玉葉和歌集。撰者京極爲兼。卷第十戀歌二。原文。
玉葉倭謌集。底本『廿一代集第七』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
玉葉和謌集卷第十
戀哥二
題不知
藤原實方朝臣
なかむるをたのむことにてあかしてきたゝかたふきし月をのみみて〇
月のあかき夜后宮しもにおりさせ給けるに
圓融院御製
てる月のひかりはしはしよそならはおも影にのみまたるへきかな
戀御哥の中に
遊義門院
なかむらんひとのこゝろもしらなくに月をあはれとおもふ夜はかな
大藏卿隆敎
おしますよひと夜はかりの逢ふことにかへん命はさすかなれとも
不言出戀の心を
永福門院
いはしたゝしらはさすかに思ひなすなくさめにこそかゝる賴みを
五十首哥の中に忍待戀
前大納言爲兼
ひともつゝみ我もかさねてとひかたみたのめし夜はゝたゝ更そゆく
從三位為爲子
まちかほに人にはみえしとはかりに淚のとこにしほれてそぬる
題しらす
前參議爲相女
まとろまんこゝろもなくて待よひにやすくしつまる人さへそうき
夜戀の心を
平重時朝臣
おもひあれはたのめぬ夜はもねられぬを待とや人のよそにみるらん
戀哥とて
一品資子内親王
夢路にはなこその關もなしといふに戀しきひとのなとか見えこぬ
相摸かもとにつかはしける
讀人しらす
ひとのうへとみしつれなさのいまはまたわれになりても歎かるゝかな
かへし
相摸
つれなしと見つゝつれなくしのふまに我もつれなき名をそたちぬる
題しらす
度會常良
逢叓のむなしき名のみのこし置て身はなき數に聞やなされん
皇太后宮大夫俊成戀しともいはゝをろかになりぬへし心をみすることのはもかなと申て侍ける返事に
よみ人しらす
戀してふいつはりいかにつらからんこゝろをみすることのはならは
題しらす
人麿
かさゝきのはねに霜ふりさむき夜をひとりかねなん君をまちかね
大津皇子
あしひきの山のしつくにいもまつとわれたちぬれぬ山のしつくに〇
堀川中宮をそくまいらせ給けるに
圓融院御製
おほかたの春はきぬるにいかなれはしたまつ花のをそく咲らん
待戀の心を
院御製
ちきりしをわすれぬこゝろそこにあれやたのまぬからにけふの久しき
くらしかたきけふのなかめのこゝろにてまたぬいくかをいかて過けん
前大納言爲兼
まつことの心にすゝむけふの日はくれしとすれやあまりひさしき
永福門院
をとせぬかうれしきおりも有けるよ賴みさためて後のゆふ暮
院新宰相
こよひそとまつゆふくれの玉つさはまたさはるかとあけまくもうし
夕戀の心を
今上御製
思ひたえてまたぬもかなし待もくるし忘れつゝある夕くれもかな
掌侍遠子
契しをよもと賴まぬこのゆふへまつとはなしにしつこゝろなき
契不來戀といふ叓を
前參議能淸
こぬひとをさらにうらみはちきりしをたのみけりとや思ひなされん
暮にと契り侍ける男のをとつれ侍らてよへはあしわけなることのありてなんこよひかならすと申たりける返事に
小侍從
いかたおろす杣やま川の淺きせはまたこのくれもさこそさはらめ
契戀
九條左大臣女
ことのははたゝなさけにも契るらん見えぬこゝろのおくそゆかしき
待戀
院御製
さのみやとけふのたのみに思ひなせはきのふのうさそ今はうれしき
こよひとへや後のいく夜はいくたひもよしいつはりにならはなるとも
左近大將實泰
をのつからいつはりならぬことのはもあらはとたのむ夜さへふけぬる
三十首御哥の中におなし心を
