拾遺愚草卷上關白左大臣家百首/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草上
關白左大臣家百首[貞永元年四月]
詠百首和歌
權中納言定家
霞
しらさりきやまよりたかきよはひまてはるのかすみのたつを見むとは
みよしのはゝるのかすみのたちとにてきえぬにきゆるみねのしらゆき
いつしかとみやこのゝへはかすみつゝわかなつむへきはるは來にけり
たつぬともあひ見むものかはる來てはふかきかすみのうらのはつしま
いくはるのかすみのしたにうつもれておとろのみちのあとをとふらむ
櫻
ちはやふるかみよのさくらなにゆゑによしのゝやまをやとゝしめけむ
櫻花まち出つる春のうちをたにこふる日おほくなと[そ]にほふらむ
たつね見るはなのところもかはりけり身はいたつらになかめせしまに
くものうへちかきまもりにたちなれし御はしのはなのかけそこひしき
にはのおもはやなきさくらをこきませむはるのにしきの數ならすとも
暮春
かすまさるわかあらたまのとしふれはありしよりけにをしきはるかな
ゆきとふるはなこそぬさのかとてしてしたふあとなきはるのかへるさ
にほふよりはるはくれゆくやまふきのはなこそはなのなかにつらけれ
散るはなのくものはやしもあれはてゝいまはいくかのはるものこらし
わすられぬやよひのそらのうらみよりはるのわかれそあきにまされる
郭公
たれしかもはつねきくらむほとゝきすまたぬやま路にこゝろつくさて
ほとゝきすおのかさつきをつれもなくなほこゑをしむとしもありけり
やまかつらあけゆくゝもにほとゝきすいつるはつねもみねわかるなり
あちきなきをちかたひとのほとゝきすそれともわかぬのへのゆふくれ
袖の馨のはなにやとかれほとゝきすいまもこひしきむかしとおもはは
五月雨
ぬきもあへすこほるゝ玉のをはたえぬさみたれそむるのきのあやめに
さみたれの日かすもくもゝかさなれは見らくすくなきよものやまのは
さみたれのくものまきれになかたえてつゝきも見えぬやまのかけはし
みわのやまさつきのそらのひまなきに檜はらのこゑそあめをそふなる
たまほこやかよふたゝ路もかはと見てわたらぬなかのさみたれのころ
早春
くれかたきはるのすかのねひきかへてあくる夜おそきあきは來にけり
あき來ぬとをきの葉かせは名のるなりひとこそとはねたそかれのそら
風のおとのなほ色まさるゆふへ哉ことしもしら[り]ぬ秋のこゝろを
きのふけふあさけはかりのあきかせにさそはれわたる木ゝのしらつゆ
手なれつるねやのあふきをおきしよりとこもまくらもつゆこほれつゝ
月
ときわかすそらゆくつきのあきの夜をいかにちきりてひかりそふらむ
むかし思ふくさにやつるゝのきはよりありしなからのあきのよのつき
なかき夜のつきをたもとにやとしつゝわすれぬことをたれにかたらむ
したをきもおきふしまちのつきの色に身をふきしをるとこのあきかせ
あきのつきたまきはるよのなゝそちにあまりてものはいまそかなしき
紅葉
やまひめのこきもうすきもなそへなくひとつにそめぬよものもみちは
やまひとのうたひてかへるゆふへよりにしきをいそくみねのもみちは
しくれつゝそてたにほさぬあきの日にさこそみむろのやまはそむらめ
たつたやまかみのみけしに手むくとやくれゆくあきのにしきおるらむ
いまはとてもみちにかきるあきの色をさそともなしにはらふ木からし
氷
こほりゐておきなかゝはのたえしよりかよひしにほのあとを見ぬかな
瀨たえしてみなわ[は]ゝかるゝ淚川そこもあらはにこほりとちつゝ
ふゆのよのなかきかきりはしられにきねなくにあくるそてのつらゝに
そてのうへわたるをかはをとちはてゝそらふくかせもこほるつきかけ
こほりのみむすふさやまのいけみつにみくりもはるのあくるまつらし
雪
老らく[おひおひ]は雪のうちにそ思ひしるとふ人もなし行方もなし
いたつらにまつのゆきこそつもるらめわかふみわけしあけほのゝやま
いそのかみふるのはゆきの名なりけりつもる日かすをそらにまかせて
ゆめかともさとの名のみやのこるらむゆきもあとなきをのゝあさちふ
