玉葉和歌集。撰者京極爲兼。卷第十五雜歌二。原文。



玉葉倭謌集。底本『廿一代集第七』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。





玉葉和謌集卷第十五

 雜哥二

   題不知

  讀人しらす

かすか野の淺茅かうへに思ふとちあそふけふをは忘られめやも

  春日社に奉りける百首哥の中に野を

  皇太后宮大夫俊成

かすかのはねのひ[子日]若なの春のあと都のさかはあき萩のとき

  雜哥の中に里をよみ侍ける

  從三位爲子

おもふことをいかにしのひしたか世よりいはての里と名をとゝむらん

  瀧をよめる

  僧正遍昭

みつとのみおもひしものをなかれくるたきはおほくの絲にそありける

  題しらす

  赤染衛門

きえはてぬゆきかとそみる谷かはの岩間をわくる水のしら波

  大伴四綱

つき夜よしかは音すめりいさこゝにゆくもとまるもあそひてかへらん

  中納言家持

むかし見しきさのをかはを今みれはいよいよきよく成にけるかな

  尚侍藤原朝臣滿子四十賀大納言淸貫し侍ける屏風の哥に石井ある所を

  伊勢

わくかことめにはみゆれと我やとのいしゐの水はぬるまさりけり

  前右大將道綱母世を恨て都遠く侍けるもとへつかはしける

  尚侍藤原灌[濤イ]子朝臣

いもせ川むかしなからのなかならはひとのゆきゝのかけはみてまし

  永承元年宇治にて浪聲混雨と云ことを

  前大納言隆國

うち川のはや瀨に波のこゑすれはふりくるあめをしるひともなし

  河舟

  藤原冬隆

さす棹もおよはすなれはゆく水にまかせてくたす淀のかは舟

  弘安百首哥に河

  前大納言爲氏

せきとむるうちのかは瀨のあしろ木にあまりてこゆるみつのしら波

  延慶元年八月野宮より出給ふとて

  奨子内親王

すゝか[鈴鹿]河やそせ[八十瀨]の波はわけもせてわたらぬ袖のぬるゝ比かな

  名所百首哥めされける時長柄橋

  順德院御製

いにしへにあらすなからの橋はしらふりにしあとを忍はすもなし

  同心を讀侍ける

  前中納言定家

さもあらはあれ名のみなからの橋柱くちすはいまのひとも忍はし

  二條院讚岐伊勢國にしる所侍けるにわつらひあるによりて鎌倉右大臣にうれへんとてあつまにくたり侍けるにほいのことくなりて歸りのほり侍けれは申つかはしける

  善信法師

をはたゝのいたゝの橋のとたえしをふみなをしても渡る君哉

  返し

  二條院讚岐

朽ちぬへきいたゝの橋のはしつくりおもふまゝにも渡しつるかな

  奈良の都あれたるを見て

  讀人しらす

世の中はつねなきものと今そしるならのみやこのうつろふみれは

  近江のあれたるを都をすくとてよみ侍ける

  人麿

さゝ波の志賀のおほわたよとむとも昔の人にまたあはめやも

  題不知

  よみ人しらす

風はやみみほの浦はをこく舟のふなひとさはく波たつらしも

  寶治二年百首哥に浦舩

  常盤井入道前太政大臣

さそはるゝなみのゆきゝにとしもへぬあまのなかせる浦のすて舟

  雜哥の中に海邊の心を

  前大納言爲氏

なにはかたなみのたよりははるかにて鹽干にとまるあまのすて舟

  海路名所という叓をよませ給うける

  崇德院御製

過かてにみれともあかぬ玉つ嶋む[う]へこそ神の惠[こゝろイ]とめけれ

  題しらす

  前代などん爲家

くるゝまにすゝき釣らしゆふしほのひかたのうらにあまの袖みゆ〇

  藤原時藤

この夕へ浦のしを風ふきあれていりうみしろく波さはくなり

  藤原隆祐朝臣

ゆふひさすなみのうへよりたつけふりいかなるうらにもしほやくらん

  後一條前關白左大臣家に詩哥を合侍けるに江上眺望と云叓を

