玉葉和歌集。撰者京極爲兼。卷第十九釋敎歌。原文。
玉葉倭謌集。底本『廿一代集第七』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
玉葉和謌集卷第十九
釋敎哥
いせのうみのきよきなきさはさもあらはあれ我はにこれるみつにやとらん
これは善光寺阿彌陀如來の御哥となん
しほりせて深山の奧の花をみよたつねいりてはおなしにほひそ
此哥はある人石淸水の社にこもりて尋ねいりてはおなし匂ひそもりあひたる人物かたりして三心具足せさらん念佛はかなふへからすと申侍けれはさては我身は三心もしらねはいたつら叓にやと思ひねにける夢にみえける哥となん
谷かはのこの葉かくれのうもれみつなかるゝもゆくしたゝるもゆく
これはある人おなし社にこもりて念佛の數反はおほくくるこそすくれたれと申人侍けるを又しつかにひとつつゝこそ申へけれと申人侍けれはいつれか誠によきならんとおほつかなくおもひてねたる夢にかく見えけるとなん
彌陀[みた]たのむ人は雨夜の月なれや雲はれねとも西にこそゆけ
これは眞如堂にまうてゝ超世の悲願のたのもしき叓を思ひなから我身の業障をもきことをおそれ思ひてまとろみて侍ける夢にけたかき御聲にてつけさせ給けるとなん
極樂[こくらく]へ[にイ]む[う]まれんと思ふ心にて南無阿彌陀佛[なむあみたふ]といふは[そイ]三心[みこゝろ]
是は石淸水社にまうてゝ念佛と[とイニナシ]往生の叓を祈り申ける人の夢にかくなんつけさせ給ける
いかにせん日はくれかたになりぬれと西へゆくへきひとのなき世を
これは康平の比ある僧淸水寺に通夜したりける夢に見えけるとなむ
花衣もかさゝきやまにいろかへてもみちのほらに月をなかめよ
此哥は素意法師いまた出家し侍らさりける時粉河の觀音にまうてて發心してやかてこもり侍ていつれの所にてか出家しいつくにてか佛法修行して往生をとけ侍へきと祈申けるに内陣よりかくしめし給けるとなん
ひとの子のそこの心のにこれるはおやのなかれにすまぬとをしれ
此哥おなし寺の別當なりける僧不調なる叓ありて彼寺にもすますなりて侍けるか年へて後熊野にまうつとて粉河寺の前を過ける時ふしておかみて淚をなかして見るたひに袖をぬらして過るかなおやのなかれのこかはと思へはとよみて侍ける御返しとて夢に見えけるとなん
さきにたつひとのうへをはきゝみすやむなしきそらのけふりとそなる
此哥は藤原時重上總介になりてくたりて侍ける時法華經一萬部をよませ侍ける夜の夢に地藏菩薩の見えてよませ給けるとなん
なにもみないとはぬ山のくさ木には阿耨菩提[あのくほたい]の花そさくへき
此哥は天人のあまくたりて性空上人にさつけ侍けるとなむ
山鳥のなくを聞て
行基菩薩
やまとりのほろほろとなくこゑきけはちゝかとそおもふはゝかとそおもふ
題しらす
僧正善珠
うゐ[有爲]の世はいつら常なるくさの葉にむすへるつゆの風まつかこと
戒珠傳固辭不肯といふ叓を
慶政上人
かくてしもあるはあるにもあらぬ世もすてんとすれは又そかなしき
惜一寸之䕃半寸之暇觀一生空過といへる心を
かくはかりうけかたき身につもる年の暮やすき日の影そかなしき
修行せさせ給ける時みくにのわたりといふ所にとゝまらせ給てよませ給うける
花山院御製
名にしおはゝわか世はこゝにつくしてん佛のみくにちかきわたりに
釋敎哥の中に
選子内親王
あきらけきのりのともし火なかりせはこゝろのやみのいかてはれまし
髙辨上人
めしゐたる龜のうき木にあふなれやたまたまえたるのりのはし舟
こきゆかむなみ路のすゑをおもひやれはうき世のほかの岸にそありける
源空上人
しはのとにあけくれかゝるしら雲をいつむらさきの色にみなさん
前關白太政大臣
こしかたはしのはるれともむつ[六]の道めくりしあとにかへらすもかな
行圓上人
むつのみちよつのちまたのくるしみをいつかかはりてたすけはつへき
丹波經長朝臣
