玉葉和歌集。撰者京極爲兼。卷第六冬歌。原文。



玉葉倭謌集。底本『廿一代集第七』是大正十四年十月十四日印刷。同十八日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。





玉葉和謌集卷第六

 冬哥

  久安六年崇德院に百首哥奉りける時

  藤原淸輔

やまかつの蓬か垣も霜かれて風もたまらぬ冬はきにけり

  冬哥の中に

  入道前太政大臣

うちしくれたゝよふ雲の山めくりはやくも冬のけしきなる哉

  従一位敎女

夕くれのあはれは秋につきにしをまた時雨してこの葉ちる比

  久安百首哥に

  花園左大臣家小大進

ねさめするとこにしくれはもりこねとをとにも袖のぬれにける哉〇

  閑居時雨を

  西行法師

をのつからをとする人もなかりけり山めくりするしくれならては

  百首哥の中に

  前中納言定家

しくるゝもをとはかはらぬ板まよりこの葉は月のもるにそありける

  後鳥羽院に五十首哥奉りける時

  宮内卿

時雨つる木のした露はをとつれてやま路のすゑに雲そなりゆく

  冬哥とて

  後九條前内大臣[基家]

風むせふひはらのしくれかきくらしあなしのたけにかゝるむら雲

  山時雨といふ叓をよませ給うける

  後嵯峨院御製

吹過るひはらの山の木からしにきゝもわかれぬ村しくれかな

  おなし心を

  冷泉前太政大臣

むらしくれ過ゆく峯の雲まより日かけうつろふをちのやまもと

  百首御哥の中に

  後鳥羽院御製

神な月しくれとひわけゆく鴈のつはさ吹ほす嶺のこからし

  山里にまかりてかへらんとしけるに時雨のいたくふれは

  小辨

折りしもあれかへさ物うき旅ひとのこゝろをしりてふる時雨哉

  冬の御哥の中に

  土御門院御製

むらくものたえまたえまに星みえてしくれをはらふ庭のまつ風

  前中納言定家

むら雲のたえまの空ににしたちて時雨過ぬるをちの山のは

  時雨を讀侍ける

  刑部卿賴輔

なかき夜のねさめの窓にをとつるゝしくれは老の友にそ有ける

  從二位隆博

うきてゆく雲間のそらのゆふひかけはれぬとみれは又しくるなり〇

  慈道法親王

染かぬる時雨はよそにすきぬれとつれなきまつに殘る木からし

  心圓法師

あはれなる時を夕へとおもふよりしくれにそひてふる淚かな〇

  冬哥の中に

  正三位經朝

かみな月しくるゝくもをたよりにてくるゝはやすき冬の空かな

  太宰大貮俊兼

ひとむらのしくれをさそふやま風にをくるゝくもはのとかにそゆく

  五十番哥合に時雨をよませ給うける

  院御製

ゆふ暮の雲とひみたれあれてふく嵐のうちに時雨をそきく

  おなし心を

  從二位家隆

淡路嶋[あはちしま]はるかにみつるうき雲もすまの關屋にしくれきにけり

  千五百番哥合に

  大藏卿有家

村雲のすきのいほりのあれまよりしくれにかはる夜はの月影

  冬哥の中に

  大江貞重

をとたつる時雨はやすくすきのやにねさめの袖そぬれて殘れる

  藤原基盛朝臣

うき雲を月にあらしのふきかけて有明の空をゆく時雨かな〇

  永福門院治部卿

嵐ふきこの葉ちりかふゆふ暮に村雲きほひ時雨ふるなり

  前中納言定資

