拾遺愚草卷上内大臣家百首/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草上
内大臣家百首[建保三年九月十三日夜講]
詠百首和歌[右大臣の家の百首建保三年九月十三日夜講]
參議
春十五首
早春
うくひすもまたいてやらぬはるのくもことしともいはす山かせそふく
春雪
あはゆきのいまもふりしくときはやまおのれきえてやはるをわくへき
野鶯
はる來れはのへにまつさくはなの枝をしるへにきぬるうくひすのこゑ
海霞
かさすてふなみもてゆへるやまやそれかすみふきとけすまのうらかせ
關霞
しるしらぬあふさかやまのかひもなしかすみにすくるせきのよそめは
朝若菜
たかためとまたあさしものけぬかうへに袖ふりはへてわかなつむらむ
庭梅
そてふれしやとのかたみのうめかえにのこるにほひよはるをあらすな
夜梅
ひさかたのつきやはにほふうめのはなそらゆくかけをいろにまかへて
夕歸雁
くれぬなりやまもとゝほきかねのおとにみねとひこえてかへる鴈かね
栽花
ふりはつる身にこそまたねうめのはなうゑおくやとのはるなわすれそ
待花
かすみたつやまのやまもりことつてよいくかすきてのはなのさかりと
尋花
とりのこゑかすみのいろをしるへにておもかけにほふはるのやまふみ
翫花
かさしをるはなのいろ馨にうつろひてけふのこよひにあかぬもろひと
惜花
きえすともあすはゆきとやさくらはなくれゆくそらをいかにとゝめむ
殘春
はるはたゝかすむはかりのやまのはにあかつきかけてつき出つるころ
夏哥十首
首夏
あはれをもあまたにやらぬはなの馨のやまもほのかにのこるみかつき
夏草
さゆり葉にましるなつ草しけりあひてしられぬ世にそくちぬと思ひし
初郭公
やまのはのあさけのくもにほとゝきすまたさとなれぬこそのふるこゑ
峯郭公
よそにのみきゝかなやまむほとゝきすたかまのやまのそらのをちかた
杜郭公
ほとゝきすこゑあらはるゝころも手にもりのしつくをなみたにやかる
池菖蒲
さつき來ぬのきのあやめのかけそへてまちしいつかとにほふいけみつ
山五月雨
みねつゝきくものたゝちにまとゝちてとはれむものかさみたれのそら
故鄕橘
たちはなのそての馨はかりむかしにてうつりにけりなふるきみやこは
澤螢
せりつみしさはへのほたるおのれまたあらはにもゆとたれに見すらむ
樹陰納凉
はつ瀬のやゆつきかしたにかくろへてひとにしられぬあきかせそふく
秋十五首
初秋
あちきなくさもあらぬひとのね覺まて物おもひそむるあきのはつかせ
行路萩
あきはきのゆくてのにしきこれもまたぬさとりあへぬ手むけにそをる
山家蟲
まつむしのこゑもかひなしやとなからたつねはくさのつゆのやまかせ
夕荻
ひとこゝろいかにしをれとをきの葉のあきのゆふへにそよきそめけむ
谷鹿
さをしかのあさゆくたにのたまかつらおもかけさらすつまやとふらむ
原鹿
みかのはらくにのみやこのやまこえてむかしやとほきさをしかのこゑ
島月
秋はまたぬれこし袖のあひにあひてをしまの蜑そ[の]月になれける
江月
あかす夜はいり江のつきのかけはかりこき出てし舟のあとのうきなみ
浦月
ひさかたのつきのひかりをしろたへにしきつのうらのなみのあきかせ
橋月
はるかなるみねのかけはしめくりあひてほとはくもゐの月そさやけき
河月
ひかりさすたましまかはのつきゝよみをとめのころもそてさへそてる
曉擣衣
なかき夜をつれなくのこるつきの色におのれもやますころもうつなり
遠村紅葉
やまもとのもみちのあるしうとけれとつゆもしくれもほとは見えけり
古寺紅葉
そはたつるまくらにおつるかねのおともゝみちを出つる峯のふるてら
暮秋
あさなあさなあへす散りしくゝすの葉におきそふしもの秋そすくなき
冬十首
田家時雨
かりのこす田のものくもゝむらむらにしくれてはるゝふゆは來にけり
野徑霜
あさしものはなののすゝきおきてゆくをちかたひとのそてかとそ見ゆ
水鄕寒蘆
ふゆの日のみしかきあしはうらかれてなみのとま屋にかせそよわらぬ
寒夜千鳥
うら千とりかたもさためすこひてなくつまふくかせのよるそひさしき
湖水
かゝみやまよわたるつきもみかゝれてあくれとこほるしかのうらなみ
林雪
はやしあれてあきのなさけもひとゝはす紅葉をたきしあとのしらゆき
濱雪
おほとものみつのはまかせふきはらへまつとも見えしうつむしらゆき
岡雪
けさはまたあとかきたゆるみつくきのをかのやかたのゆきのふりはも
