玉葉和歌集。撰者京極爲兼。卷第十八雜歌五。原文。



玉葉倭謌集。底本『廿一代集第七』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。





玉葉和謌集卷第十八

 雜哥五

紀伊國にみゆき侍ける時むすひ松をみてよみ侍ける

  人麿

のちみむと君かむすへるいはしろのこまつかうれを又みつるかな

  顯輔卿詞花集えらひ侍ける時哥を尋ねて侍けれはまつ權中納言俊忠哥をつかはすとてよみてそへける

  皇太后宮大夫俊成

このもとにくちはてぬへきかなしさにふりにしことのはをちらす哉

  返し

  左京大夫顯輔

いへのかせふきつたへすはこのもとにあたら紅葉のくちやはてまし

  伊勢大輔しきしまの道もたえぬへき叓なといひつかはして侍けれは

  赤染衞門

やへむくら[八重葎]たえぬる道とみえしかとわすれぬひとはなを尋ねけり

  朗詠の題にて人ゝ哥よみ侍けるに文詞といふ心を

  法印圓俊

見るたひに露かゝれとはいひをかぬことの葉いかて淚おつらん

  雜御哥の中に

  永福門院

こゝろうつるなさけいつれとわきかねぬ花ほとゝきす月ゆきのとき〇

  遊義門院

うれしのやうき世のなかのなくさめや春のさくらに秋のつきかけ

  西園寺入道前太政大臣

なかなかによはひたけてそ色まさるつきとはなとにそめし心は

  西行法師

ひきかへて花みるはるはよるはなく月みんあきはひるなからなん

  西行法師すゝめ侍ける百首哥の中に楊貴妃を

  權中納言長方

まほろしは玉のうてなにたつねきてむかしの秋のちきりをそきく

  上陽人を

  從三位宣子

くらしかねなかきおもひのはるの日にうれへともなふうくひすのこゑ〇

  遊女を

  寂蓮法師

いかてかく宿もさためぬ波のうへにうきものおもふ身とはなりけん

  六帖の題にて哥よみ侍けるにことの葉

  前大納言爲家

あきつ嶋ひとのこゝろをたねとしてとをくつたへしやまとことのは

  大納言に侍ける時家に十首哥人ゝによませ侍けるに大納言三位哥を送りて侍けるをみて爲敎卿もとによみてつかはしける

  入道前太政大臣

わかのうらやかきをくなかのもくつにもかくれぬ玉のひかりをそみる

  返し

  前右兵衞督爲敎

和哥の浦に道ふみまよふよるの鶴このなさけにそねはなかれける

  新後撰集にもて侍ける時貞朝臣とふらひて侍けれは

  藤原爲子

わかの浦のともをはなれてさよ千とりその數ならぬねこそなかるれ

  返し

  平貞時朝臣

なくねをもよそにやはきくとも鵆[ちとり]すむうらゆゑそ遠さかるらん

  おなし集に名をかくして入侍叓を思ひて

  中臣祐臣

わかのうらにあとつけなから濱ちとり名にあらはれぬねをのみそなく

  富小路殿永仁にやけ侍ける時和哥の草子卷物なといりたるはこを人のとりいてゝ侍けるをつたへとりてうちに參らすとて紅のうすやうに書て箱の中なる物にむすひつけ侍ける

  前關白太政大臣

もしほ火のけふりのすゑをたよりにてしはしたちよるわかのうらなみ

  若浦を讀侍ける

  皇太后宮大夫俊成女

ひとなみにきみわすれすはわかのうらのいり江のもくつ數ならすとも

  述懷哥とて

  前大納言爲氏

つかふるはおやのをしへとたのめとも身のためにうき世をいかにせん

  夢をよませ給うける

  院御製

夢はたゝぬる夜のうちのうつゝにてさめぬる後の名にこそありけれ〇

  遊義門院

ありてすき見えてさめぬる後はたゝうつゝも夢もかはらさりけり

  入道前太政大臣

ぬるかうちは今やむかしにかへるらんむかしやいまの夢にみえつる

  二品法親王覺助

うたゝねのみしかきゆめのほとはかり老のまくらにむかしをそ見る

  藤原爲仲朝臣

ぬるかうちの夢ははかなき物といへとおもふこゝろのすゑはみえけり

  平義政

ゆめならてまたはまこともなきものをたか名つけけるうつゝなるらん

  平國時

身のうさを思ひねにみる夢なれはうつゝにかはるなくさめもなし

  小侍從大納言三位の夢に見えて哥の叓さまさま申て歸るとおほしく侍けるか又道より文をゝこせたるとて書つけて侍ける哥

