拾遺愚草卷下春/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草下
部類哥
春
建久五年夏左大將の家の哥合題名所春二首
志賀浦
こほりとくはるのはつかせたちぬらしかすみにかへるしかのうらなみ
建仁元年趣月七日院に年始の哥講せられ侍し日
初春祝
はることのかもの羽いろのこまなれとけふをそひかむ千よのためしに
松間鶯
まつの葉もはるはわけとやゆふつく日さすやをかへに來ゐるうくひす
朝若菜
かすみたちこのめはるさめきのふまてふるのゝわかなけさはつむらむ
承久元年七月内裏の哥合十首之内
野徑霞
かすかのゝかすみのころもやまかせにしのふもちすりみたれてそゆく
正治二年九月院の初夏の哥合若草十首の中
うちなひきはるのみそらもみとりにてかせにしらるゝのへのわかくさ
雪間の若菜といふことを
いつしかとゝふ火のわかなうちむれてつむともいまたゆきもけなくに
老後閑居つれつれのあまりとふらひまうて來る人ゝの哥よみ侍りしに
初春鶯
あらたまのとしのはつこゑうちはふきあさけのそらにきゐるうくひす
霞中梅
とひ來かしたち枝はうめの見えすともにほひをこめてたつかすみかは
湖邊梅花
けふそとふしかつのあまのすむさとをうくひすさそふはなのしるへに
旅宿早春
まくらとてくさのはつかにむすへともゆめもみしかきはるのうたゝね
三宮より十五首の哥めされし春のうたの中に
あすかゝはとほきうめか枝にほふ夜はいたつらにやはゝるかせのふく
建保四年閏六月内裏の哥合春の二十首の中
しるしらすわきてはまたすうめのはなにほふはるへのあたらよのつき
土御門内大臣の家の哥合密有臨幸春の哥題六首
梅香留袖
うめのはなありとやそてのにほひゆゑやとにとまるはうくひすのこゑ
翠柳誰家
うちなひきはるのやとりやこれならむそとものやなきぬしはしらねと
内裏哥合に
水邊柳
はるの日にきしのあをやきうちなひきなかきよちきるたきのしらいと
同題家會
そめかくるはなたのいとのたまやなきしたゆくみつもひかりそへつゝ
江上霞
内裏哥合
はるかすみかすめるそらのなには江にこゝろある人やこゝろ見ゆらむ
建保二年二月内裏の詩哥合
野外霞
たちなれしとふ火のゝもりおのれさへかすみにたとるはるのあけほの
まつの雪きえぬやいつこはるのいろにみやこのゝへはかすみゆくころ
建仁元年三月盡日哥合
霞隔遠樹
みつしほにかくれぬいそのまつの葉も見らくすくなくかすむはるかな
羇中見花
かりころもたちうきはなのかけに來てゆくすゑくらすはるのたひゝと
内裏の詩哥合山居春曙首の中
外やまとてよそにも見えしはるのきるころもかたしきねてのあさけは
内裏の哥合
夜歸雁
つれもなくかすめるつきのふかき夜にかすさへ見えすかへるかりかね
海邊歸雁
さとのあまのしほやきころもたちわかれなれしもしらぬはるの鴈かね
賀茂社の哥合御幸日
曉歸雁
はなの馨もかすみてしたふありあけをつれなく見えてかへるかりかね
暮山花
たかはるのくものなかめにくれぬらむやとかるはなのみねの木のもと
攝政殿にて哥を詩にあはせらるへしとておなし題を二首よませられし詩哥合とかやの初也此後連ゝ在此事
はるのはなくものにほひにはつ瀨やまかはらぬいろそそらにうつろふ
たますたれおなしみとりもたをやめのそむるころもにかをるはるかせ
正治二年三月左大臣の家の哥合
曉霞
はつ瀨やまかたふくつきもほのほのとかすみにもるゝかねのおとかな
朝花
世のつねのくもとは見えすやまさくらけさやむかしのゆめのおもかけ
建保三年五月哥合和哥所
春山朝
このねぬるあさけのやまのまつかせはかすみをわけてはなの馨そする
建仁二年三月三體とかや仰られて召れし
春の哥
はなさかりかすみのころもほころひてみねしろたへのあまのかくやま
秀能か人ゝによませ侍りし五首の中花の哥
おほかたのまかはぬくもゝかをるらむさくらのやまのはるのあけほの
三宮十五首の中
もゝちとりなくやきさらきつくつくとこのめはるさめふりくらしつゝ