新院御製
ふけさらんそのうれしさのあすよりもこよひのうちの時のまもかな
題しらす
朔平門院
今のまもいかにか思ひなりぬると待よひしもそしつ心なき
左近中將道輔
たのめをきしこよひはかりもせめてまつかはるなかはるこゝろなりとも
嘉應二年十月法住寺殿ゝ上哥合に臨期變約戀
大納言實家
佗つゝはいつはりにたにたのめよと思ひしことをこよひこりぬる
宮つかへし侍ける人をけさうし侍けるにいまみつからなといひてせうそこもせてまかり出にけれはつかはしける
實方朝臣
思へ君ちきらぬよひの月たにも人にしられていつる物かは
戀哥の中に
躬恒
さみたれのたそかれ時のつき影のおほろけにやはわれひとをまつ〇
思ふ叓侍けるころ月のあかきをみて
相摸
ひとしれすひとまたさりし秋たにもたゝにねられし月の比かは
題しらす
赤人
ま袖もてゆかうちはらひ君まつとをおりつるほとに月かたふきぬ
伊勢
まつ人のみえぬからにやさ夜ふけて月のいるにもねはなかるらん
小辨
ことに出てまつとはいはしをのつからいさよふ月にまかせてをみん
月前待戀
關白前太政大臣
身をさらぬおも影はかりさきたちてふけゆく月にひとそつれなき
前大納言經任
またぬたにくるれはいつる山のはのつきをつれなきひとにみせはや
平熈時
まちわひてなみたかたしくそてのうへにこぬよのつきのかけそふけゆく
前大納言爲兼
とはむしも今はうしやの明かたもまたれすはなき月の夜すから
戀哥とて
前參議爲相女
月そうきかたふく影をなかめすはまつ夜のふくる空もしられし
永福門院
賴めねは人やはうきと思ひなせとこよひもつゐに又明にけり
九條左大臣女
猶こりすたのむかさしもうきゝはのこよひをみてもあすの夕くれ
從三位親子
いつはりにひとなたのめそ今やとも待ほとはしも思はれはこそ
今上御製
わか思ひなくさまなくに何しかもこぬ物ゆゑに賴めをきけん
戀五十番哥合に
從三位爲子
待よはり今はと思ひなるほとよ鐘よりのちに鳥もこゑして
延政門院新大納言
思ひしほれぬるとしもなき時のまに閨のひまさへしらみはてぬる
題しらす
新陽明門院兵衞佐
ふけはつる鐘よいまはのかなしさをしらてつれなきひとや聞らん
依雨增戀といふ叓をよみ侍ける
小侍從
たのめしを待夜の雨の明かたにをやむしもこそつらくきこゆれ
物思ひあかして見いたしたるによるふりける雨のなこり見えて木ともに露のかゝりたるをみて
前右近大將道綱母
夜のうちはまつにも露はかゝりけりあくれはきゆる物をこそ思へ
題しらす
人麿
たれかれと我をなとひそ長月のつゆにぬれつゝ君まつわれそ
あすの夜を賴むる戀といふ叓を
民部卿成範
おほつかなこよひはたれとちきりてかあけなん暮をまてといふらん
待戀の心を
章義門院
よしこよひとはてもさらは明なゝんあすより人を恨はつへく
關白前太政大臣
ふけぬれと猶もちきりのすゑなれはうきにはなさて人そまたるゝ
後深草院辨内侍
眞木の戶をさすなといひてたのめしもあらぬつらさに明るしのゝめ
寄鳥戀
入道前太政大臣
うきをしるもいく曉になりぬらんこよひもはやく鳥なきぬなり
女のもとにをとつれ侍らて又の日つかはしける
藤原家經朝臣
いはてもやあられぬへきのこゝろみにきのふの空はくらしかねてき
三條右大臣のむすめの女御にたまはせける
延喜御製
くるほとの久しきからに思ひやるかたさへなくもなりぬへき哉
御返し
女御藤原能子
とふほとのはるけき山のほとゝきすなくをも人はきかすやあるへき
