拾遺愚草卷上花月百首/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草上
花月百首建久元年秋左大將家
詠百首和哥
權少將
花五十首
さくらはな咲きにし日よりよしのやまそらもひとつにかをるしらくも
あしひきのやまのはことに咲くはなのにほひにかすむはるのあけほの
はなさかり外やまのはるのからにしきかすみのたつもをしきころかな
かすみたつみねのさくらのあさほらけくれなゐくゝるあまのかはなみ
さくらはな散らぬこすゑにかせふれてゝる日もかをる志賀のやまこえ
はなのゝち八重たつくもにそらとちてはるにうつめるみよしのゝそこ
さもあらはあれ花よりほかのなかめにはかすみにくらすみよしのゝ春
あくかれしゆきとつきとのいろとめてこすゑにかをるはるのやまかせ
よしのやまかすみふきこすたにかせの散らぬさくらのいろさそふらむ
ふり來ぬるあめもしつくもにほひけりはなよりはなにうつるやまみち
なかき日にあそふいとゆふしつかにてそらにそ見ゆるはなのさかりは
もゝしきやたましくにはのさくらはなてらすあさ日のひかりそひけり
かさしもてくらすはる日ののとけさに千よもへぬへきはなのかけかな
みやひとのそてにまかへるさくらはなにほひもとめよはるのかたみに
手をりもてゆきかふひとのけしきまてはなのにほひはみやこなりけり
こきまするやなきのいともむすほゝれみたれてにほふはなさくらかな
くものうちゆきのしたなるはるの色をたれわかやとのうへと見るらむ
あけはてすよのまのはなにことゝへはやまのはしろくゝもそたなひく
まきの戶はのきはのはなのかけなれはとこもまくらもはるのあけほの
いかはかりのちもわすれぬつまならむさくらになるゝやとのゆふくれ
めかれせすいとゝさくらそをしまるゝうちもまきれぬはるのやまさと
八重むくらとちけるやとのかひもなしふるさとゝはぬ花にしあらねは
たけのかきまつのはしらはこけむせとはなのあるしそはるさそひける
はなのふちさくらのそことたつぬれはいはもるみつのこゑそかはらぬ
えたかはすまつのみありしこすゑまてくもとなみとにたとるはるかな
そらはゆきにはをはつきのひかりとていつくにはなのありかたつねむ
はなの馨はかをるはかりをゆくへとてかせよりつらきゆふやみのそら
おもひいるゆくへははなのうへにしてこけにやとかるはるのうたゝね
過かてにをしまし[て]物をさくら花かへるよのまにかせもこそふけ
散りまかふ木のもとなからまとろめはさくらにむすふはるのよのゆめ
またなれぬはなのにほひにたひねして木たちゆかしきはるのよのやみ
たまほこのたよりにみつるさくらはなまたはいつれのはるかあふへき
やまさくらいかなるはなのちきりにてかはかりひとのおもひそめけむ
時こそあれさらてはかゝるにほひかはさくらもいかにはるをまちけむ
さくらはなたをりもやらぬひとえたにこすゑにのこるこゝろをそしる
やまさくらこゝろのいろをたれみてむいくよのはなのそこにやとらは
のちもうしむかしもつらしさくらはなうつろふそらのはるのやまかせ
こすゑよりほかなるはなのおもかけにありしつらさのにたるかせかな
なにとなくうらみなれたるゆふへかなやよひのそらのはなの散るころ
くれぬとてはな散るみねのはるのそらなほやとからむひとよはかりも
はるかせのなみこすそらになりにけりはなのみきはのきしのはまゝつ
やまかくれかせのしるへに見るはなをやかてさそふはたにかはのみつ
やまさくらまてともいはし散りぬとておもひますへきはなしなけれは
いかにしてかせのつらさをわすれなむさくらにあらぬさくらたつねて
さくらはなおもふものからうとまれぬなくさめはてぬはるのちきりに
わひつゝははなをうらむるはるもかなかせのゆくへにこゝろまよはて
はなをおもふこゝろにやとるまくすはらあきにもかへすかせのおと哉
散りぬとてなとてさくらをうらみけむ散らすは見ましけふのにはかは
あとたえしみきはのにはにはるくれてこけもやはなのしたにくちぬる
