玉葉和歌集。撰者京極爲兼。卷第九戀歌一。原文。



玉葉倭謌集。底本『廿一代集第七』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。





玉葉和謌集卷第九

 戀哥一

  題不知

  紀友則

おもへともはかなきものはふく風のをとにもきかぬこひにそありける

  初戀の心を

  大納言實家

わかこゝろかゝらはいかゝありへんときのふけふにてしられぬるかな

  入道前太政大臣家に十首哥よませ侍けるにおなし心を

  前大納言爲氏

今よりの淚のはていかならん戀そむるたに袖はぬれけり

  齋宮女御いまた參り侍らさりける時櫻につけてつかはさせ給ける

  天曆御製

吹風のをとにきゝつゝさくら花めにはみえすも過る春かな〇

  人の許につかはしける

  淸少納言

たよりある風もやふくとまつしまによせてひさしきあまのはし舟

  題しらす

  貫之

そのことゝいはぬなみたのわひしきはたゝにたもとのぬるゝなりけり

  思ふこと侍ける比いなりの社にまうてゝ讀侍ける

  參議篁

ひとしれぬこゝろたゝすの神ならはおもふこゝろをそらにしらなん

  百首哥の中に

  雅成親王

津の國の浦のはつしまはつかにもみなくにひとの戀しきやなそ

  戀哥とて

  權中納言長方

ひとしれぬこゝろのうちのかねことをむなしくなさぬゆくすゑもかな

  式子内親王

おもふよりみしよりむねにたく戀をけふうちつけにもゆるとやしる

  廣義門院

契りありてあひみんことも[をイ]しらぬ世にはなかくひとをおもひそめぬる

  前右近大將公顯

まよひそむるこゝろひとつの行衞しもわれにてしらぬ身の思ひ哉

  題しらす

  前大納言爲家

おち瀧津をとにはたてしよしの河みつのこゝろはわきかへるとも

  嘉元百首哥に

  前關白太政大臣

あちきなくなみたはかりはもらさはやたれゆゑぬるゝ袖と見えすは

  三十首哥めされし時忍戀の心を

  入道前太政大臣

蘆の屋のしのひにもゆる我おもひさそともひとにいふひまそなき

  從三位爲子

いかにせんかくとはひとにいひかたみしらせねはまたしる道もなし

  從一位敎良女

おもひよはり身こそはたへすなるとてもひとのしのはん名をはもらさし

  おなし心を

  藤原爲守女

よるとてもこゝろのまゝにねはなかし枕ならふるひともこそしれ

  延政門院新大納言

見し夢を我こゝろにも忘れはやとはすかたりにいはれもそする

  題しらす

  人麿

こゝろにはちへにおもへとひとにいはぬわか戀つまはみるよしもなし

  よみ人しらす

あき萩の花ののすゝきほにいてす我こひわたるかくれつまはも

  小野小町

春雨の澤にふることをともなくひとにしられてぬるゝ袖かな

  戀哥の中に

  西行法師

あま雲のわりなきひまをもる月の影はかりたにあひみてしかな

  相摸

いかにせんみこもりぬまのしたにのみしのひあまりていはまほしきを

  業平朝臣

あしへこくたなゝしを舟いくそたひゆきかへるらんしるひとを[もイ]なみ

  躬恒

したにのみもえわたれとも年をへてわか思ひをはけつひともなし

  千五百番哥合に

  後鳥羽院宮内卿

我こひはひとしらぬまのあやめ草あやめぬほとそねをも忍ひし

  忍戀の心をよませ給うける

  遊義門院

しのふともつひにいろにやあらはれん常にはものをおもふ身なれは

  光明峯寺入道前攝政家戀十首哥合に寄衣戀といふことを

  從二位家隆

いかにしてゆきてみたれんみちのくの思ひ忍ふのころもへにけり

  源家長朝臣

つゝみあくる袖のなみたのいつみかはくちなむはてはころもかせ山

  いもうとのおかしきを見て書つけて侍ける

  參議篁

なかにゆく吉野の川はあせなゝんいもせの山をこえてみるへく

  返し

  參議峯守朝臣女

いもせ山かけたにみえてやみぬへくよし野のかははにこれとそ思ふ

  寶治二年百首哥奉りけるに寄煙戀

  從三位行能

身にあまるおもひや空にみちのくのしのふかひなくたつけふりかな

  忍戀の心を

  權中納言兼季

おもふとはいろにいてしとしのふにそくるしきことは猶まさりける

  前大納言爲兼

さらにまたつゝみまさるときくからにうさ[きイ]戀しさもいはすなる比

  永陽門院少將

我もつゝみ君もしのひていはぬまのつもるつき日そかこつかたなき

  蓮生法師

いまはたゝおもふこゝろをのこりなくしらするほとのことのはもかな

  戀哥の中に

  從三位季子

おもふほとはうへにしらせぬ文のうちも猶つゝまれて書そさしぬる

  院御製

人まもとめかくとしもなき玉つさを淚なからそをしつゝみぬる

  不逢戀の心をよみ侍ける

