玉葉和歌集。撰者京極爲兼。卷第十二戀歌四。原文。



玉葉倭謌集。底本『廿一代集第七』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。





玉葉和謌集卷第十二

 戀哥四

  題不知

  讀人しらす

春されはもすの草くきみえすとも我はみやらん君かあたりを

  永福門院

鳥のこゑさへつりつくすはる日かけくらしかたみにものをこそおもへ〇

  む月の十日あまり霞わたれる山の方を見いたして秋よりたえにし人のはかなくて春にもなりぬかしと思ひつゝけて

  前右近大將道綱母

もろ聲になくへきものを鶯はむつきともまたしらすやあるらん

  西四條齋宮のもとに花につけてつかはしける

  權中納言敦忠

匂ひうすくさける花をもきみかため折としを[おイ]れはいろまさりけり

  返し

  雅子内親王

おらさりし時よりにほふ花なれはわかためふかき色とやはみる

  彌生はかりにかえてのもみちたるをおりて女の許につかはしける

  業平朝臣

きみかためたおれる枝は春なからかくこそ秋のもみちしにけれ〇

  四月一日人につかはしける

  前大納言長雅

思ふことうすくやなると夏ころもかふるたもともなみたなりけり

  光明峯寺入道前攝政家戀十首哥合に寄衣戀

  源兼康朝臣

遠さかる身はうつ蟬のなつころもなれはまさらて秋かせそふく

  日比をとせさりける女のもとに卯月になりて卯花にさしてつかはしける

  讀人しらす

あけくれて日ころへにけりうのはなのうきよのなかになかめせしまに

  返し

  小馬命婦

いとゝしく日比へゆけは卯花のうきにつけてやわすれ果ぬる

  久しくをとせぬ人のもとへ祭の日葵につけて申つかはしける

  よみ人しらす

忘れにしそのかみ山のあふひ草けふたにかけて思ひ出てすや

  返し

  前參議經盛

けふのみやおもひいつらんあふひくさ我はこゝろにかけぬ日そなき

  權中納言定賴時鳥たつねにまかりけるを忍ひて物申ける女のききてつかはしける

  よみ人しらす

こゝにてもきけかしおなし忍ひねを山ほとゝきすこゑもかはらし

  齋宮女御里に久しく侍ける比五月に成てつかはさせ給ける

  天曆御製

里にのみ鳴わたるなるほとゝきすわかまつ時はなとかつれなき

  御返し

  女御徽子女王

ほとゝきすなきてのみふる聲をたにきかぬひとこそつれなかりけれ

  題しらす

  忠峯

あはれといふひとはなくともうつ蟬のからになるまてなかんとそおもふ

  五月五日さうふにさして人のもとにつかはしける

  小町

あやめ草ひとにねたゆと思ひしはわか身のうきにおふる也けり

  四月一日比雨ふりける夜忍ひて人に物いひ侍て後とかくひむあしくて過けるに五月雨の比申つかはしける

  皇太后宮大夫俊成

袖ぬれしその夜のあめのなこりよりやかてはれせぬさみたれの空

  題しらす

  躬恒

さみたれにみたれそめにし我なれはひとをこひ路にぬれぬへらなり

  前大納言隆房

くれをまつ思ひはたれもあるものを螢はかりや身にあまるへき

  寄螢戀

  從三位爲實

ゆくほたるをのれもえそふかけみえてひとのおもひもさそとつけこせ〇

  七月五日七日にと賴めける人の返事に

  前右近大將道綱母

天のかは七日[なぬか]をちきるこゝろならは星あひはかりかけをみよとや

  七月七日こんと申たる人に

  和泉式部

たなはたにかしてこよひのいとまあらはたちよりこかし天のかは波

  逢かたき人に七月七日つかはしける

  伊勢

いむといへは忍ふものから夜もすから天の河こそうらやまれつれ

  七月七日女のもとにつかはしける

  法成寺入道前攝政太政大臣[道長]

