拾遺愚草卷上十題百首/藤原定家


據戦前版国歌大観



拾遺愚草上

 十題百首建久二年冬左大將家

 詠百首倭哥

 權少將

  天部十首

ひさかたのくもゐはるかに出つる日のけしきもしるきはるは來にけり

いくあきのそらをひとよにつくしてもおもふにあまるつきのかけかな

すへらきのあまねき御よをそらに見てほしのやとりのかけもうこかす

あまのかはとしのわたりのあきかけてさやかになりぬなつのよのやみ

はかなしと見るほともなしいなつまのひかりにさむるうたゝねのゆめ

こたへしないつもかはらぬ風のおとになれし昔のゆくへとふ覧[へく]

見すしらぬうつもれぬ名のあとやたれたなひきわたるゆふくれのそら

けふくれぬあすさへふらむあめにこそおもはむひとのこゝろをも見め

この日ころ冱えつるかせにくもこりてあられこほるゝふゆのゆふくれ

かきく[き]らす軒はの空にかす見えてなかめもあへすおつるしら雪

  地部十首

あともなしこけむすたにのおくのみちいく世へぬらむみよしのゝやま

わたつうみによせてはかへるしき波のはしめもはてもしるひとそなき

うつなみのまなくときなきたまかしはたまたま見れはあかぬいろかも

わきかへるいはせのなみにあきすきてもみちになりぬ宇治のかはかせ

をしのゐるあしのかれまのゆきこほりふゆこそいけのさかりなりけれ

わかなつむをちのさはへのあさみとりかすみのほかのはるのいろかな

あきはたたいり江はかりのゆふへかはつきまつそらのまのゝうらなみ

つきのさすせきやのかけのほとなきにひと夜はあけぬすまのたひふし

しるへなきをたえのはしにゆきまとひまたいまさらのものやおもはむ

かたるともかはかりひとやしらさらむみやきのゝへのゆふくれのいろ

  居所十首

もゝしきやもるしらたまのあけかたにまたしもくらきかねのこゑかな

くまもなきゑしのたく火のかけそひてつきになれたるあきのみやひと

あきつしまをさむるかとのゝとけきにつたふるきたのふちなみのかけ

やとことにこゝろそ見ゆるまとゐするはなのみやこのやよひきさらき

むらすゝきうゑけむあともふりにけりくもゐをちかくまもるすみかに

見なれぬるよとせをいかにしのふらむかきるあかたのたちわかるとて

たひまくらいくたひゆめのさめぬらむおもひあかしのうまやうまやと

しはの戶よいまはかきりとしめすともつゆけかるへきやまのかけかな

つゆしものおくてのやま田かりねしてそてほしわふるいほのさむしろ

出てゝこしみちのさゝはらしけりあひてたれなかむらむふるさとの月

  草十首

としのうちはけふのみときにあふひ草かさすみあれをかけてまつらし

かみよゝりちきりありてやゝまあゐもすれるころものいろとなるらむ

さやかなるくもゐにかさす日かけくさとよのあかりのひかりませとや

みちもせにしけるよもきふうちなひきひとかけもせぬあきかせそふく

しもむすふ尾はなかもとのおもひくさきえなむのちやいろに出つへき

あれにけりのきのしたくさ葉をしけみむかしゝのふのすゑのしらつゆ

我もおもふうらのはまゆふいくへかはかさねてひとをかつたのめとも

さくらあさのをふのしたつゆしたにのみわけてくちぬるよなよなの袖

みちしはやましるかやふのおのれのみうちふくかせにみたれてそ見る

なかれてもおもふ瀬によるわかせりのねにあらはれてこひむとやみし[若芹]

  木十首

くさも木もひとつにおつるしものうちに葉かへぬまつの色そのこれる

いそのかみふるのかみすきふりぬともときはかきはのかけはかはらし

まきもくや檜はらのしけみかきわけてむかしのあとをたつねてそみる

けふ見れはゆみきるほとになりにけりうゑしをかへのつきのかたえた[槻]

