拾遺愚草卷上早率百首文治五年/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草上
重奉和早率百首文治五年三月
詠百首和歌
春二十首
立春
よしのやまかすまぬかたのたにみつもうち出つる波にはるはたつなり
子日
ねの日するのへのこまつのひきひきにうらやましくもはるにあふかな
霞
たつね來てあきみしやまのおもかけにあはれたちそふはるかすみかな
鶯
はるやときたにのうくひすうち羽ふきけふしらゆきのふる巢いつなり
若菜
もろともに出てこしひとのかたみかないろもかはらぬのへのわかなは
殘雪
こゝろにもあらぬわかれのなこりかはきえてもをしきはるのゆきかな
梅
はるの夜はつきのかつらもにほふらむひかりにうめのいろはまかひぬ
柳
うゑおきしむかしをひとに見せかほにはるかになひくあをやきのいと
早蕨
わらひをるおなしやま路のゆきすりにはるのみやすむいはのもとかな
花
けふこすはにはにやはるのゝこらましこすゑうつろふはなのしたかせ
春雨
はるもまたかれしひとめにまちわひぬくさ葉はしけるあめにつけても
春駒
ひきかへつあしの葉めくむなにはかたうらわのそらもこまのけしきも
歸雁
これにみつこし路のあきもいかならむよしのゝはるをかへるかりかね
喚子鳥
くもるよのつきのかけのみほのかにてゆくかたしらぬよふことりかな
苗代
おもふこそかへすかへすもさひしけれあらたのおものけふのはるさめ
菫
すみれつむはな染ころもつゆをおもみかへりてうつるつきくさのいろ
杜若
ふりにけりたれかみきりのかきつはたなれのみはるのいろふかくして
藤
ゆくはるをうらむらさきのふちのはなかへるたよりにそめやすつらむ
款冬
すきてゆくまそてににほふやまふきにこゝろをさへもわくるみちかな
暮春
はるのけふすきゆくやまにしをりしてこゝろつからのかたみとも見む
夏十五首
更衣
ぬきかふるせみの羽ころもそてぬれてはるのなこりをしのひねそなく
卯花
いたひさしひさしくとはぬやまさともなみまに見ゆるうのはなのころ
葵
あまのかはおふともきかぬものゆゑにとしにあふひとなとちきりけむ
郭公
ほとゝきす世になきものとおもふともなかめやせましなつのゆふくれ
菖蒲
かせふけはゆめのまくらにあはすなりしけきあやめののきのにほひを
早苗
たねまきしむろのはやわせおひにけりおりたつ田子のあめもしみゝに
照射
ともしするしけみかそこのすりころもそてのしのふもつゆやおくらむ
五月雨
とはて來しよもきかゝとのいかならむそらさへとつるさみたれのころ
盧橘
よもすからはなたちはなをふくかせのわかれかほなるあかつきのそて
螢
なつむしのひかりそゝよくなにはかたあしのはわけにすくるうらかせ
蚊遣火
かやりひのけふりのあとやくさまくらたちなむ野へのかたみなるへき
蓮
あさゆふに我おもふかたのしるへせよくるれはむかふはちす葉のつゆ
氷室
いとひつるころもてかなしひむろやまゆふへのゝちの木ゝのしたかせ
泉
よるひるとひとはこのころたつねきてなつにしられぬやとのましみつ
荒和祓
みそきすとしはしひとなすあさの葉もおもへはおなしかりそめの世を
秋二十首
立秋
けふといへはこすゑにあきにかせたちてしたのなけきも色かはるなり
七夕
あきかせやいかゝ身にしむあまのかはきみまつよひのうたゝねのとこ
萩
散らはちれつゆわけゆかむはきはらやぬれてのゝちのはなのかたみに
女郎花
しのゝめにわかれしそてのつゆのいろをよしなく見するをみなへし哉
薄
ひともとへあれなむのちのむしのねもうゑおくすゝきあきしたえすは
刈萱
あさまたき千くさのはなもさておきつたまぬくのへのかるかやのつゆ
蘭
きりのまにひとえたをらむふちはかまあかぬにほひやそてにうつると
荻
をきの葉にふきたつかせのおとなひよそよあきそかしおもひつること
雁
きりふかき外やまのみねをなかめてもまつほとすきぬはつかりのこゑ
鹿
わひゝとのわかやとからのまつかせになけきくはゝるさをしかのこゑ
露
よもすからやまのしつくにたちぬれてはなのうはきはつゆもかわかす
霧
したむせふ宇治のかはなみきりこめてをちかたひとのなかめわふらむ
槿
あさかほよなきかほとなくうつろはむひとのこゝろのはなもかはかり
駒迎
かそへこしあきのなかはをこよひそとさやかに見するもちつきのこま
月
