後撰和歌集。卷第四。夏歌。原文。
後撰和歌集。原文。
後撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。
又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照。
後撰和歌集卷第四
夏歌
題しらす
よみ人も
けふよりは夏のころもになりぬれときる人さへはかはらさりけり
卯花のさけるかきねの月きよみいねすきけとやなくほとゝきす
卯月はかり友たちのすみ侍ける所近く侍てかならすせうそこつかはしてんと侍けるにをとなくなり[イニナシ]侍りけれは
ほとゝきすきゐるかきねはちり[かイ]なからまちとをにのみこゑのきこえぬ
返し
郭公こゑまつほとはとをからてしのひになくをきかぬなるらん
物いひかはし侍ける人のつれなく侍けれは其家の垣ねのうの花をおりていひいれて侍ける
うらめしき君かかきねのうのはなはうしと見つゝもなをたのむかな
かへし
うきものとおもひしりなは卯花のさけるかきねもたつねさらまし[なんイ]
卯花のかきねある家にて
ときわかすふれる雪かと見るまてにかきねもたはにさけるうのはな
友たちのとふらひまてこぬ叓をうらみつかはすとて
しろたへに匂ふかきねのうの花のうくもきてとふ人のなきかな
たいしらす[イニナシ]
時わかす月か雪かとみるまてにかきねのまゝにさけるうのはな
なきわひぬいつちかゆかんほとゝきす猶うのはなのかけははなれし
卯月はかりの月おもしろかりける夜人につかはしける
あひ見しもまたみぬ戀もほとゝきす月になく夜そよににさりける[イまたなかりける]
女のもとにつかはしける
ありとのみをとはの山のほとゝきすきゝにきこえてあはすもあるかな
題しらす
伊勢
木かくれてさ月まつともほとゝきすはねならはしにえたうつりせよ
藤原のかつみの命婦にすみ侍ける男人の手にうつり侍にける又の年かきつはたにつけてかつみにつかはしける
良岑義方朝臣
いひそめしむかしのやとのかきつはた色はかりこそかたみなりけれ
かものまつりの物見侍ける女の車にいひいれて侍ける
よみ人しらす
ゆきかへるやそうち人の玉かつらかけてそたのむあふひてふ名を
返し
ゆふたすきかけてもいふなあた人のあふひてふなはみそきにそせし
たいしらす
この比はさみたれちかみほとゝきす思おもひみたれてなかぬ日そなき
まつ人はたれならなくにほとゝきす思ひのほかになかはうからん
匂ひつゝちりにし花そおもほゆる夏はみとりの葉のみしけれは
朱雀院の春宮におはしましける時たちは[わ]きら五月はかり御書所にまかりてさけなとたうへてこれかれ歌讀けるに
大春日[オホカスカノ]師範[モロノリ]
さみたれにはるのみや人くるときはほとゝきすをやうくひすにせん
夏の夜ふかやふかことひくを聞て
藤原兼輔朝臣
みしか夜のふけゆくまゝにたかさこのみねの松かせふくかとそきく
おなし心を
貫之
あしひきの山した水はゆきかよひことのねにさへなかるへらなり
題しらす
藤原髙經朝臣
夏の夜はあふ名のみしてしきたへのちりはらふまにあけそしにける
みふのたゝみね
ゆめよりもはかなき物は夏のよのあかつきかたのわかれなりけり
あひしりてのち[イ侍ける中の]かれもこれもこゝろさしは侍[ありイ]なからつゝむこと有てえあはさりけれは
よみ人しらす
よそなからおもひしよりも夏のよの見はてぬゆめそはかなかりける
夏の夜しはし物かたりして歸りにける人のもとに又のあしたつかはしける
伊勢
ふたこゑときくとはなしにほとゝきす夜ふかくめをもさましつるかな
人のもとにつかはしける
藤原安國
あふと見しゆめにならひて夏の日のくれかたきをもなけきつるかな
讀人しらす
うとまるゝこゝろしなくはほとゝきすあかぬわかれにけさはなかまし
思ふ事侍ける比郭公をきゝて
おりはへてねをのみそなく郭公しけきなけきの枝ことにゐて
四五月はかりとをき國へまかりくたらんとする比ほとゝきすをきゝて
ほとゝきす來て[聞けイ]はたひとや鳴わたるわれはわかれのおしきみやここを
たいしらす
ひとりゐて物おもふ我を郭公こゝにしもなくこゝろあるらし
玉くしけあけつるほとのほとゝきすたゝふたこゑもなきてこしかな
五月はかりに物いふ女につかはしける
かすならぬわかみやまへの郭公木の葉かくれのこゑはきこゆや
