拾遺愚草卷上千五百番哥合百首/藤原定家


據戦前版国歌大観



拾遺愚草上

  千五百番哥合是也建仁元年七月進

  平出無先例如此可書由内府披露仍隨時儀

 夏日侍太上皇仙洞同詠百首應製和哥

 正四位下行左近衞權少將兼安藝權介臣藤原朝臣定家上

  春二十首

はるかすみきのふをこそのしるしとやのきはもやまもとほさかるらむ

はるといへはゝなやはおそきよしの山きえあへぬ雪のかすむあけほの

やまのはにかすみはかりをいそけともはるにはなれぬそらのいろかな

やまさとはたにのうくひすうちはふきゆきより出つるこそのふるこゑ

きえなくに又やみ山[又もや山]をうつむらむ若菜摘野も淡雪そふる

たにかせのふきあけにさけるうめのはなあまつそらなる雲やにほはむ

さとわかぬつきをはいろにまかへつゝよものあらしににほふうめか枝

はるやあらぬ宿をかことにたちいつれといつこもおなしかすむよの月

あつまやのこやのかり寐のかやむしろしくしくほさぬはるさめそふる

まちわひぬこゝろつくしのはるかすみはなのいさよふやまのはのそら

さくらはな咲きぬやいまたしらくものはるかにかをるをはつ瀬のやま

くものなみかすみのなみにまかへつゝよしのゝはなのおくを見ぬかな

しるしらぬわかぬかすみのたえまよりあるしあらはにかをるはなかな

あかさりしかすみのころもたちこめてそてのなかなるはなのおもかけ

さくらはなうつろふはるをあまたへて身さへふりぬるあさちふのやと

さくら色のにはのはるかせあともなしとはゝそひとのゆきとたに見む

花の馨[花野に]も風こそよもにさそふらめ心もしらぬふる里のはる

とまらぬはさくらはかりを色にいてゝ散りのまよひにくるゝはるかな

よしのかはたきついはなみせきもあへすはやくすきゆくはなのころ哉

けふのみとしひてもをらしふちのはなさきかゝるなつの色ならぬかは

  夏十五首

ほとゝきすまつにこゝろのうつるよりそてにとまらぬはるのいろかな

まつとせしひとのためとはなかめねとしけるなつくさみちもなきまて

ときしらぬさとはたまかはいつとてかなつのかきねをうつむしらゆき

あふひくさかり寐のゝへにほとゝきすあかつきかけてたれをとふらむ

なほさりにやまほとゝきすなきすてゝわれしもとまるもりのしたかけ

ゆふくれはなくねそらなるほとゝきすこゝろのかよふやとやしるらむ

またれつゝとしにまれなるほとゝきすさつきはかりのこゑなをしみそ

けふはいとゝおなしみとりにうつもれて草のいほりもあやめふくなり

あまのかはやそせもしらぬさみたれにおもふもふかきくものみをかな

そての馨をはなたちはなにおとろけはそらにありあけの月そのこれる

ひさかたのなかなるかはのうかひふねいかにちきりてやみをまつらむ

なつころもたつたかはらを來て見れはしのにをりはへなみそほしける

なつのつきはまたよひのまとなかめつゝぬるやかはへのしのゝめの空

やまのかけおほめくさとにひくらしのこゑたのまるゝゆふかほのはな

たかみそきおなしあさちのゆふかけてまつうちなひくかものかはかせ

  秋二十首

けさよりはかせをたよりのしるへにてあとなきなみもあきやたつらむ

みつくきのをかのくすはらふきかへしころも手うすきあきのはつかせ

ゆふくれはをのゝしのはらしのはれぬあき來にけりとうつらなくなり

まつの葉のいつともわかぬかけにしもいかなるいろとかはるあきかせ

つゆをおもみ人はまちえぬ庭のおもにかせこそはらへもとあらのはき

をきはらやうゑてくやしきあきかせはふくをすさひにたれかあかさむ

さをしかのなくねのかきりつくしてもいかゝこゝろにあきのゆふくれ

あき來ぬとそてにしらるゝゆふつゆにやかて木のまのつきそやとかる

まつむしのこゑをとひゆくあきのゝにつゆたつねけるつきのかけかな

おもひいれぬひとのすきゆく野やまにもあきはあきなる月やすむらむ

たかさこのをのへのしかのこゑたてしかせよりかはるつきのかけかな

こゝろのみもろこしまてもうかれつゝゆめ路にとほきつきのころかな

もみちするつきのかつらにさそはれてしたのなけきもいろそうつろふ

いくあきを千ゝにくたけてすきぬらむわか身ひとつをつきにうれへて

あきとたにわすれむとおもふつきかけをさもあやにくにうつころも哉

