拾遺愚草卷上内裏百首／藤原定家

據戦前版国歌大観

拾遺愚草上

　内裏百首［名所依未被行中殿宴猶爲密儀］

　初冬同詠百首和哥

　參議藤原定家

　　春二十首

　　　音羽川

おとはかはゆきけのなみもいはこえてせきのこなたにはるは來にけり

　　　玉島河

うめか馨やまつうつるらむかけきよきたましまかはのはなのかゝみに

　　　髙砂

それなからはるはくもゐにたかさこのかすみのうへのまつのひとしほ

　　　春日野

わかなつむとふ火のゝもりかすかのにけふゝるゆきのあすやまつらむ

　　　三輪山

いかさまにまつともたれかみわのやまひとにしられぬやとのかすみは

　　　葛城山

あをやきのかつらきやまのなかき日はそらもみとりにあそふいとゆふ

　　　手向山

たつあらしいつれのかみにたむけやまはなのにしきのかたもさためす

　　　伊勢海

いせのうみたまよるなみにさくらかひかひあるうらのはるのいろかな

　　　志賀海

さゝなみやしかのはなそのかすむ日のあかぬにほひにうらかせそふく

　　　三島

みしま江のなみにさをさすたをやめのはるのころものいろそうつろふ

　　　鹽竈浦

しほかまやうらみてわたるかりかねをもよほしかほにかへるなみかな

　　　宇津山

うつのやまわかゆくさきもほとゝほきつたのわか葉にはるさめそふる

　　　葦屋里

あしのやのわかすむかたのおそさくらほのかにかすむかへるさのそら

　　　吹上濱

けふそ見るかさしのなみのはなのうへにいとはぬ風の［に］吹上の濱

　　　湯等三崎

はな鳥のにほひもこゑもさもあらはあれゆらのみさきの春のひくらし

　　　忍山

いはつゝしいはてやそむるしのふやまこゝろのおくのいろをたつねて

　　　水無瀨川

はるのいろをいくよろつよかみなせかはかすみのほらの苔のみとりに

　　　大淀浦

つらからぬまつも木ふかくおほよとのかすみはかりにかゝるうらなみ

　　　田籠浦

たこのうらのなみもひとつにたつくもの色わかれゆくはるのあけほの

　　　末松山

あつさゆみすゑのまつやまはるはたゝけふまてかすむなみのゆふくれ

　　夏十首

　　　大井河

おほゐかはかはらぬゐせきおのれさへなつ來にけりところもほすなり

　　　篠田杜

みちのへの日かけのつよくなるまゝにならすしのたのもりのしたかけ

　　　猪名野

みしか夜のゐなのさゝはらかりそめにあかせはあけぬやとはなくとも

　　　御裳濯河

つき宿るみもすそかはのほとゝきすあきのいく夜もあかすやあらまし

　　　伊香保沼

からころもかくるいかほのぬまみつにけふはたまぬくあやめをそひく

　　　天香久山

さみたれはあまのかくやまそらとちてくもそかゝれるみねのまさかき

　　　大江山

ゆふすゝみおほえのやまのたまかつらあきをかけたるつゆそこほるゝ

　　　難波江

おしてるやなにはほり江にしくたまのよるのひかりはほたるなりけり

　　　美豆御牧

わたりするをちかたひとのそてかとやみつ野にしろきゆふかほのはな

　　　松浦山

せみの羽のころもにあきをまつらかたひれふるやまのくれそすゝしき

　　秋二十首

　　　泊瀨山

はつせめのならすゆふへのやまかせもあきにはたへぬしつのをたまき

　　　立田山

こゝろあてのおもひの色もたつたやまけさしもそめし木ゝのしらつゆ

　　　須磨浦

たひころもまたひとへなるゆふきりにけふりふきやるすまのうらかせ

　　　宮城野

秋にあひて身をしるあめとしたつゆといつれかまさるみやきのゝはら

　　　水莖岡

みつくきのをかのまくすをあまのすむさとのしるへとあきかせそふく

　　　小倉山

をくらやまあきのあはれやのこらましをしかのつまのつれなからすは

　　　宇治川

かはなみもまつよひすきはとほさかれやそうちひとのあきのまくらに

　　　常磐杜

初鴈の來なくときはのもりのつゆそめぬしつくもあきは見えけり［る］

　　　三室山

みむろやましくれもやらぬくものいろのおのれうつろふあきのゆふ暮

　　　髙圓野

おほそらにかゝれるつきもたかまとのゝへにくまなき草のうへのつゆ

　　　生駒山

いこまやまあらしもあきのいろにふく手そめのいとのよるそかなしき

　　　生田池

しくれゆくいくたのもりのこからしにいけのみくさもいろかはるころ

　　　淨見關

きよみかたひまゆくこまもかけうすしあきなきなみのあきのゆふくれ

　　　武藏野

たかゝたによるなくかりのねにたてゝなみたうつろふむさしのゝはら

　　　伊吹山

あきをやくいろにそ見ゆるいふきやまもえてひさしきしたのおもひも

　　　佐良之奈里

はるかなるつきのみやこにちきりありて秋のよあかすさらしなのさと

　　　白河關

しらかはのせきのせきもりいさむともしくるゝあきのいろはとまらし

　　　野島崎

おもかけは日もゆふくれにたちそひてのしまによするあきのうらなみ

　　　明石浦

ともしひのあかしのおきのともふねもゆくかたゝとるあきのゆふくれ

　　　阿武隈川