  從二位行家

なにはかた風のとかなるゆふなきにけふりなひかぬあまのもしほ火

  海路を

  順德院御製

あかしかた波ちはるかになるまゝにひとこそみえねあまの釣ふね

  嘉元百首哥奉りける時おなし心を

  入道前太政大臣

夕つく日わた[和田]のみさきをこく舩のかたほにひくやむこ[武庫]のうらかせ

  住吉にまうてゝ侍けるに波にうつれる入日の影いとおもしろくみえけれは

  從三位爲子

浦とをくならへる松の木のまよりゆふ日うつれる波のをちかた

  海邊の心を

  藤原俊言朝臣

あれぬ日はおきつ鹽かせのとかにてみるめをよする磯のうら波

  世間飄泊海無邊といふ叓を

  土御門院御製

かち[楫]をたえおほ海のはらにゆくふねのあとはかもなき世をいかにせん

  寛治百首哥に江蘆を

  冷泉前太政大臣

なにはかたいり江の鹽やみちぬらんすゑ葉そ殘るあしのむらたち

  鷹司院按察

なには江やなににつけてもあしのねのうき身のほとそあはれ也ける

  海邊眺望を

  前大納言爲兼

波のうへにうつるゆふ日の影はあれととをつこ嶋は色くれにけり

  嶋松をよめる

  前參議雅有

波間よりみゆるこしまのひとつ松われもとしへぬ友なしにして

  題しらす

  讀人しらす

波たかしいかにかちとりみつ鳥のうきねやすへきなをやこくへき

かせをいたみおきつしらなみ髙からしあまの釣ふねはまにかへりぬ

かちのをとそほのかにすなる天をとめ興津もかりにふなてすらしも

  天王寺にまうてゝ難波浦にてよみ侍ける

  大僧正行慶

ゆふ暮になにはわたりをきてみれはたゝうすゝみのあして也けり

  海邊眺望といふ叓を

  從二位兼行

みきはちかく見えつるふねのゆくすゑはうかふこの葉の波のをちかた

  院新宰相

あさほらけうらうらかけて見わたせはちへの霞にきゆるとも舩

  入道前太政大臣

とをつおきにあまたうかへる舟のほのみえすそなれる風かはるらし

  題しらす

  藤原賴景

ゆふ鹽のさすにまかせてみなと江のあしまにうかふあまのすてふね

  藤原範秀

浦あれて風よりのほるいり鹽におろさぬ舟そ波にうきぬる

  躬恒

波たゝは沖の玉もゝよりくへくおもふかたよりかせはふかなん

  人麿

むこ[武庫]のうらのとまりなるらしいさりするあまのつりふね波まよりみゆ

  重之

みさこゐるあら磯なみやさはくらん鹽やくけふりなひくかたみゆ

けさみれはあまのをふねもかよふ也鹽みつ浦はこほらさるらし

前參議爲和

里としもよそにはみえぬとを嶋のまつにましりてたつけふりかな

  名所三十首哥よませ給うける中に吹飯浦

  院御製

なくなくも雲ゐをこひて年ふりぬ我世ふけゐのうらの友鶴

  雜哥の中に

  中務卿宗尊親王

なこの海[江イ]に妻よひかはし鳴たつ[鶴]のこゑうらかなしさ夜やふけぬる

  題しらす

  從二位行家

あさりするたつそなくなるかこの嶋まつ原とをく鹽やみつらん

  藤原隆祐朝臣

かもめ[鷗]ゐるふち江のうらのあさほらけあれたる波もこゝろすみけり

  平時綱

みつ鹽にうらのひかたも波こえてそらにきこゆるあしたつのこゑ

  寛治二年百首哥に嶋鶴といふ叓を

  源俊平

あしたつのなくねもとをくきこゆなり波しつかなるまつかうらしま

  同し海邊眺望

  前大納言爲氏

きよみかたうち出てみれはいほはらのみほのおきつは波しつかなり

  磯巖

  常盤井入道前太政大臣

興つ風あらきいそへにたつ波のかへる岩ねにおつる瀧つ瀨

  題しらす

  藤原親範

岩かねによせてはかへる波のまも猶をとのこす磯のまつ風

  寛治元年八月十五夜五首哥講せられ侍ける時名所月