ことの葉のつゆにおもひをかけしひと身こそはきゆれ心きえめや

  雜哥の中に

  前内大臣室

あさゆふにみておとろかぬゆめのよはさむるかきりもあらしとそおもふ

  千五百番哥合に

  從三位保季

やまふかくすまはともにといふ人もまことにならはかはりもやせん

  鳥羽院に出家のいとま申侍とてよめる

  西行法師

おしむとておしまれぬへきこの世かは身をすてゝこそ身をもたすけめ

  小侍從かさりおろしぬと聞てつかはしける

  從三位賴政

われそまついるへき道にさきたてゝしたふへしとは思はさりしを

  道洪法師世をのかれぬと聞て申つかはしける

  前大納言爲氏

おなし世をそむくときけはいまさらに身のつれなさそおもひしらるゝ

  かへし

  道洪法師

とはれすはそむくうき世のおもひ出もなき身のとかになしやはてまし

  光俊朝臣世をのかれぬるよし聞てつかはし侍ける

  岡屋入道前攝政太政大臣

うきなからすめはすまるゝ世中をおもひとりける君そかなしき

  前參議實時出家し侍けるを聞て申つかはしける

  入道前太政大臣

身ひとつをおもひすてしはやすけれとひとのためには世こそ惜しけれ

  後嵯峨院御くしおろさせ給ける時出家し侍とてよみ侍ける

  和氣種成朝臣

そむくよもかしこき君のしるへかなすてゝこそいるみちときゝしに

  寂惠法師世をのかれ侍に[にイニナシ]ける時つかはしける

  中務卿宗尊親王

すつる世のあとまて殘るもしほ草かたみなれとやかきとゝめけん

  返し

  寂惠法師

すつるよのかたみとみすはもしほくさかきをくあともかひやなからん

  世中あちきなしと思ひたちける比おさなき子をおやのもとよりこれやしなへと申て侍けれはよめる

  能因法師

なにことをそむきはてぬと思ふらんこの世はすてぬ身にこそ有けれ

  隆信朝臣出家して侍ける時申つかはしける

  藤原伊綱朝臣

いとひえぬうき身のみこそかなしけれ家を出ぬとひとをきくにも

  殷富門院新中納言さまかへて後申つかはしける

  前大納言忠良

おもへともさすかにみをはすてやらてひとのあはれをとふそかなしき

  前大納言成通世をそむきぬと聞ていひつかはしける

  西行法師

いとふへきかりのやとりは出ぬなり今はまことの道をたつねよ

  世をのかれ侍らんとて山里にまかりけるに

  右近大將通忠女

なをさりに思ひもいらは苔ころもかさなる山をいかてわけまし

  小侍從病をもくなりて月比へにけりと聞てとふらひにまかりたりけるに此程すこしよろしき由申て人にもきかせぬ和琴の手ひきならしけるを聞て讀侍ける

  西行法師

ことのねになみたをそへてなかすかなたえなましかはとおもふ哀に

  昔みし人の世をのかれて侍けるを見て

  辨乳母

夢のうちにみしおも影のかはらねはなをありし世のこゝちこそすれ

  建保の比月のあかゝりける夜道助法親王にあひて良久しく行末まての叓なと申てあしたにつかはしける

  常盤井入道前太政大臣

いかならんやまのあなたのやとまてもきみをそたのむわれなわすれそ

  返し

  入道二品親王道助

けふもまたむかしかたりになりぬとも忘れやはせん世ゝのすゑまて

  述懷の心を

  二品法親王覺助

うき身さへ世にさすらひて年もへぬ住むへき山のおくはあれとも

  參議雅經

あるもうくなきもかなしき世のなかをいかさまにかはおもひさためん

  光明峯寺入道前攝政しきりによひ侍けれはいさゝかすましをこなひて年月を送り侍りはかなき此世のかたらひはうすくとも後の世の宮つかへは身のつとめによるへきよし申侍とて

  髙辨上人

おもふともつゐにはそはしおなしくはむ[う]まれすしなて友とならはや

  人壽百歳七十稀一分衰老一分癡中心二十餘年叓幾多歡樂幾多悲此詩の心をよめる

いとけなし老てよはりぬさかりにはまきらはしくてつゐにくらしつ

  題しらす

  慶政上人

うけかたき身をはいかゝはすてんとて今まて世にはめくるなりけり

  三か月を見て

  前太宰大貮髙遠

弓はりの月みるよひはほともなくいる山のはそわひしかりける

  心ちなやましくて里に侍ける比月をみて