世にこゆるちかひの舟をたのむかなくるしきうみに身はしつめとも
權僧正憲淳
あともなきこゝろにみちをふみかへてまよはぬもとのみやこをそおもふ
髙山寺にまうてゝ淸瀧川のほとりにてよみ侍ける
岡屋入道前攝政太政大臣
世ゝをへてにこりにしみしわかこゝろきよたきかはにすゝきつるかな
保延二年勸修寺にて三十講をこなひ侍けるついてに法華經序品の心を
民部卿顯賴
ひとりのみたつねいるさの山ふかみまことの道をこゝろにそとふ
同品を讀侍ける
久我内大臣
のりのためのへしみ山の苔むしろまついろいろの花そふりしく
佛此夜滅度如薪盡火滅の心を
法性寺入道前關白太政大臣
ひとしれすのりにあふひを賴むかなたきゝつきにしあとに殘りて
方便品若人散亂心乃至以一華供養於畫像漸見無數佛
法印賴舜
ひとふさを折りてたむくる花のえにさとりひらくる身とそ成へき
おなし品の心を
權大納言行成
世のなかにいてといてます佛をはたゝひとことのためとしらなん
前大納言爲氏身まかりける佛事のついてに一品經哥よみ侍けるに譬喩品を
平宣時朝臣
をくるま[小車]ののりのをしへを賴ますはなを世にめくる身とやならまし
釋敎の心を
眞淨上人
折しりて見はやす人やまれならん鷲のみ山の花のひと枝
信解品周流諸國五十餘年の心を
藤原親盛
あはれにそわすれさりけるいそちあまりひなにやつれしすかたなれとも
藥草喩品の心をよませ給うける
崇德院御製
さまさまに千ゝのくさ木の程はあれとひとつ雨にそめくみそめぬる
授記品
法成寺入道前攝政太政大臣
たねくちてほとけのみちにきらはれし人をもすてぬのりとこそきけ
おなし品の心を
讀人しらす
ゆくすゑをきくうれしさにこしかたのうかりしよりもぬるゝ袖哉
廿八品哥の中に五百弟子品の心をよめる
平經正朝臣
ころも手にありとしりぬるうれしさに淚の玉をかけそゝへつる
おなし品の心を
赤染衞門
ゑいのうちにつけしころもの玉そともむかしのともにあひてこそきけ
俊成卿十三年佛事に前中納言定家一品供養し侍ける時人記品の心をよみてつかはしける
常盤井入道前太政大臣
かきなかす山の岩ねのわすれ水いつまて苔のしたにすみけん
讀をきて侍ける釋敎の哥を熊野へ奉ける中に同品を
法眼源承
わかねかひ人のゝそみもみつしほにひかれてうかふ波のした草
同品今我念過去無量諸佛法今日所聞の心を
讀人不知
むかしいまかゝみをかけてしるのみかゆくすゑとてもくもりやはする
同品の心を
前權少僧都源信
さきのひと何かへたてんおなしときみな佛にしならんとすれは
法師品
しつかにてのりとくひとそたのもしきわれらみちひくつかひと思へは
寶塔品を
おほ空を手にとることはやすくとものりにあふへきおりやなからん
前參議康能
かたかたにわかぬひかりもあらはれてゆくすゑとをくてらすつき影
殷富門院大輔人丸はか尋て佛事をこなふとて人ゝに釋敎哥よませ侍けるに
權中納言長方
かきつめしことはの露のかすことに法の海にはけふやいるらん
待賢門院中納言人ゝにすゝめて法華經廿八品哥よませ侍けるに提婆品採薪及菓蓏隨時恭敬與
皇太后宮大夫俊成
薪[たきゝ]こりみねのこのみをもとめてそえかたきのりはきゝはしめける
法師品又如來滅度之後若有人聞妙法蓮華經乃至一偈一句一年隨喜者我亦與授阿耨多羅三藐三菩提のこゝろを
前權僧正實聰
いつはりのなきことのはのすゑのつゆ後の世かけてちきりをくかな
勸持品をよませ給うける
崇德院御製
おほ空にわかぬひかりをあま雲のしはしへたつと思ひけるかな
安樂行品を
大藏卿行宗
世ゝをへて名をたにきかてすくしこしのりにうれしくあひみつる哉
壽量品一心欲見佛不自惜身命
勝命法師
かりそめのうき世はかりの戀にたにあふに命をおしみやはする
おなし品の心をよませ給うける
崇德院御製
つき影のいるさへ人のためなれはひかりみねとも賴まさらめや
前大納言公任
出いるとひとは見れともよとゝもに鷲のみねなる月はのとけし
