拾遺愚草卷上初學百首/藤原定家


拾遺愚草上目錄

  百首哥

 初學        二見[圓位上人]  大夫

 閑居        早率[二度]    花月

 十題        哥合        院[初度]

 同[千五百番]   内大臣[建保三年] 内裏

 院[建保四年]   關白左大臣家[貞永元]

  已上千五百首



拾遺愚草上

 初學百首[養和元年四月]

 詠(二)百首和歌(一)

              侍從

  春二十首

いつる日のおなしひかりによもの海の

 なみにもけふやはるはたつらむ

あさかすみへたつるからにはるめくは

 外やまやふゆのとまりなるらむ

うくひすのはつねをまつにさそはれて

 はるけきのへに千よもへぬへし

雪のうちにいかてをらましうくひすの

 こゑこそむめのしるへなりけれ

むめのはなこすゑをなへてふくかせに

 そらさへにほふはるのあけほの

なかなかによもにゝほへるむめのはな

 たつねそわふるよはの木のもと

はるさめのはれゆくそらにかせふけは

 くもとゝもにもかへるかりかね

はるさめのしくゝゝふれはいなむしろ

 にはにみたるゝあをやきのいと

よしのやまたかきさくらの咲きそめて

 いろたちまさるみねのしらくも

はなゆゑにはるはうき世そをしまるゝ

 おなしやま路にふみまよへとも

いにしへのひとに見せはやさくらはな

 たれもさこそはおもひおきけめ

あつさゆみはるはやま路もほとそなき

 はなのにほひをたつね入るとて

としをへておなしこすゑに咲くはなの

 なとためしなきにほひなるらむ

みやこへはなへてにしきになりにけり

 さくらをゝらぬひとしなけれは

なかゝゝにをしみもとめしわれならて

 見るひともなきやとのさくらは

かせならてこゝろとを散れさくらはな

 うきふしにたにおもひおくへく

はるのゝにはなるゝこまはゆきとのみ

 散りかふはなにひとやまとへる

みなかみにはなや散るらむよしのやま

 にほひをそふるたきのしらたま

おしなへてみねのさくらや散りぬらむ

 しろたへになるよものやまかせ

うらみてもかひこそなけれゆくはるの

 かへるかたをはそことしらねは

  夏十首

をしむにもこゝろなるへきたもとさへ

 はなのなこりはとまらさるらむ

卯のはなによるのひかりをてらさせて

 つきにかはらぬたまかはのさと

とゝめおきしうつり馨ならぬたち花に

 まつこひらるゝほとゝきすかな

たちはなのはな散るかせにあらねとも

 ふくにはかをるあやめくさかな

さつきやみくらふのやまのほとゝきす

 ほのかなるねににるものそなき

すきぬるをうらみはゝてしほとゝきす

 なきゆくかたにひともまつらむ

さみたれにけふもくれぬるあすかゝは

 いとゝふち瀨やかはりはつらむ

さみたれにみつなみまさるまこもくさ

 みしかくてのみあくるなつのよ

そまかはやうきねになるゝいかたしは

 なつのくれこそすゝしかるらめ

なつの日の入るやまみちをしるへにて

 まつのこすゑにあきかせそふく

  秋二十首

おしなへてかはるいろをはおきなから

 あきをしらするをきのうはかせ

うらみをやたちそへつらむたなはたの

 あくれはかへるくものころもに

かせふけはえたもとをゝにおくつゆの

 散るさへをしきあきはきのはな

をみなへしつゆそこほるゝおきふしに

 ちきりそめてしかせやいろなる

つゆふかきはきのした葉につき冱えて

 をしかなくなりあきのやまさと

つきかけをむくらのかとにさしそへて

 あきこそ來たれとふひとはなし

あまのはらおもへはかはるいろもなし

 あきこそつきのひかりなりけり

あきのよのかゝみと見ゆるつきかけは

 むかしのそらをうつすなりけり

うきくものはるれはくもるなみたかな

 つき見るまゝのものかなしさに

つゆの身はかりのやとりにきえぬとも

 こよひのつきのかけはわすれし

こゝろこそもろこしまてもあくかるれ

 つきは見ぬ世のしるへならねと

ふすとこをてらすつきにやたくへけむ

 千さとのほかをはかるこゝろは

しほかまのうらのなみかせつき冱えて

 まつこそゆきのたえまなりけれ

あきのよはくも路をわくるかりかねの

 あとかたもなくものそかなしき

身にかへてあきやかなしききりゝゝす

 よなゝゝこゑをゝしまさるらむ

つゆなからをりやおかましきくのはな

 しもにかれては見るほともなし

さきまさるくらゐのやまのきくのはな

 こきむらさきにいろそうつろふ

もみちせぬときはのやまにやともかな

 わすれてあきをよそにくらさむ

もみちはゝうつるはかりにそめてけり

 きのふのいろを身にしめしかと

ひゝきくるいりあひの鐘もおとたえぬ

 けふあきかせはつきはてぬとて

  冬十首

はれくもるそらにそふゆもしりそむる

 しくれはみねのもみちのみかは

ふゆきてはひと夜ふた夜をたまさゝの