  從三位親子

しはしたにこゝをは月もすみうくやすたれのほかに影おちてゆく〇

  月をよみ侍ける

  讀人しらす

もろともにかけかたふきてなかむれはつきもあはれとわれをみるらん

  從三位爲子

なれみるもいつまてかはとあはれなりわか世ふけゆくゆくすゑの月

  寄月述懷

  西行法師

よのなかのうきをもしらすすむ月の影は我身のこゝちこそすれ

  讀人しらす

身をあきのわかむかしをも思ひいつや淚おちそふ袖のつき影

  山里にすまゝほしう思ひ侍ける比月の出るをみて

  從二位雅平女

世のうさにおもひいるへき山のはをすみうかれてや月はいつらん

  世にしつみて侍ける比月をみて

  後德大寺左大臣

おもふことなくてなかめしむかしたに月にこゝろののこりやはせし

  壽永二年の秋月あかき夜風のをと雲の氣色ことにかなしきをなかめて都の外なる人の叓思ひやられて讀侍ける

  建禮門院右京大夫

いつくにていかなることをおもひつゝこよひのつきにそてしほるらん

  題しらす

  藤原永光

世をすてゝ猶うき時のしるへせよいりぬる山の峯の月かけ

  髙倉院御時内にさふらひけるかさまかへて八幡の御山にこもりぬと聞て刑部卿賴輔もとより君はさは雨夜の月か雲井より人にしられて山に入ぬると申をくりて侍ける返事に

  小侍從

すむかひもなくて雲ゐにありあけの月はなにとかいるもしられん

  月前述懷といふことをよみ侍ける

  從三位房子

身のうさをうれへあはする友もあらは月にはさのみかこたさらまし

  題しらす

  前大僧正慈鎭

うき世おも[いとイ]ふ柴のいほりのひまをあらみさそふか月の西にかたふく

  吉田社に奉りける百首哥に

をはりおもふこゝろのすゑのかなしきは月みるにしの山のはのくも

  山里にて月のあかき夜よみ侍ける

  女御徽子女王

ひさかたの空さへちかきおく山に月とゝもにもいりにけるかな

  月の晴曇する夜里なる人のもとへつかはしける

  選子内親王

くもかくれさやかにみえぬつきかけにまちみまたすみ人そこひしき

  百首哥の中に

  式子内親王

いまはとて影をかくさん夕へにも我をはおくれ山のはのつき

  西行法師

すてゝいてしうきよはつきのすまてあれなさらはこゝろのとまらさらまし

  山里に住侍ける比常よりも月さひしくみえて都戀しく侍けれは

  增基法師

われをとふひとこそなけれむかしみしみやこのつきはおもひいつらん

  人のもとへ琵琶を送りつかはしける人にかはりて

  延子内親王家大夫

よつ[四]の緒のしらへにつけて思ひいてよなかはの月に我もわすれし

  後夜のをこなひし侍らんとて手あらひにまかりたるに物にいりたる水のいとすくなくなるに月のうつりたるをよみてよみ侍ける

  髙辨上人

世のなかのせめてはかなきためしとや月さへかりのやとりにそすむ

  久安崇德院に百首哥奉りける中に月を

  前參議敎長

けにやさそ西にこゝろはいそかるゝかたふく月を今はおしまし

  月をみて

  淸少納言

月みれは老ぬる身こそかなしけれつゐには山のはにやかくれん

  後德大寺左大臣

西へゆく月のなにとていそくらん山のあなたもおなしうき世を

  題しらす

  前中納言定家

玉しゐも我身にそはぬ歎きして淚ひさしき世にそふりにし

  後法性寺入道前關白右大臣の時よませ侍ける百首哥の中に

  宜秋門院丹後

なにとかくをきところなくなけくらんありはつましきつゆのいのちを

  述懷の心を

  前大納言忠良

數ならてあるにもあらぬうき身しもなと世中にをきところなき

  藤原信兼

ふりはつる老のね覺の淚にそ身をしる袖はぬれまさりける

  鴨長明

あれはいとふそむけはしたふ數ならぬ身とこゝろとのなかそゆかしき

  洞院攝政家百首哥におなし心を

  從二位家隆

たのみこし我こゝろにもすてられて世にさすらふる身をいとふかな

  述懷哥の中に

  中務卿宗尊親王

かゝらすはとまるこゝろもありなましうきそこのよのなさけなりける

  山階入道前左大臣

身もつらく世もうらめしきふしふしを忘れぬものは淚なりけり