  後京極攝政前太政大臣

初瀨川ゐてこす波の岩のうへにをのれくたけて人そつれなき

  いかてたゝひとたひたいめんせんといひたる人に

  和泉式部

よゝをへてわれやはものをおもふへきたゝひとたひのあふことにより〇

  戀哥とて

  淸原深養父

何か世にくるしきものとひととはゝあはぬこひとそいふへかりける

  左大將濟時の女に文つかはしけるを今はないひそと申けれは二三日ありていひつかはしける

  藤原道信朝臣

思へともたえねといひし山かはのあさましくこそ忘れかたけれ

  年をへてつれなく侍ける女に

  平忠度朝臣

うらみかねそむきはてなんと思ふにそうき世につらきひともうれしき

  戀哥の中に

  賀茂重保

かくはかりつれなき人とおなし世にうまれあひけんことさへそうき

  從三位爲子

うき人よわれにもさらはをしへなむあはれをしらぬこゝろつよさを〇

  不逢戀と云叓を

  廣義門院

つゐにされはさてこの世をはすくせとや思ふこゝろを契りにはして

  前大納言爲兼

うらみしたふひといかなれやそれは猶あひみてのちのうれへなるらん

  順

あはれてふことの葉もこそきこえくれまたて消えなん露のかなしき

  題しらす

  坂上郎女

おもへともしるしもなしとしるものをなにかかはかりわか戀わたる

玉ほこの道ゆきふりに思はさるいもをあひみてこふる比かも

  生田の海に身なけ[けイ入]る女のけさう人の二人なからおなしくつみたる叓を人ゝ哥によみけるに

  辨乳女

をくれてはいくたのうみのかひもなししつむみくつとともに成なん

  前參議經盛つねに申かはしけるか久しく音つれさりけれは

  小侍從

わするゝはおなしうき名のこれはたゝくやしきことのそはぬはかりそ

  返し

  前參議經盛

くやしさのそふはかりたになれにせは忘るゝまてにとはさらめやは

  女につかはしける

  前中納言匡房

あふ叓のこの世なからはかたからは後の世とたに契りてしかな〇

  延喜十三年亭子院哥合に

  よみ人しらす

あはすしていけらんことのかたけれは今はわか身をありとやは思ふ

  題不知

  貫之

あひみすてわか戀しなん命をはさすかにひとやあはれと思はん

  弘長百首哥に不逢戀といふ叓を

  常盤井入道前太政大臣

をくつゆの玉つくり江にしけるてふあしのすゑ葉のみたれてそ思ふ

  嘉元百首哥奉けるにおなし心を

  後二條院權大納言典侍

かた絲のあはすはなけの哀たにせめてはかけよ玉のをにせん

  前中納言經繼

かひなしや山とりのおのをのれのみこゝろなかくは戀わたれとも

  平宗宣朝臣すゝめ侍ける住吉社の卅六首哥の中に不逢戀

  從三位爲子

いつをいかに待みよとたに契らぬにたのむるこゝろさもそつれなき

  戀哥とて

  藤原宗緒朝臣母

かけはかり見しをかことのちきりにてむすはぬ中の山の井の水

  大江忠成朝臣女

うきひとをみぬめの浦のあた波はさのみかけてもなに思ふらん

  前大納言實敎

うきなかはあら磯波のうつせ貝おもひよらすは身をもくたかし

  題しらす

  祝部成賢

いかにしてたれもゆきゝのあふ坂にひとにしられぬ道たつねまし

  思ふ叓侍けるころ逢坂の關をこゆとてよみ侍ける

  前大納言隆房

いそきてもかならすひとにあふさかのせきにしあらはうれしからまし

  不遇戀を

  前參議雅有

いたつらにふけもゆくかなせめてたゝこれをまつ夜のかねときかはや

  あやしきこといひける人につかはしける

  小町

むすひきといひけるものをむすひまついかてか君にとけてみゆへき

  躬恒

あふことをいまやいまやとまつのきのときはにひとをこひわたるかな

  重之女

戀しなはわすれぬへきをさすかなる命はかりにものをおもふかな

  順

つらくともわすれすこひんかしまなるあふくま川のあふせ有やと

  前參議雅有

おりおりはおもふこゝろもみゆらんをつれなやひとのしらすかほなる

  昭訓門院權[一字イニナシ]大納言

契りたにあらはと賴むはかなさよかくてやさきの世とも過けん

  不逢戀の心を

  安嘉門院四條

さきの世にたれむすひけんしたひものとけぬつらさを身の契とは

  藤原親方朝臣

さきのよにひとのこゝろをつくしける身のむくひこそ思ひしらるれ

  式部卿親王家にて題をさくりて哥よみ侍けるにおなし心を

  平國時

あふとみるそのおも影の身にそはゝ夢路をのみや猶賴むへき

  戀哥の中に

  藤原爲定朝臣

よしさらはおもひもよはれよそなからあるかひもなきいのちなかさは

  見戀

  高階宗成朝臣

我戀はいせおのあまのかりてほすみるめはかりを契なれとや

  戀哥の中に

  前參議實俊

夕くれは思ひそいつる雲間ゆく月のほのかにひとを見しより

