きさらぎの雪、54の文型と風景/雪舞散亂序……小説。□なくなみた雨とふらなんわたり川/3


以下、ちょっと前に掲載した「雪舞散」という小説の、長い序の部分です。

前の小説の主人公の父親や母親たちの物語、なので、だいたい1960年代末から70年代前半以降が舞台になります。

短い小説がいくつか連鎖してひとつらなりになる、要するにいわゆる連作長編です。

読んでいただければ、とてもうれしいです。


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上お読み進めください。




いにしへなる古今和哥集よりおもいつくまゝに撰へる

五十四の倭哥を基本文型として各ゝに戰後式のいまや

滅ひたる樣式の散文を展開させるさきの哥物かたりの

亂序をなす群像劇としての五十四の風景名をつけれは

きさらぎの雪

文型

哀傷哥

いもうとのみまかりにける時よめる

をのゝたかむらの朝臣

なくなみた雨とふらなんわたり川水まさりなはかへりくるかに

或る風景

承前

ゆうちゃんと

「…ね。」

よんでもいいですか。たぶん

「はるちゃんさ。みせて」

しっているとおもいます。ぼくは

「つくえのなか。うちら」

すきなひとがいます。もう

「ね?」

わかるとおもいます。それは

「かくにんしないといけないから。だから」

ゆうちゃんです。ぼくは

「さ」

きづつきたくありません。ちょっと

「つくえのなかみるね」

ずるいです。でも

「あばれないでね。うちら」

すきです。だからこの

「わることしないから」

てがみをかきました。なにも

「ね?」

いわなんくてもいいです。でも

「うちら、なかいいよね?」

ぼくのきもちを

「ともだちだよね?」

していててくれたらすごく

「いいよね?」

ゆうきになります、と、「…やめろよ。」

辰巳のかたわらに立って、藤島博はつぶやく。

少女達のたくらみの事の次第をしらないまゝに、春奈にささやきかける文緒の聲、それよりはそれいじょうにまなざしの憑かれたようにもみえたかがやきの陰湿に、博はいたたまれずにくちにしたものを「だまってゝ。」

——かんけいないじゃない?

にらみつけた美津子の聲に、博は被害者じみて目をそらした。辰巳はめのはしに悠貴のとまうどうばかりにあられもない無能を、從順な女のつゝしみぶかさのかよわさに想って、「なにやってんの?」

ささやく。

美津子は無視した。

「いいよね?」

皐月の念おしのこと葉をのぞきこむようにも凝視した春奈の、目でなめまわすようなまなざしのすきに、文緒はかの女のつくえのなかに手を入れた。なかにあった食べ残しのパンの干からびた残骸にたてた聲のこれみよがしな大げさを辰巳はあざけた。これみよがしに、机に叩きつけるようにもひろげられたノートと剥き出しにあった鉛筆のむれに、——におわない?

「くさくない?」

聲をたてゝ博がわらったそのこと葉は皐月には残酷にすぎてまなざしにだけ彼を咎める。…ほら。

と。

ノートの二冊目を、文緒のゆびはさした。「これ、わたしのなんだけど。」

なぐさめるような聲だった。

やさしく、いたわりにさえ滿ちた。

悠貴は、春奈の追い詰められたかなしみを思ってこゝろをかげらせた。たぶん、と。

いま、もう、しぬしかないよ。

つぶやく。

こゝろのうちにだけ。

だれにもきゝとられはしないように、「…莫迦?」

皐月は春奈にみゝうちした。「ほんとうに、——」いいかけて、皐月はいつかこゝろにあれくるった辛辣に侮辱されたかにもにた忿怒に我をわすれそうになりながらも、もうにどと、と。