 葉わけのしものところせきまて

かすしらすしけるみやまのあをつゝら

 ふゆの來るにはあらはれにけり

しくるゝもおとはかはらぬいたまより

 この葉は月のもるにそありける

いけみつにやとりてさへそをしまるゝ

 をしのうきねにくもるつきかけ

とも千とりなくさのはまのなみかせに

 そらさへまさるありあけのつき

おとたえすあられふりおくさゝの葉の

 はらはぬそてをなにぬらすらむ

ふみわくるみちともしらぬ雪のうちに

 けふりもたゆるふゆのやまさと

はなをまちつきをゝしむとすくしきて

 ゆきにそつもるとしはしらるゝ

つららゐるかけひのみつはたえぬれと

 をしむにとしのとまらさるらむ

  戀二十首

いかにせむそてのしからみかけそむる

 こゝろのうちをしるひとそなき

これやさはそらにみつなるこひならむ

 おもひたつよりくゆるけふりよ

袖のうへはひたりもみきもくちはてゝ

 こひはしのはむかたなかりけり

もろこしのよしのゝやまのゆめにたに

 また見ぬこひにまとひぬるかな

いかにしていかにしらせむともかくも

 いかゝなへてのことの葉そかし

日にそへてますたのいけのつゝみかね

 いひいつとてもぬるゝそてかな

夢のうちにそれとて見えしおもかけを

 この世にいかておもひあはせむ

すまのうらのあまりもゝゆるおもひ哉

 しほやくけふりひとはなひかて

あつさゆみ眞ゆみつきゆみつきもせす

 おもひいれともなひく世もなし

ちつかまてたつるにしき木いたつらに

 あはてくちなむ名こそをしけれ

はかなくてすくるこの世とおもひしは

 たのめぬほとの日かすなりけり

さよころもわかるゝ袖にとゝめおきて

 こゝろそはてはうらやまれぬる

きみかためいのちをさへもをしますは

 さらにつらさをなけかさらまし

むすひけむゝかしそつらきしたひもの

 ひとよとけゝるなかのちきりを

うしとてもたれにかとはむつれなくて

 かはるこゝろをさらはをしへよ

つらきさへきみかためにそなけかるゝ

 むくひにかゝるこひもこそすれ

もろともにいなのさゝはらみちたえて

 たゝふくかせのおとにきけとや

おもひいてよすゑのまつ山すゑまても

 なみこさしとはちきらさりきや

こひわたるさのゝふなはしかけたえて

 ひとやりならぬねをのみそなく

いかにせむうきにつけてもつらきにも

 おもひやむへきこゝちこそせね

  雜二十首

   神祇

かすかやまたにのふちなみたちかへり

 はな咲くはるにあふよしもかな

おもひのみおほはらのへにとしへぬる

 まつことかなへかみのしるしに

  釋敎

   法師品

なかれ來てちかつくみつにしるきかな

 まつひらくへきむねのはちす葉

   壽量品

うき世にはうれへのくものしけゝれは

 ひとのこゝろにつきそかくるゝ

   神力品

さためけるほとけのみちをしるへにて

 いまはうき世にまとはすもかな

   藥王品

身にしめてかきおくのりのはなの色の

 ふかさあさゝはしるひともなし

   勸發品

きえはつるはなの御のりのすゑにこそ

 さためおきける身ともしりぬれ

   無常

なかめてもさためなき世のかなしきは

 しくれにくもるありあけのそら

みつのうへに思ひなすこそはかなけれ

 やかてきゆるをあわと見なから

  別

わかれてもこゝろへたつなたひころも

 いくへかさなるやま路なりとも

  旅

つくつくとねさめてきけはなみまくら

 またさ夜ふかきまつかせのこゑ

ゆきかへるゆめ路をたのむよひことに

 いやとほさかるみやこかなしも

たつたひにこゝろほそしや藻しほやく

 けふりはたひのいほりならねと

ゆきかへりたひのそらにはねをそなく

 くもゐのかりをよそに見しかと

たひのそらをはすてやまのつきかけよ

 すみなれてたになくさみやせし

  祝

きみかよはみねにあさ日のさしなから

 てらすひかりのかすをかそへよ

わかきみの御よとこたへむ世のなかに

 千とせやなにとひともたつねは

  物名

   さしくし ひかけ

かみやまにいくよへぬらむさかきはの

 ひさしくしめをゆひかけてける

   はんひ したかさね

すかまくらおもはんひとは斯もあらし

 たかさねぬよにちりつもるらむ

 半臀字不可然初學已披露雖不可直改

 後學可存とことはにひとすむとこは

 如此可詠(※)

  述懷

みかさやまいかにたつねむしらゆきの

   ふりにしあとは

      たえはてにけり

(※)半臀字不(レ)可(レ)然初學已披露雖(レ)不(レ)可(二)直改(一)後學可(レ)存

   とことはにひとすむとこは如(レ)此可(レ)詠







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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