ふくかせも散るもをしむもとしふれとことわりしらぬはなのうへかな
月五十首
あきは來ぬつきは木のまにもりそめておきところなきそてのつゆかな
冱えのほるつきのひかりにことそひてあきのいろなるほしあひのそら
これそこのまたれしあきのゆふへよりまつくもはれて出つるつきかけ
かそふれはあきゝてのちのつきの色をおほめかしくもしほるそてかな
あきといへはそらすむつきをちきりおきてひかりまちとる萩のした露
あきをへてこゝろにうかふつきかけをさなからむすふやとのましみつ
まつむしのこゑのまにまにとめくれはくさ葉のつゆにつきそやとれる
あかさりしやまゐのしみつ手にくめはしつくもつきのかけそやとれる
ふかくさのさとのまかきはあれはてゝ野となるつゆにつきそやとれる
さむしろやまつよのあきのかせふけてつきをかたしく宇治のはしひめ
なにとなくすきこしあきのかすことにのち見るつきのあはれとそなる
そのふしとおもひもわかぬなみたかなつきやはつらきあきもうからす
あつまやのまやのあまりのつゆかけてつきのひかりもそてぬらしけり
よもきふのまかきのむしのこゑわけてつきはあきともたれかとふへき
つきゆゑにさゝすはしはしことゝはむしはのあみ戶よわれまたすとも
にはのおもにうゑおくあきの色よりもつきにそやとのこゝろ見えける
わけかたきむくらのやとのつゆのうへはつきのあはれもしく物そなき
せきの戶をとりのそらねにはかれともありあけのつきは猶そさしける
おもひやるみねのいはやのこけのうへにたれかこよひの月を見るらむ
たつね來てきくたにさひしおくやまのつきに冱えたるまつかせのこゑ
つきかけはあきよりおくのしもおきて木ふかく見ゆるやまのときはき
やまふかみいはきりとほすたにかはをひかりにせけるあきのよのつき
あきのよはつきともわかぬなかめゆゑそてにこほりのかけそみちぬる
見るゆめはをきの葉かせにとたえしておもひもあへぬねやのつきかけ
なかむれはまつよりにしになりにけりかけはるかなるあけかたのつき
しのゝめはつきもかはらぬわかれにてくもらはくれのたのみなきかな
つきゆゑにあまりもつくすこゝろかなおもへはつらしあきのよのそら
あけはまたあきのなかはもすきぬへしかたふくつきのをしきのみかは
いくさとのつゆけき野へにやとかりしひかりともなふもちつきのこま
あきのよのありあけのつきのつきかけはこのよならても猶やしのはむ
いくあきとゆくへもしらぬかみよまてたもとに見するつきのそらかな
月をおもふこゝろにそへてしのはすはわすれもすへきむかしなりけり
とこのうへのひかりに月のむすひ來てやかて冱えゆくあきの手まくら
つきゝよみはねうちかはしとふかりのこゑあはれなるあきかせのそら
あくるそらいるやまのはをうらみつゝいくたひつきにものおもふらむ
そてのうへまくらのしたにやとりきていくとせなれぬあきのよのつき
さらしなはむかしのつきのひかりかはたゝあきかせそをはすてのやま
よものそらひとつひかりにみかゝれてならふものなきあきのよのつき
ころもうつひゝきにつきのかけふけてみちゆくひとのおともきこえす
かけさえててらすこしちのやまひとはつきにやあきをわすれはつらむ
あくかるゝこゝろはきはもなきものをやまのはちかきつきのかけかな
わすれしよつきもあはれとおもひ出てよ我身のゝちのゆくすゑのあき
しかりとてつきのこゝろもまたしらすおもへはうときあきのねさめを
みねのあらしうらの波かせゆき冱えてみなしろたへのあきのよのつき
つきゝよみねられぬ夜しもゝろこしのくものゆめまて見るこゝちする
いまよりはこすゑのあきはふかくともつきいつるみねは風のまにまに
つゆしくれした葉のこらぬやまなれはつきもよをへてもりまさりけり
やまのはのおもはむこともはつかしくつきよりほかのあきはなかめし
あちきなくものおもふひとのそてのうへに有明の月の夜をかさねては
なかつきのありあけのつきのしくれゆゑ
あすのもみちの
いろもうらめし
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