深更霰
あけかたもまたとほやまの木からしにあられふきませなひくむらくも
歳暮
ゆくとしよいまさへおくりむかふてふこゝろなかさをいかに見るらむ
戀二十首[寄名所戀]
よとゝもにふきあけのはまのしほ風になひく眞砂のくたけてそおもふ
くるゝ夜はゑしのたく火をそれと見よむろのやしまもみやこならねは
すみの江のまつのねたくやよるなみのよるとはなけくゆめをたに見て
かひかねにこの葉ふきしくあきかせもこゝろのいろをえやはつたふる
たつたやまゆふつけとりのをりはへてわかころも手にしくれふるころ
わかそてにむなしきなみはかけそめつちきりもしらぬとこのうらかせ
しられしなかすみのしたにこかれつゝきみにいふきのさしもしのふと
あしのやにほたるやまかふあまやたくおもひもこひもよるはもえつゝ
しらたまのをたえのはしの名もつらしくたけておつるそてのなみたに
いまよりのゆき來もしらぬあふさかにあはれなけきのせきをすゑつる
たまくしけあくれはゆめのふたみかたふたりやそてのなみにくちなむ
あらはれてそてのうへゆくなとりかはいまはわか身にせくかたもなし
おもひ出つるのちのこゝろにくらふやまよそなるはなの色はいろかは
いかにせむうらのはつしまはつかなるうつゝのゝちはゆめをたに見す
たのめおきしのちせの山のひとことやこひをいのりのいのちなりけむ
たつねぬはおもひし三輪のやまそかしわすれねもとのつらきおもかけ
さとの名を身にしるなかのちきりゆゑまくらにこゆる宇治のかはなみ
やすらひに出てけむかたもしらとりのとはやまゝつのねにのみそなく
しるへせよむしあけのせとのまつのかせほかゆく波のしらぬわかれに
かたみこそあたのおほのゝはきのつゆうつろふいろはいふかひもなし
そてのうらかりにやとりしつきくさのぬれてのゝちをなほやたのまむ
忘れ貝それも思ひのたねたえす[しイ]人を見ぬめのうらみてそぬる
いのちたにあらはあふせをまつらかはかへらぬ波もよとめとそおもふ[松浦川]
槇の葉のふかきをすてのやまにおふるこけのしたまてなほやうらみむ
わすられぬまゝのつきはしおもひねにかよひしかたはゆめに見えつゝ
雜二十五首
旅五首
春
ときのまもひとをこゝろにおくらさてかすみにましるはるのやまもと
夏
やま路ゆくゝものいつこのたひまくらふすほともなきつきそあけゆく
秋
くさのいほやくるゝ夜ことのあきかせにさそはれわたる旅のつゆけさ
冬
しきたへのころも手かれていくかへぬくさをふゆのゝゆふくれのそら
曉
おもかけにあらぬむかしもたちそひてなほしのゝめそたひはかなしき
述懷五首
山
くるとあくと思ひしつき日すきのいほの山路つれなくとしはへにけり
河
きえせねはあはれいく世のおもひかはむなしくこえし瀬ゝのうきなみ
海
うみわたるうらこくふねのいたつらにいそ路をすきてぬれしなみかな
里
あれまくやふし見のさとのいてかてにうきをしらてそけふにあひぬる
關
いまはまたせきの藤なみたえすともくににむくひむためをこそおもへ
祝五首
天
くもりなきみとりのそらをあふきてもきみかやちよをまついのるかな
日
みかさやまゝつのこのまを出つる日のさして千とせのいろは見ゆらむ
星
あきのつきひさしきやとにかけなひくまかきのたけはよろつ世やへむ
雲
くもりなき千よのかすかすあらはれてひかりさしそへほしのやとりに
雲
やまひとのよはひをきみのためしにて千とせのさかにかゝるしらくも
神祇五首
伊勢
身をしれはいのるにはあらてたのみこしいすゝかはなみ哀れかけゝり
石淸水
いはしみつゝきにはいまもちきりおかむみたひかけ見し秋のなかはを
賀茂
かみも見よかものかはなみゆきかへりつかふるみちにわけぬこゝろを
春日
いのりおきしいかなるすゑにかすか山すてゝひさしきあとのこりけむ
住吉
かたはかりわれはつたへしわかみちのたえやはてぬるすみよしのかみ
釋敎五首
大日
あまつそらひかりをわかつよつの身になにのくさ木ももるゝものかは
釋迦
きさらきのなかはのそらをかたみにてはるのみやこを出てしつきかけ
阿彌陀
こゝのへのはなのうてなをさためすはけふりのしたやすみかならまし
藥師
とをあまりふたつのちかひきよくしてみかけるたまのひかりをそしる
彌勒
はなにほふよつのおほそらとほからて
あかつきまたぬ
あふこともかな
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