たいしらす
とこなつになきてもへなん郭公しけきみやまに何かへるらん
ふす[イきく]からにまつそわひしきほとゝきすなきもはてぬにあくる夜なれは
三條右大臣少將に侍ける忍びにかよふ所侍けるをうへのおのことも五六人はかり五月のなか雨すこしやみて月おほろなりけるにさけたうへんとてをし入て侍けるを少將はかれかたにて侍らさりけれはたちやすらひてあるし出せなとたはふれ侍けれは
あるしの女
さみたれになかめくらせる月なれはさやにも[イさやかに]見えすくもかくれつゝ
女こもて侍ける人に思ふ心侍てつかはしける
よみ人しらす
ふたはよりわかしめゆひしなてしこのはなのさかりをひとにおらすな
たいしらす
あしひきの山ほとゝきすうちはへてたかまさるとねをのみそなく
五月なか雨の比久しくたえ侍にける女のもとにまかりたりけれは
女
つれ〱となかむるそらのほとゝきすとふにつけてそねはなかれける
たいしらす
いろかへぬはなたちはなにほとゝきすちよをならせるこゑきこゆなり
旅ねしてつまこひすらし郭公かみなひ山にさよふけてなく
夏の夜に戀しき人のかをとめははなたちはなそしるへなりける
女の物見にまかりたり[出たりイ]けるにこと車かたはらにきたりけるに物なといひかはして後につかはしける
伊勢
ほとゝきすはつかなるねをきゝそめてあらぬもそれとおほめかれつゝ
五月ふたつ侍ける[ける年イ]におもふ叓侍て
よみ人しらす
さみたれのつゝけるとしのなかめにはものおもひあへる我そわひしき
女にいと忍ひて物いひてかへりて
ほとゝきすひと聲にあくる夏のよのあかつきかたやあふこなるらむ
題しらす
うちはへてねをなきくらすうつせみのむなしきこひもわれはするかな
つねもなき夏草にをく露をいのちとたのむせみのはかなさ
やへむくらしけきやとには夏むしのこゑよりほかにとふ人もなし[のなき]
うつせみのこゑきくからに物そ思ふ我も空しき世にしすまへは
人のもとにつかはしける
藤原師忠[尹イ]朝臣
いかにせんをくらのやまのほとゝきすおほつかなしとねをのみそなく
題しらす
よみ人も
ほとゝきすあかつきかたのひとこゑはうきよのなかをすくすなりけり
人しれすわかしめし野の床夏に[イなてしこ]花さきぬへきときそ來にける
我やとのかきねにうへしなてしこははなにさかなんよそへつゝ見ん
とこなつの花をたに見はことなしにすくす月日もみしかかりなん
とこ夏に思ひそめてはひとしれぬこゝろのほとはいろに見えなん
返し
色といへはこきもうすきもたのまれすやまとなてしこちる世なしやは
師尹[モロマサ]朝臣のまたわらはにて侍ける時床夏の花をおりてもちて侍けれは此花につけて内侍のかみのかたにおくり侍ける
太政大臣
なてしこはいつれともなくにほへともをくれてさくはあはれなりけり
題しらす
よみ人も
なてしこの花ちりかたになりにけりわかまつ秋そちかくなるらし
よひ[イゐ]なからひるにもあらなん夏なれはまちくらすまのほとなかるへく
なつのよの月はほとなくあけぬれは[とイ]あしたのまをそかこちよせつ[イた]る
かさゝきのみねとひこえてなきゆけは夏の夜わたる月そかくるゝ
秋ちかみ夏はてゆけはほとゝきすなくこゑかたきこゝちこそすれ
かつらのみこのほたるをとらへてといひ侍けれはわらはのかさみの袖につゝみて
つゝめともかくれぬ物はなつむしの身よりあまれるおもひなりけり
題しらす
あまの河水まさるらし夏の夜はなかるゝ月のよとむまもなし
月比わつらふことありてまかりありきもせてまてこぬよしいひて文のおくに
貫之
花もちりほとゝきすさへいぬるまてきみにもゆかすなりにけるかな
かへし
藤原雅正
はな鳥の色をもねをもいたつらにものうかる身はすくすのみなり
題しらす
よみひとも
夏むしの身をたき捨て玉しあらは我とまねはんひとめもる身そ[イは]
夏の[夜イ]月おもしろく侍けるに
こよひかくなかむる袖の露けきは月の霜[イ笠不用]をや秋と見つらん
六月祓しに川原にまかり出て月のあかきを見て
賀茂川のみなそこすみて照月をゆきて見んとや夏はらへする
みなつきふたつありけるとし
たなはたはあまの川原をなゝかへりのちのみそかをみそきに[とイ]はせよ
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