みよしのはゝるのにほひにうつもれてかすみのひまもはなそふりしく
建久五年夏左大將の家の哥合
泊瀨山
鐘のおともはなのかをりになりはてぬをはつせやまのはるのあけほの
同六年二月花月同家五首の春哥
やまのはゝかすみはてたるしのゝめのうつろふはなにのこるつきかけ
花のさかりに大宮大納言のもとより
かすならぬやとにさくらのをりをりはとへかしひとのはるのかたみに
かへし
おほかたのはるにしられぬならひゆゑたのむさくらもをりやすくさむ
殷富門院皇后宮と申しゝ時まゐりて侍りしに權亮大輔なとさふらひて夕花といふ叓をよみしに
つま木こりかへるやま路のさくらはなあたらにほひをゆくてにや見る
建久七年三月關白殿宇治にて山花留客といふ叓を當座
はる來てのはなのあるしにとひなれてふるさとうときそてのうつり馨
中宮の女房舟にて人ゝよみ侍りしに
たつぬとてならふるふねのころも手にはなもさらにやはるをしるらむ
大内の花さかりに宮内卿藤少將なとに誘れて
はるをへてみゆきになるゝ花のかけふりゆく身をもあはれとやおもふ
建保五年四月十四日院にて庚申五首
春夜
やまのはのつきまつそらのにほふよりはなにそむくるはるのともしひ
建保元年内裏の詩哥合
しくれせしいろはにほはすからにしきたつたのみねのはるのゆふかせ
さくら狩りかすみのしたにけふくれぬひと夜やとかせはるのやまひと
建保二年内裏詩哥合
河上花
はなの色のをられぬみつにさすさをのしつくもにほふうちのかはをさ
なとりかはゝるの日かすはあらはれてはなにそしつむ瀨ゝのうもれ木
内裏哥合
朝落花
にはもせにうつろふころのさくらはなあしたわひしきかすまさりつゝ
同詩哥合山居春曙二首の中
なもしるしみねのあらしもゆきとふるやまさくら戶のあけほのゝそら
建保四年閏六月内裏の哥合春十首の中
散るはなはゆきとのみこそふるさとをこゝろのまゝにかせそすゝしき
正治二年九月十首の哥合
落花
わか來つるあとたに見えすさくらはなちりのまかひのはるのやまかせ
院に詩哥合とてめされし元久二年六月
水鄕春望
みや木もりなきさのかすみたなひきてむかしもとほきしかのはなその
あしろ木にさくらこきませゆくはるのいさよふなみをえやはとゝむる
承久元年七月内裏の哥合
深山花
やまひともすまていくよのいしのゆかゝすみにはなはなほにほひつゝ
暮春雨
うくひすのかへるふる巢やたとるらむくもにあまねきはるさめのそら
左大臣殿より八重櫻をたまふとて承久三年三月
いたつらに見るひともなき八重さくらやとからはるやよそにすきなむ
御かへし
やへさくらやとのさかりのちかけれはこのはるの日そひかりそふらむ
同三月八日内よりしのひてめされし三首の中
野花
かくしつゝ散らすは千よもさくら咲くのへのいくかにはるのすくらむ
海霞
うらにたつもしほのけふりしたふらしかすみすてたるはるのゆくてを
川上花
みなのかはみねよりおつるさくらはなにほひのふちのえやはせかるゝ
老後仁和寺宮しのひて仰せられし五首
野外花
吹まかふ[まよふ]櫻色こきはる風にのなるくさ木のわかれやはする
庭上花
つきくさのいろならなくにうつしうゑてあたにうつろふ花さくらかな
閑中花
わか身世にふるともなしになかめしていくはるかせにはなの散るらむ
權中納言の家の五首の中關路の花貞應三年
やまさくらはなのせきもるあふさかはゆくもかへるもわかれかねつゝ
土御門内大臣の家の哥合春六首
水邊躑躅
たつたかはいはねのつゝしかけ見えてなほみつくゝるはるのくれなゐ
故鄕款冬
やまふきのこたへぬいろにつゆおちてさとのむかしはとふかひもなし
雨中藤花
しひてなほそてぬらせとやふちのはなはるはいくかのあめに咲くらむ
山家暮春
散るはなにたにのしはゝしあとたえていまよりはるをこひやわたらむ
三位中將公衡卿の家にて旅宿三月盡
いほりさすはやまかみねのゆふかすみ
たえてつれなく
すくるはるかな
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