後撰和歌集。卷第十三。恋歌五。原文。
後撰和歌集。原文。
後撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。
又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照。
後撰和歌集卷第十三
戀歌五
たいしらす
業平朝臣
いせのうみにあそふあまともなりにしか波かきわけてみるめかつかん
かへし
伊勢
おほろけのあまやはかつくいせの海のなみ髙きうらにおふるみるめを[はイ]
つれなく見え侍ける人に
よみ人しらす
つらしとやいひはてゝまししら露の人にこゝろはをかしとおもふを
題しらす
なからへは人のこゝろも見るへきに露のいのちそかなしかりける
小町かあね
ひとりぬるときは待るゝ鳥のねもまれにあふ夜はわひしかりけり
女のうらみをこせて侍けれはつかはしける
ふかやふ
うつせみのむなしくからになるまてもわすれんとおもふ我ならなくに
あたなるおとこをあひしりて心さしはありと見えなから猶うたかはしくおほえけれはつかはしける
よみ人しらす
いつまてのはかなき人のことのはかこゝろの秋のかせをまつらん
たいしらす
うたゝねのゆめはかりなる逢事を秋の夜すからおもひつるかな
女のもとにまかりたりけるに[夜イ]門をさしてあけさりけれはまかりかへりてあしたにつかはしける
兼輔朝臣
秋のよの草のとさしの佗しきはあくれとあけぬ物にそ有ける
返し
よみ人しらす
いふからにつらさそまさる秋のよのくさのとさしにさはるへしやは
かつらのみこ[孚子内親王、宇多皇女]にすみはしめけるあひたにかのみこあひおもはぬけしきなりけれは
さたかすのみこ[貞數/淸和皇子]
人しれす物おもふ比のわかそては秋の草葉におとらさりけり
しのひたる人につかはしける
贈太政大臣
しつはたにおもひみたれて秋のよのあくるもしらすなけきつるかな
せうそこはかよはしけれと[もイ]またあはさりけるおとこをこれかれあひにけりといひさわくをあらかはさなりと[さなりとイ]うらみけれは[つかはしたりけれはイ]
よみ人しらす
はちすはのうへはつれなきうらにこそものあらかひはつくといふなれ
おとこのつらうなりゆく比雨のふりけれはつかはしける
ふりやめはあとたに見えぬうたかたのきえてはかなき世をたのむかな
女のもとにまかりてえあはてかへりてつかはしける
あはてのみあまたの夜をもかへるかな人めのしけきあふさかにきて
女に物いふおとこふたり有けりひとりにかえりことすときゝていまひとりかつかはしける
なひくかたありけるものをなよ竹のよにへぬものとおもひけるかな
女の心かはりぬへきを聞てつかはしける
ねになけは人わらへなりくれたけのよにへぬをたにかちぬと思はん
文つかはしける女のおやのいせへまかりけれはともにまかりけるに[けれはイ]つかはしける
いせのあまときみしなりなはおなしくはこひしきほとにみるめからせよ
一條かもとにいとなんこひしきといひにやりたりけれはをにのかたをかきてやるとて
一條
こひしくはかけをたに見てなくさめよわかうちとけてしのふかほなり
返し
伊勢
かけみれはいとゝこゝろそ[はイ]まとはるゝちかゝらぬけのうときなりけり
人のむすめにしのひてかよひ侍けるにつらけに見えけれは[はへりけれはイ]せうそこ有ける返事に
人ことのうきをもしらすありかせしむかしなからのわか身ともかな
見なれたる女に[又イ]物いはむとてまかりたりけれとこゑはしなからかくれけれはつかはしける
ほとゝきすなつきそめて[にイ]しかひもなくこゑをよそにもきゝわたるかな
人のもとにはしめてまかりてつとめてつかはしける
つねよりもおきうかりつる[けるイ]あかつきは露さへかゝるものにそありける