題しらす
女御徽子女王
かすか野の雪のした草ひとしれすとふひありやと我そまちつる
紀皇女
かるの池のいり江めくれる鴨すらに玉ものうへにひとりねなくに
前左近大將朝光
あたにのみ君かむすへるしたひものとくるを人にしらせさらなん
初遇戀の心を
皇太后宮大夫俊成
ときかへしゐての下帶[したおひ][下草イ]ゆきめくりあふせうれしき玉川の水
左近大將實泰
こひこひてあひみる夜はのうれしきに日比のうさはいはしとそ思ふ
前中納言忠房
いかにして日ころのうさのかきりをも逢夜のうちにいひつくさまし
題しらす
よみ人しらす
とをつまと枕かはしてねたる夜は鳥の音なくなあけはあくとも
人麿
秋の夜をなかしとおもへとつもりにし戀をつくせはみしかゝりけり
遇戀といふ叓を
小辨
もの思ひはけさこそまされつらかりしことはことにもあらぬ也けり
別戀
延政門新院大納言
よひのまのたゝ時のまの別れにて鳥のねかこつうさまてもなし
百首哥の中に
後京極攝政前太政大臣
あかつきの嵐にむせふ鳥のねに我もなきてそおきわかれゆく
光明峯寺入道前攝政家戀十首哥合に寄弓戀
前大納言爲家
引とめよ有明の月のしらま弓かへるさいそく人のわかれ路
寄帶契戀
正三位重氏
むすひおくちきりわするなしたおひのしたにそふかく我は賴みし
題しらす
よみ人しらす
わかるへき時かやされはかきくらすわか淚にはあけぬ夜の空
源賴貞
あかつきのわかれのきはにしられけりまたとおもはぬひとのけしきは〇
後朝戀の心を
前大僧正道昭
時のまのあふうれしさのほともなく名殘をしたふ淚にそなる
別戀
朔平門院
いまはとておきてわかるゝ床の上にとまる枕もくれやまつらん
從三位宣子
きぬきぬにわかれかねつるやすらひにあけ過ぬへき歸るさの道
永福門院内侍
わかれ路のなこりの空に月はあれと出てつるひとの影はとまらす
眞昭法師
ゆくもぬれとまるもしをる袖なれはきぬきぬにこそ月もわかるれ
院新宰相
うれしきにうきはそひけるならひかな待みしよひに今の別路
戀哥の中に
兵部卿元良親王
あはぬ夜は戀つゝもねきあかつきのわかれの道になとまとふらん
前參議雅有
みちすからわれのみつらくなかむれと月はわかれもしらすかほなる〇
後法性寺入道前關白家に百首哥よませ侍ける中に
皇嘉門院別當
歸るさはおも影をのみ身にそへてなみたにくらす有明の月
題不知
和泉式部
おきてゆくひとはつゆにもあらねともけさはなこりのそてもかわかす
嘉元百首哥奉りけるに曉別戀
法印定爲
きぬきぬの袂にのこるつゆしあらはとめつる玉のゆくへとも見よ
忍ひたる所より歸りてひるつかたよみ侍ける
前左近大將朝光
しら露の日たくるまゝにきえゆけはくれまつ我もいかゝとそ思ふ
後朝に女のもとへつかはしける
皇太后宮大夫俊成
いかにせんいかにかせましいかにねておきつる今朝のなこりなるらん
返し
よみ人しらす
いかにみしいかなる夢のなこりそとあやしきまては我そなかむる
後朝戀
常盤井入道前太政大臣
なけきわひむなしくあけし空よりもまさりてなとかけさはかなしき
齋宮女御入内の後のあしたにたまはせける
天曆御製
おもへとも猶あやしきは逢叓のなかりしむかしなに思ひけん〇
曉の時雨にぬれて御名野もとより歸りてあしたにつかはしける
前齊納言爲家
歸るさのしのゝめくらきむら雲もわか袖よりやしくれそめつる
返し
安嘉門院四條
きぬきぬのしのゝめくらきわかれ路にそへし淚はさそしくれけん