散つもるよもの木の葉にうつもれて秋みしみちはおも影もなし

  題しらす

  前大納言爲家

をのつからそめぬこのはをふきませていろいろにゆくこからしの風

  杜落葉

  從二位隆博

ちりしけるはゝそのもみちそれをさへとめしとはらふもりのしたかせ

  寶治百首哥奉りける時落葉

  前參議忠定

枯はつるおち葉かうへのゆふしくれそめし名殘の色やわすれぬ

  持明院殿にて五十番哥合侍し時冬雲を

  入道前太政大臣

ゆふ日さす峯のしくれのひとむらにみきりをすくる雲の影かな

  題しらす

  よみ人しらす

夕しくれ嵐にはるゝたかねよりいり日にみえてふる木のは哉

人はこす夕への雨はしたゝりてむなしきはしにふる木の葉かな

  冬哥の中に時雨

  前中納言匡房

紅葉ちる夜はのねさめのやま里は時雨のをともわきそかねつる〇

  雨後落葉といふ叓を

  前大僧正慈鎭

しくれつるたかねの雲ははれのきて風よりふるは木葉也けり

  前大僧正守譽

しくれゆくあと[ゆきイ]もはれまはなかりけりこのはふりそふみねのあらしに〇

  百番哥合に

  順德院御製

神無月あらしにましるむらさめに色こきたれてちる木の葉かな

  冬哥の中に

  永陽門院少將

しくれつるそらはゆきけにさえなりてはけしくかはるよものこからし

  前關白太政大臣

外面[そとも]なるならの葉かしは枯おちて時雨をうくるをとのさひしさ〇

  法印憲實

をとつれし山の木の葉はふりはてゝしくれをのこすみねのまつ風

  平宣時朝臣

さそふへき木葉もいまは殘らねははけしくとても山おろしの風

  題しらす

  壬生忠峯[儘]

紅葉ゝのなかるゝ瀧はくれなゐに染たる絲をくるかとそみる

  西行法師

こからしにこのはのおつるやまさとはなみたさへこそもろくなりけれ

  承平七年右大臣家屏風に山里の人の家に釣殿あり水のうへに木葉なかるゝ所

  貫之

やまちかき[とほきイ]ところならすはゆくみつのもみちせりとそおとろかれまし

  大井河逍遥に人にかはりてよめる

  俊賴朝臣

となせよりなかす錦はおほゐ河いかたにつめる木葉なりけり

  題しらす

  惟明親王

このはちるみやまのおくのかよひちはゆきよりさきにうつもれにけり〇

  從三位爲子

枯つもるもとの落葉のうへにまたさらに色にてちる紅葉かな〇

  前右近大將家敎

きゝなれしこすゑのかせは吹かへてにはのこのはのをとさはく也〇

  平貞房

霜のしたのおち葉をかへすこからしにふたゝひ秋のいろをみるかな〇

  弘長百首哥に落葉を

  常盤井入道前太政大臣

おほゐ川あきのなこりをたつぬれはいり江の水にしつむもみちは〇

  河落葉

  法皇御製

たつたかはなかるゝみつもこのころはちるもみちゆへおしくそありける

  題をさくりて哥よみ侍ける落葉埋水と云叓を

  藤原爲顯

雨とふる木の葉つもれる谷かはのみつはまさらて瀨たえしてけり〇

  落葉を

  平宗泰

おちつもるこの葉はかりのよとみにてせかれぬ水そしたになかるゝ〇

  後一條入道前關白左大臣

やまかはのいはまにつもるもみちははさそふみつなきほとそみえける

  千五百番哥合に

  惟明親王

あらし吹やそうちかは[八十宇治川]の波のうへに木の葉いさよふせゝのあしろき[網代木]

