拾遺愚草卷中花鳥各十二首・仁和寺宮五十首/藤原定家


據戦前版国歌大観



拾遺愚草中

 後仁和寺月次の花鳥の哥のゑにかゝるへき

 叓あるをふるき哥かすのまゝにありかたく

 は今よみても奉るへきよし仰せられすかは

 詠花鳥倭哥各十二首

 參議藤原

   正月柳

うちなひきはる來るかせのいろなれや日をへてそむるあをやきのいと

   二月櫻

かさしをるみちゆきひとのたもとまてさくらにゝほふきさらきのそら

   三月藤

ゆくはるのかたみとや咲くふちのはなそをたにのちのいろのゆかりに

   四月卯花

しろたへのころもほすてふなつのきてかきねもたわにさけるうのはな

   五月蘆橘

ほとゝきすなくやさつきのやとかほにかならすにほふのきのたちはな

   六月常夏

おほかたの日かけにいとふみなつきのそらさへをしきとこなつのはな

   七月女郎花

あきならてたれにあひ見ぬをみなへしちきりやおきしほしあひのそら

   八月鹿鳴草

あきたけぬいかなるいろとふくかせにやかてうつろふもとあらのはき

   九月薄

はなすゝきくさのたもとのつゆけさをすてゝくれゆくあきのつれなさ

   十月殘菊

かみなつきしもよのきくのにほはすはあきのかたみになにをおかまし

   十一月枇杷

ふゆのひはこの葉のこさぬしもの色をはかへぬえたのはなそまかふる

   十二月早梅

いろうつむかきねのゆきのころなからとしのこなたにゝほふうめかえ

  鳥

   正月鶯

はる來てはいくかもあらぬあさ戶出てにうくひす來ゐる窓のむらたけ

   二月雉

かりひとのかすみにたとるはるの日をつまとふきしのこゑにたつらむ

   三月雲雀

すみれ咲くひはりのとこにやとかりて野をなつかしみくらすはるかな

   四月時鳥

ほとゝきすしのふのさとにさとなれよまた卯のはなのさつきまつころ

   五月水鷄

眞木の戶をたゝくゝひなの曙のにひとやあやめの軒[月]のうつり馨

   六月鵜

みしか夜の鵜かはにのほるかゝりひのはやくすきゆくみなつきのそら

   七月鴫

なかき夜にはねをならふるちきりとてあきまちわたるかさゝきのはし

   八月初雁

なかめつゝあきのなかはもすきの戶にまつほとしるきはつかりのこゑ

   九月鶉

ひとめさへいとゝふかくさかれぬとやふゆまつしもにうつらなくらむ

   十月鶴

ゆふ日かけむれたるたつはさしなからしくれのくもそやまめくりする

   十一月千鳥

ちとりなくかものかは瀨の夜はのつきひとつにみかくやまあゐのそて

   十二月水鳥

なかめするいけのこほりにふるゆきの

   かさなるとしを

      をしの毛ころも



拾遺愚草中

 仁和寺宮五十首

 詠五十首和哥

 民部卿藤原定家

  春十二首

   初春

はるの色とたのむまてやはなかめつるいふはかりなるやまのかすみを

   雪中鶯

まつのはゝいまもみゆきのふるさとにはるあらはるゝうくひすのこゑ

   橋邊霞

かけたえてしたゆくみつもかすみけりはま名のはしのはるのゆふくれ

   行路梅

たまほこのゆくてはかりをうめのはなうたてにほひのひとしたふらむ

   春月

やまのはもかすみのほかのはなの馨にこのころふかきいさよひのつき

   岸柳

おそくときいつれのいろにちきるらむはなまつころのきしのあをやき

   旅春雨

たひまくらこやもかくれぬあしの葉のほとなきとこにはるさめそふる

   遠歸雁

いくかすみゆくのゝすゑはしらくものたなひくそらにかへるかりかね

   山花

あしひきのやまさくら戶をまれにあけて花こそあるしたれをまつらむ

   關花

さくらはなたか世のわか木ふりはてゝすまのせきやのあとうつむらむ

   庭花

あとたえてとはれぬにはのこけのいろもわするはかりに花そ散りしく

   河款冬

やまふきのはなにせかるゝおもひかはなみのちしほはしたにそめつゝ

  夏七首

   社卯花

