拾遺愚草卷中仁和寺宮五十首/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草中
仁和寺宮五十首[建久五年夏]
詠五十首和哥
左近衞權少將藤原定家
春十二首
いつしかと外やまのかすみたちかへりけふあらたまるはるのあけほの
わかなつむみやこのゝへにうちむれてはなかとそ見るみねのしらゆき
うくひすはなけともいまたふるさとのゆきのしたくさはるをやはしる
おほそらはうめのにほひにかすみつゝくもりもはてぬはるのよのつき
みちのへにたれうゑおきてふりにけむのこれるやなきはるをわすれす
しもまよふそらにしをれしかりかねのかへるつはさにはるさめそふる
おもかけにこひつゝまちしさくら花咲けはたちそふみねのしら雲[雪]
はるをへてゆきとふりにしはなゝれとなほみよしのゝあけほののそら
さくらはなうつりにけりなとはかりをなけきもあへすつもるはるかな
はるのよのゆめのうきはしとたえしてみねにわかるゝよこくものそら
としふともわすれむものかかみかせやみもすそかはのはるのゆふくれ
ゆくはるよわかるゝかたもしらくものいつれのそらをそれとたに見む
夏七首
へたてつるけふたちかふるなつころもころもまたへぬはなのなこりを
たか爲の[に]なくやさつきのゆふへとて山ほとゝきす猶またるらむ
山のはにつきもまち出てぬ夜をかさねなほくものほるさみたれのそら
ゆふくれはいつれのくものなこりとてはなたちはなにかせのふくらむ
ゆふたちのすきのしたかけかせそよきなつをはよそにみわのやまもと
うちなひきしけみかしたのさゆり葉のしられぬほとにかよふあきかせ
まつかけやきしによるなみよるはかりしはしそすゝむすみよしのはま
秋十二首
しきたへのまくらにのみそしられけるまたしのゝめのあきのはつかせ
あき來ぬとたかことの葉かつけそめしおもひたつたのやまのしたつゆ
あはれまたけふもくれぬとなかめするくものはたてにあきかせそふく
里はあれて時そともなきにはのおもゝもとあらのこはき秋は見えけり
あきかせにわひてたま散るそてのうへをわれとひかほに宿るつきかな
としふれはなみたのいたくゝもりつゝつきさへくつるこゝちこそすれ
今よりはわれつきかけとちきりおかむ野はらのいほのゆくすゑのあき
たれもきくさそなゝらひのあきのよといひてもかなしさをしかのこゑ
あきかせにそよく田のものいねかてにまつ明方[は粟田]の初鴈の聲
つゆ冱えてねぬ夜のつきやつもるらむあらぬあさちのけさのいろかな
ひとりきくむなしきはしにあめおちてわかこしみちをうつむこからし
としことのつらさとおもへとうとまれすたゝけふあすのあきのゆふ暮
冬七首
けふそへにふゆのかせとは思へともたえすこきおろすよものこのはゝ
しもうつむをのゝしのはらしのふとてしはしもおかぬあきのかたみを
かみなつきうちぬるゆめもうつゝにもこの葉しくれとみちはたえつゝ
蘆鴨のよるへのみきはつらゝ[く]ゐてうきねをうつすおきの月かけ
たまほこのみちしろたへにふるゆきをみかきて出つるあさ日かけかな
そなれまつこすゑくたくるゆきをれにいはうちやまぬなみのさひしさ
あらたまのとしのいくとせくれぬらむおもふおもひのおもかはりせて
雜十二首
祝二首
きみかよはたかのゝやまにすむつきのまつらむそらにひかりそふまて
うこきなきゝみかみむろのやまみつにいく千よのりのすゑをむすはむ[法]
述懷三首
あすしらぬけふのいのちのくるゝまにこの世をのみもまつなけくかな
かはかりとうらみすてつるうき身ほとうまれむのちのなほかたきかな
たちかへりおもふこそなほかなしけれ名はのこるなるこけのゆくへに
閑居二首
わくらはにとはれしひともむかしにてそれよりにはのあとはたえにき
のこるまつかはるこの葉のいろならてすくるつき日もしらぬやとかな
旅三首
たひころもきなれのやまのみねのくもかさなるよはをしたふゆめかな
ことゝへよおもひおきつのはま千とりなくなく出てしあとのつきかけ
おもかけの身にそふやとにわれまつとをしまぬくさやしもかれぬらむ
眺望二首
かへり見るくもよりしたのふるさとにかすむこすゑははるのわかくさ
わたのはらなみとそらとはひとつにて
いる日をうくる
やまのはもなし
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