つきゝよみよものおほそらくもきえて千さとのあきをうつむしらゆき
擣衣
とけてねぬふしみのさとは名のみしてたれふかき夜にころもうつらむ
蟲
まつむしのこゑたにつらきよなよなをはてはこすゑにかせよわるなり
菊
ひとすちにたのみしもせすはるさめにうゑてしきくのはなを見むとは
紅葉
たつたやまやまのかよひ路おしなへてもみちをわくるあきのくれかな
九月盡
おくれしとちきらぬあきのわかれゆゑことわりなくもしほるそてかな
冬十五首
初冬
あきのみかかせもこゝろもとゝまらすみなしもかれのふゆのやまさと
時雨
かへり見るこすゑにくものかゝるかないてつるさとやいましくるらむ
霜
おきそめてをしみしきくのいろをまたかへすもつらきふゆのしもかな
霰
あられふるしかのやま路にかせこえてみねにふきまくうらのさゝなみ
雪
あきなからなほなかめつるにはのおものかれ葉も見えすつもるゆき哉
寒蘆
こゑはせてなみよるあしのほすゑかなしほひのかたにかせやふくらむ
千鳥
なかきよをおもひあかしのうらかせになくねをそふるとも千とりかな
氷
おほゐかはなみをゐせきにふきとめてこほるはかせのむすふなりけり
水鳥
よそへても見せはやひとにをしかものさわくいり江のそこのおもひを
網代
よをへては見るもはかなきあしろ木にこしのみそらのかせをまつらむ
神樂
馨をとめしさかきのこゑにさよふけて身にしみはつるあかほしのそら
鷹狩
とまるなよかりはのをのゝすりころもゆきのみたれにそらはきるとも
炭竈
をのやまや見るたにさひしあさゆふにたれすみかまのけふりたつらむ
爐火
うつみ火のひかりもはひにつきはてゝさひしくひゝくかねのおとかな
歳暮
なからふるいのちはかりのかことにてあまたすきぬるとしのくれかな
戀十首
初戀
のちの世をかけてやこひむゆふたすきそれともわかぬかせのまきれに
忍戀
おもふとはきみにへたてゝさよころもなれぬなけきにとしそかさなる
不逢戀
あひ見てのゝちのこゝろをまつしれはつれなしとたにえこそうらみね
初逢戀
なにと[そ]この見るともわかぬ幻によそのなけきのたちまさるらむ
後朝戀
いかにせむゆめよりほかに見しゆめのこひにこひますけさのなみたを
逢不遇戀
おのつからひとも時のまおもひ出てはそれをこの世のおもひ出にせむ
旅戀
たひ寐するあらきはまへのなみのおとにいとゝたちそふ人のおもかけ
思
いかはかりふかきけふりのそこならむつき日とゝもにつもるおもひの
片戀
よひよひはわすれてぬらむゆめにたになるとを見えよかよふたましひ
恨
きみよりも世よりもつらきちきりこそ身をかへつともうらみのこらめ
雜二十首
曉
うらめしやわかれのみちにちきりおきてなへてつゆおくあかつきの空
松
草のいほの友とはいつかきゝ[消え]なさむ心のうちにまつ風のこゑ
竹
ときわかぬまかきのたけのいろにしもあきのあはれのふかく見ゆらむ
苔
なれこしはきのふとおもふひとのあともこけふみわけてみちたとる也
鶴
ひとゝはてみきりあれにし庭のおもにきくもさひしきつるのひとこゑ
山
いかにせむそれもうき世といとひ出てはよしののやまもなき身なり鳬
川
いろはみなむなしきものをたつたかはもみちなかるゝあきもひとゝき
野
なにとなく見るよりものゝかなしきはのなかのいほのゆふくれのそら
關
とまひさしものゝあはれのせきすゑてなみたはとめぬすまのうらかせ
橋
よをこめてあさたつきりのひまひまにたえたえ見ゆるせたのなかはし
海路
まちえたる日よりをみちのたのみにてはるかに出つるなみのうへかな
旅
つゆしけきさやのなかやまなかなかにわすれてすくるみやこともかな
別
くれてゆくはるのかすみをなほこめてへたつるをちにたちやわかれむ
山家
いへゐしてまたかはかりもしらさりきみやまのさとの木からしのこゑ
田家
おきふしにねそなかれけりしもさゆるかり田のいほのしきのはねかき
懷舊
こゝろうしこひしかなしとしのふとてふたゝひ見ゆるむかしなき世よ
夢
うたゝねにくさひきむすふこともなしはかなのはるのゆめのまくらや
無常
いつわれもふてのすさひはとまりゐてまたなきひとのあとゝいはれむ
述懐懷
をしまれぬうきにたへたる身ならすはあはれすきにしむかしかたりを
祝
あまつそらつき日のかけもしつかにて
千よはくもゐに
きみそかそへむ
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