  嘉元ゝ年法皇よりめされける百首哥の中に述懷

  前内大臣

うきもうくつらきもつらししかはあれとしらぬになして世をすくすかな

  おなし心を

  法印聖勝

しゐてたかとゝめおきける我身とて猶すてやらぬ世をなけくらん

  讀人しらす

あられける身をうたかひしやすらひになにしかをそくよをのかれけん

  前參議爲相女

よしさらはあるにまかせんあらましのはしめにはみなかはりゆく身を

  題しらす

  平政長

あつまにて身はふりぬともことのはをいかて雲ゐにきこえあけまし

  述懷の心を

  平宣時朝臣

あすとたにまたれぬほとの老の身は命のうちのあらましもなし

  中務卿宗尊親王

いかにせんそむきて後のうき世をはすてなはと思ふなくさめもなし

  よみ人しらす

あはれけにのかれても世うかりけりいのちなからそすつへかりける

  雜哥の中に

  前參議爲相

たらちねの老のよはひにむ[う]まれあひて久しくそはぬ身をそうらむる

  日吉社によみて奉りける百首哥の中に

  前大僧正慈鎭

なにとかくそむくこゝろのふかゝらんこのよにこそはうまれたるみの

  述懷御哥の中に

  院御製

いたつらにやすき我身そはつかしきくるしむ民のこゝろおもへは

  持明院殿にて題をさくりて人ゝ哥よみ侍けるに玉といふ叓を

  前參議爲相

もくつにもひかりやそはん和哥の浦やかひあるけふの玉にましりて

  名所哥よみ侍ける中に和哥浦を

  從三位爲子

わかのうらにしつむみくつよみかゝれん玉のひかりをみるよしもかな

  述懷の心を

  從二位隆博

をろかなるみをはしれともよゝへぬるあとをそたのむ敷嶋の道

  續古今集えらはれ侍ける時撰者あまたくはへられ侍て後述懷の哥の中によみ侍ける

  前大納言爲家

玉つ嶋あはれとみすや我かたにふきたえぬへきわかのうら風

  雜哥の中に

  前大僧正しい範憲

とにかくにきみかよをのみいのるかな法[のり]のためにも神のためにも

  前參議爲相

これのみそ人の國よりつたはらて神代をうけししきしまの道

  嘉元百首哥奉りけるに松

  右近中將爲藤

すみよしのまつのおもはんことの葉をわか身にはつるしきしまのみち

  題しらす

  前中納言資宣

よしあしはわかぬ身なれと世にすめはなにはのこともみてそ久しき

  守覺法親王家に五十首哥よませ侍ける時述懷の心を

  三條入道左大臣

わひつゝもこの身はかりはいかゝせんめくらん世ゝを思ふかなしさ

  百首哥の中に

  式子内親王

うらむともなけくとも世の覺えぬに淚なれぬる袖のうへかな

  題しらす

  西行法師

こゝろからこゝろにものをおもはせて身をくるしむるわか身なりけり

  世中心ほそきさまにおほえける比遠き所なる人につかはしける

  增基法師

君たにもみやこなりせは思ふことまつかたらひてなくさみなまし

  題しらす

  本院侍從

よのなかをおもふもくるしおもはしとおもふも身にはおもひなりけり

  和泉式部

いかにせんいかにかすへき世のなかをそむけはかなしすめはうらめし

よのなかにうきみはなくておしとおもふひとのいのちをとゝめましかは

  花山院御製

つくつくとあかしくらしてとし月をつゐにはいかゝかそへなすへき

  俊賴朝臣

たれとかはわきてもいはん我ためにうらめしからぬ人しなけれは

  人の許につかはしける

  藤原惟規

いかてわれすましとそ思ふすむからにうき叓しけき此世なりけり

  返し

  讀人しらす

いつかたにいかゝそむかんそむくとも世にはよ世ならぬところありせは

  久しくわつらひけるを絕てとはぬ人の程へて後にせうそこして侍けれは

  少輔命婦

つゆはかり思ひをくへき心あらはきえぬさきにそ人はとはまし

  述懷哥の中に

  平忠度朝臣

なからへはさりともとおもふこゝろこそうきにつけつゝよはりはてぬれ

  前大納言忠良

猶かくてありへんことはうきよりもよその人めのはつかしきかな

  讀人しらす

うきなからいくはる秋をすくしきぬ月とはなとをおもひ出にして

