拾遺愚草卷中韻歌百廿八首/藤原定家


據戦前版国歌大観



拾遺愚草中

 韻哥

 百二十八首和哥[建久七年九月十八日内大臣家他人不詠]

  春

いつしかといつるあさ日をみかさやまけふよりはるのみねのまつかせ

かすみぬなきのふそとしはくれたけのひと夜はかりのあけほのゝそら

むさしのゝかすみもしらすふるゆきにまたわかくさのつまやこもれる

こそもさそたゝうたゝねの手まくらにはかなくかへるはるのよのゆめ

谷ふかくまた春しらぬ雪[月]のうちにひとすちふめるやま人のあと

ねの日するのへのかたみに世にのこれうゑおくにはのけふのひめまつ

日はおそしこゝろはいさやときわかてはるかあきかのいりあひのかね

しら雲かきえあへぬゆきかはるの來てかすみしまゝのみよしのゝみね

なにはかたあけゆくつきのほのほのとかすみそうかふなみのいり江に

ふかき夜をはなとつきとにあかしつゝよそにそきゆるはるのともしひ

あれはてゝはるのいろなきふるさとにうらやむとりそつはさならふる

かせかよふはなのかゝみはくもりつゝはるをそわたるにはのいしはし

散るはなにみきはのほかのかけそひてはるしもつきはひろさはのいけ

はるよたゝつゆのたまゆらなかめしてなくさむはなのいろはうつりぬ

あさつゆのしらぬたまの緒ありかほにはきうゑおかむはるのまかきに

あはれいかにかすみも花もなれなれてむなしくたにゝかへるうくひす

  夏

はるの草のまたなつくさにかはるまていまとちきりし日こそおそけれ

見ることになほめつらしきかさしかなかみよかけたるけふのあふひに

なつ山のかはかみきよきみつのいろのひとつにあをきのへのみちしは

はるもいぬはなもふりにしひとにしてまた見ぬやとにまつそのこれる

ゆふまくれねにゆくからすうちむれていつれのやまのみねにとふらむ

なつのよはけにこそあかねやまのゐのしつくにむすふつきのひかりも

しのゝめのゆふつけとりのなくこゑにはしめてうすきせみの羽ころも

いはゐくむまつにまたるゝあきかせにまくすうらみはわれもかへらむ

ゆきなやむうしのあゆみにたつちりのかせさへあつきなつのをくるま

たちのほるみなみのはてにくもはあれとてる日くまなきころのおほ空

なつのよはつきそけちかきかせすらむふせ屋のゝきのまやのあまりに

いけみつにすゑうちさわくうきくさはまつゆふかせのふきやそめつる

おほゐかはなつことにさすかりやかたいくとせか見るくたすいかたを

やまかけはむすはぬそてもかせそふくいはせくみつにおつるしらたま

あとふかきわかたつそまにすきふりてなかめすゝしきにほのみつうみ

をりしもあれくものいつくに入るつきの空さへをしきしのゝめのみち

  秋

八重むくらあきのわけいるかせのいろを我さきにとそしかはなくなる

いまよりはちきりしつきをともとしていくあきなれぬやまのすみかに

たひゝとのそてふきかへすあきかせにゆふ日さひしきやまのかけはし

つま木こるみちふみならすやまひともこのゆふきりやなほまよふらむ

いろわかぬあきのけふりのさひしきはやとよりをちのやとにたくしは

あきのよはつむといふ草のかひもなしまつさへつらきすみよしのきし

やまみつのたえゆくおとを來てとへはつもるあらしのいろそうつめる

よしさらはともなひはてよ秋の月苔のいは屋に世はそむく[け]とも

かけをまたあかすもつきのそふるかなおほかたあきのころのあはれに

色に出てゝあきのこすゑそうつりゆくむかひのみねのうかふさかつき

むかしたになほふるさとのあきのつきしらすひかりのいくめくりとも

おもふともいまはのこらしあきの色よみねふくかせにこの葉くたけぬ

かりひとのそてこそうたてしをれぬれつゆふかくさのさとのうつらに

ころもうつひゝきそかせをしたひくるこすゑはとほきつきのとなりに

おくしもにむかひはてぬる野はらかなつゆのひかりもはなのにほひも

よろつよとちきれるつきのかけなれはをしまてくらすあきのみやひと

  冬

とほやまのこなたのそらのむらしくれくもれはかゝるころのうきくも

いへゐする外やまかすそのかみなつきあけぬくれぬとしくれをそきく

この葉散るいたまのつきのくもらすはかはるしくれをいかにわけまし

つきやそれすこしあきあるまかきかなふかきしも夜のきくのかをりに

さひしとよおきまよふ霜のゆふまくれをかやのこやの野へのひとむら

物おもはぬひとのきけかしやまさとのこほれるいけにひとりなくをし

はしたかのかへるしらふにしもおきておのれさひしきをのゝしのはら

かつ見つゝわか世はしらぬはかなさよことしもくれぬけふもくるゝを

ゆくとしのさのみすきゆくはてよさはいつれかひとつかへるかはなみ

くもさえてみねのはつゆきふりぬれはありあけのほかに月そのこれる

山ふかきゆきやいかにとおもひ出つるなさけはかりの世こそかたけれ

いとゝしくやまゐのそてやこほるらむかへるかはかせ身にさむくして

ゆきうつみこほりとむせふをしかものかけとたのめるいけのますけを

すみかまやをのゝさとひとあさゆふはやまちをやくとゆきかへりつゝ

かきくらすみやこのゆきもひかすへぬけさいかならむこしのしらやま

おもふとていふかひもなきおほそらにすゑはやとしのこえぬせきとて

  戀

むねのうちよしれかしいまもくらへ見よあさまの山はたえぬけふりを

