拾遺愚草卷上早率百首文治二年/藤原定家
據戦前版国歌大観
拾遺愚草上
奉(レ)和(二)無動寺法印早率露膽百首(一)[文治二年春]
詠(二)百首和哥(一)
侍從
春二十首
立春
としくれしあはれをそらのいろなからいかに見すらむはるのあけほの
子日
なにゆゑにはつねのけふのこまつはらはるのまとゐをちきりそめけむ
霞
たちかくすよそめははるのかすみにてゆきにそこもるおくのやまさと
鶯
うくひすのやとしめそむるくれたけにまたふしなれぬわかねなくなり
若菜
いさけふはあすのはるさめまたすとも野さはのわかな見てもかへらむ
殘雪
ふみしたくおとろかしたにしみいりてうつもれかはるはるのゆきかな
梅
こそ[こは]もこれ春のにほひになりにけり梅咲宿のあけくれのそら
柳
おそくときみとりのいとにしるきかなはる來るかたのきしのあをやき
早蕨
いはそゝくしみつもはるのこゑたてゝうちや出てつるたにのさわらひ
花
いかゝせむくもゐのさくらなれなれてうき身をさそとおもひはつとも
春雨
はるの夜をまとうつあめにふしわひてわれのみとりのこゑをまつかな
春駒
をちかたやはなにいはえてゆくこまのこゑもはるなるなかきひくらし
歸雁
はるふかみこし路にかりのかへるやまなこそかすみにかくれさりけれ
喚子鳥
おもひたつみちのしるへかよふことりふかきやまへにひとさそふなり
苗代
來なれたるこまにまかせむなはしろのみつにやま路はひきかへてける
菫
はるさめのふる野のみちのつほすみれつみてをゆかむそてはぬるとも
杜若
せき路こえみやこゝひしきやつはしにいとゝへたつるかきつはたかな
藤
おもふからなほうとまれぬふちのはなさくよりはるのくるゝならひに
款冬
散らすなよゐてのしからみせきかへしいはぬいろなるやまふきのはな
暮春
はるしらぬうき身ひとつにとまりけりくれぬるくれをゝしむなけきは
夏十五首
更衣
いかにせむひとへにかはる袖のうへにかさねてをしきはるのわかれを
卯花
あきふゆのあはれしらするうのはなよつきにもにたりゆきかとも見ゆ
葵
としをへてかみもみあれのあふひくさかけてかゝらむ身とはいのらす
時鳥
あつまやのひさしうらめしほとゝきすまつよひすくるむらさめのこゑ
菖蒲
はるたちしとしもさつきのけふきぬとくもらぬそらにあやめふくなり
早苗
とるなへのはやくつき日はすきにけりそよきしかせのおともほとなく
照射
なつころもたつたのやまにともしすといく夜かさねてそてぬらすらむ
五月雨
たまほこのみちゆくひとのことつてもたえてほとふるさみたれのそら
盧橘
ふるさとはゝなたちはなになかめしてみぬゆくすゑそはてはかなしき
螢
うちなひくかはそひやなきふくかせにまつみたるゝはほたるなりけり
蚊遣火
ひとはすむとはかり見ゆるかやり火のけふりをたのむをちのしはかき
蓮
この世にもこの世のものと見えぬかなはちすのつゆにやとるつきかけ
氷室
ひむろやまゝかせしみつの冱えぬれはなつのせかるゝ影にそありける
泉
やまかけのいはねのしみつたちよれはこゝろのうちをひとやくむらむ
荒和祓
みそきしてとしをなかはとかそふれはあきよりさきにものそかなしき
秋二十首
立秋
みむろやまけふよりあきのたつたひめいつれの木ゝのした葉そむらむ
七夕
たなはたのあかぬわかれのなみたにやあきしらつゆのおきはしめけむ
萩
咲きにけり野へわけそむるよそめよりむしのね見するあきはきのはな
女郎花
をみなへしなひくけしきやあきかせのわきて身にしむいろとなるらむ
薄
しのふやますそのゝすゝきいかはかりあきのさかりをおもひわふらむ
刈萱
たつぬれはにはのかるかやあともなくひとやふりにしあれはてゝけり
蘭
ふち袴あらぬくさはもかをるまてゆふ露[霧]しめる野へのあきかせ
荻
こほれぬるつゆをはそてにやとしおきてをきの葉むすふあきのゆふ風
雁
くさかれのあしたのはらにかせすきて冱えゆくそらにはつかりのなく
鹿
しかのねはつたふるをちのあはれにてやとのけしきはわれのみや見む
露
かへるさはしほるたもとのつゆそひてわけつるのへに夜はふけにけり
霧
あきふかくきりたつまゝのあけほのはおもふそなたのそらをたにみす
槿
されはこそとはしとおもひしふるさとは咲るあさかほつゆもさなから
駒迎
たちつゝくきりはらのこまこゆれともおとはかくれぬせきのいはかと
月
あき來てもあきをくれぬとしらせてもいくたひつきのこゝろつくしに
