拾遺愚草卷上哥合百首/藤原定家


據戦前版国歌大観


拾遺愚草上

 哥合百首建久四年秋

 詠百首和哥

 三年給題今年雖憚身依別儀猶被召此哥

 權少將

  春

   元日宴

はる來れはほしのくらゐにかけ見えてくもゐのはしに出つるたをやめ

   餘寒

かすみあへすなほふる雪にそらとちてはるものふかきうつみ火のもと

   春水

こほりゐしみつのしらなみたちかへりはるかせしるきいけのおもかな

   若草

おそくとくおのかさまさま咲くはなのひとつふた葉のはるのわかくさ

   照射

もゝしきやいてひくにはのあつさゆみむかしにかへるはるにあふかな

   野邊

みなひとのはるのこゝろのかよひ來てなれぬる野へのはなのかけかな

   雉

たつきしのなるゝのはらもかすみつゝ子をおもふ道やはるまとふらむ

   雲雀

すゑとほきわか葉のしはふうちなひきひはりなくのゝはるのゆふくれ

   遊絲

くりかへしはるのいとゆふいくよへておなしみとりのそらに見ゆらむ

   春曙

かすみかははなうくひすにとちられてはるにこもれるやとのあけほの

   遲日

なかめわひぬひかりのとかにかすむ日にはな咲くやまは西をわかねと

   志賀山越

そてのゆきそらふくかせもひとつにてはなにゝほへる志賀のやまこえ

   三月三日

からひとのあとをつたふるさかつきのなみにしたかふけふも來にけり

   蛙

ほのかなるかれのゝすゑのあらを田にかはつもはるのくれうらむなり

   殘春

木のもとは日かすはかりをにほひにてはなものこらぬはるのふるさと

  夏

   新樹

かけひたすみつさへいろそみとりなるよものこすゑのおなしわか葉に

   夏草

なつやまのくさ葉のたけそしられぬるはる見しこまつひとしひかすは

   賀茂祭

くものうへをいつるつかひのもろかつらむかふ日かけにかさすけふ哉

   鵜川

をちこちになかめやかはす鵜かひふねやみをひかりのかゝりひのかけ

   夏夜

なつのよはなるゝしみつのうきまくらむすふほとなきうたゝねのゆめ

   夏衣

たつねいるならの葉かけのかさなりてさてしもかろきなつころもかな

   扇

かせかよふあふきにあきのさそはれてまつねなれぬるとこのつきかけ

   夕顏

くれそめてくさの葉なひくかせのまにかきねすゝしきゆふかほのはな

   夕立

かせわたるのきのしたくさうちしをれすゝしくにほふゆふたちのそら

   蟬

あらしふくこすゑはるかになくせみのあきをちかしとそらにつくなる

  秋

   殘暑

あき來てもなほゆふかせをまつかねになつをわすれしかけそ立ちうき

   乞巧奠

あきことにたえぬほしあひのさ夜ふけてひかりならふる庭のともしひ

   稻妻

かけやとすほとなき袖のつゆのうへになれてもうときよひのいなつま

   鶉

つきそすむさとはまことにあれにけりうつらのとこをはらふあきかせ

   野分

をきの葉にかはりしかせのあきのこゑやかてのわきのつゆくたくなり

   秋雨

ゆくへなき秋のおもひそせかれぬる叢雨なひく雲のをちかた[やま田]

