拾遺愚草卷下冬/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草下
冬
正治二年毎月哥めされしとき
初冬
このころのふゆの日かすのはるならはたにのゆきけにうくひすのこゑ
時雨
やまめくりしくれやをちにうつるらむくもまゝちあへぬ袖のつきかけ
承元四年十月家長朝臣日吉社にて講すへきよし申しゝ哥
故鄕時雨
むらくもやかせにまかせてとふとりのあすかのさとはうちしくれつゝ
時雨知時[私家]
いつはりのなき世なりけりかみなつきたかまことよりしくれそめけむ
寒草纔殘
ふくかせのやとすこの葉のしたはかりしもおきはてぬにはのふゆくさ
建保二年内裏の三首
時雨
やまのゐのしつくもかけもそめはてゝあかすはなにのなほしくるらむ
水鳥
池にすむ有明の月のあくる夜をおのか名しる[け]くうきねにそなく
寒草
しもかゆきか尾はなにましり咲くはなのゝこりし色もむかしはかりに
正治二年十月一日院の御會[當座]
枯野朝
あさしものいろにへたつるおもひくさきえすはうとしむさしのゝはら
建仁元年三月盡日哥合
嵐吹寒草
あさちふやのこる葉すゑのふゆのしもおきところなくふくあらしかな
建保四年閏六月内裏の哥合冬の哥
よしさらはかたみもしもにくちはてねいまはあたなるあきのしらきく
三宮の十五首冬の哥
かみなつきくれやすき日のいろなれはしものした葉にかせもたまらす
しからきの外やまのあられふりすさひあれゆくころのくものいろかな
正治元年十一月七日二條殿の新宮の哥合
紅葉殘梢
ふゆもふかくしくれしいろををしみもて初ゆきまたぬみねのひとむら
寒夜埋火
うつみ火のきえぬひかりをたのめともなほしも冱ゆるとこのさむしろ
文治三年冬侍從公仲よませ侍りし冬十首
ふるさとのしのふのつゆもしもふかくなかめしのきにふゆは來にけり
宿からそみやこのうちもさひしさ[き]はひとめかれにし庭の月かけ
しもかるゝよもきかそまのかれまよりゆきけににたるふゆのわかくさ
くもかゝるみねよりをちのしくれゆゑふもとのさとをくらすこからし
かこたしよふゆのみやまのゆふくれはさそなあらしのこゑならすとも
こけふかきいはやのとこのむらしくれよそにきかはやありてうき世を
うらかせのふきあけのまつのうれこえてあまきるゆきを波かとそ見る
なからへむいのちもしらぬふゆの夜のゆきとつきとをわかひとり見る
そらとちてまたこのくれのいかならむひころのゆきにあとはたえにき
またくれぬすくれはゆめのこゝちしてあはれはかなくつもるとしかな
つかさはなれてのちつくつくと籠りゐたるに霜月丑の日ときゝし夜になりて太政大臣の文給へる
つきのゆくゝものかよひ路かはれともをとめのすかたわすれしもせす
昔の叓書き加えつし思出つるをりふしいとゝあはれまさりて
をとめこのわすれぬすかたよゝふりてわか見しそらのつきそはるけき
建久六年二月左大將の家の五首
冬
霜のうへのあさけのけふりたえたえにさひしさなひくをちこちのやと
正治元年左大臣の家の冬十首の哥合
寒樹交松
ふゆ來てもまたひとしほのいろなれやもみちにのこるみねのまつはら
池水半氷
いけのおもはこほりやはてむとちそふるよころの數をまたしかさねは
山家夜霜
夢路まてひとめはかれぬくさまくらおきあかすしもにむすほゝれつゝ
關路雪朝
ゆきのもるすまのせき屋のいたひさしあけゆくつきもひかりとめけり
水鳥知主
みなれてはこれもなこりやをしかものなれたにやとのぬしはわきけり
旅泊千鳥
こきよするとまりさひしきしほかせにまたゆめさましちとりなくなり
湖上冬月
つきに出つるかた田のあまのつりふねはこほりか波かさためかねつゝ
爐邊懷舊
つくつくとわか世もふくるかせのおとにむかし戀しきうつみ火のもと
正治二年九月院にはしめて哥合侍りしに
水鳥
うすこほりゐるをしかものいろいろにうち出つるなみの花そうつろふ
同年内裏にて頭中將通具朝臣人ゝに哥よませ侍りしに
深夜水鳥
こほりゆくみきはを出つるをしかもにやまのはちきるありあけのつき
建仁二年三月六日冬の哥
はま千とりつまとふつきのかけさむしあしのかれ葉のゆきのしたかせ
建保四年内裏
寒山月
月のうへにくもゝまかはておく霜をあかすふきはらふみねのこからし