  歎く叓ありてしはし世をのかれて山深くすみ侍ける比都なる人のもとより思ひとる心のなくて明くるらし憂世にましる程の物うさ[きイ]と申て侍ける返事に

  權僧正覺圓

そむきても猶いとはしき世中をすてぬはましてさそ歎くらん

  つねにまうてきける人の歎く叓侍ける比みえす侍けれは

  大僧正行尊

いまそしる我身のみにてあるときに人と[をイ]人とはおもふなりけり

  題しらす

  花山院御製

なけくともいふともかひはあらしよをゆめのことくにおもひなしけん

  世中を思ひなけきける比

  伊勢

おしからぬいのちなれともこゝろにしまかせられねはうき世にそふる

  冷泉院の池にうき草のあるを見て

  女御徽子女王

身のうさにいとゝうきたるうき草のねなくはひとにみせしとそ思ふ

  歎く叓侍ける比人の返事に

  菅原孝標朝臣女

なくさむるかたもなきさの濱ちとりなにかうき世にあともとゝめん

  ふるき哥のことはにて人ゝに千首哥よませさせ給ける遠きありなくさめてといふことはをよみ侍ける

  民部卿爲世

をのつからうき身わするゝあらましにありなくさめて世をやすくさん

  五十首哥よみ侍ける中に

  從三位爲子

こゝろひくかたはかりにてなへて世の人になさけのある人そなき

  題をさくりて人ゝに千首哥よませ給うける時寄鳥述懷

  從三位爲子

あはれてふひとはなきさのさよ千とりうき世にわひてねをのみそなく

  大納言還任を申侍けれとゆるされさりける比寄舩述懷といふ叓をよみ侍ける

  前大納言長雅

しつむ身のたなゝしを舟いかなれはおなしえにたにかへらさるらん

  藏人頭はなれて年へ侍ける比人ゝ哥よみ侍けるにおなし心をよめる

  前參議家親

水まさるはや瀨の舟もわかことやのほりもやらぬよをうれふらん

  雜哥の中に

  前右兵衞督爲敎

いかにせんこえゆく波のしたにのみしつみはてぬるあまの捨ふね

  曉述懷といふ叓をよみ侍ける

  入道前太政大臣

ねさめにそさらにかそふるわか世にはあかぬことなき身のおもひ出を

  天台座主になりて侍ける比述懷の哥あまた讀侍ける中に

  前大僧正源惠

あらましのこゝろに身をそまかせぬる賴むかひある御代のしるしに

  寢覺述懷といふ叓を

  法印公禪

こしかたの夢うつゝをそわきかぬる老のねふりのさむるよなよな

  叓ありて伊豆國になかされ侍けるを遲くとひける人に申つかはしける

  法印忠快

身のうきか人のつらきかさりともと思ふ日かすをとはて過ぬる

  題しらす

  前參議實時

おしむへきひともなきよをすてやらてこゝろからこそ身をうれへけれ

  平親世

なにとまた身のうき叓を歎くらんなきになしても捨てはてし世に

  述懷

  平齊時

おもふらん心になりて見るときそ人のうれへも身にしられける

  前大僧正道昭

すまはやとよそにおもひしいにしへのこゝろにはにぬやまのおくかな

  左近中將具氏

うしとても誰をこの世にうらみましたのめはと思ふひとしなけれは

  前參議能淸

ゆくすゑもさそなうからんみのはてをしらぬはかりそたのみなれとも

  雜御哥の中に

  土御門院御製

むかしよりうき世のなかときゝしかとけふは我身のためにそありける

  遊義門院

おしむともなかゝるましきいのちもて世をとにかくになけくはかなさ

  前關白太政大臣

なににかは老のねさめをなくさめんきゝ見しことを思ひいてすは

  讀人しらす

はかなしとおもひもはてしゆめ路にはまたあひ見けるひとのおもかけ

  嘉元百首哥奉りし時述懷

  從三位爲子

あはれなりいかにわか身のなるとても誰かはおしみたれか忍はん

  おなし心を

  院新宰相

あすか川あすともしらぬはかなさによしなかれての世をもたのまし

  寄海述懷の心をよませ給うける

  院御製

いせのうみのあまのうけなはうけかたきこの身を又はしつめすもかな

  御こゝなやましくおほしける比

  朔平門院

うつるとき過るつき日をかそへてもいつまての身そ更にかなしき

  題しらす

  從三位爲子

ひとも世もおもへはあはれいくむかしいくうつ[かへイ]りして今になりけん

  雜御哥の中に

  院御製