けふしたに契らぬなかは逢叓を雲ゐにのみも聞わたるかな

  閏七月七日民部卿成範につかはしける

  小侍從

天つ星そらにはいかゝさたむらん思ひたゆへきけふの暮かは

  謙德公まへを過つゝをとせさりけれは

  よみ人しらす

くもゐにはわたるとすれと飛雁のこゑ聞かたき秋にも有哉

  人にたまはせる

  延喜御製

秋きかせもふきたちにけり今よりはくる鴈かねのをとをこそまて

  安倍女郎につかはしける

  中納言家持

あし曳のやまへにおりてあき風の日ことにふけはいもをしそおもふ

  題しらす

秋の田のしのにをしなみ置つゆのきえやしなまし戀つゝあらすは〇

  中納言家持につかはしける

  山口女王

咲はきにをきたるつゆの風ふきておつる淚をとゝめかねつも〇

  題をさくりて三百首哥人ゝつかうまつりけるに秋戀

いつくにも秋のね覺の夜さむならはこひしきひともたれかこひしき

  光明峯寺入道前攝政家秋三十首哥に

  後深草院少將内侍

秋かせの夜さむにふけはわすれにしひともこひしくなるそかなしき

  題しらす

  從二位成實

もの思へは秋もおほろのつきかけになみたうらみぬ夕くれそなき

  前參議爲相女

ものおもふ身はならはしの長き夜につれなきひとよねさめたにせし

  貫之

ゆふされはひとまつむしのなくなへにひとりある身そをきところなき

あき風のいな葉もそよとふくなへにほにいててひとそ戀しかりける

  女のもとにまかりて侍けるにすゝきに風の吹けれは

  前左近大將朝光

われきてもまねきやまねは花すすき又くる人のあるかとそおもふ

  秋のころ人につかはしける

  前中納言定賴

ちきりをきしことの葉かはる世をみれは秋といふ名のうらめしきかな

  冷泉院春宮と申ける時哥めしける中に

  重之

鳴鹿の聲きくことに秋はきのした葉こかれてものをこそ思へ

  秋の夕くれ常よりも哀なりけるに女のもとへいひつかはしける

  法成寺入道前攝政太政大臣

荻の葉に風のふきよるゆふくれをおなし心になかめましかは

  三條右大臣女の女御のもとへはしめてつかはしける

  淸愼公

秋の野にいろうつろへるをみなへし我たにゆきて折らんとそおもふ

  題しらす

  人麿

あきはきをちらすしくれのふるころはひとりおきゐてこふる夜そおほき

  久しくまいらさりける人

  光孝天皇御製

ひさしくもなりにけるかな秋はきのふるえの花もちりすくるまて〇

  前右近大將道綱九月はかり賴め侍けるに

  辨乳母

はるの日をなかしとなににおもひけんあきの暮こそひさしかりけれ

  返しをきくにつけて

  前右近大將道綱

秋もあまた過けるきみときくものを久しき暮はけふのみやしる

  八月はかり内にさふらひける人の夜への月はみきやと申たりける返事に

  相摸

かきくらしわかみぬあきのつき影も雲のうへにはさやけかりけん

  卅首哥よみ侍ける中に

  從二位家隆

なきこふる袖にはいかゝやとすへきくもりならはぬ秋のよのつき

  九月十三夜寄月戀といふことを人ゝによませさせ給けるついてに

  今上御製

てる月は我おもふひとのなになれや影をしみれはもののかなしき

  秋戀を

  章義門院小兵衞督

あきにうつるこすゑもうしやひとこゝろかはりやすき[さイ]のたくひとおもへは

  前參議長成女

いかにせん人のこゝろのあきのいろをうらみしとてもくすのした風

  思ふ叓侍ける比梢は夕日の色しつみて哀なるにまたかきくらししくるゝを見侍て

  建禮門院右京大夫

ゆふ日うつるこすゑのいろのしくるゝにこゝろもやかてかきくらすかな

  九月はかりさかに住侍ける女のもとよりぬるゝ袂の所せきよし申て侍ける返事に

  平經正朝臣

我ゆへにぬるゝにはあらしおほかたの秋のさかなる露そおくらん

  冷泉院みこの宮と申しける時百首哥よみて奉りける中に

  重之