寒閏月老後私家
やまかせのあれにしとこをはらふ夜はうきてそこほるそてのつきかけ
行路霰
ふゆの日のゆくかたいそくかさやとりあられすくさはくれもこそすれ
遠村雪
あともなきすゑのゝたけのゆきをれにかすむやけふりひとはすみけり
建仁元年十二月八日八幡宮の哥合
社頭松
かみかきやまつにつれなきよるのしもかはらぬいろよおきあかせとも
月前雪
ふきみたるゆきのくもまをゆくつきのあまきるかせにひかりそへつゝ
承久元年七月内裏の哥合
冬氷月
あまのかはこほりによとむかせ冱えてゆくかたおそきつきそさひしき
杜間雪
はつゆきのいのるやなにの手むけしていそくいくたのもりのしらゆふ
正治二年二月左大臣の家の哥合
庭雪
とゝむへきひともとひこぬゆふくれのまかきをやまとつもるしらゆき
建仁元年三月盡哥合
雪似白雲
ふゆのあしたよしのゝやまのしらゆきも花にふりにしくもかとそ見る
攝政殿の詩哥合
雪中松樹低
はなと見るゆきも日かすもつもりゐてまつのこすゑははるのあをやき
かせのまのもとあらのはきつゆなからいく世かはるをまつのしらゆき
秀能五首の哥
雪
あまつかせはつゆきしろしかさゝきのとわたるはしのありあけのそら
建保内裏の十首の哥
冬
みそらゆくつきもまちかしあしかきのよしのゝさとのゆきのあさけに
正治二年九月院の初度哥合
曉雪
あけぬるかこすゑをれふすまつかねのもとよりしろきゆきのやまのは
建久五年左大將の家の哥合
深草雪
ゆきをれのたけのしたみちあともなしあれにしのちのふかくさのさと
文治五年十二月後京極攝政大納言の時雪の十首の哥
禁庭雪
冱えのほるみはしのさくらゆきふりてはるあきみする雲のうへのつき
故鄕雪
やまひとのひかりたつねしあとやこれみゆき冱えたる志賀のあけほの
山家雪
まつひとのふもとのみちはたえぬらむのきはのすきにゆきおもるなり
野亭雪
雪のうちはなへてひとつになりにけりかれのゝいろもたのむかきねも
社頭雪
かすかやまおほくのとしのゆきふりてはるのあさ日はかみもまつらむ
古寺雪
うつしけるつきのみかほはひかりあひて軒のあれまにつもるしらゆき
雪中戀人
か[お]きくらすゆふへの雪にせきとちて心やみちにかよひわふらむ
雪中述懷
かすまさるとしにあはれのつもるかなわか夜ふけゆくゆきをなかめて
雪中遠望
ふりまかふゆきをへたてゝ出てつれとくもまにきゆるあまのつりふね
雪中旅行
うちはらひやとかりわひぬゆきをれの木ゝのしたみちおもかはりして
建保五年庚申
冬夕
ふりくらすよしのゝみゆきいくかともはるのちかきはしらぬさとかな
母のおもひにてこもりし冬ゆきのあした大將殿より
みよしのやをはすてやまのはるあきもひとつにかすむゆきのあけほの
しもかれのまかきのゝへのけさのゆきとほきこゝろをにはに見ゆらむ
このさとはまつへきひとのあともなしにはのしらゆきみちはらふとも
おもへともきみをたつねぬゆきの夜になほはつかしきやまかけのあと
なかめするわかそてならぬくさも木もしをれはてぬるけさのゆきかな
御返事
おもかけのそれかと見えしはるあきもきえてわするゝゆきのあけほの
むかしいまこゝろにのこすあともなしかれのゝゆきのにはのひとむら
わかやとのゆきはいくへとはるや見むあれにしのちのよもきふのかけ
おもふてふたゝさはかりをわか身にてゆきにへたたるやまかけもかな
袖のうへはよもの木くさにしをれあひてひとりともなきゆきのした哉
正治二年左大臣の家の哥合
冬述懷
いたつらにことしもくれぬとはかりにふゆはなけきそゝふこゝちする
山野落葉といふことを私家
みかりのゝとたちをうつむならしはになほふりまさるやまの木からし
松竹霜
にはのまつまかきのたけにおくしものしたあらはなる千よのいろかな
報恩會のついてに
歳暮述懷
おもひやれまくらにつもるしもゆきのむそちにちかきはるのとなりは
同會
山家懷舊
おもひ入るみやまにふかきまきの戶のあけくれしのふひとはふりにき
おなし會歳承久三年
つきもせぬうきおもひ出てはかすそひて
かはりはつなる
としの暮かな
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