  吹田温泉にて鶴のなくを聞て

  大納言旅人

ゆのはらになくあしたつは我ことくいもにこふれや時わかすなく

  題しらす

  三方沙彌

たちはなのかけふむ道のやちまたにものをそおもふいもにあはすして

  坂上郎女

うちわたすたけたのはらに鳴たつのまなし時なしわかこふらくは

  山上憶良

なくさむるこゝろはなしに雲かくれなきゆく鳥のねのみしるかな

  素性法師

うちたのむ君かこゝろのつらからは野にも山にもゆきかくれなん

  忠峯

あひおもはぬひとのこゝろはやまなれやいはほよりけにうこかさるらん

  つらゆき

雨やまぬやまのあまくもたちゐにもやすきそらなく君をこそ思へ

  讀人不知

なか月のそのはつかりのたよりにもおもふこゝろはきこえこぬかも

  火のちかきとふらひにきたる人に

  前大納言忠良

もゆれとも胸のおもひはかひもなしけふりを見てそひともとひける

  つれなかりける女につかはしける

  前中納言定家

忍ふともこふともしらぬつれなさにわれのみいくよ歎てかねん

  返し

  よみ人しらす

しのはれす戀すはなにを契りとかうきにそへたるなけきをもせん

  何となくいひかはしける女にしたしきさまになるへきよしをいはせ侍て後心をきたるさまに見えけれは

  平忠度朝臣

いとはるゝかたこそあらめ今更によそのなさけはかはらさらなん

  戀の心を

  平長時

すまのあまの鹽たれころも波かけてよるこそ袖もぬれまさりけれ

  二條院御時聞增戀といふ叓を人ゝによませさせ給ける時つかうまつりける

  皇太后宮大夫俊成

いもかうへは柴のいほりの雨なれやこまかにきくに袖のぬるらん

  寄烟戀の心を

  前大僧正慈鎭

もしほやく浦のけふりを風にみてなひかぬ人のこゝろをそおもふ

  戀御哥の中に

  院御製

風のをとのきこえて過るゆふくれにわひつゝあれととふひともなし

  遊義門院

夕くれはかならすひとをこひなれて日もかたふけはすてに悲しき

  延喜十三年亭子院哥合の哥

  よみ人しらす

あしまよりなにはのうらをゆく舟のつなてなかくも戀わたるかな

  題しらす

  人麿

わきもこにこひてすへなみ夢にみんと我はおもへといこそねられね〇

  淸槇公の女につかはしける

  西宮前左大臣

いとふてふことの葉をたにつゆはかり見まくほしきや何の心そ

  堀河院中宮の哥合に戀

  藤原仲實朝臣

おもひかねつれなきひとのはてみんとあはれいのちのおしくも有かな

  戀哥の中に

  奨子内親王

とにかくにこゝろひとつをつくしきていつをおもひのはてとかはせん

  藤原俊言朝臣

身にそはゝなくさみぬへきおも影になと戀しさのなをまさるらん

  前大納言基良女

あふまてと思ふたのみをいのちにてつれなくすくす我そはかなき

  延喜御時よしありときこしめす人をあしく思ふ人のきこえさせうとむとてあたなる名をなんたつと聞て

  よみ人しらす

おもほえす我になき名のたつたかはなかるゝみつをかへしてしかな

  なき名たちける比

  和泉式部

ぬきすてんかたなきものはからころもたちとたちぬる名にこそありけれ

  寄川戀

  永福門院

なみた川うき名はかりをなかしても身はうたかたのまつやきえなん

  光明峯寺入道前攝政家戀十首哥合に寄莚戀

よしさらはなみたのしたにくちもせよ身さへなかるゝとこのさむしろ

  あまた人の申ときく女につかはしける

  輔親

うしろめた風のさきなるもかり舟いつれのかたによらんとすらん

  戀哥とて

  藤原景綱

つれなさのかきりをみんと思ふにそうきにもをしき命なりける

  男のもとより思ふはかりはよもなと申をこせて侍けれは

  よみ人しらす

思ふらんこゝろのほとをいかにしてこゝろに心かへてしらまし

  返し

  前左兵衞督惟方

身をわけておもふなかには何とてかこゝろはかりをかへてしるへき

  初言戀の心を

  前大納言爲家

いまこそはおもふあまりにしらせつれいはてみゆへき心ならねは

  近江更衣に給はせける

  延喜御製

うきてこそなかれいつれとなみた川こひしき瀨ゝにあはすもある哉

  御返し

  更衣源周子

思ひ出ぬ時はなけれとしたひものなととけすのみむすほゝるらん

  天智天皇よりいもかあたりたえすも見んとやまとなるおほしまみねにいゑゐせましやと侍けれは

  鏡王女

あきやまのこのしたかくれゆくみつのわれこそまされ思ふ心は









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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