきあしのひと夜はかりは
正治元年冬左大臣の家の冬十首の哥合
契歳暮戀
あらたまのとしのくれまつおほそらはくもるはかりのなくさめもなし
住吉の哥合
旅宿戀
やとりせしかりいほのはきのつゆはかりきえなてそての色にこひつゝ
戀不離身といふこゝろを
こゝろをはつらきものとてわかれにしよゝのおもかけなにしたふらむ
仁和寺宮花五首
寄花戀
はなのことひとのこゝろのつねならはうつろふのちもかけは見てまし
建久七年内大臣殿にて文字をかみにおきて二十首の哥よみしに戀五首
片戀
かみなひのみむろのやまのやまかせのつてにもとはぬひとそこひしき
たましひの入りにしそてのにほひゆゑさもあらぬはなの色そかなしき
おくも見ぬしのふのやまにみちとへはわかなみたのみさきにたつかな
藻しほたれすまのうらなみたちなれしひとのたもとやかくはぬれけむ
ひたゝくみうつすみなはをこゝろにてなほとにかくに君をこそおもへ
中納言長方卿の五首の哥よませ侍りし中に
絕久戀
それとたにわすれやすらむいまさらにかよふこゝろはゆめに見ゆとも
建久六年二月左大將の家の五首
戀
おもひねはたかこゝろにて見えねともゆめにそいとゝうかれはてぬる
建保左大臣の家の六百首の哥合
行路見戀
つゆそおくゐてのしたおひさはかりもむすはぬのへのくさのゆかりに
山家夕戀
なみたせくやともはやまにかくろへてあらはにこふるゆふくれそなき
承久二年八月土御門院より忍ひてめされし
夜長增戀
あきのよのとりのはつねはつれなくてなくなく見えしゆめそみしかき
寄名所戀[私家]
こくふねのかせにまかするまほにたにそことをしへぬあふのまつはら
忍待戀
をしほやま千よのみとりの名をたにもそれとはいはぬくれそひさしき
寄螢戀
いとゝまたあまるおもひはもえつきぬそてのほたるのひかり見えても
隔遠路戀
たつぬともかさなるせきにつきこえてあふをかきりのみちやまとはむ
暮山戀[權大納言家]
うつせみのはやまもりくるゆふ日かけうすくやひとゝねをのみそなく
貞永元年七月大殿の哥合戀十首
寄衣戀
あきくさのつゆわけころもおきもせすねもせぬそてはほすひまもなし
寄鏡戀
ゆくみつのはなのかゝみのかけもうしあたなるいろのうつりやすきは
寄弓戀
かりひとのひくやゆすゑのよるさへやたゆまぬせきのもるにまとはむ
寄玉戀
ををたえしかさしのたまと見ゆはかりきみにくたくるそてのしらつゆ
寄枕戀
わすれすよみとせのゝちのにひまくらさたむはかりのつき日なりとも
寄帶戀
いかにせむうへはつれなきしたおひのわかれしみちにめくりあはすは
寄絲戀
なつひきのいとしもなれしおもかけはたえてみしかきのちそかなしき
寄筵戀
あつまのゝつゆのかり寢のかやむしろ見ゆらむきえてしきしのふとは
寄舟戀
しろたへのそてのうらなみよるよるはもろこしふねやこきわかるらむ
寄網戀
ひとこゝろあたなる名のみたつしきのあみのゆくてになとかゝるらむ
はしめてひとに
かきりなくまた見ぬひとのこひしきはむかしやふかくちきりおきけむ
戀哥とて
うつりにしこゝろのいろにみたれつゝひとりしのふのころもへにけり
あともなきなみゆくふねにあらねともかせをしるへにものおもふころ
よゝかけてつらきちきりにあひそめてふかきおもひのいろそかひなき
なけくともこふともあはむみちやなききみかつらきのみねのしらくも
あたしのゝわか葉のくさにおくつゆの袖にたまらぬものをこそおもへ
わきかへりおつれはこほるたきつ瀨のしたにくたけていくよへぬらむ
神無月ねぬ夜の月のありあけのかけ
かなしさのたくひもあらしかみなつきねぬよのつきのありあけのかけ
つゝむことありけるひとの春ころ遠くわかれけるに
けふやさはへたてはてつるはるかすみはれぬおもひはいつとわかねと
春物こしにあひたるひとの梅の花ををらせておくりけるまたの年おなしところにて
こゝろからあくかれそめしはなのかになほものおもふはるのあけほの
又
われのみやのちもしのはむうめのはなにほふのきはのはるのよのつき
かけはかり見てかへりける道にて火のあるよしひとのいふに
こひこひてあふともなしにもえまさるむねのけふりやそらに見ゆらむ
ことなることなき女のこゝろたかくおもひあかりてつれなかりけれは
さてもなほをらてはやましひさかたのつきのかつらのはなと見るとも
宮つかへしけるをんなのつほねにてたつぬるにかくれけれはかゝみの葢をとりてかくして返さゝりけるのちその女あるひとのもとにさたまりゐにけれはそのふたをかへしやるとて
ますかゝみふたりちきりしかねことのあはてやゝかてかけはなれなむ
かへし
身こそかくかけはなるともますかゝみふたり見しよのゆめはわすれす
秋の暮れをもろともにをしみあかして里へいてにけるひとにいてぬひとのつたへて
いかにせむすてゝしあきをしたふとて身もをしからすをしきわかれを
うらめしやけふしもかふるころもてに入りにしたまのみちまとふらむ
かへし