たひまくらしひのした葉ををりかけてそてもいほりもひとつゆふつゆ

つきもいさまきの葉ふかきやまのかけあめそつたふるしつくをもみし

かゝみやまみかきそへたるたまつはきかけもくもらぬはるのそらかな

ゆふまくれかせふきすさふ桐の葉にそよいまさらのあきにはあらねと

しくれゆくはしのたち枝にかせこえてこゝろいろつくあきのやまさと

こすゑよりふゆのやまかせはらふらしもとつはのこるならのはかしは

  鳥十首

しのふやまこさちのおくにかふわしのその羽はかりやひとにしらるゝ

あつさゆみすゑのはら野にひきすゑてとかへるたかをけふそあはする

かせたちてさはへにかけるはやふさのはやくもあきのけしきなるかな

かれ野やくけふりのしたにたつきゝすむせふおもひやなほまさるらむ

ゆふたちのくもまの日かけはれそめてやまのこなたをわたるしらさき

なるこひく田のものかせになひきつゝなみよるくれのむらすゝめかな

ふかくさのさとのゆふかせかよひ來てふし見のを野にうつらなくなり

さらぬたにしもかれはつるくさの葉をまつうちはらふにはたゝきかな

ひとゝはぬふゆのやま路のさひしさよかきねのそはにしとゝおりゐて

つはくらめあはれに見けるためしかなかはるちきりはならひなる世に

  獸十首

いつしかとはるのけしきにひきかへてくもゐのにはにいつるあをうま

しもふかくおくるわかれのをくるまにあやなくつらきうしのおとかな

おちつもるこの葉もいくへつもるらむふすゐのかるもかきもはらはて[猪]

つゆをまつうのけのいかにしをるらむつきのかつらのかけをたのみて

やまさとはひとのかよへるあともなしやともるいぬのこゑはかりして

はなさかりむなしきやまになくさるのこゝろしらるゝはるのよのつき[猨]

おもふにはおくれむものかあらくまのすむてふやまのしはしなりとも[熊]

つかふるきゝつねのかれるいろよりもふかきまとひにそむるこゝろよ

ほともなくゝるゝ日かけにねをそなくひつしのあゆみきくにつけても

たかやまのみねふみならすとらの子のゝほらむみちのすゑそはるけき

  蟲十首

なはしろにかつ散るはなのいろなからすたくかはつのこゑそなかるゝ

夜もすからまかふほたるのひかりさへわかれはをしきしのゝめのそら

けさ見れは野わきのゝちのあめはれてたまそのこれるさゝかにのいと

ひとならはうらみもせましそのゝはなかるれはかるゝてふのこゝろよ

みやまふくかせのひゝきになりにけりこすゑにならふひくらしのこゑ

わきかぬるゆめのちきりにゝたるかなゆふへのそらにまかふかけろふ

くさふかきしつかふせ屋の蚊はしらにいとふけふりをたてそふるかな

うきて世をふるやのゝきにすむはちのさすかになれぬいとふものから

はるさめのふりにしさとを來てみれはまくらのちりにすかるみのむし

おのつからうちおくふみもつき日へてあくれはしみのすみかとそなる

  神祇十首

てらすらむかみ路のやまのあさ日かけあまつくもゐをのとかなれとは

かしまのやひはらすきはらときはなるきみかさかえはかみのまにまに

かすかやまみねのまつはらふくかせのくもゐにたかきよろつよのこゑ

さかきさすをしほのゝへのひめこまつかはす千とせのすゑそひさしき

かも山やいくらの人をみつかき[御劔]のひさしきよゝり哀かくらむ

たのもしなあかつきちきるつきかけのかねてすむらむみよしのゝたけ

おもかけにおもふもさひしうつもれぬほかたにふゆのゆきのしらやま

くもかゝるなちのやまかけいかならむみそれはけしきなかき夜のやみ

わかのうらのなみにこゝろはよすときく我をはしるやすみよしのまつ

やはらくるひかりさやかにてらし見よたのむ日よしのなゝの御やしろ

  釋敎十首

   歡喜地

うれしさのなみたもさらにとゝまらすなかきうき世のせきをいつとて

   無垢地

いさきよくみかくこゝろしくもらねはたましくよものさかひをそ見る

   明地

あきらけきあさ日のかけにあたこやまゆきもこほりもきえそくたくる

   焰惠地

ふゆかれのおとろのふるえもえつきてふきかふかせにはなそ散りしく

   難勝地

あまつかせさはりしくもはふきとちつ[よ]をとめの姿花ににほひて

   現前地

すみまさるいけのこゝろにあらはれてこかねのきしになみそよせける

   遠行地

さはりなくとほちをわたすはしなれはおちやふるてふたくひたに見す

   不動地

おのかしゝまもるすかたの身にそひてうこかぬみちのかためとそなる

   善惠地

はかりなきはなのもろひとなひき來てまさるかさりのかひそありける

   法雲地

おほそらのゝりのくも路にすむつきの

   かきりもしらぬ

      ひかりをそ見る







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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