たれはかりやま路をわけてとひくらむまた夜はふかきゆきのけしきに
忍戀
くちなしのいろのやしほにこひそめしゝたのおもひやいはてはてなむ
みつくきのひとつてならぬあともたにおもふこゝろはかきもなかさす
うへしけるかきねかくれのをさゝはらしられぬこひはうきふしもなし
しらつゆのおくとはなけくとはかりもゆめのたゝちやことかよふらむ
ことうらにこるやしほ木の名にたてよもえてかくれぬけふりなりとも
不遇戀
よりかけてまたてになれぬたまのをのかたいとなからたえやはてなむ
よなよなのつきもなみたにくもりにきかけたに見せぬひとをこふとて
なとりかはこゝろのとはむことの葉もしらぬあふ瀨はわたりかねつゝ
あまのかるよそのみるめをうらみにてよるはたもとにかゝるなみかは
わかこひよなにゝかゝれるいのちとてあはぬつき日のそらにすくらむ
後朝戀
いまのまのわか身にかきるとりのねをたれうきものとかへりそめけむ
おきわひぬなかき夜あかぬくろかみのそてにこほるゝつゆみたれつゝ
せきもりのこゝろもしらぬわかれにはかならすたのむこのくれもなし
あさつゆのおくをまつまのほとをたに見はてぬゆめをなににたとへむ
はしめよりあふはわかれときゝなからあかつきしらてひとをこひける
逢不遇戀
いのちとてあひ見むこともたのまれすうつるこゝろのはなのさかりは
はるかなるひとのこゝろのもろこしはさわくみなとにことつてもなし
はかなしなゆめにゆめみしかけろふのそれもたえぬるなかのちきりは
うみとのみあれぬるとこのあはれわか身さへうきてとたれにつたへむ
いろかはるみのゝなかやまあきこえてまたとほさかるあふさかのせき
怨戀
おのれのみあまのさかてをうつたへにふりしくこの葉あとたにもなし
あけぬなりおのかこゝろのあたら夜はむかしむすはぬちきりしられて
おもふともこふともなにのかひかねよよこほりふせるやまをへたてゝ
なれし夜のつきはかりこそ身にはそへぬれてもぬるゝそてにやとりて
みちのへのひとことしけきおもひくさしものふり葉とくちそはてぬる
旅
みやこ出てゝあさたつやまのたむけよりつゆおきとめぬあき風そふく
ゆふ日かけさすやをかへのたまさゝをひと夜のやとゝたのみてそかる
ふるさとにとまるおもかけたちそひてたひにはこひのみちそはなれぬ
なくさますいつれのやまもすみなれしやとをはすてのつきのたひ寐は
ふしなれぬはまゝつかねのいはまくらそてうちぬらしかへるうきなみ
山家
なほしはしくもゐるたにをたちかへりみやこのつきに出つるやまみち
まつかせのおとにすみけむやまひとのもとのこゝろはなほやしたはむ
つきにふくあらしはかりやむかへけむみなみのやまのしものふるみち
たにこしのましはのゝきのゆふけふりよそめはかりはすみうからしや
とこなるゝやましたつゆのおきふしにそてのしつくはみやこにもにす
眺望
もゝしきのとのへを出つるよひよひはまたぬにむかふやまのはのつき
ふきはらふもみちのうへのきりはれてみねたしかなるあらしやまかな
いつみかはゆき來のふねはこきすきてはゝそのもりにあきやゝすらふ
津のくにのこやさくはなといまも見るいこまのやまのゆきのむらきえ
雲のゆくかた田[野]のおきや時雨らむやゝかけしめる蜑のいさり火
述懷
かみかせやみもすそ川にいのりおきしこゝろのそこやにこらさりけむ
そのかみのわかゝねことにかけさりし身のほとすくるおいのなみかな
まちえつるふるえのふちのはるの日にこすゑのはなをならへてそ見る
はからすよ世にありあけのつきに出てゝふたゝひいそくとりの初こゑ
たらちねのおよはすとほきあとすきてみちをきはむるわかのうらひと
祝
きみをいのるけふのたふとき神樂こそをさまれる世はたのしきをつめ
しもゆきのしろかみまてはつかへきぬきみのやちよをいはひおくとて
よゝふともかはらぬたけのふしておもひおきてそいのる君のよはひを
きみかよをいくよろつよとかそへてもなにゝたとへむあかぬこゝろは
ひさにふるみむろのやまのさかき葉そ
つき日はゆけと
いろもかはらぬ
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