秋篠月淸集卷四哀傷・無常・神祇・釋敎/藤原良經


秋篠月淸集[藤原良經/據國哥大觀戰前版]



秋篠月淸集四

 哀傷部

  嵯峨故内府の墓所にて懷舊のこゝろをよみて座主

やまさとはそてのもみちのいろそこきむかしをこふるあきのなみたに

  かへし

よそにおもふ我たもとにはなほしかしきみかしくれのいろは見ねとも

  年比のりきりはかなくなりてのちその墓所にゆきてよめる

まれに來てむかしのあとをたつぬれはしらぬまつにもかせむせふなり

ならへこしよはのまくらもゆめなれやこけのしたにそはてはくちぬる

  權中納言道家のはゝうせたまひてのちおなし比三位入道のもとより

かきりなきおもひのほとの夢のうちはおとろかさしとなけきこしかな

  かへし

見しゆめにやかてまきれぬわか身こそ

   とはるゝけふも

      まつかなしけれ



 無常部

  前内府幽靈一辭(二)東閣之月(一)永化(二)北邙之煙(一)以來去文治第四之春忽入(二)我夢(一)以呈(二)詩句(一)今建久第三之春又入(二)人夢(一)和語波只傷(二)永夕之別(一)是也詠(二)開闢之詞(一)實知(二)娑婆之喜(一)漸積(二)泉壤之眠(一)自驚者歟爰依(二)心棘之難(一)抑奉(レ)答(二)夢幽思(一)而已

見しゆめのはるのわかれのかなしきはなかきねふりのさむときくまて

  八月十五夜山の法印のもとへつかはしける

とへかしなかけをならへてむかし見しひともなきよのつきはいかにと

  かへし

いにしへのかけなきやとにすむつきはこゝろをやりてとふとしらすや

  西行法師みまかりにける次のとし定家朝臣のもとへつかはしける

こそのけふはなのもとにてつゆきえしひとのなこりのはてそかなしき

  かへし

はなのもとのしつくにきえしはるは來てあはれむかしにふりまさる人

  定家朝臣かはゝの中陰三月盡にあたりけるにつかはしける

はるかすみかすみしそらのなこりさへけふをかきりのわかれなりけり

  かへし

わかれにし身のゆふくれにくもきえてなへてのはるはうらみはてゝき

  觀性法橋うせてのち彼の西山の往生院にて如法經かゝむとてまかり入り侍りけるに

  前座主

ひとのいふあきのあはれはぬしもなきこのやまてらのゆふくれのそら

  かへし

ぬしありしむかしのあきは見しものをあれたるやとゝきくそかなしき

  よのはかなきことをおもひて

きえはてしいくよのひとのあとならむそらにたなひくゝもゝかすみも

のちの世はあすともしらぬゆめのうちをうつゝかほにてあけくらす哉

とりへやまおほくのひとのけふりたち

   きえゆくすゑは

      ひとつしらくも



 神祇部

  いせにて

かみかせやみもすそかはのそのかみにちきりしことのすゑをたかふな

つゆみかくたまくしのはのたまゆらもかけしたのみのわすれやはする

  述懷の中に

いせしまやしほひもしらすそてぬれていけるかひなき世にもふるかな

  春のはしめに

けふとへははるのしるしをみやかはのきしのすきむらいろかはるなり

あらたまのとしやかみよにかへるらむみもすそかはのはるのはつかせ

  神祇のうたよみける中に

やはらくるひかりにしるしはるの日のめくみにはなは咲くよなりけり

みかさやまわか世をまつのかけにゐてよそにすくさむさみたれのころ

たのもしなさほのかはかせかみさひてみきはの千とり八千よとそなく

  日吉七社本地

   大宮釋迦

いにしへのつるのはやしに散るはなのにほひをよする志賀のうらかせ

   二宮藥師

あさ日さすそなたのそらのひかりこそやまかけてらすあかしなりけれ

   聖眞子阿彌陀

みちをかへてこの世にあとを埀るゝ哉をはりむかへむむらさきのくも

   八王子千手

かれはつるこすゑにはなも咲きぬへしかみのめくみのはるのはつかせ

   客人十一面

こゝにまたひかりをわけてやとすかなこしのしらねやゆきのふるさと

   十禪師地蔵

このもとにうき世をてらすひかりこそくらきみちにもありあけのつき

   三宮普賢

みなひとにつひにしたかふちかひよりあまねくにほふのりのはなかな

  院の春日社の哥合に曉月を

あまの戶をおしあけかたのくもまより

   かみよのつきの

      かけそのこれる



 釋敎部

  舎利講のついてに十如是を相す

あさことにかゝみのうへに見るかけのむなしかりける世にやとるかな

  性

さまさまにうまれきにける世ゝもみなおなしつきこそむねにすみけれ

  體

はるのよのけふりにきえてつきかけののこるすかたもよをてらしけり

  力

ふりつもるゆきにたわまぬまつか枝のこゝろつよくもはるをまつかな

  作

日をへつゝ巢かくさゝかにひとすちにいとなみくらすはてをしらはや

  因

たねしあれはほとけの身ともなりぬへしいはにも松はおひけるものを

  緣

きしにいたるかせのしるへをおもふかなくるしきうみに舟よそひして

  果

あきふかくなりはてにけるみやまかなはな見しえたにこの葉いろつく

  報

すき來けるよゝにやつみをかさねけむむくひかなしきゝのふけふかな

  本未究竟等

すゑのつゆもとのしつくをひとつそとおもひはてゝもそてはぬれけり

  内秘菩薩行

ひとりのみくるしきうみをわたるとやそこをさとらぬひとは見るらむ

  舎利講を

ねかはくはこゝろのつきをあらはしてわしの御やまのあとをてらさむ

  おなし講のはてに花を

くさ木まてこゝろあるへしのりのにはゝなたてまつるはるのやまかせ

  喚子鳥

よふことりうき世のひとをさそひ出てよ入於深山思惟佛道

  立秋

にしをおもふこゝろのいとゝすゝしきはそなたよりふくあきの初かせ

ふきかへすころものうらのあきかせにけふしもたまをかくるしらつゆ

  旅[于(レ)時七月十五日]

たひのよにまよふもろひとこよひこそ出てしみやこのつきを見るらめ

  川[爲(レ)人詠(レ)之]

にこる江にのりのなかれのみちをえてひとをそわたすしらかはのさと

  池

つひにわかねかふすみかはこくらくのはちくとくちのはちすなりけり[極樂ノ八功德池ノ蓮]

  舎利講

この世よりはちすのいとにむすほゝれ

   にしにこゝろの

      ひくわかみかな









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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