をきの葉にふく秋かせをわすれつゝこひしきひとのくるかとそおもふ

あはれをはしらしとおもへとむしのねにこゝろよはくもなりぬへきかな

  前右大將道綱まうてきたりけるに門をもあけ侍らさりけるにされはまつむしはなくめりたけからすと申侍けれは

  辨乳母

ちきりこし君こそとはすなりぬれとやとにはたえすまつむしの聲

  中納言兼輔につかはしける

  讀人しらす

いて人のおもふといひしことのははしくれとともにちりにけらしも

  返し

  中納言兼輔

はつしくれふりしそむれはことのはの色のみまさる比とこそしれ〇

  戀哥の中に

  貫之

きみこふるなみたはあきにかよへはやそらもたもともともにしくるゝ

  春より文つかはしける人のもとに九月つこもりかたにつかはしける

  權中納言定賴

春雨に花さきしよりあきかせにもみちちるまて物をこそ思へ

  冬夜戀といふ叓を

  前右近大將公顯

霰ふりならのおち葉にかせふきてものこひしらにさ夜そふけゆく

  戀哥の中に

  從一位敎良女

をのつからかよふ玉つさそれたには[もイ]かきたえぬへくみえまさる哉

  從二位隆博

うき中のなさけまちみる玉つさよさすかかよふも哀いつまて

  式部卿親王

何にかは[くイ]いまはなくさの濱ちとりふみつたふへきたよりたになし

  永福門院

人やかはる我こゝろにや賴みまさるはかなきこともたゝつねにうき

  民部卿爲世

數ならぬゆへと思へはたちかへりひとのとかにも身をそうらむる

  自性法師

こひしさをたかとかとてかかこつへきうさ[きイ]をはひとのうきになすとも

  從三位親子

心のみかよふなかとはなりぬれとうき關もりのたゆむよもなし

  謙德公のもとにつかはしける

  讀人不知

忘れなん今はとおもふ時にこそありしにまさるもの思ひはすれ

  ある女と行末まてのことをちかひ契りて後いかゝ有けんよみ侍ける

  實方朝臣

ちかひてしことそともなく忘れなはひとのうへまて歎くへきかな

  題しらす

  和泉式部

身のうさもひとのつらさもしりぬるをこはたかたれをこふるなるらん

  西行法師

うちたえて君にあふ人いかなれや我身もおなし世にこそはふれ

  前大納言爲家

戀しさもみまくほしさも君ならてまたはこゝろにおほえやはする

  新院御製

うきこともわか身にむけてことわりと思ひなすにはうらみしもなし

  前大納言爲兼

をりをりのこれやかきりもいくおもひそのあはれをはしるひともなし

  從三位爲子

いかにせん人のつらさはまさりゆくよしやさらはと思はれはせす

  永福門院内侍

きゝみるもさすかに近きおなしよにかよふこゝろのなとかはるけ[へイ]き

  前參議家親

我もかく身にしたかはぬ心もてひとのかはるをなにかうらむる

  登蓮法師

うき人にうしとおもはれん人もかなおもひしらせておもひしられん

  歎く叓ありて籠り居て侍ける人のもとにつかはしける

  前大納言爲家

おほかたのさらぬならひのかなしさもあるおなしよのわかれにそしる

  返し

  安嘉門院四條

はかなさはあるおなし世もたのまれすたゝめのまへのさらぬ別に

  題しらす

  忠峯

鳥ならはあたりの木ゝにこつたひてわひたるこゑになかましものを〇

  忘るなとのみいひける人の返事に

  和泉式部

いさやまたかはるもしらすいまこそはひとのこゝろをみてもならはめ

  戀哥の中に

  左大臣

うれしきは思ふかきりはいはれねとつらきはふかくうらみられけり

  從三位親子

かきりあれはこれよりうさのさのみやと思ひしうへにいく色かそふ

  前關白太政大臣

おもひあまりこれもいかなるむくひそとわかさきの世のつらくもあるかな

  前内大臣

稀にとふ契りもひとのなさけかはわかつれなくてまてはこそあれ

  稀逢戀

  藤原冬隆