題しらす
永福門院
つねよりもあはれなりつる名殘しもつらきかたさへけふはそひぬる
けさのなこりはれぬ夕へのなかめよりこよひはさてや思ひ明さん
前右近大將家敎
明やすきひとのわかれをうらみしにわかあかつきの今は久しき
八月はかりにまうてきたりける人の竹の葉に露をきたるかたかきたる扇をおとして侍けるを程へて返しつかはすとて
和泉式部
しのゝめにおきてわかれし人よりはひさしくとまる竹の葉の露
夕戀
遊義門院
なきなけきさも人こひてなかめしと思ひいてよゝ夕くれの空
從三位親子
こゝろにもしはしそこむる戀しさの淚にあまるゆふくれのそら
一條内大臣
いつはりのつらきゆふへをかさねてもこゝろよわくそひとはこひしき〇
題しらす
平國時
戀しさのなくさむかたとなかむれはこゝろそやかて空になりゆく
後京極攝政家哥合に
前中納言定家
こひわひてわれとなかむるゆふ暮もなるれはひとのかたみかほなる
百首哥の中に
和泉式部
つれつれとそらそみらるゝ思ふひとあまくたりこ[けイ]んものならなくに
いまのまの命にかへてけふのことあすのゆふへをなけかすもかな
戀哥の中に
前參議雅有
あはれわか思ひのたゆむ時もかなねさめもつらし夕くれもうし
淸輔朝臣
そなたより吹くる風そなつかしきいもかたもとにふれやしぬらん〇
寄雨戀を
前大僧正慈鎭
雲とつる宿の軒はのゆふなかめこひよりあまる雨のをとかは
永福門院
つねよりもなみたかきくらすおりしもあれくさ木をみるも雨のゆふくれ
題しらす
女御藤原生子
雨もよにふりはへとはん人もなしなきにをとりていける身そうき
雨夜戀といふことをあまたよませ給うける中に
院御製
よるのあめのをとにたくへる君なれやふりしまされは我こひまさる〇
寄獸戀
常盤井入道前太政大臣
なけかすはねなましものをよひよひにやすくふすゐのとこならすとも
人と物かたりしてゐたるに人のまうてきあひてふたりなから歸りけるにつかはしける
和泉式部
なか空にひとり有明の月をみて殘るくまなく身をそしりぬる
五十首哥の中に寄月戀を
朔平門院
賴めてもひとの契りはむなしきにこととふ月そ袖に夜かれぬ
永陽門院少將
あはれにもめくりあふ夜のつきかけをおもひいれすやひとは見るらん
おなし心を
別當
うくつらきひとのおも影わかなみたともにそうかふ月の夜すから
六帖の題にて哥よみ侍けるに日比へたてたるといふ叓を
前大納言爲家
みか月のわれてあひみしおも影の有明まてになりにけるかな
人のとりかくされて侍けるにもと時ゝ物申ける男のもとより思はすに雲かくれぬる月影のたえまもあらは見えよとそ思ふと申て侍けれは
よみ人しらす
うき雲のよそになりにし月なれはたえまありともみえしとそ思ふ
戀哥の中に
二品法親王覺助
わか袖はなみたありともつけなくにまつしりかほにやとる月哉
天曆御時遙にみゆる月影のと有ける御返事に
更衣源訶子
つき影に身をやかへまし思ふてふひとのこゝろにいりてみるへく
月前戀を
西行法師
あはれとも見るひとあらは思はなん月のおもてにやとすこゝろを
從三位爲子
こひうれへひとりなかむる夜はの月かはれやおなし影もうらめし
十首哥に寄月戀といふ叓をよませ給うける
院御製
よもすからこひなくそてにつきはあれとみしおもかけはかよひしもこす
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