なにしかもおもひみたるゝつゆふかき野へのをかやのたゝかりの世を

  永福門院内侍

捨てかねぬ何ゆへおしきうき世そとこゝろにちたひおもふものから

  百首哥の中に

  前中納言定家

身のはてをこの世はかりとしりてたにはかなかるへき野へのけふりを

  日吉社に奉りける百首哥の中に

  前大僧正慈鎭

まことふかく思ひいつへきともしかなあらさらん世のあとのなさけに

こゝろさし君にふかくて年もへぬまたむ[う]まれてもまたやいのらん

  題しらす

  前大納言爲家

いかにして心におもふことわりをとをすはかりもひとにかたらん

  萬葉集の詞一句を題にて人ゝに哥よませ給けるにひかりはきよくといふ叓を

  新院御製

天つ日のひかりはきよくてらす世にひとのこゝろのなとかくもれる

  雜哥の中に

  奬子内親王

折にふれ時におほゆるかなしさをたくひあらしとなかめてそふる

  往時を思ひてよみ侍ける

  權中納言俊忠

はるのはなあきのもみちをみしとものなかはは苔のしたにくちぬる〇

  懷舊の心を

  善光園入道前關白左大臣

いにしへを誰にかたりてなくさめん我ことしの[おもイ]ふひとのなけれは

  藤原則俊朝臣

みしほとのむかしをたにもかたるへきとももなきよになりにけるかな

  永福門院

すきてゆくつき日をかへすものにあらはこひしきかたを又もみてまし

  二條院參河内侍

おもひいつるむかしはとをくなりはてゝまつかたちかき身をいかにせん

  前中納言定家はやうすみ侍けるさかの家の跡を右大臣作りあらためてかよひ住侍[侍イニナシ]けるに八月廿日定家卿遠忌に佛事なとして人ゝ哥よませ侍けるに秋懷舊といふことを

  前參議爲相

めくりあふ秋のはつきのはつかにもみぬ世をとへは袖そつゆけき

  雜哥とて

  前參議家親

身のうさはその世とてもとおもへとも猶こしかたは戀しかりけり

  源義行

しのはるゝむかしといふもおなし世の遠さかりゆく名にこそありけれ

  里に久しく侍けるに人ゝのとはさりけれは讀侍ける

  小馬命婦

ひとりしてみるかきりをはわすれねとたれかはわれをおもひいてける

  人麿墓に卒都婆たて侍とて書つけ侍ける

  淸輔朝臣

世をへてもあふへかりけるちきりこそ苔のしたにもくちせさりけれ

  おなし墓尋侍けるに柿本明神にまうてゝ讀侍ける

  寂蓮法師

ふるきあとを苔のしたまてたつねすは殘れるかきのもとをみましや

  初瀨へまうてけるついてに在原寺をよみて侍ける

  從三位爲子

かたはかりその名殘とてありはらのむかしのあとをみるもなつかし

  那智に參りてともなへる人みなかへりしやりなとして又出侍けるにをくりにまうてきて侍ける人のともなるわらはに申侍ける

  大僧正行尊

おしからぬいのちもけふはおしきかなあらはあふ世にあひもこそすれ

  紀伊國たかしまと申所の石をとりて文つくゑのあたりにをきて侍けるに書つけゝる

  髙辨上人

われさりてのちにしのはんひとなくはとひてかへりねたかしまの石

  後深草院御時五節はてゝ官應より閑院へ還御なりて後よみ侍ける

  辨内侍

雲ゐにてありし雲ゐのこひしきはふるきをしのふ心なりけり

  懷舊の心を

  藤原秀茂

こしかたをひと夜のほとゝみる夢はさめてそとをきむかしなりける

  法印行深

いかなれはつらきむかしと思へともなをしのはるゝならひなるらん

  大江貞重

いまさらにかへらぬものとしりなからしのはすはなきむかしなりけり

  從三位廣範

こゝろにはわすれす忍ふいにしへもかたるはかりのおもひ出そなき

  題しらす

  前大僧正慈鎭

むかしおもふ髙つの宮のあとふりてなにはのあしにかよふまつ風

  懷舊の心を

  院御製

なさけあるむかしのひとはあはれにて見ぬ我ともとおもはるゝかな

惜むへくかなしむへきは世のなかにすきて又こぬつき日なりけり








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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