後撰和歌集。卷第三。春歌下。原文。
後撰和歌集。原文。
後撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。
又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照。
後撰和歌集卷第三
春歌下
贈太政大臣あひわかれて後ある所にて其こゑをきゝてつかはしける
藤原顯忠朝臣母
うくひすのなくなる聲はむかしにてわか身ひとつのあらすもあるかな
櫻の花のかめにさせりけるか散けるを見て中務につかはしける
貫之
ひさしかれあたにちるなとさくら花かめにさせれとうつろひにけり
返し
千世ふへきかめにさせれと櫻はなとまらんことはつねにやはあらぬ
題しらす
よみひとも
ちりぬへき花のかきりはをしなへていつれともなくおしきはるかな
朝忠朝臣の家のとなりに侍りけるに櫻のいたうちりけれはいひつかはしける
伊勢
かきこしにちりくる花をみるよりはねこめに風のふきもこさなん
女につかはしける
よみひとしらす
春の日のなかきおもひはわすれしを人のこゝろに秋やたつらん
たいしらす
よそにても花見ることにねをそ鳴わか身にうとき春のつらさに
つらゆき
風をたにまちてそ花のちりなまし心つからにうつろふかうさ
あれたる所にすみ侍ける女つれ〱におほえ侍けれは庭にあるすみれの花をつみていひつかはしける
よみ人しらす
我やとにすみれの花のおほけ[かイ]れはきやとる人やあるとまつかな
たいしらす
山たかみかすみをわけてちる花を雪とやよそのひとは見るらん
ふくかせのさそふ物とはしりなからちりぬる花のしゐて戀しき
淸原ふかやふ
うちはへて春はさはかりのとけきを花のこゝろやなにいそくらん[イまたくらん]
つねにせうそこつかはしける女ともたちのもとより櫻の花のいとおもしろかりける枝を折てこれそこの花に見くらへよとありけれは
こわかきみ
わかやとのなけきは春もしらなくになにゝかはなをくらへても見ん
父のみここゝろさせるやうにもあらて常に物思ひける人にてなん有ける
春の池のほとりにて
よみ人しらす
春の日のかけそふ池のかゝみには柳のまゆそまつは見えける
春の暮にかれこれ花おしみける所にて
かくなからちらて世をやはつくしてぬ花のときはもありと見るへく
延喜御時殿上のおのこともの中にめしあけられてをの〱かさしさし侍けるつゐてに
凡河内躬恒
かさせとも老もかくれぬこのはるそ花のおもても[はイ]ふせつへらなる
題しらす
よみひとも
ひとゝせにかさなる春のあらはこそふたゝひ花を見んとたのまめ
花のもとにてかれこれほともなくちる事を[なとイ]申けるつゐてに
貫之
春くれはさくてふことをぬれきぬにきするはかりの花にそありける
春花見にいてたりけるに文つかはしたりけるその返事もなかりけれはあくるあしたきのふの返事[イ返しこと]こひにまうてきたりけれはいひつかはしたりける
讀人しらす
春かすみ立なから見し花ゆへにふみとめてけるあとのくやしさ
おとこのもとよりたのめをこせて侍けれは
春日さす藤のうらはのうらとけてきみしおもはゝ我もたのまん
たいしらす
伊勢
鶯に身をあひかへはちるまてもわかものにして花は見てまし
もとよしのみこ兼茂の朝臣のむすめに住侍けるを法皇のめしてかの院にさふらひけれはえあふこと侍らさりけれはあくるとしの春櫻のえたにさしてかのさうしにさしをかせける
もとよしのみこ
花のいろはむかしなからにみし人のこゝろのみこそうつろひにけれ
月のおもしろかりける[イあかき]夜花を[イ櫻の花を]見て
源さねあきら
あたら夜の月と花とをおなしくはこゝろ[イあはれ]しれらんひとに見せはや
あかたのゐとゝいふ家より藤原治方につかはしける
橘のきんひらの女
みやこ人きてもおらなんかはつなくあかたのゐとのやまふきのはな
すけのふか母身まかりて後時々かの家に敦忠朝臣のまかりかよひけるに櫻の花のちりけるおりにまかりて木のもとに侍けれは家の人のいひいたしける
よみひとしらす
いまよりは風にまかせんさくらはなちる木のもとに君とまりけり
返し
敦忠朝臣
風にしもなにかまかせんさくらはなにほひあかぬにちるはうかりき
櫻川といふ所ありときゝて
つらゆき
つねよりもはるへになれはさくら河花のなみこそまなくよすらめ
前栽にやまふきある所にて
兼輔朝臣
わかきたるひとへ衣はやまふきのやへのいろにもをとらさりけり
題しらす
在原元方
ひとゝせにふたゝひさかぬ花なれはむへちることをひとはいひけり
寛平御時櫻の花の宴有けるに雨降侍けれは
藤原敏行
春雨の花のえたよりなかれこはなをこそぬれめ香もやうつると[イぬれこそぬれめ何かかくれん]