たちくもるあふくまかはのきりのまにあきをはやらぬせきもすゑけむ

　　冬十首

　　　淸瀧川

おとまかふこのはしくれをこきませていは瀬にそむるきよたきのなみ

　　　小鹽山

あさ霜も［を］しらゆふかけておほはらやをしほの山にかみまつる比

　　　住吉浦

あはちしまむかひのくものむらしくれそめもおよはぬすみよしのまつ

　　　交野

かりひとのかたのゝみゆきうちはらひとよのあかりにあはむとやする

　　　田簑島

おきあかすしもそかさなるたひころもたみのゝしまはきてもかひなし

　　　有乳山

あらちやまみねのこからしさきたてゝくものゆくてにおつるしらゆき

　　　浮島原

ふしのねにめなれしゆきのつもり來ておのれときしるうきしまかはら

　　　安達原

そなたよりかすみやしたにいそくらむあたちの眞ゆみはるはとなりと

　　　因幡山

きのふかもあきの田のもにつゆおきしいなはのやまもまつのしらゆき

　　　鏡山

かゝみやまうつれるなみのかけなからそらさへこほるありあけのつき

　　戀二十首

　　　伏見里

ふえたけのふしみのさとは名のみしていつれのよにかねをもたつへき

　　　霞浦

はるかすみかすみのうらをゆくふねのよそにも見えぬひとをこひつゝ

　　　石瀨杜

かみなひのいはせのもりのいはすともしれかしゝたにつもるまつ葉を

　　　筑波山

あしほやまやますこゝろはつくはねのそかひにたにもみらくなきころ

　　　袖浦

そてのうらたまらぬたまのくたけつゝよせてもとほくかへるなみかな

　　　益田池

ひとこゝろいとゝますたのいけみつにうは葉しけれる名をうらみつゝ

　　　髙師濱

あたなみのたかしのはまのそなれまつなれすはかけてわれこひめやも

　　　阿波手杜

かたいとのあたのたまのをよりかけてあはてのもりにつゆきえねとや

　　　志加須賀渡

あきかせになくねをたつるしかすかのわたりしなみにおとるそてかは

　　　濱名橋

あつま路やはまなのはしにひくこまもさそまちわたるあふさかのせき

　　　磯間浦

あつさゆみいそまのうらにひくあみのめにかけなからあはぬこひかな

　　　守山

夜もすからゆめさへひとめもるやまはうちぬるなかのたのみやはする

　　　佐野布奈橋

ことつてよさのゝふなはしはるかなるよそのおもひにこかれわたると

　　　安積沼

いかにせむあさかのぬまにおふときくゝさ葉につけておつるなみたを

　　　松島

ふくる夜をこゝろひとつにうらみつゝひとまつしまのあまの藻しほひ

　　　猪絕橋

琴のねも［を］なけきくはゝるちきりとてをたえの橋に中もたえにき

　　　三熊野浦

ときのまのよはのころものはまゆふやなけきそふへきみくまのゝうら

　　　鳴海浦

よそひとになるみのうらの八重かすみわすれすとてもへたてはてゝき

　　　二見浦

ふたみかたいせのはまをきしきたへのころも手かれてゆめもむすはす

　　　名取川

なとりかはこゝろにくたすうもれ木のことわりしらぬそてのしからみ

　　雜二十首

　　　吉野川

よしのかはいはとかしはをこすなみのときはかきはそわかきみの御よ

　　　鈴鹿川

すゝかゝはやそせふみわたるみてくらを君かよなかき千よのなかつき

　　　不盡山

あまのはらふしのしはやましはらくもけふりたえせすゆきもけなくに

　　　還山

いかはかりふかきなかとてかへるやまかさなるゆきをとへとまつらむ

　　　天橋立

むはたまの夜わたるつきのすむさとはけにひさかたのあまのはしたて

　　　明日香川

さゝれいしはいはほとなりてあすかゝはふち瀨のこゑをきかぬ御よ哉

　　　鳥羽

すゑとほきとは田のみなみしめしよりいくよのはなにみゆきふるらむ

　　　辰市

しき島のみちにわ名なはたつのいちやいさまたしらぬやまとことの葉

　　　吹飯浦

こすなみにわかよふけひのうらみきてうちぬるゆめもこのころそ見る

　　　布引瀧

ぬのひきのたきにたもとをあらそひてわかとしなみのいつれたかけむ

　　　長柄橋

さもあらはあれ名のみなからの橋はしらくちすはいまの人もしのはし

　　　玉河里

てつくりやさらすかきねのあさつゆをつらぬきとめぬたまかはのさと

　　　生浦

なにゆゑかそこのみるめもおふの浦にあふことなしの名にはたつらむ

　　　佐夜中山

せきの戶をさそひしひとは出てやらてありあけの月のさやのなかやま

　　　嵯峨野

むすひおきしあきのさかのゝいほりより床はくさ葉のつゆになれつゝ

　　　角太川

みつくきのあとかきなかすゝみたかはことつてやらむひともとひこす

　　　志加麻市

はれぬまにまつあさきりをたちこめてしかまのいちに出つるさとひと

　　　若浦

より來へきかたもなきさの藻しほ草かきつくしてしわかの浦浪［濱松］

　　　相坂關

きみになほあふさかやまもかひそなきすきのふる葉にいろし見えねは

　　　御津濱松

まちこひしむかしはいまもしのはれて

　　　かたみひさしき

　　　　　　みつのはまゝつ