  題しらす

  人麿

もみちはをおとすしくれのふるなへに夜さへそさむきひとりしあれは

けふにありてあすは過なん神な月しくれにまよふ紅葉かさゝん〇

  あつまよりのほるとて參河の國みやちの山を十月つこもり過るに紅葉またさかりに見えけれは

  菅原孝標朝臣女

嵐こそ吹こさりけれみやち山また紅葉ゝのちらてのこれる〇

  紅葉に雪のふりかゝりたるか櫻ににたるをみて

  辨乳母

かみなつきもみちにふれるはつゆきはおりたかへたるはなかとそみる〇

  題しらす

  皇太后宮大夫俊成

いつしかと冬のけしきにたつた川紅葉とちませ薄こほりせり

  入道前太政大臣

神な月こすゑのもみちにはのきくあきのいろとはなにおもひけん

  菊宴せさせ給うける

  延喜御製

秋過てのこれるいろも神なつき霜をわけてそおしむへらなる

  延長六年十月女房常寧殿の御前に菊植ける時讀侍ける

  まちしりのこ

をく霜に色はみえねと菊の花こむらさきにも成にけるかな

  冬御哥の中に

  朔平門院

草はみな霜に朽にし冬枯にひとり秋なる庭のしら菊

  左近中將道輔

野へはたゝをさゝはかりのあを葉にてさらてはなへて霜かれのいろ

  百首哥の中に

  式子内親王

さひしさはやとのならひをこのはしく霜のうへともなかめつる哉

  寒樹を讀侍ける

  從三位爲子

葉かへせぬ色しもさひし冬ふかき霜の朝けの岡のへのまつ

  霜のいみしくふりたるあしたならなる子を思ひやりて僧正永緣かもとに申つかはしける

  基俊

ならの葉に霜やをくらんと思ふにもねてこそ冬の夜をあかしつれ

  寒草を

  殷富門院大輔

虫のねのよはりはてぬる庭のおもに荻のかれ葉のをとそ殘れる〇

  月照寒草

  西行法師

花にをくつゆにやとりし影よりもかれ野の月はあはれなりけり〇

  山家冬月といふ叓を

ふゆかれのすさましけなるやまさとにつきのすむこそあはれなりけれ

  題しらす

  右兵衞門督雅孝

しほれふすかれ葉のすゝき霜さえてつきかけこほる有明のゝへ

  前參議家親

おきてみれはあけかたさむきにはのおものしもにしらめるふゆのつきかけ

  野徑霜をよみ侍ける

  平宗宣朝臣

草のうへは猶冬かれの色みえて道のみしろき野への朝霜

  正治二年後鳥羽院に百首哥奉ける時

  前中納言定家

やまかつの朝けのこやにたく柴のしはしとみれはくるゝそらかな

  冬雲を

  永福門院

風のをとのはけしくわたるこすゑよりむら雲さむき三か月の空

  冬哥の中に

  前大納言爲家

しくれふる山のはつかの雲まよりあまりていつるありあけのつき

  前右兵衞爲敎

すみのほる空にはくもるかけもなし木かけしくるゝ冬の夜の月

  有明の月に霜枯の庭を見て

  中務卿具平親王

ひとめさへしもかれにけるやとなれはいとゝありあけのつきそさひしき

  賀茂社へ奉りける百首哥の中に千鳥を

  皇太后宮大夫俊成

かは千とりなれもや物はうれはしきたゝすのもりをゆきかへりなく

  題しらす

  躬恒

けふくれてあすかのかはのかはちとりひにいくせをかなきわたるらん

  家に五十首哥よませ侍ける時

  二品法親王守覺

浦まつの葉こしにおつるつき影に千とりつまとふすまのあけほの

  旅泊千鳥と云叓を

  後京極攝政前太政大臣

をのれたにことゝひこなんさ夜ちとり須磨のうきねにものやおもふと

  千鳥をよみ侍ける

  宗尊親王

うら風のさむくしふけはあま衣つまとふ千とり鳴ねかなしも

  權中納言長方

おきつしほさしての磯の濱ちとりかせさむからし夜はに友よふ

  よみ人しらす

山のはもみえぬあかしの浦ちとりしまかくれゆく月になくなり〇

  寶治二年百首哥めしけるついてに潟千鳥

  後嵯峨院御製

このゆふへしほみちくらしなにはかたあしへのちとりこゑさはくなり

  海邊千鳥と云叓を

  鎌倉右大臣

月きよみさ夜ふけゆけはいせしまやいちしの浦に千とりなく也