不輕品
寂蓮法師
いくかへりくるしき道をすくしきてむかしのつゑに猶かゝりけん
藥王品廣宣流布
前大僧正慈鎭
法の花ちらぬ宿こそなかりけれ鷲のたかねの山おろしの風
法華經の心を
前大僧正公什
春にあふ花もいまこそにほひけれよそちあまりのわしの山風
母の身まかりて七日にあたりける日法華經書供養し侍とて
後一條入道前關白左大臣女
子をおもふこゝろのやみをてらすとてけふかゝけつる法のともしひ
諸佛出世不爲令衆生出生死[二字イニナシ]入涅槃但爲度衆生ゝ死二見耳
光俊朝臣
はるのあめあきのしくれと世にふるははなやもみちのためにそありける
無量義經四千餘年未顯眞實の心を
法印猷圓
四千あまりなをしのひけることのはを今はとちらす鷲のやま風
維摩經の心を
小辨
ゆふくれの空にたなひくうき雲はあはれわか身のはてにそ有ける
心經の心をよめる
權律師隆寛
ものことに思ひしとけはあともなし夢さめはつる明ほのゝそら
金剛般若經如來所得無實無虛といふことを
僧正公朝
いつはりもまこともけにはなかりけりまよひしほとのこゝろにそわく
無量壽經嚴淨國土皆悉覩見
源親長朝臣
晴る夜の雲ゐの星のかすかすにきよきひかりをならへてそみる
五乘の中に佛を
後京極攝政前太政大臣
くらかりし雲はさなからはれつきてまたうへもなくすめる月かな
釋敎哥よみ侍ける中に十界の心を
從三位爲子
うけかふるとをの姿のさまさまもたゝこゝろよりなすにそありける
聖衆來迎の心を
藤原資隆朝臣
草のいほの露きえぬとや人はみるはちすの花にやとりぬる身を
從三位爲子
むらさきの雲たなひきてはたちあまりいつゝのすかたまち見てしかな
增進佛道樂
前參議敎長
たれもみなわたるこゝろをはしとしてかみなき道にすゝむなりけり
源季廣
日にそへてふかき道にそいりにけるうき世の中をいてはてしより
不邪婬戒を
前大納言長雅
をみなへしわかしめゆひしひともとのほかに心をうつささらなん
爲兼すゝめ侍し一品供養の哥の中に心經の心を
入道前太政大臣
しなしなにひもとくのりのをしへにて今そさと[かイ]りの花はひらくる
釋敎の心を
後京極攝政前太政大臣
あさなあさな雪のみ山になく鳥のこゑにおとろくひとのなきかな
永福門院
かりそめにこゝろの宿となれる身をあるものかほになに思ふらん
前大僧正源惠
夜もすから窓[そらイ]のうす霧きえつきてこゝろにみかく秋のつきかけ
權大僧正道珍
なかむれはこゝろのそこそすみまさる三井の淸水にうつる月かけ
權僧正覺圓
よもすからのりをたむくるわかそてのなみたにやとるかすかのゝつき
法相宗は三國傳來して相承いまにたえすたゝ興福寺 にのみこれを學する叓を思ひて
前大僧正良信
みつの國なかれたえせぬ法の水わか寺ならてくむひとそなき
釋敎哥の中に
前大納言爲家
逢かたきみのりの花にむかひてもいかてまことのさとりひらけん
前大僧正道玄
いかにせんとを[十]のさかひにたひたちてもとのみやこのとをさかりゆく
流來生死の心を
よみ人しらす
くさまくらたゝかりそめにまよひ出て哀いくよのたひねしつらん
久安百首哥に釋敎の心を
待賢門院堀河
ふたつなき玉をこめたるもとゆひのとくことかたき法とこそきけ
月によせて極樂をねかふといふ叓を人のよませ侍けるに
法橋顯昭
やよやまてかたふく月にことつてん我も西にはいそくこゝろあり
常行堂の引聲の念佛を聽聞し侍て
前大正忠源
夜もすから西にこゝろのひくこゑにかよふ嵐のをとそ身にしむ
後嵯峨院御出家の時御戒帥に參りて侍ける又後深草院御くしおろさせ給けるにおなしやうに參りて思つゝけける
二品法親王尊助
あきらけきひしりの御代にふたかへりこゝろの玉をまたみかくかな
中務卿宗尊親王家百首哥に
前僧正實伊
おとろかすこゝろもほかになかりけりわれとそ夜はの夢はさめける
題しらす
圓空上人
もろともにゆくへき道のしるへとて月もかたふく西の山の端