まさるかたのとたえもさすかありけりと稀なる夜はのなさけにそしる

  題しらす

  平政村朝臣

ちきりしもつらさにかはるなかなれはうきもこゝろのはてそまたるゝ

  後德大寺前太政大臣女

さまさまにゆくすゑかけしかねこともたゝ時のまのなさけなりけり

  大藏卿隆敎

たちかへり又もしやとも賴まれすうききはみせしひとの契りは

  西行法師

いまよりはあはてものをはおもふとも後うきひとに身をはまかせし

  かくれてさらにあはさりける女につかはしける

  藤原道信朝臣

絕えなんと君かしけるをしらすしてまたむかしとも思ひけるかな

  三十首哥めされし時恨戀を

  院御製

我もひともうらみたちぬるなかなれは今はさこそと哀なる哉

  新院御製

よしさらはうらみはてなんと思ふきはに日比覺えぬあはれさそそふ

  永福門院

かくはかりうきかうへたに哀なりあはれなりせはいかゝあらまし

  從三位爲子

あはれにもことゝをくのみなり行よ人のうけれは我もうらみて

  前大納言爲兼

ことのはに出しうらみはつきはてゝこゝろにこむるうさになりぬる

  權大納言冬基

たえすたゝうきたひことにうらみやらんけにもと思ふ折もこそあれ

  變契戀

  尚侍藤原珼子朝臣

これも又なさけみるよになりやせん契りしすゑもまことならねは

  入道前太政大臣[公]女

さてもたゝおもひならひし哀にてつらさはやすくよはりゆくかな

  從三位親子

日ころよりうきをもうしとえそいはぬけに思はすもなるかと思ふに

  東三條入道攝政かれかれになりてかよふ人有かなと申て侍けれは

  前右近大將道綱母

いまさらにいかなる駒かなつくへきすさへぬ草とのかれにし身を

  久しくをとせぬ人にわすれ草にさしてつかはしける

  伊勢大輔

あれにける宿の軒はのわすれ草かくしけれとは契らさりしを

  戀哥の中に

  和泉式部

いのちたにこゝろなりせはひとつらくひとうらめしきよにへましやは

  順

いさやまた戀にしぬてふ叓もなしわれをやのちのためしにはせん

  永福門院

よはりはつる今はのきはの思ひにはうさも哀になるにそありける

  戀命といふ叓を人ゝによませ給うけるついてに

  院御製

いくたひのいのちにむかふなけきしてうきはてしらぬ世をつくすらん

  題しらす

  前參議家親

戀しのひさのみしたはて今はたゝ我もわするゝこゝろともかな

  前中納言經親

思ひこめてさてはをかれぬこゝろなれはもしやと人を恨てそみる

  絕不忘戀

さのみかく何かはしたふやすくこそひとはわすれしなかのちきりを

  嘉元百首哥奉りける時恨戀を

  後二條院權大納言典侍

つらからはしたはしとこそおもひしか我さへかはるこゝろなりけり

  やむことなき女のもとにつかはしける

  前中納言匡房

くりかへし思ふこゝろはありなからかひなきものはしつのをたまき

  物申ける女のつほねにこと人の入て侍けれはまからて二日はかりありてつかはしける

  實方朝臣

うきにかく戀しさまさるものならはいさつらからんいかゝおもふと

  恨戀

  院新宰相

かならすもうらみてのちはくやしきをおもひあまれはまたいはれぬる

  題しらす

  權大納言家定

つらさをも忍ひすくさて思ひとりしうらみそたゆるはしめ也ける

  從二位兼行

あらはもしの賴みもいつそうさをのみみきく命のはてそかなしき

  從一位敎良女

またすなるいくゆふくれになかめたへてつれなの身やとさらにしそ思ふ

  五十番哥合に戀夕をよませ給うける

  院御製

たへすならん身をさへかけてかなしきはつらさをかきる今のゆふくれ











Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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