拾遺愚草卷中權大納言家三十首・女御入内屏風歌・泥繪の御屏風／藤原定家

據戦前版国歌大観

拾遺愚草中

　權大納言家三十首

　詠三十首和哥

　民部卿

　　早春霞

たちそめてけふやいくかのあさまたきかすみもなれぬはるのさころも

　　澤春草

いつの日かいろには出てむよるのつるなくやさはへのゆきのしたくさ

　　曉梅

まきの戶の夜わたるうめのうつりかもあかぬわかれのありあけのかけ

　　花滿山

はなさかりそらにしられぬしらくもはたなひきのこすやまのはもなし

　　江上暮春

ほり江こくかすみのをふねゆきなやみおなしはるをもしたふころかな

　　溪卯花

かへるさのゆふへはきたにふくかせのなみたてそふるきしのうのはな

　　野郭公

みやきのゝ木のしたつゆにほとゝきすぬれてやきつるなみたかるとて

　　雨後鵜川

うかひふねむらさめすくるかゝり火にくもまのほしのかけそあらそふ

　　月前荻

をきの葉もこゝろつくしのこゑたてつあきは來にけるつきのしるへに

　　夕蟲

つれつれとあきの日おくるたそかれにとふひとわかぬまつむしのこゑ

　　海邊鹿

あきのしかのわか身こすなみふく風につまを見ぬめのうらみてそなく

　　閑庭薄

まねくとて草のたもとのかひもあらしとはれぬさとのふるきまかきは

　　名所擣衣

ひさかたのかつらのさとのさよころもおりはへつきのいろにうつなり

　　朝寒蘆

あさしものいかにおきけるあしの葉のひとよのふしにいろかはるらむ

　　深夜千鳥

おのれなけいそくせき路のさよ千とりとりのそらねもこゑたてぬまに

　　故鄕雪

みよしのはまれのとたえのくもまとてきのふのゆきのきゆる日もなし

　　聞聲戀

いへはえにおさふるそてもくちはてぬたまのをことのあきのしらへに

　　稀戀

まちわたるあふをうらやむあまのかはそのほとしらぬとしのちきりに

　　增戀

いろわかぬやみのうつゝのひとことにそてのちしほはいとゝそめつゝ

　　怨戀

かけてたにまたいかさまにいはみかたなほなみたかきあきのしほかせ

　　被忘戀

身をすてゝひとのいのちをゝしむともありしちきりのおほえやはせむ

　　旅行

かへり見るそのおも影はたちそひてゆけ［く］はへたゝる峯のしら雲

　　旅宿

やまかけやあらしのいほのさゝまくらふしまちすきてつきもとひこす

　　旅泊

こきよせてとまるとまりのまつかせをしるひとかほにいそくゝれかな

　　山家松

しのはれむものともなしにをくらやまのきはのまつそなれてひさしき

　　山家橋

たけの戶のたにのしはゝしあらためてなほ世をわたるみちしたふらし

　　山家苔

しられしないはのしたかけやとふかきこけのみたれてものおもふとも

　　寄神祇祝

かすかやまみねのこのまのつきなれはひたりみきにそかみもまもらむ

　　寄水懷舊

せくそてもかへらぬなみのはなのかけうきをかたみのはるそかなしき

　　寄雲述懷

なへて世のなさけゆるさぬはるのくも

　　　たのみしみちは

　　　　　　へたてはてゝき

拾遺愚草中

　寛喜元年十一月女御入内御屏風の和哥

　月次御屏風十二帖倭哥

　定家

　　正月元日

やとことにみやこはゝるのはしめとてまつにそきみの千よいはふなる

　　若菜

とふひ野はまたふるとしのゆきまよりめくむわかなそはるいそきける

　　霞

はるのきるたもとゆたかにたつかすみめくみあまねきよものやまのは

　　二月梅

のもやまもおなしゆきとはまかへともはるは木ことににほふうめか枝

　　柳

なみのよるやなきのいとのうちはへていく千よふへきやとゝかはしる

　　網

おくあみのかすみをむすふはるかせになみのかさしのはなそ咲きそふ

　　三月櫻

やまさくら花のしたひもときしあれはさなからにほふはるのころも手

　　款冬

たにかはのはるも千しほのいろそめてふかきやよひのやまふきのはな

　　藤

むらさきのくものしるしのはなゝれはたつ日もおなしいはのふちなみ

　　四月更衣

もろひとのそてもひとへにおしなへてなつこそ見ゆれけふきたりとは

　　葵

ひさかたのかつらにかくるあふひくさそらのひかりにいく世なるらむ

　　早苗

をやま田のむろのはやわせとりあへすそよくいな葉のころやまつらむ［はや早稻］

　　五月菖蒲

いつかとそまちしぬま江のあやめくさけふこそなかきためしにはひけ

　　時鳥

ほとゝきすおのかときはのもりのかけおなしさつきのころもかはらす

　　床夏

咲きまさるいやはつはなの日をへつゝまかきにあまるやまとなてしこ

　　六月山井

たつねてもなつにしられぬすみかゝなもりのしたかせやまのゐのみつ

　　納凉

かせわたるはまゝつか枝の手むけくさなひくにつけてなつやすきぬる

　　六月祓

なつころもおりはへてほすかはなみをみそきにそふる瀨ゝのゆふして

　　七月秋風

おきつなみあさけすゝしきあきかせもまつの千とせそゝらにきこゆる

　　野花

もろひとのこゝろいるらしあつさゆみひくまのゝへのあきはきのはな

　　蟲

やまさとのこやまつむしのこゑまてもくさむらことに千よいのるなり

　　八月鹿

くさも木もいろの千くさにおりかくるのやまのにしきしかそたちける

　　月

ことわりのひかりさしそへ夜はのつきあきらけき世のあきのなかはに

　　初雁

あきゝりのたつやとまちしこし路よりけふはみやこのはつかりのこゑ

　　九月菊

おいをせくきくのしたみつ手にむすふこのさとひとそ千よもすむへき

　　田家

たみの戶のあまつそらなるあきの日にほすやおしねのかすもかきらす

　　紅葉

たつたひめ手そめのつゆのくれなゐにかみよもきかぬみねのいろかな

　　十月水鳥

いけにすむをしの毛ころもよをかさねあかすみなるゝみつのしらなみ

　　千鳥

あはちかたゆき來のふねのともかほにかよひなれたるうらちとりかな

　　網代

あしろ木やなみのよるよるてるつきにつもるこの葉のかすもかくれす

　　十一月鶴

うらにすむたつのうへにとおくしもは千よふるいろそかねて見えける

　　鷹狩

いはせ野やとりふみたてゝはしたかのこすゑもゆらにゆきはふりつゝ

　　炭竈

くにとめるたみのけふりのほと見えてくもまのやまにかすむすみかま

　　十二月氷

にほのうみやこほりをてらすふゆの月なみにますみのかゝみをそしく

　　雪

みよしのゝみゆきふりしくさとからはときしもわかぬありあけのそら

　　歳暮

あしひきのやま路にふかきしはの戶も

　　　はるのとなりは

　　　　　　なほやわすれぬ

　泥繪の御屏風

　　石淸水臨時祭

散りもせしころもにすれるさゝたけのおほみやひとのかさすさくらは

　　重陽宴

こゝのへのとのへもにほふきくの枝に

　　　こと葉のつゆも

　　　　　　ひかりそへつゝ