  萬里小路前右大臣

おきつ風ふけゆくまゝにあかしかたとわたる月の影のさやけさ

  海邊月

  中臣祐春

いとふへき山のはそなきあかしかた波にかたふくありあけのつき

  賀茂忠久

鹽風はなきさのまつにをとつれて月そ波まにいりかゝりぬる

  百首御哥の中に

  永福門院

さよふかき軒はの峯に月はいりてくらきひはらにあらしをそきく

  曉の心を

  入道二品親王覺性

檜原もる有明の月にきこゆなりをのへのてらの鐘のひとこゑ

  院御製

月のいるまくらの山はあけそめて軒はをわたるあかつきの雲

なかき夜もはやあけかたやちかゝらしねさめの窓に月そめくれる

  從三位親子

庭のかけはまたよふかしとみるほとに月にしられて夜はしらみけり

  題しらす

  平時春

西になる月はこすゑのそらにすみて松のいろこきあけかたのやま

  藤原重顯

いくこゑにゆめかおとろくあかつきのねさめの後の鐘そすくなき

  寶治百首哥奉りける時曉鷄を

  後深草院少將内侍

名にたてゝや[八]こゑといへとあけはつるほとをかきりに鳥はなく也

  曉の心を

  永福門院

里ゝの鳥のはつねはきこゆれとまた月たかきあかつきのそら〇

  前内大臣室

やまふかみとりのねきかぬすみかにはわかね覺より明るをそしる

  前右衞門督基顯

鐘のをと鳥のねきかぬねさめにはあかつきになるほともわかれす

  永福門院内侍

ねさめしてときはいつともしられぬにあくるかとりのこゑそきこゆる

  中臣祐世

うきはわか老のね覺とおもへともゆふつけ鳥もあかつきそなく

  式部卿親王

あかつきの鐘のひゝきに夢さめて猶そののちも夜はそ久しき

  平時元

まとろまてさなからあかすよはもあるをねさめとなれはなとかゝなしき〇

  卅首哥めされし時曉雲を

  從三位爲子

むらむらに雲のわかるゝたえまよりあかつきしるき星いてにけり

  從二位兼行

ほしのかけもそなたはうすきしのゝめにやまのはみえて雲そわかるゝ

  雜哥の中に

  前參議淸雅

よこ雲のわかるゝやまのあくるよりみちみえそむる松のしたかせ

  朝の心を

  讀人しらす

おきてけさまたなにことをいとなまんこの夜あけぬとからす鳴也

  山寺に住侍ける比夕日山に入て鐘の聲ゝもをとなくなりてあはれに覺えけれは

  山田法師

見るまゝにこゝろほそくも暮るかないりあひの鐘もつきはてぬなり

  題しらす

  西行法師

つくつくとものをおもふにうちそへておりあはれなる鐘のおとかな

  前參議雅有

あたなれとけふのいのちもありすきぬいつをかきりそいりあひのかね

  源邦長朝臣

おとろかぬわか夕へこそかなしけれまたけふもきくいりあひの鐘

  前中納言經親

いつまてかきかんとすらむ入逢のかねてはしらぬあはれ世の中

  行生法師

あはれ又けふも夕へになりにけりあすとはまたぬいのちなからに

  ふるき詩のことはを題にて人ゝ哥つかうまつりける時晩鐘聲といふことをよみ侍ける

ゆけと猶またてらみえぬまつ原のおくよりひゝくいりあひのこゑ

  一溪雲鳥といふ叓を

  院御製

くも鳥もかへるゆふへのやまかせにそとものたにのかけそ暮ぬる

  雜哥の中に

  從三位親子

をちかたのむかひのみねはいり日にてかけなるやまのまつそ暮ゆく

  式部卿親王

やまもとの木かけはよるとなかむれと尾上はいまたゆふくれの色

  永福門院

みるまゝにやまはきえゆくあま雲のかゝりもらせるまきのひともと

  前中納言資宣女

ふりそゝくのき端のあめの夕くれにつゆこまかなるさゝかにのいと

  院御製

しら雲はゆふへのやまにおりみたれなかはきえゆくみねの杉むら

  題しらす