忍ひてまてきける人の霜のいたくふりける夜まからてつとめてつかはしける
をく霜のあかつきおきをおもはすはきみかよとのに夜かれせましや
返し
霜おかぬ春よりのちのなかめにもいつかはきみかよかれせさりし
心にもあらて久しくとはさりける人のもとにつかはしける
源英明[ヒテアキラ]朝臣
いせの海のあまのまてかたいとまなみなからへにける身をそうらむる
えかたう侍ける女の家の前よりまかりけるを見ていつこへいくそといひ出して侍けれは
藤原ためよ
あふことの[をイ]かたのへとてそ我はゆく身をおなし名におもひなしつゝ
題しらす
よみ人も
君かあたり雲ゐに見つゝ宮路山うちこえゆかん道もしらなく
おとこの返事につかはしける
としこ
おもふてふことの葉いかになつかしなのちうきものとおもはすもかな
たいしらす
兵衞[イ兼茂朝臣のむすめ]
思ふてふことこそうけれくれ竹のよにふる人のいはぬなけれは
よみひとしらす
思はむと我をたのめしことの葉はわすれくさとそいまはなるらし
おとこのやまひにわつらひてまからて久しくありてつかはしける
いまゝてもきえて有りつる露の身はをくへきやとのあれはなりけり
かへし
ことの葉もみな霜かれになり行[ユケ]は露のやとりもあらしとそ思ふ
うらみをこせて侍ける人のかへりことに
わすれなん[イなノ字ナシ]といひしことにもあらなくにいまはかきりとおもふものかは[ものおもふかはイ]
うらみをこせて侍ける人のかへりことに
うつゝにはふせとねられすおきかへりきのふのゆめをいつかわすれん
女につかはしける
さゝらなみまなくたつな[めイ]る浦を[みイ]こそよにあさしとも見つゝわすれめ
西四條の齊宮またみこに物し給ひし時心さしありて思ふこと侍けるあひたに齊宮にさたまり給ひにけれはそのあくるあしたに榊の枝にさし[つけイ]てさしおかせ[侍イ]ける
あつたゝの朝臣
いせの海のちひろのはまにひろふとも今はなにてふかひかあるへき
あさよりの朝臣としころせうそこかよはし侍ける女のもとよりようなしいまは思ひわすれねとはかり申して久しうなりにけれはこと女にいひつきてせうそこもせすなりにけれは[イせさりけれは]
本院のくら[イ藏]
わすれねといひしにかなふきみなれととはぬはつらきものにそありける
たいしらす
よみひとも
春かすみはかなくたちてわかるとも風よりほかにたれかとふへき
かへし
伊勢
めに見えぬ風にこゝろをたくへつゝやらはかすみのわかれこそせめ
土左かもとよりせうそこ侍ける返事につかはしける
さたもとのみこ
ふかみとりそめけん松のえにしあらはうすき袖にもなみはよせてん
返し
土左
松山のすゑこす波のえにしあらはきみか袖にはあともとまらし
女のもとよりさためなき心ありなと申たりけれは
贈太政大臣
ふかく思ひそめつといひし言の葉はいつか秋かせふきてちりぬる
おとこの心かはるけしき有[なりイ]けれはたゝなりける時此男のこゝろさせりけるあふきにかきつけて侍ける
よみ人しらす
人をのみうらむるよりはこゝろからこれいまさりしつみとおもはん
しのひたる女のもとにせうそこつかはしたりけれは
よみ人しらす
あしひきの山したしけくゆく水のなかれてかくしとはゝたのまん
おとこのわすれ侍にけれは
伊勢
わひはつるときさへ物のかなしきはいつく[こイ]をしのふこゝろなるらん
おやのまもりける女をいなともせともいひはなてと申けれは
いなせともいひはなたれすうき物は身をこゝろともせぬ世なりけり
おとこのいかにそえまうてこぬ叓といひて侍けれは
よみ人しらす
こすやあらんきやせんとのみ川きしのまつのこゝろをおもひやらなん
とまれとおもふ男の出てまかりけれは
しゐてゆくこまのあしをる橋をたになとわかやとにわたささりけん