「…しないで。」しぼりだした聲にもいたたまれずに、もはやめにふれるもゝのすべてがたゝたゝ陰慘にのみおもえればいつか自然にもながれて、そらされたまなざしは悠貴のこゝろに春奈たちのむこうのまどごしの代々木八幡のやしろの樹木のしげりのいまだに紅葉じない綠をみた。それ、しぐれのあめにうたれる故にかさむさに添いはじめた温度に枯れるのか。秋のあしおとさえもないおとずれにしたがうしかない從順の故にかやがて色をしって、そのいろのあざやかさの悠貴をかなしくさせるのは、それらの散る葉のむれのくちかけの最後にみせた色にすぎないことを知っているからに違いない。

あたらしい學年がはじまったときにから頻発した少女達の紛失さわぎのさいしょに、こと葉の糾弾も無くてまなざしのさゝやきあいにだけうたがわれていた木田寛治への疑いは、それでもはれさせされる當然さえき附くものゝないうちにわすれられて、いつのまにか彼の無罪をだれもがしっている少女たちのまなざしのなかに木田は、春奈の共犯者としてあたらしいすがたをさらした。つがいの犯罪者として木田をさえまきぞえに、春奈は忌避されながらもそれにもきづかないふうで、おわらない紛失の頻発のことあるごとに、それでも少女たちは氷川には口をつぐんだ。

そのひそめられた嫌惡の何故にかとは少女達自身にも覺束ない。だれもいわなかったからいわれなかったのだともおもうしかなくて、春奈をまもろうとしたのでも、私刑のうちになまごろしにしてしまおうとしたのでもなくて、ゆびさきはおろかまなざしにふれることさえ忌避されてゆけば春奈は、もはやその存在自體をなかったことにもいつわられて、いよいよに少女たちに憎惡をだけたきつけさせて飽かない。冬のあいだに雪はほんの三回だけふって、二回だけは淺いゆきをつもらせた。紅葉ゝさえも散りはてゝ色のかんじられない醒めた風景のなかにそれでもこの寒波のなかにだけめざめるなきふしたくなるようなやさしいひかりの朧の懷しさを、悠貴は好むともなくに親しんだ。一郎は沈黙を守った。かつて手紙のあったことさえ悠貴にはまぼろしかゆめのようにもおもわれながら、なんどか夢のうちに男のすがたをあらわしたのを、場違いなおもいちがいにも思おうとした。くちびるをうばった。

その、じぶんの肉のうつゝのいまだにしらない感覺は、夢のうちに醒めた冱えたこゝろにはむしろ懷かしくふたゝびにおもいだされた触感にさえもおもわれたのはなぜかとも、恠んだうちにも男のくちびるは舐めた。かの女のくちびるを咬みつくばかりにもむさぼって、はがいじめする背の腕がいたいほどにもしめつけるのを、それでも無意味な過剰をき附きもせずに男のまなざしはひとのめをはじてよぐ。

いつでも。

あきらかに。

日の下、夜の夢にも。

…なんで?

えむ。

いまさらになにを羞じるのか、と。

悠貴は、——これほどにもゝはや、しんらつなまでにわたしをうばいさってしまいながらに。

思う。

わびる。

ゆめのうちにあなたがどれだけわたしをむさぼろうとも、わたしのこゝろはいまだにあなたにゆびさきさえふれないまゝに、と。

雫がおちた。

ひろがる波紋がくらい水のおもに朧な輪のひろがりにきえさるわずかなきらめきの白濁の、…ふれなかった。

ささやいた。

あなたは、わたしにも。

みつめた。

あなたは、と。

そっと。

なにゝも、と、みつめる男のまなざしがいつか、淚をながすようにもみえたきがしたときにはそのすがたもろともにゝおいさえもなこさずにすべてはむしろ清冽にたゝすんだくらい水のおもにとけてしまえばこゝろのかよう夢のかよい路にも、ついに。