  おなし心を

  前參議經盛

あはちしませとのしほ風さむからしつまとふちとりこゑしきるなり

  題しらす

  讀人しらす

さほ川にあそふ千鳥のさよふけてそのこゑきけはいねられなくに〇

  永福門院

河ちとりつき夜をさむみいねすあれやねさむることに聲のきこゆる〇

  前大僧正道玄

あまを舟さしてみちくる夕鹽のいやましになく友ちとりかな

  浦千鳥

  津守國冬

ふゆのよはしほかせさむみかみしまのいそまのうらにちとりなくなり

  千鳥を

  法印源深

ひく波のさそひやかへす友千とりまた磯とをく聲のきこゆる〇

  藤原親盛家哥合におなし心を

  勝命法師

夜舟こくせとのしほあひに月さえてをしまか磯にちとりしはなく

  關路千鳥と云叓を

  平重時朝臣

きよみかたせきのとたゝくうらかせにあけかたかけてなくちとりかな

  潟千鳥

  前大納言爲氏

風さむき吹井[ふけひ]の浦のさよ千とりとをきしほ干の潟になくなり

  冬御哥の中に

  章義門院

とこさえてねられぬふゆのよをなかみまたるゝ鐘のをとそつれなき

  式子内親王

たひまくらふしみの里のあさほらけ苅田の霜にたつ[鶴]そなくなる〇

夕暮に鷺のとふをみて

  前參議雅有

つらゝゐるかりたのおものゆふ暮にやまもととをくさきわたるみゆ〇

  千五百番哥合に

  前京極攝政前太政大臣

あさ日さすこほりのうへのうすけふりまたはれやらぬ淀のかは岸

  氷を

  常盤井入道前太政大臣

ふる川のいり江のみつのあさこほりかよひし舟のあとたにもなし〇

  冬哥の中に

  前大納言爲家

やまかはのみわたによとむうたかたのあはにむすへるうすこほりかな〇

  河氷

  權中納言公雄

はやき瀨はなをもなかれて山かはの岩まによとむ水そこほれる〇

  百首哥の中に冬哥

  光明峯寺入道前攝政左大臣

さゆる夜の池の玉ものみかくれて氷にすける波のした草

  卅首哥奉りし時川氷

  二品法親王覺助

瀧川の岩ねつゝきやこほるらんはや瀨の波の音のよはれる

  九條左大臣女

たゝひとへうへはこほれる川のおもにぬれぬこの葉そ風になかるゝ〇

  題しらす

  平宣直

さゆる夜のこほりのうへにゐるかもはとけてねられぬねをのみやなく

  池水鳥といふ叓を

  廣義門院

朝あけのこほる波まにたちゐする羽をともさむき池のむら鳥

  千五百番哥合に

  參議雅經

淵はせにかはるのみかはあすか川きのふのなみそけさはこほれる

  冬夕山を

  前大納言爲兼

さゆる日のしくれののちの夕やまにうすゆきふりて雲そはれゆく〇

  雪哥あまたよみ侍ける中に

  光明峯寺入道前攝政左大臣

しくれつるとやまのさとのさゆるよはよしのゝたけにはつゆきやふる

  前參議實俊

夜もすから里はしくれてよこ雲のわかるゝ嶺にみゆるしら雪

  左近大將實泰

きのふけふ里はしくれのひまなくてみ山はゆきそはやふりにける

  常盤井入道前太政大臣

岩のうへの苔の衣もうつもれす[てイ]たゝひとへなるけさのしらゆき

  鳥雀群飛欲雪天といふ叓を

  土御門院御製

くもゐゆくつはさもさえてとふとりのあすかみゆきのふる鄕のそら〇

  冬哥の中に

  中務卿宗尊親王

けさみれはとを山しろし都まてかせのをくらぬ夜はのはつ雪

  賀茂久世

見わたせは明わかれゆく雲まより尾上そしろき雪の遠山〇

  朝雪

  一條内大臣

さえこほる雲は晴ゆくあさあけの日かけにみかくゆきの山のは

  山初雪を讀侍ける

  尚侍藤原頊子朝臣

しからきのと山はかりにふりそめて庭にはおそき雪にもあるかな

  雪哥の中に

  關白前太政大臣

ふりつもるこすゑやけさはこほりぬるかせにもおちぬまつのしらゆき

  前參議顯資

空さむき外山の雲は猶とちて里よりはるゝ雪のあさあけ

  冬哥とて讀侍ける

  右大臣

はれそむる雲のとたえのかたはかり夕ひにみかく峯のしら雪

  前大納言爲家