物いひ侍ける人の久しうをとつれさりけるからうしてまうてきたりけるになとか久しうといへりけれは
としをへていけるかひなき我身をはなにかは人にありとしられん
いとしのひてまう[うイニナシ]てきたりける男をせいしける人ありけりののしりけれは歸りまかりてつかはしける
あさりするときそわひしき人しれすなにはのうらにすまふ我身は
公賴朝臣いままかりける女のもとにのみまかりけれは
寛湛法師母
なかめつゝ人まつよひのよふことりいつかたへとかゆきかへるらん
忍ひたる人に
人ことのたのみかたさはなにはなるあしのうら葉のうらみつへしな
しのひてかよひ侍ける人今かへりてなとたのめをきておほやけのつかひに伊勢の國にまかりて歸りまう[うイニナシ]てきて久しうとはす侍りけれは
少將内侍
人はかるこゝろのくまはきたなくてきよきなきさをいかてすきけん
かへし
兼輔朝臣
たかためにわれかいのちをなかはまのうらにやとりをしつゝかはこし
女のもとにつかはしける
よみひとしらす
せきもあへすふちにそまとふなみた河わたるてふせをしるよしもかな
かへし
淵なからひとかよはさしなみたかはわたらはあさき瀨をもこそ見れ[イせもこそは見め]
つねにまうてきつゝ[て]物なといふ人のいまはなまうてこそ人もうたていふ也といひいたして侍けれは
きてかへる名をのみそたつから衣したゆふひものこゝろとけねは
左大臣[實賴公也]河原にいてあひて侍りけれは
内侍たひらけいこ
たえぬともなにおもひけんなみた河なかれあふせもありけるものを
大輔につかはしける
左大臣
いまははやみやまを出て郭公けちかきこゑをわれにきかせよ
返し
人はいさみやまかくれのほとゝきすならはぬさとはすみうかるへし
左大臣につかはしける
中務
ありしたにうかりし物をあかすとていつこにそふるつらさ[こゝろ]なるらん
右近につかはしける
右[左イ]大臣
おもひ佗君かつらきにたちよらは雨も人目ももらささらなん
たかあきらの朝臣[西宮左大臣髙明公]にふみつかはすとて[ふゑをおくるとてイ]
よみ人不知[或說兼輔卿女云々]
笛竹のもとのふるねはかはるともをのかよゝにはならすもあらなん
こと女に物いふときゝてもとのめの内侍のふすへ侍けれは
よしふるの朝臣
めも見えすなみたの雨のしくるれは身のぬれきぬはひるとき[よしイ]もなし
かへし
中將内侍
にくからぬ人のきせけん[たるイ]ぬれきぬはおもひにあへすいまかわきなん
題しらす
小野道風
おほかたは瀨とたにかけし天の川ふかきこゝろをふちとたのまん
かへし
よみ人しらす
淵とてもたのみやはする天の川としにひとたひわたるてふ瀨を
みくしけとのゝへたうにつかはしける
きよかけの朝臣
身のならんことをもしらすこく舟はなみのこゝろもつゝまさりけり
こといてきてのちに[にイナシ]京極の御息所に遣しける
もとよしのみこ
わひぬれはいまはたおなしなにはなる身をつくしてもあはんとそおもふ
しのひてみくしけとのゝへたうにあひかたらふときゝて父の左大臣のせいし侍けれは
敦忠朝臣
いかにして[イいかてかは]かくおもふてふことをたにひとつてならてきみにかたらん
公賴朝臣のむすめに忍ひて住侍りけるにわつらふ事ありてしぬへしといへりけれはつかはしける
あさたゝの朝臣
もろともにいさといはすはしての山こゆともこさむ物ならなくに
としをへてかたらふ人のつれなくのみ侍けれはうつろひたる菊につけてつかはしける
きよかけの朝臣
かくはかりふかき色にもうつろふをなを君きくの花といはなん
人のもとにまかりたりけるにかとよりのみかへした[けイ]るにからうしてすたれのもとによひよせてかうてさへや心ゆかぬといひいたしたりけれは
よみひとしらす
いさやまた人の心もしらつゆのおくにもとにも袖のみそひつ