しるへしてなるゝこゝろのかひそなきゝみをおもひのつもるとしとし

かはりゆくそてのいろこそかなしけれねをなきはてよあきのうつせみ

今はみなおもひつくはのやまおろしよしけきなけきとふきもつたへよ

かたみかはしるへにもあらす君こひてたゝつくつくとむかふおほそら

たれゆゑとたえぬとたにもしらくものよそにやゝかておもひきえなむ

おもかけはたつたのやまのはつもみちいろにそめてしむねそこかるゝ

おくるよりなけきそいとゝかすまさるむなしき日のみつもるあしたは

つゆしくれさてたにひとにいろ見せよなかめしまゝのすゑのあさちに

より見はやしはしもかけをやとすやと手にむすはるゝみつのあわとも

おのつからはるすきはともたのむらむくもにつけたるとりのふるすは

たまほこのゆくてのみちもすきわひぬおもふあたりのやとのこすゑは

亂れあしのしたの戀路よいくよへぬ年ふるたつのひとりなくさは[空]

ひとこゝろしものかれ葉のさとふりてやかてあとなしもとのよもきに

いとゝしくたえぬなけきはすゑのまつわれよりこゆるなみのたかさに

いかさまにせきかとゝめむいろかはるひとのこの葉のすゑのしらなみ

  述懷

としつきはきのふはかりのこゝちして見なれしとものなきそおほかる

いかにせむはてなきひとは世にもなしとまらぬこまのかけは過くめり

こけのしたにうつさぬ名をはのこすともはかなのみちやしきしまの哥

かのきしにこのたひわたせのりのふねうまれてしぬるふるさとのかは[法]

みかさやまふもとはかりをたつねてもあらましおもふみちのはるけさ

なにはかたいかなるあしかつみおきし世ゝにその身のあとならぬいへ

なくさめはあきにかきらぬそらのつきはるよりのちもおもかけのはな

さてもうしことしもはるをむかへつゝなかめなかめむはてのかすみよ

いつかさはうき世のゆめをさますへき我おもふやまのみねのあらしに

いそかはやおもふによらぬちきりあらはすまてもやまむ草のいほりを

たれもきけなくねにたつるかりの世にゆきてはかへるきたとみなみと

つひにまたいかにうき名のとゝまらむこゝろひとつの世をはゝつれと

みよをへてほしをいたゝくとしふりてまくらにおつるあきのはつしも

いかにせむみやまのつきはしたへともなほおもひおくつゆのふるさと

さまさまにはるのなかめそあはれなるにしのやまのはかすむゆふ日に

いかてなほまとひしやみをあきらめむこのとふかたをてらすひかりに

  山家

ふもとにやみねたつくもとなかむらむわかあけほのにおはぬさくらを

やまふかみひとはむかしのやとふりてつきよりさきにのきそかたふく

こゝろからきくこゝちせぬすまひかなねやよりおろすまつかせのこゑ

たきのおとにあらしふきそふあけかたはならはすかほに夢そおとろく

うきよりはすみよかりけりとはかりにあとなきしもにすきたてるには

としへぬなやとたちいつるしひかもとよりゐしいしもこけあをくして

わけのほるいほのさゝはらかりそめにことゝふそてもつゆはおちつゝ

いくとせそ見しゝはの戶は人すまていし[は]ゐの水にしけるうき草

わかやとのひかりとしめてわけ入れはつきかけしろしみやまへのあき

かけたえてやまもやぬしはしのふらむむかしせきいれしみつの流れに

やまさとのかと田ふきこすゆふかせにかりいほのうへもにほふあき萩

たちかへり山路かなしきゆふへかな今はかきりの宿をもとめて[眺て]

われそあらぬゆきはむかしににたれともたれかはとはむふゆの山かけ

いさゝらはたつねのほりてせきすゑむたゝこのうへそつきの入るみね

おのつからしらぬあるしものこしけりやともるすきのもとのこゝろは

あらしふくつきのあるしはわれひとりはなこそやとゝひともたつぬれ

  旅

おもかけのひかふるかたにかへり見るみやこのやまはつきほそくして

いとゝしくいへ路へたつるゆふきりにあまの藻しほひけふりたちそふ

ふるさとのそらさへあらぬこゝちかなほとなきとこのをかやふくのき

たひころもそてふくかせやかよふらむわかれて出てしやとのすたれに

たちぬるゝ日かすにつけておもなれぬみねなるくもゝたにのこほりも

出てゝこしはるはふゆ野にかはるまてもとのちきりをなほやたのまむ

荻をあめるこやの假寢の唯ひと夜[たくふへき]風に待るゝ宵の燈火

すきゆくとひとのこゑするやともなしいり江のなみにつきのみそすむ

たのむかなその名もしらぬみやま木にしるひとえたるまつとすきとを

あくるよりふるさとゝほきたひまくらこゝろそやかてうらしまのはこ

ありつゝとまたれしもせぬをかのかけひと夜のやとにをかやをそかる

くろかりしわかこまの毛のかはるまてのほりそなつむみねのいはほに

やまをこえうみをなかむるたひのみちものゝあはれはおしそこめたる

もろともにめくりあひけるたひまくらなみたそゝそくはるのさかつき

ひとのくに夜はなかつきのつゆしもよ身さへくちにしとこのふすまに

來しかたも行くさきも見ぬなみのうへの

   かせをたのみに

      とはす舟のほ






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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