釋敎の心を
聖戒法師
なにとして跡もなき身のうき雲にこゝろの月をへたてそめけん
入道二品親王覺性
たかせ舟くるしき海のくらきにものりしるひとはまとはさりけり
入道前太政大臣
たつねいる道とはきけと法[のり]の門[かと]ひらけぬものは心なりけり
梵網經序莫以空過徒設疲勞後代深悔
慶政上人
あすよりはあたにつき日を送らしとおもひしかともけふもくらしつ
願照法師すゝめ侍ける釋敎哥の中に雖未自度出能度他の心を
盛弘法師
やまふかみ苔のしたにはむ[う]もるれとひとをそわたる谷のかけはし
百首御哥の中に
後鳥羽院御製
さなからや佛の花にたおらまししきみの枝にふれるしら雪
雅成親王
たつねよとをしふるやとをよそにみてむつ[六]の道にはあしもやすめす
爲煩惱賊
蓮生法師
浦にすむあまのぬれ衣[きぬ]ほしわひぬさのみなかけそおきつしら波
誓以知惠水永洗煩惱塵
前大納言忠良
なかき夜にまよふゆめ路もさむはかりこゝろをあらふ瀧のおとかな
輪廻生死の心をよみ侍ける
中原師季朝臣
いさしらすこの世をうしといとひても又なにの身にならんとすらん
宇治にまかりて河の魚のためとて八講をこなひ經供養し[しイニナシ]なとし侍て
法成寺入道前攝政太政大臣
うちかはの底にしつめるいろくつをあみならねともすくひつるかな
八月廿日あまり法成寺に參りたりけるに有明の月くまなくて池のかかみの樣なるにかきとゝめたる月いと面白く見えけるに
たけくまの尼
いけみつにすめるありあけのつきをみてにしのひかりをおもひやるかな
院の御祈り年久しくつかうまつりけるを正應元年御卽位の日年比の本尊の御前にてむかし今の叓思ひつゝけてよみ侍ける
二品法親王尊助
手にむすひこゝろにおもひくちにいふ御のりのかひはけふそ見えぬる
於蓮華八葉上各有如來
慶政上人
法の水ふかきさとりをたねとしてむねのはちすの花そひらくる
唯識論の中に如海過風緣起種ゝ波浪といへる心を
權少僧都顯俊
ふく風に波のたちゐはしけゝれと水よりほかのものにやはある
紀伊國よりのほるとて西寺の塔のきりにまきれてみえたるに佛塔髙顯のかたちは衆生戀慕の思ひをすゝめんかためなりといふ叓思ひ出られて渇仰のあまり馬よりおりて瑠璃頗梨の地にひたひをつくるこゝちしてなくなく禮拜するに天竺に釋迦大師因位の時燃燈佛にあひ奉りて泥にかみをしきてふませ奉り給し跡今にとゝまりて我等か福田なる叓思ひ出られて讀侍ける
髙辨上人
おかみつるしるしやこゝにとゝまらんかみをしきてしあともきえねは
京極前關白家の五十講の捧物に佛のお前に花をこせたる人の心さしふかくちきれる花なれは此一枝もきらはさらなんと申て侍ける返事につかはしける
二條太皇太后宮攝津
たくひなき御法のために折花はこのひと枝もにほはさらめや
千手經の心を
法印暹秀
かるゝ樹も又はなのさくちかひあれは我身のならひすゑもたのもし
佛供養し侍ける時導師に菊枝にさして送り侍ける
法性寺入道前關白太政大臣
たくひなきみのりをきくの花なれはつもれる罪はつゆものこらし
釋敎御哥の中に
院御製
さめぬまのまよひのうちのこゝろにて夢うつゝとも何かわくへき
般若心經の畢竟空の心を
前大納言爲兼
むなしきをきはめをはりてそのうへによをつねなりと又みつる哉
二月十五日涅槃の心をよませ給うける
院御製
けふはこれなかはの春のゆふかすみきえしけふりのなこりとやみん
佛の涅槃を思ひてよめる
從三位泰光
いにしへの春のなかはを思ひ出てこゝろにくもる夜はのつき影
舎利講の心を
從二位家隆
つたへきてのこるひかりそあはれなる春のけふりにきえし夜の月
夜法文を淸談するに時うつりゆきて後夜の鐘を聞てよめる
髙辨上人
のりのこゑにきゝそわかれぬなかきよのねふりをさますあかつきのかね
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