人のもとにまかりけるをあはてのみかへし侍けれはみちよりいひつかはしける
よるしほのみちくる空[イ浦]もおもほえすあふことなみにかへると思へは
人をおもひかけていひわたり侍けるをまちとをにのみ侍りけれは
數ならぬ身は山のはにあらねともおほくの月を[イ月日]すくしつるかな
ひさしう[くイ]いひわたり侍けるにつれなくのみ侍けれは
なりひらの朝臣
たのめつゝあはてとしふるいつはりにこりぬこゝろをひとはしらなん
かへし
伊勢
夏むしのしる〱まとふおもひをはこりぬかなしとたれか見さらん
返事[事イナシ]せぬ人につかはしける
よみ人しらす
うちわひてよはゝんこゑに山ひこのこたへぬやま[そらイ]はあらしとそおもふ
返し
やまひこのこゑのまに〱とひゆかはむなしきそらにゆきやかへらん
かくいひつ[つイナシ]かよはすほとにみとせはかりになり侍に[にイナシ]けれは
あらたまのとしのみとせはうつせみのむなしきねをやなきてくらさん
たいしらす
なかれ出るなみたの河のゆくすゑはつひにあふみのうみとたのまん
雨のふる日人につかはしける
雨ふれとふらねとぬるゝわか袖の[はイ]かゝるおもひにかわかぬやなそ
かへし
露はかりぬるらん袖のかはかぬはきみかおもひのほとやすくなき
女のもとにまかりたりけ[りけイニナシ]るに立なからかへしたれは道よりつかはしける
つねよりもまとふ〱そかへりつるあふみちもなきやとに行つゝ
雨にもさはらすまてきて空物かたりなとしける男の門よりわたるとて雨のいたくふれはなんまかりすきぬるといひけ[たイ]れは
ぬれつゝもくると見えしは夏引のてひきにたえぬいとにや有けん
人にわすられて侍けるとき
かすならぬ身はうき草と成なゝんつれなき人によるへしられし
おもひわすれにける人のもとにまかりて
夕やみはみちも見えねとふる里はもとこしこまにまかせてそくる
かへし
こまにこそまかせたりけれあやなくも心のくるとおもひけるかな
朝綱の朝臣[大江氏也]の女に文なとつかはしけるをこと女にいひつきて久しうなりて秋とふらひて侍りけれは
いつかたにことつてやりて[らむイ]鴈かねのあふことまれにいまはなるらん
おとこのかれはてぬにこと男をあひしりて侍けるにもとのおとこのあつまへまかりけるを聞て遣しける
ありとたにきくへき物を逢坂のせきのあなたそはるけかりける
かへし
せきもりかあらたまるてふ逢坂のゆふつけとりはなきつゝそゆく
また女のつかはしける
ゆきかへり來てもきかなんあふ坂のせきにかはれる人もありやと
かへし
もる人の[もイ]ある[りイ]とはきけとあふさかのせきもとゝめぬわかなみたかな
かれにけるおとこの思ひ出てまてきて物なといひてかへりて
かつらきやくめちにわたす岩橋のなか〱にてもかへりぬるかな
かへし
中たえてくる人もなきかつらきのくめちの橋はいまもあやうし
しろききぬともきたる女とものあまた月あかきに侍けるを見てあしたにひとりかもとへ[にイ]つかはしける
藤原有好
しら雲のみな一むらに見えしかとたち出てきみを思ひそめてき
女のもとにつかはしける
よみ人しらす
よそなれと心はかりはかけたるをなとかおもひにかわかさるらん
たいしらす
わかこひのきゆるまもなく苦しきはあはぬなけきやもえわたるらん
かへし
きえすのみもゆる思ひはとをけれと身もこかれぬるものにそ有ける
又おとこ
うへにのみをろかにもゆるかやり火のよにもそこにはおもひこかれし
又返し
川とのみわたるを見るになくさまてくるしきことそいやまさりな[けイ]る
またおとこ
水まさるこゝちのみして我ためにうれしきせをは見せしとやする
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