いつみのくにゝまかりけるに海のつらにて
よみ人しらす
春ふかき色にもある哉住の江のそこもみとりに見ゆるはま松
女とも花みんとてのへに出て
典侍よるかの朝臣
春くれは花見ん[にイ]とおもふこゝろこそ野へのかすみとともにたちけれ
あひしれりける人の久しうとはさりけれは花さかりにいひつかはしける
よみ人しらす
我をこそとふにうからめ春かすみ花につけてもたちよらぬかな
返し
源淸䕃朝臣
たちよらぬ春のかすみをたのまれよ花のあたりと見れはなるらん
山さくらをおりて送り侍とて
伊勢
きみゝよとたつねておれる山櫻ふりにしいろとおもはさらなん
みやつかへし侍ける女のいそのかみといふ所にすみて京の友たちのもとにつかはしける
よみ人しらす
神さひてふりにし里にすむ人はみやこに匂ふ花たにも見す
法師にならんの心有ける人やまとにまかりてほと久しく侍て後あひしりて侍ける人のもとより月ころはいかにそ花は咲にたりやといひて侍けれは
よみ人しらす
みよしのゝよしのゝ山のさくらはなしら雲とのみ見えまかひつゝ
亭子院の歌合のうた
山さくらさきぬるときは常よりもみねのしら雲立ちまさりけり
山櫻をみて
つらゆき
しら雲と見えつる物をさくら花けふはちるとやいろことになる
たいしらす
よみ人も
わかやとのかけともたのむ藤のはなたちよりくともなみにおらるな
花さかりまたもすきぬに吉野河かけにうつろふきしのやまふき
人の心たのみかたくなりけれは山吹のちりさしたるをこれ見よとてつかはしける
しのひかねなきてかはつのおしむと[をイ]もしらすうつろふやまふきのはな
やよひはかりの花の盛りに道まかりけるに
僧正遍昭
おりつれはたふさにけかるたてなからみよのほとけに花たてまつる
たいしらす
よみひとも[イしらす]
みなそこの色さへふかき松か枝にちとせをかけて[かねてイ]さける藤波
やよひのしもの十日はかりに三條右大臣兼輔朝臣の家にまかりわたりて侍けるに藤の花さけるやり水のほとりにてかれこれおほみきたうへけるつゐてに
三條右大臣
かきりなき名におふ藤の花なれはそこゐもしらぬいろのふかさか[よイ]
兼輔朝臣
色ふかく匂ひし事はふちなみのたちもかへらて君とまれとか
貫之
さほさせとふかさもしらぬふちなれはいろをはひともしらしとそおもふ
ことふえなとしてあそひ物かたりなとし侍けるほとに夜ふけにけれはまかりとまりて又のあしたに[おなしときの叓也]
三條右大臣
きのふ見し花のかほとてけさみれはねてこそさらにいろまさりけれ
兼輔朝臣
一夜のみねてしかへらは藤のはなこゝろとけたるいろ見せんやは
貫之
あさほらけしたゆく水はあさけれとふかくそ花のいろは見えける
題しらす
よみ人も
うくひすの糸によるてふ玉やなきふきなみたしそ春の山かせ
櫻の花のちるをみて
みつね
いつのまにちりはてぬらん櫻花おもかけにのみいろを見せつゝ
あつみのみこの花見侍けるところにて
源仲宣朝臣
ちることのうきもわすれて哀てふことをさくらにやとしつるかな
櫻のちるをみて
よみ人しらす
さくらいろにきたる衣のふかけれはすくる春[月イ]日もおしけくもなし
彌生にうるふ月ある年つかさめしのころ申文[マウシブミ]にそへて左大臣[イの]家につかはしける
貫之
あまりさへありてゆくへき年たにもはるにかならすあふよしもかな
返し
左大臣
つねよりものとけかるへき春なれはひかりにひとのあはさらめやは
常にまうてきかよひける所にさはる事侍て久しくまてきあはすして年かへりにけりあくる春やよひのつこもりにつかはしける
藤原雅正
君こすて年はくれにきたちかへり春さへけふになりにけるかな
ともにこそ花をも見めとまつ人のこぬものゆへにおしきはるかな
返し
貫之
きみにたにとはれてふれは藤の花たそかれときもしらすそ有ける
八重むくらこゝろのうちにふかけれは花見にゆかんいてたちもせす
たいしらす
よみひと[もイ]しらす
おしめとも春のかきりのけふの又ゆふくれにさへなりにけるかな
みつね
ゆくさきをおしみし春のあすよりはきにしかたにもなりぬへきかな
彌生のつこもり
貫之
ゆくさきになりもやすると賴しを春のかきりはけふにそありける
よみ人しらす
花しあらは何かは春のおしからんくるともけふはなけかさらまし
みつね
暮て又あすとたになき春の日を花のかけにてけふはくらさん
三月のつこもりの日久しうまうてこぬよしいひて侍る文のおくにかきつけ侍ける
つらゆき
又もこむときそとおもへとたのまれぬわか身にしあれはおしきはるかな
貫之かくておなしとしになん身まかりにける
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