わすれねよしたひてくれしあきよりもあたにたつ名はをしきわかれを
おろかなるなみたも見えぬ袖のうへにとゝめしたまとたれかたのまむ
あるところなるひとをわれにはゝかるよしをきゝて
三位中將
きみならてかよふひとなきよひよひをねぬせきもりにかこたさらなむ
かへし
あふさかはきみかゆきゝときゝしよりまた見ぬやまにふみもかよはす
こゝろかはりにけるひとに
あらはれてしもよりのちのいろなからさすかにかれぬしらきくのはな
かはるいろをたかあさつゆにかこちてもなかのちきりそつき草のはな
文つたふひとさわく叓ありてかきたえて
ふみかよふみちもかりはのおのれのみこひはまされるなけきをそする
かへし
みかりのゝかりそめひとをならしはにわれそふみ見しみちはくやしき
かきりなくしのひてひとにしらせさりけるひとに
あちきなくなにと身にそふおもかけそそれとも見えぬやみのうつゝに
かへし
いつはりのたかおもかけか身にそはむゆめにまさらぬやみのうつゝに
ありあけのあかつきよりはうかりけりほしのまきれのよひのわかれは
いかにせむさすかよなよなみなれさをしつくににこるうちのかはをさ
ふねよするおもひもあらしよひのまのわかれはほしのまきれなりとも
うきふねのなにのちきりにみなれさをあたなるそてをくたしそめけむ
しのふともこふともしらぬつれなさにわれのみいく夜なけきてかねむ
しのはれすこひすはなにをちきりとかうきにそへたるなけきをもせむ
せきわひぬいまはたおなしなとりかはあらはれはてぬ瀨ゝのうもれ木
なとりかはゆくてのなみにあらはれてあさくそ見えむ瀨ゝのうもれ木
おもひやれさとのしるへもとひかねてわか身のかたにくゆるけふりを
とひかぬるさとのしるへになかたえていまやあとなきけふりなるらむ
そのひとのもとより返事に
なにかとふおもひもいとゝすゑのまつわかなみならぬなみもこゆなり
かへし
こえこえすこゝろをかくるなみもなしひとのおもひそすゑのまつやま
戀哥よみける中に
ときのまもいかにこゝろをなくさめてまたあふまてのちきりまちみむ
かきやりしそのくろかみのすちことにうちふすほとはおもかけそたつ
わかれての思ひをさそとしりなからたれかはときしよはのした帶[紐]
來てなれしにほひをいろにうつしもてしほるもをしきはなそめのそて
遠きところにゆきわかれにし人に
こゝろをはそなたのくもにたくへてもなほこひしさのやるかたそなき
あなこひしふきかふかせもことつてよおもひわひぬるくれのなかめを
おもひ出つるこゝろそやかてつきはつるちきりしそらのいりあひの鐘
ひとめもりへたつるみちをおもふよりやかてもむねにとつるせきかな
たれもこのあはれみしかきたまのをにみたれてものをおもはすもかな
むすひおく名のみなかるゝわたりかはわかてにかけむなみとやは見し
おのつからあはれとかけむひとこともたれかはつてむ八重のしらくも
けふまてはひともわすれすとはかりもうつゝにしらぬなかそかなしき
契りおきしほとをたのみにしのふともおなし風たにふかすやあるらむ
つゝむことありて文やることもせぬひとの手ならひしたるをひとつてに見て
うらうらにたゝかきすつる藻しほくさみるよりいとゝたつけふりかな
ひとのもちたるあふきにうつのやまのうつゝにもとかきたるを見て
さそなけくこひをするかのうつのやまうつゝのゆめのまたし見えねは
おのつからそれとはかりをよそに見てむねにせかるゝみつくきのあと
ひさしくかきたえたるひとに
いかゝせむありしわかれをかきりにてこのよなからのこゝろかはらは
かきりあらむいのちもさらになからへしこれよりまさる月日へたては
みをつくしいま身にかへてしつみけむおなしなにはのうらのなみかは
なみたせくむなしきとこのうきまくらくちはてぬまのあふこともかな
こひしさをおもひしつめむかたそなきあひ見しほとにふくる夜ことは
よしさらはおなしなみたにくれなゐのいろにをこひむひとはしるとも
やまのはにまたれて出つるつきかけのはつかに見えしよはのこひしさ
なほさりにたのめしほともすきはてはなににかくへきいのちなるらむ
いかさまにこひもなけきもなくさめむこのよなからのあらぬよもかな
あすしらぬよのはかなさをおもふにもなれぬ日かすそいとゝかなしき
はかなしなゆめにかよはむよなよなをかたみにそれとおもひなすとも
おのつからひともなみたやしるからむそてよりあまるうたゝねのゆめ
おもかけの身にそふそてのにほひゆゑたゝそのいろにしむこゝろかな
思ひ出つるはるの衣のかたみ[き]まていはぬ色にそちしほそめてし
身にかへてひとをおもはてこひ見はやなきになしてもあふ夜ありやと
まつらむとちきりしことをわすれすはたれとなかめて日をくらすらむ
かくしらはをたえのはしのふみまよひわたらてたゝにあらましものを
をしからぬいのちもいまはなからへて
おなしよをたに
わかれすもかな
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