  前中納言定家

そよくれぬならのこの葉にかせ落[古イ]てほしいつるそらのうす雲のかけ

  藤原定成朝臣

たちのほるつきのたかねのゆふあらしとまらぬくもを猶はらふなり

  藤原爲守女

いてそむる月のあたりの枝わけてかけふきもらす峯のまつかせ

  躬恒

みるひとにいかにせよとか月かけのまたよひのまにたかくなりゆく

  やみなる夜ほしの光ことにあさたかにて晴たる空ははなの色なるかこよひ見そめたる心ちしていとおもしろく覺えけれは

  建禮門院右京大夫

つきをこそなかめなれしかほしのよのふかきあはれをこよひしりぬる〇

  夜の心を

  永福門院

くらき夜の山まつ風はさわけともこすゑのそらに星そのとけき〇

  題しらす

  從三位爲子

をともなく夜はふけすみてをちこちの里のいぬこそこゑあはすなれ〇

  院御製

さよふけて宿もるいぬのこゑたかしむらしつかなるつきのをちかた〇

  夜路といふ叓を

ふけぬるかすきゆくやともしつまりてつきのよみちにあふひともなし〇

  寶治百首哥奉りける時夜燈

  後鳥羽院下野

やとはあれてかへのひまもる山かせにそむけかねたるねやのともし火

  おなし心を

  從一位兼子

ともしひのひかりさひしき閨のうちにさ夜もふけぬるほとそしらるゝ

  院新宰相

きゆるかとみえつるよはのともし火のまたねさめてもおなし影哉

  道助法親王家五十首哥に閑中燈を

  前中納言定家

つくつくと明ゆく窓のともしひのありやとはかりとふひともなし

  從二位家隆

きえやらてのこる影こそあはれなれ我よ更そふ窓のともしひ

  題をさくりて人ゝに哥よませさせ給けるに雨中燈といふ叓を

  院御製

あめのをとのきこゆる窓はさよふけてぬれぬにしめるともし火のかけ

  從三位爲子

ふりしめるあま夜のねやはしつかにてほのほみしかきともしひのすゑ

  夜雨を

  永福門院

あかしかね窓くらきよのあめのをとにねさめのこゝろいくしほれしつ

  山中雨といへる叓を

やまかせのふきわたるかときくほとにひはらにあめのかゝるなりけり

  同院内侍

しつくまてはまたおちそめぬやまかけのひはらかうへにあめそきこゆる

  山家雨を讀侍ける

  從三位季子

軒くらき槇の葉しほれふるあめのしつくもさひしやま陰の宿

  雨のふる日もりける所を御覧して

  花山院御製

としへぬるやとをふるやといふ叓はあめのさはらぬ名にこそ有けれ

  二條院御時御禊行幸の御後長官につかうまつりてつきの日雨のふり侍けれは空も心ありあけるにやなと奏し侍けるついてにつかうまつりける

  前左兵衞督惟方

みそきせしみゆきのそらも心ありてあめのしたこそけふくもりけれ

  御返し

  二條院御製

空はれしとよのみそきにおもひしれなを日の本のくもりなしとは

  髙倉院御時久しく雨ふり侍らさりける夏法印澄憲最勝講の講師に參りて雨ふるへきよしの説法めてたくして髙座よりおるゝままにやかて雨ふりて世のゝしり侍けれはよろこひいひつかはすとて

  俊惠法師

くものうへにひゝくをきけは君か名のあめとふりぬるをとにそありける

  松風を

  院御製

ぬるゝかとたちやすらへは松かけやかせのきかする雨にそありける

  雜の哥の中に風

ひゝきくるまつのうれより吹おちてくさにこゑやむ山のした風

  題しらす

  後鳥羽院宮内卿

晴ゆくかたゝよふ雲のたえまより星みえそむるむらさめの空









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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