秋篠月淸集卷二院初度御百首／藤原良經

秋篠月淸集［藤原良經／據國哥大觀戰前版］

秋篠月淸集二

　院初度御百首

　　春

ひさかたのくもゐにはるのたちぬれはそらにそかすむあまのかくやま

よしのやまことしもゆきのふるさとにまつのはしろきはるのあけほの

はるはなほあさまのたけにそらさえてくもるけふりはゆきけなりけり

かすかのゝくさのはつかにゆきゝえてまたうらわかきうくひすのこゑ

みやこひとのはらにいてゝしろたへのそてもみとりにわかなをそつむ

うめのはなうすくれなゐに咲きしよりかすみいろつくはるのやまかけ

こほりゐしいけのをしとりうち羽ふきたま藻のとこにさゝなみそたつ

しもかれのこやの八重ふきふきかへてあしのわか葉にはるかせそふく

からころもすそのゝきゝすうらむなりつまもこもらぬをきのやけはら

ときはなるやまのいはねにむすふ苔のそめぬみとりにはるさめそふる

はるはまたいかにとはまし津のくにのいくたのもりのあけかたのそら

のとかなるはるのひかりにまつしまやをしまのあまのそてやほすらむ

きよみかたこゝろにせきはなかりけりおほろつき夜のかすむなみ路に

かへるかりいまはのこゝろありあけにつきとはなとの名こそをしけれ

えたかはすはな咲きぬれはあをやきのこすゑにかゝるたきのしらいと

はるのいけのみきはのさくら咲きぬれはくもらぬみつにうつるしら雲

やすらはてねなむものかはやまのはにいさよふつきをはなにまちつゝ

けふもまたとはてくれぬるふるさとのはなはゆきとやいまは散るらむ

はつ瀨やまうつろふはなにはるくれてまかひしくもそみねにのこれる

あすよりはしかのはなそのまれにたにたれかはとはむはるのふるさと

　　夏

なつきぬといふはかりにやあしひきのやまもかすみのころもかふらむ

はるの色もとほさかるなりすかはらやふし見に見ゆるをはつ瀨のやま

ほとゝきすしのひしのひに來なくなり卯のはなつき夜ほの見ゆるころ

いまこむとたのめやはせしほとゝきすふけぬる夜はをなにうらむらむ

たちはなのはなちるさとのゆふくれにわすれそめぬるはるのあけほの

さみたれにくもまゝちいてゝもるつきはのきのあやめにくもるなり鳬

ほとゝきすいまいくよをかちきるらむおのかさつきのありあけのころ

いさり火のむかしのひかりほの見えてあし屋のさとにとふほたるかな

たまほこのみちのゆくてのすさひにもちきりそむすふやまのゐのみつ

そまかはのやまかけくたすいかたしよいかゝうきねのとこはすゝしき［筏士］

わきもこかやとのさゆりのはなかつらなかき日くらしかけてすゝまむ

ふしのやまきゆれはやかてふるゆきのひと日もなつになるそらそなき

をやま田のきのふのさなへとりもあへすやかてやあきの風もたちなむ

あきちかきけしきのもりになくせみのなみたのつゆやした葉そむらむ

みそきかはなみのしらゆふあきかけてはやくそすくるみなつきのそら

　　秋

かせのおとにけふよりあきのたつたひめ身にしむ色をいかてそむらむ

たなはたのまちこしあきは夜さむにてくもにかさぬるあまの羽ころも

をきの葉にふくはあらしのあきなるをまちける夜はのさをしかのこゑ

みたれあしの穗むけのかせのかたよりにあきをそ見する眞のゝうら波

おしなへておもひしことのかすかすになほいろまさるあきのゆふくれ

こはき咲くやまのゆふかけあめすきてなこりのつゆにひくらしそなく

藻にすまぬのはらのむしもわれからとなかき夜すからつゆになくなり

とこ世いてしたひのころもやはつかりのつはさにかかるみねのしら雲

あきの田のいな葉のつゆのたまゆらもかりねさひしきやまかけのいほ

やまもとのあけのそほふねほのほのとこきいつるおきは霧こめてけり

あまつかせみかきてわたるひさかたのつきのみやこにたまや散るらむ

さらしなのやまのたかねにつき冱えてふもとのゆきは千さとにそしく

からさきやにほてるおきにくもきえてつきのこほりにあきかせそふく

つき見はといひしはかりのひとはこてまきのとたゝくにはのまつかせ

三か月のありあけのそらにかはるまてあきのいく夜をなかめきぬらむ