ひとりぬるやまとりの尾のしたりをにしもおきまかふとこのつきかけ

いかにせむきほふ木のはの木からしにたえす物おもふなかつきのそら

さをしかのふすやくさむらうらかれてしたもあらはにあきかせそふく

いはしろのゝなか冱えゆくまつかせにむすひそへつるあきのはつしも

ふゆはたゝあすかのさとのたひまくらおきてやいなむあきのしらつゆ

  冬十五首

あきくれしもみちのいろをかさねてもころもかへうきけさのそらかな

ふゆ來ぬと時雨のおとに驚けはめに[月]もさやかにはるゝ木のもと

のこるいろもあらしのやまのかみなつきゐせきのなみにおろす紅葉ゝ

かれはつるくさのまかきはあらはれていはもるみつをうつむもみち葉

しをれはやつゆのかたみにおくしもゝなほあらしふくにはのよもきふ

はなすゝきくさのたもともくちはてぬなれてわかれしあきをこふとて

しくれこしきしのまつかせつれもなくすむにほとりのいけのかよひ路[鳰]

まきの屋にしくれあはれは夜かれせてこほるかけひのおとつれそなき

これやさはあきのかたみのうらならむかはらぬいろをおきのつきかけ

うらかせにやくしほけふりふきまよひたなひくやまのふゆそさひしき

なく千とりそてのみなとをとひ來かしもろこしふねもよるのねさめに

ことそともなくてことしもすきの戶のあけておとろくはつゆきのそら

かたしきのとこのさむしろこほる夜にふりかしくらむみねのしらゆき

ゆきふかきまのゝかやはらあとたえてまたことゝほしはるのおもかけ

やとことにはるのかすみをまつとてやとしをこめてはいそきたつらむ

  祝五首

あめつちとかきりなかれとちかひおきし神のみことそわかきみのため

さねこしのさかきにかけしかゝみにそきみかときはのかけは見えけむ

わかみちをまもらはきみをまもるらむよはひはゆつれすみよしのまつ

よろつよのはるあきゝみになつさはむはなとつきとのすゑそひさしき

よものうみもけふりにきはふはまひさしひそしき千よに君そさかえむ

  戀十五首

あふことのまれなるいろやあらはれむもり出てそむるそてのなみたに

たれかまた物思ふことはをしへおきしまくらひとつをしるひとにして

こひしさのわひていさなふよひよひにゆきてはかへるみちのさゝはら

かたいとのあふとはなしにたまのをもたえぬはかりそおもひみたるゝ

きえわひぬうつろふひとのあきの色に身をこからしのもりのしたつゆ

夢なれやをのゝしのはらかりそめにつゆわけしそてはいまもしをれて

たつね見るつらきこゝろのおくのうみよ汐ひのかたのいふかひもなし

ひとこゝろかよふたゝちのたえしよりうらみそわたるゆめのうきはし

おもかけはなれしなからの身にそひてあらぬこゝろのたれちきるらむ

おもひ出てよたかきぬきぬのあかつきも我またしのふつきそ見るらし

わすれねよこれはかきりそとはかりの人つてならぬおもひ出てもうし

はてはたゝあまのかる藻をやとりにてまくらさたむるよひよひそなき

かれぬるはさそなためしとなかめてもなくさまなくにしものしたくさ

時つ風ふけひの浦にあか[ら]ひてもたかためにかは身をもをしみし

ひさかたのつきそかはらてまたれけるひとにはいひしやまのはのそら

  雜十首

おほかたのつきもつれなきかねのおとに猶うらめしきありあけのそら

たつけふりのやまのすゑのさひしさはあきともわかすゆふくれのそら

いくよへぬかさしをりけむいにしへにみわの檜はらのこけのかよひ路

こまとめしひのくまかはのみつきよみ夜わたるつきのかけのみそ見る

そらにふくおなしかせこそこゑたつれみねのまつかえあらいそのなみ

あさゆふはたのむとなしにおほそらのむなしきくもをうちなかめつゝ

そなれまつしつえやためしおのれのみかはらぬいろになみのこゆらむ[磯馴れ松]

年ふれは霜夜のやみになくつるをいつまて袖のよそにきゝ[え]けむ

いたつらにあたらいのちをせめきけむなからへてこそけふにあひぬれ

わかのうらにかひなき藻くつかきつめて

   身さへくちぬと

      おもひけるかな








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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