   秋夕

あきよたゝなかめすてゝも出てなましこのさとをのみゆふへと思はゝ

   秋田

いく夜ともやとはこたへすかと田ふくいな葉のかせのあきのおとつれ

   鴫

からころもすそのゝいほのたひまくらそてよりしきのたつこゝちする

   廣澤池眺望

すみ來けるあとはひかりにのこれともつきこそふりねひろさはのいけ

   蔦

あしの屋のつたはふのきのむらしくれおとこそたてねいろはかくれす

   柞

ときわかぬなみさへいろにいつみかははゝそのもりにあらしふくらし

   九月九日

いはひおきて猶なかつきとちきるかなけふつむきくのすゑのしらつゆ

   秋霜

とけて寢ぬゆめ路もしもにむすほゝれまつしるあきのかたしきのそて

   暮秋

ありあけの名はかりあきのつきかけによわりはてたるむしのこゑかな

  冬

   落葉

かつをしむなかめもうつる庭の色よ[に]なにを梢のふゆにのこさむ

   殘菊

しらきくの散らぬはのこるいろかほにはるはかせをもうらみけるかな

   枯野

ゆめかさは野への千くさのおもかけはほのほのなひくすゝきはかりや

   野行幸

かりころもおとろのみちもたちかへりうち散るみゆきのかせさむけし

   霙

この山のみねの村雲[雨]ふきまよひまきの葉つたひみそれふり來ぬ

   冬朝

ひとゝせをなかめつくせるあさ戶出てにうす雪こほるさひしさのはて

   寒松

あらはれてまたふゆこもるゆきのうちにさもとしふかきまつのいろ哉

   椎柴

しひしはゝふゆこそひとにしられけれことゝふあられのこすこからし

   衾

ひきかくるねやのふすまのへたてにもひゝきはかはるかねのおとかな

   佛名

かはたけのなひくはかせも-としくれてみよのほとけの御なをきく哉

  戀

   初戀

なひかしなあまの藻しほひたきそめてけふりはそらにくゆりわふとも

   忍戀

こほりゐるみるめなきさのたく火かはうへせくそてのしたのさゝなみ

   聞戀

もろこしの見すしらぬ世のひとはかり名にのみきゝてやみねとや思ふ

   見戀

うしつらしあさかのぬまのくさの名よかりにもふかき江にはむすはて

   尋戀

おもかけはをしへしやとにさきたちてこたへぬかせのまつにふくこゑ

   祝戀

としもへぬいのるちきりははつ瀬やまをのへのかねのよそのゆふくれ

   契戀

あちきなしたれもはかなきいのちにてたのめはけふのくれをたのめよ

   待戀

かせつらきもとあらのこ萩そてにみてふけゆく夜はにおもるしらつゆ

   遇戀

たふましきあすよりのちのこゝちかななれてかなしきおもひそひなは

   別戀

かはれたゝわかるゝみちのゝへのつゆいのちにむかふものもおもはし

   顯戀

よしさらはいまはしのはてこひしなむおもふにまけし名にたにもたて

   稀戀

としそふる見るよなよなもかさならて我もなき名かゆめかとそおもふ

   絕戀

こゝろさへまたよそひとになりはてはなにかなこりのゆめのかよひ路

   怨戀

あらさらむのちの世まてをうらみてもそのおもかけをえこそうとまね

   舊戀

いかなりし世ゝのむくひのつらさにてこのとしつきによわらさるらむ

   曉戀

おもかけもわかれにかはる鐘のおとにならひかなしきしのゝめのそら

   朝戀

くもかゝりかさなるやまをこえもせすへたてまさるはあくる日のかけ

   晝戀

おほかたのつゆはひるまそわかれけるわかそてひとつのこるしつくに

   夕戀

こひわひてわれとなかめしゆふくれもなるれはひとのかたみかほなる

   夜戀

たのめぬをまちつるよひもすきはてゝつらさとちむるかたしきのとこ

   老戀

あかつきにあかぬわかれもいまはとてわかよふくれはそふおもひかな

   幼戀

葉をわかみまたふしなれぬくれたけのこはしをるへきつゆのうへかは

   遠戀

かなしきはさかひことなるなかとしてなきたまゝてやよそにうかれむ[魂]

   近戀

なみたせくそてのよそめはならへともわすれすやともとふひまそなき

   旅戀

ふるさとを出てしにまさるなみたかなあらしのまくらゆめにわかれて

   寄月戀

やすらひに出てにしまゝのつきのかけわかなみたのみそてにまてとも

   寄雲戀

ときのまにきえてたなひくしらくものしはしもひとにあひみてしかな

   寄風戀

しらさりし夜ふかきかせのおともにす手まくらうときあきのこなたは

   寄雨戀

さはらすはこよひそきみをたのむへきそてにはあめのときわかねとも

   寄煙戀

かきりなきしたのおもひのゆくへとてもえむけふりのはてや見ゆへき

   寄山戀

あしひきのやま路のあきになるそてはうつろふひとのあらしなりけり

   寄河戀

いつかさはまたもあふ瀬をまつらかたこのかはかみにいへはすむとも[松浦]

   寄海戀

とほさかるひとのこゝろはうなはらのおきゆくふねのあとのしらなみ

   寄關戀

身にたへぬおもひをすまのせきすゑてひとにこゝろをなとうらむらむ

   寄橋戀

ひとこゝろをたえのはしにたちかへりこの葉ふりしくあきのかよひ路

   寄草戀

いはさりきわか身ふるやのしのふくさおもひたかへてたねをまけとは

   寄木戀

こひ死なはこけむすつかにかへふりてもとのちきりのくちやはてなむ

   寄鳥戀

かものゐるいり江のなみをころゝにてむねとそてとにさわくこひかな

   寄獸戀

うらやますふすゐのとこはやすくともなけくもかたみ寢ぬもちきりを[猪]

   寄蟲戀

わすれしのちきりうらむるふるさとのこゝろもしらぬまつむしのこゑ

   寄笛戀

ふえ竹のたゝひとふしをちきりにて世ゝのうらみをのこせとやおもふ

   寄琴戀

むかしきくきみか手なれのことならはゆめにしられてねをもたてまし

   寄繪戀

ぬしやたれ見ぬ世のことをうつしおくふてのすさひにうかふおもかけ

   寄衣戀

こひそめしおもひのつまのいろそこれ身にしむはるのはなのころも手

   寄席戀

わすれすはなれしそてもやこほるらむねぬ夜のとこのしものさむしろ

   寄遊女戀

こゝろかよふゆきゝのふねのなかめにもさしてかはかりものは思はし

   寄傀儡戀

ひと夜かす野かみの里の草まくらむすひすてけ[た]る人のちきりを

   寄海人戀

そてそいまをしまのあまもいさりせむほさぬたくひにおもひけるかな

   寄樵夫戀

やまふかみなけきこるをのおのれのみくるしくまとふこひのみちかな

   寄商人戀

たつの市や日をまつしつのそれならて

   あすしらぬ身に

      かへてあはまし









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000