擣衣
しのはしよあはれはなれかあはれかはあきをひゝきにうつからころも
蟲
うらめしやよしなきむしのこゑにさへひとまちわふるあきのゆふくれ
菊
またもあらしはなよりのちのおもかけにさくさへをしき庭のむらきく
紅葉
そよやまたやまのはことにしくれしてよものこすゑはいろかはるなり
九月盡
あちきなしうき世は[に]おなし世の中そ秋はかきりと夜は更ぬとも
冬十五首
初冬
かきくらすこの葉はみちもなきものをいかにわけてかふゆの來つらむ
時雨
つきは冱えおとはこの葉にならはせてしのひにすくるむらしくれかな
霜
葉かへせぬたけさへいろの見えぬまて夜ことにしもをおきわたすらむ
雪
ふりそめしそらはゆきけになりはてぬひとをもまたしふゆのやまさと
霰
あられふり日さへあれゆくまきのやのこゝろもしらぬやまおろしかな
寒蘆
こもり枝のあしのした葉のうきしつみ散りうせぬ世のあちきなの身や
千鳥
あはちしま千とりとわたるこゑことにいふかひもなくものそかなしき
水
とけぬうへにかさねてこほるたにみつに冱ゆるよころの數そ見えける
水鳥
はねかはすをしのうは毛のしもふかくきえぬちきりを見るそかなしき
網代
いかゝするあしろにひをのよるよるはかせさへはやき宇治のかは瀨を
神樂
たちかへる山あゐのそてにしも冱えてあかつきふかきあさくらのこゑ
鷹狩
かりころもはらふたもとのおもるまてかた野のはらにゆきはふりきぬ
炭竈
すみかまのあたりをぬるみたちのほるけふりやはるはまつかすむらむ
爐火
あけかたのはひのしたなるうつみ火のゝこりすくなくゝるゝとしかな
歳暮
としくれぬかはらぬけふのそらことにうきをかさぬるこゝちのみして
戀十首
初戀
これもまたちきりなるらむとはかりにおもひそめつる身をゝしむかな
忍戀
おもひ寢のゆめにもいたくなれぬれはしのひもあへすものそかなしき
不逢戀
なとりかはいかにせむともまたしらすおもへはひとをうらみけるかな
初逢戀
あひ見てもいへはかなしきちきりかなうつゝもおなしはるのよのゆめ
後朝戀
わかれつるほともなくなくまとはれてたのめぬくれをなほいそくかな
逢不遇戀
つらからすわかこゝろにもしられにきなれてもなれぬなけきせむとは
旅戀
たれゆゑとさゝぬたひねのいほりたにみやこのかたはなかめしものを
思
さきたゝはひともあはれをかけて見よおもひにきえむそらのうきくも
片戀
よしさらはあはれなかけそしのひわひ身をこそすてめきみか名はをし
恨
身をしれはうらみしとおもふ世の中をありふるまゝのこゝろよわさに
雜二十首
曉
うかりける物おもふころのあかつきはひとをもとはむ此の世ならても
松
まつかせのこすゑのいろはつれなくてたえすおつるはなみたなりけり
竹
くれたけのわかともはみなならへともひかりよそなるはのはやしかな
莓
おくやまのいはねのこけのよとゝもにいろもかはらぬなけきをそする
鶴
たらちねのこゝろをしれはわかの浦や夜ふかきつるのこゑそかなしき
山
またしらぬやまのあなたにやとしめてうき世へたつるくもかとも見む
川
は[う]つ瀬かはうかふみなわのきえかへりほとなき世をも猶歎く哉
野
身のはてはこの世はかりとしりてたにはかなかるへきのへのけふりを
關
くらへはやきよ見かせきによるなみも物おもふそてにたちやまさると
橋
身のうさはくめちのはしもわたらねとすゑもとほらぬみちまとひける
海路
おもふひとあらはいそかむふな出してむしあけのせとは猶あらくとも
旅
みやことてしほらぬそてもならはぬをなにをたひねのつゆとわくらむ
別
かへるさをちきるわかれをゝしむにもつひのあはれはしりぬへき世を
山家
やま里を今はかきりとたつね[ぬ]ともひとかたならぬ路やまとはむ
田家
いかにせむおくてのなるこひきかへしなほおとろかぬかりそめの世を
懷舊
おもかけはたゝめのまへのこゝちしてむかしとしのふうき世なりけり
夢
ぬは玉のゆめはうつゝにまさりけり此世に覺るまくらかはら[し]て
無常
かつ見つゝなほすてはてぬ身なりけりいつかはかきりあすやのちの世
述懷
おもふとてかひなき世をはいかゝせむこゝろはのこれなき身なりとも
祝
おもひやるこゝろはきはもなかりけり
千とせもあかぬ
きみか世のため
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