わたしはあなたのものではなかった。

悠貴は歎いた。ことさらに春めく必要さえもなく、きさらぎの三月のはじめはめぐるこのめのはるいぶきをしのばせればおもわずにひとゝせを數えるたびに老いているにはちがいない自分にはおもいもよらない樹木のむれのとし每の轉生のおおきさをおもった。すこしおもいおこしただけで氣もとおくなるこの一年の時間のながれていかないはうような膨大さのどこに、光陰矢のということ葉のありうる餘地があったのか、悠貴にはそのこと葉がとおいむかしのひとの戯れ言のいつわりにしかおもえない。

事實、いったいどれだけの少年たちがおさなくも切實なそれぞれの戀を自分につたえることさえなくに、ひとりもてあまして躬づからの齒にかみちぎったものか。それとなくに、妹の春奈へみせたふいの嫉妬をかわいくも思いながら正彦は先輩たちの卒業式のおわって、じぶんたちの春のやすみになるのを待ち望んだ。

「ゆう。」

と、その日の下校に、下駄箱をあけたときの正彦のおもわずに自分をよんだ聲にふりむくと、正彦はすなおなまでにまなざしを歎かせて妹をみていたのだった。なに?と、それさえもつぶやかずに悠貴は兄のまなざしを探ったが、…なんか、いや。

正彦はさゝやいた。

おくれて、正彦によりそってやればあけたままの下駄箱のなかに、おそらくは卒業生のだれかのものちがいない氣のはやい戀の手紙のおりたたまれたのが、正彦のやわらかい皮のくつの上におかれて靜かにも自分をさらしていた。季節をおもったものか櫻いろのそれには、周囲をだしぬいた傲慢さがにおった。

卒業の当日に、兄がどんな思いをさせられるものか悠貴は兄をあわれんだ。悠貴は、ひとつうえとはいえむれた家禽じみたおさない少年たちが、いかなる逡巡と懊惱のはてにも結局は自分におもいをつげる勇気などもちあわせもしないだろうことに思到れば、躬に種屬のおなじ女たちの強欲をわれながらにも羞じる。

勇気、と。

ならば一郎はだれよりも男らしい剛健のひとだったのかとも。わずかにほゝえんで、悠貴はやがてはいまだに厭わしげな色のきえない正彦のまなざしをかすかにみあげると、——すてちゃえば?

邪氣もなくつぶやく。事實、そうでもするしかない。冷酷。

と。

わたしは。思う。背のうしろを、足音をたてながらに春奈の正彦たちをはみむきもしなかった早足のさわいだのに雙りはき附かなかった。春奈の眼差しはかならずしも雙りをは見留めてさえいなかった。見ていた。

正面の校門づたいの壁ぎわの綠。

何メートルにかならんで。

紫陽花。

いま、きさらぎの日差しの下にはたゝのちじこまった綠の密集いがいのなにものでもありえない。

花にはまだ花はない。

夢を見た。

ぶあつい齒のかみあわさって、かみくだかれるのがじぶんの肉を骨ごとにとはしりながらもふしぎとおそれをはいだかなかったのはなぜなのか。

少女だった。

いまだにおさなさをこれみよがしにもにおわせて、ならばかみ碎く齒は生長はしきらない肉躰にいたいけもない芳醇なやわらかさをおもうのか。

趣好。

おいしい?

と。

思って、少女が自分が身を切るいたみの中に殘酷とこそいえた齒の無數のむれへのゆゑなくもの共感のあったことにき附く。

叫喚。

その聲。

背骨のうちがわまでもがひきさかれる皮膚のみならずに叫び、わめいてつらなりあってはことごとくをみたす。

傷み、と、その鋭利すぎる痛さの麻痺さえしない覺醒のまにまにしりつくした苦痛が燃え上がってやまないのに、あくまでも躬をそうて、たわむれるしたしさに目をそめけられない。

もっと、と。

かみちぎってしまえばいいと。

そうとさえ思うこゝろは已にふり已まない雨のうそのようにもやさしくふれて空間に、ひそひそ聲のざわめきにもにた音響を散らしていたのを思う。

雨がふる。

あのあじさいにも、と。

思えば少女はまばたいて、目を覺ませば悠貴は堕ちる。

夢。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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