ぬしやたれいつくのあきにたひねしてのこるさとひところもうつらむ

きりきりすなくやしも夜のさむしろにころもかたしきひとりかもねむ

たつたかは散らぬもみちのかけ見えてくれなゐこゆる瀨ゝのしらなみ

わするなよあきはいな葉のやまのはにまたこむころをまつのしたかせ

ことし見るわかもとゆひの初霜［雪イ］にみそちあまりの秋の更ぬる

　　冬

あけかたのまくらのうへにふゆはきてのこるともなきあきのともしひ

さをしかもわけこぬのへのふるさとにもとあらのこ萩かれまくもをし

やまおろしにひとやはにはをならしはのしはしもふれは道もなきまて

むらしくれすくれはゝるゝたかねよりあらしにいつるふゆのよのつき

さゝのはゝみやまもさやにうちそよきこほれるしもをふくあらしかな

かせをいたみたゝよふいけのうき草もさそふみつなくつらゝゐにけり

よしのかはたきつしらなみこほりゐていはねにおつるみねのまつかせ

あかしかたすまもひとつにそら冱えてつきに千とりもうらつたふなり

かたしきのそてのこほりもむすほゝれとけてねぬ夜のゆめそみしかき

しくれよりあられにかはるまきの屋のおとせぬゆきそけさはさひしき

こからしにつれなくのこるおくやまのまきのこすゑもゆきをれにけり

たれをとひたれをまたましとはかりにあとたえはつるゆきのやまさと

はなのこるころにやわかむしらゆきのふりまかへたるみよしのゝやま

かきくらすみねのふゝきにすみかまのけふりのすゑそむすほゝれゆく

ひと夜とやはるをまつらむとしつきはけふくれたけのゆきのしたをれ

　　戀

こひをのみすまのあまひと藻しほたれほしあへぬ袖のはてをしらはや

よしのかはいはもるみつのわきかへりいろこそ見えねしたさわきつゝ

いせしまやしほひにひろふたまたまも手にとるほとのゆくへしらせよ

かちをたえ由良のみなとによるふねのたよりもしらぬおきつしほかせ

せきかへすそてのしくれやあまるらむひともこすゑにあきそ見えぬる

われかくてねぬ夜のはてをなかむともたれかはしらむありあけのころ

しかすかになれこしひとのそての馨のそれかとはかりいつのこりけむ

まれにこしころたにつらきまつかせをいく夜ともなきねさめにそきく

これはみなむなしきことそとはかりはちきるにつけておもひしりにき

いはさりきいまこむまてのそらのくもつき日へたてゝものおもへとは

　　羇旅

きのふまてくものあなたにみしやまのいは根にこよひころもかたしく

散りつもるもりのおち葉をかきつめて木のしたなからけふりたてつる

くもはねやつきはともしひかくてしもあかせはあくるさ夜のなかやま

むさしのにむすへるくさのゆかりとやひと夜のまくらつゆなれにけり

うきまくらかせのよるへもしらなみのうちぬるよひはゆめをたに見す

　　山家

しらくもの八重たつやまをふかしともおほえぬまてにすみなれにけり

しをりせてひとりわけこしおくやまにたれまつかせのにはにふくらむ

やまふかみいはしくそてにたま散りてねさめならはすたきのおとかな

くもかゝるやまのかけはしふみわけていりにしみちはこけおひにけり

わすれしのひとたにとはぬやま路かなさくらはゆきにふりかはれとも

　　鳥

わたのはらおきのこしまのまつかせに鵜のゐるいはをあらふしらなみ

をちかたやきしのやなきにゐるさきのみのけなみよるかはかせそふく

をしきかなひともてかけぬはしたかのとかへるやまにころもへにけり

ゆふまくれ木たかきもりにすむはとのひとりともよふこゑそかなしき

むしろ田のいつぬきかはのしきなみにむれゐるたつのよろつよのこゑ

　　祝

たまつはきふたゝひいろはかはるともはこやのやまの御よはつきせし［玉椿］

くもりなきくもゐのすゑそはるかなるそらゆくつき日はてをしらねは

くれたけのそのよりうつるはるのみやかねても千よのいろは見えにき

わか葉さすたまのうつ木のえたことにいくよのひかりみかきそふらむ

しきしまややまとしまねもかみよゝり

　　　きみかためとや

　　　　　　かためおきけむ