みぬさとるみわのはふりやうゑおきしゆふしてしろくかくるうのはな

   早苗多

うゑくらすみとりのさなへさとことにたみのくさ葉のかすも見えけり

   里時鳥   

ほとゝきすたれしのふとかおほあらきのふりにしさとを今もとふらむ

   岡時鳥

またしらぬをかへのやとのほとゝきすよそのはつねにきゝかなやまむ

   夜蘆橘

たちはなのはな散るさとのゆふつく夜そらにしられぬかけやのこらむ

   籬瞿麥

なてしこのたのむまかきのたわむまて夜のまのつゆのぬけるしらたま

   江螢

こきかへるたなゝしをふねおなし枝にもえてほたるのしるへかほなる

  秋十二首

   早秋

あまのかはわたせのなみにかせたちてやゝほとちかきかさゝきのはし

   萩露

わきてよもあまとふかりのおきもせしやとからふかきはきのあさつゆ

   萩風

いまよりのゆふくれかこつしたをきをうちつけにふくあきのはつかせ

   尋蟲聲

まつむしのなくかたとほく咲くはなのいろいろをしきつゆやこほれむ

   山家月

つきならてたれそまやまのかけはかりふかきしはやのあきをとはまし

   野徑月

むさしのはつゆおくほとのとほけれはつきをころもにきぬひとそなき

   舩中月

しらさりきあきのしほ路をこくふねはいかはかりなるつきを見るとも

   曉鹿

なかき夜にあかすやつきをしたふらむみねゆくしかのありあけのこゑ

   河霧

あすかゝはふちせもしらぬあきのきりなにゝふかめてひとへこふらむ

   擣衣幽

あきかせにさそはれきゝてうつころもおよはぬさとのほとそきこゆる

   夕紅葉

たつたひめくものはたてにかけておるあきのにしきはぬきもさためす

   殘菊匂

おきそめていくよつもれるにほひともいさしらきくのはなのしたつゆ

  冬七首

   朝時雨

あきすきてなほうらめしきあさほらけそらゆくゝもゝうちしくれつゝ

   竹霜

いつの世まてなれてふりぬる川たけのまたしたかけにしもそおきそふ

   池水鳥

にほとりのしたのかよひもたえぬらむのこるなみなきいけのこほりに

   島千鳥

はまひさしなけのかたみかともちとりとわたりすくるおきのこしまに

   松雪

したゝへすこすゑをれふすよなよなにまつこそうつめみねのしらゆき

   湖雪

にほのうみやみきはのほかのくさきまてみるめなきさのゆきの月かけ

   惜歳暮

おもひやれさすかにものゝとはかりもうらみぬふしにつもるとしとし

  戀六首

   寄雲戀

いこまやまいさむるみねにゐるくものうきておもひのきゆる日もなし

   寄露戀

道のへのあたなる露をおきとめてゆくてにけた[え]ぬ戀そかなしき

   寄煙戀

いかにせむあまの藻しほ火たえすたつけふりによわるうらかせもなし

   寄草戀

すゑまてとたれかちきりしあきのしもむかしかたりのにはのしたくさ

   寄鳥戀

あふさかのゆき來にたつるとりのねのなくなくをしきあかつきそうき

   寄枕戀

おもひ出つるちきりのほともみしか夜のはるのまくらに夢はさめにき

  雜六首

   曉述懷

おのつからまたありあけのつきを見てすむともなしのうきにたへける

   閑中燈

つくつくとあけゆくまとのともし火のありやとはかりとふひともなし

   山旅

わきてなとわれしもたへぬつゆけさそやま道はたれもたひゝとそゆく

   海旅

あくるよのゆふつけとりにたちわかれうらなみとほく出つるふなひと

   野旅

のへのつゆうつりにけりなかりころもはきのした葉をわくとせしまに

   寄松祝

おほかたのまつの千とせはふりぬとも

   ひとのまことは

      きみそかそへむ








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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