時うつり月日つもれるほとなさよ花みし庭にふれるしら雪〇

  行路雪といふ叓を

  平貞時朝臣

けさは又あとみえぬまてつもりけりわかわけそむるみねのしらゆき〇

  冬哥とて

  前大納言爲氏

くれかゝる夕へのそらに雲さえて山のはゝかりふれるしらゆき〇

  雪哥中に

  左大臣

雪ふれはやまのはしらむ明かたに雲まにのこる月のさやけさ

  前中納言俊光

ふみわけしきのふの庭のあともなくまたふりかくすけさのしら雪〇

  題しらす

  權中納言經平

したこほる深山の雪のけぬかうへにいまいくへとかふりかさぬらん〇

  權大納言家定

枝かはすこすゑに雪はもりかねて木のしたうすき槇の下道〇

  千五百番哥合に

  大藏卿有家

たれかくてすむらんとたにしら雪のふかき太山[みやま]のおくの庵[いほ]かな

  雪をよませ給うける

  後嵯峨院御製

ゆく水にうかふ木葉のひまをなみこほらぬうへもつもる白雪〇

  前大僧正道潤

はやきせの水のうへにはふりきえてこほるかたよりつもるしら雪

  三條右大臣家屏風に

  貫之

篠[さゝ]の葉のさえつるなへに足ひきの山にはゆきそふりつみにける

  題をさくりて人ゝ哥よみ侍し時海邊雪といへる心を

  從三位爲子

しほ風にたちくる波とみるほとにゆきをしきつの浦のまさこち[眞砂ち]

  おなし心を

  前參議隆康

あけわたる波ちのくものたえまよりむらむら白き雪のとを山

  水鄕寒蘆

  右兵衞督基氏

あしの葉もしも枯はてゝなにはかたいり江さひしき波のうへかな

  題しらす

  中務卿宗尊親王

おほゐ河すさきのあしはうつもれて波にうきたるゆきのひとむら〇

  僧正實超

風はらふみきはの蘆のおれかへりなひくすゑ葉は雪もたまらす〇

  前僧正仁澄

よはのあらしはらひかねけりけさみれはゆきのうつまぬまつすきもなし

  名所御哥の中に

  土御門院御製

みやき野やかれ葉たになき萩かえにおれぬはかりもつもるしらゆき〇

  三十首哥めされし時連日雪といふ叓を

  民部卿爲世

したおれの竹のをとさへたえはてぬあまりにつもる雪のひ數に

  曉雪を

  藤原行房

あかつきにつもりやまさる外面[そとも]なる竹のゆきおれこゑつゝくなり〇

  竹雪

  前大納言伊平

吹はらふ嵐はよはるしたおれに雪にこゑある窓のくれ竹

  前大僧正良信

夕ま暮ふるともみえてしら雪のつもれはなひく庭のくれたけ

  百首哥の中に

  前中納言定家

かきくらす軒はの空にかすみえてなかめもあへすおつるしらゆき〇

  五十番哥合に冬雲といふ叓を

  院御製

山あらしのすきの葉はらふ明ほのにむらむらなひくゆきのしら雲

  題をさくりて人ゝ哥つかうまつりけるに原雪を

  從二位隆博

ふりつもるうち野のはらのゆきのうへにわくる朝けの袖のさむけさ

  冬哥の中に

  前中納言爲方

とふひともなくてひかすそつもりぬるにはにあとみぬやとのしらゆき

  藤原貞綱

かさねてもうつみなはてそ稀にとふひとのなさけのあとのしら雪

  前中納言資平

天のかは宿とふ道もたえぬらしかた野のみのにつもる白雪

  古寺冬曉といふ叓を

  藤原景綱

初瀨山をのへの雪け雲はれてあらしにちかきあかつきの鐘

  雪哥の中に

  前大納言爲家

ふるゆきのあめになりゆくしたきえにをとこそまされ軒の玉みつ

  雪後雨と云叓を

  延政門院新大納言

けさのまの雪はあとなくきえはてゝかれ野のくち葉雨しほるなり

  雪を

  法皇御製

しろたへのいろよりほかのいろもなしとをきのやまのゆきの朝あけ〇

  近衞關白前右大臣

ふりはれて月のかけさす庭の雪はうすきもふかくみゆる也けり〇

  消雪といふ心を

  從三位親子

ふりうつむゆきのすかたとみえつるをきえゆくかたそ竹になりゆく

  雪埋竹

  西行法師

雪うつむ園の呉たけおれふしてねくらもとむる村すゝめ哉

  題しらす

  右兵衞督雅孝

へたてつるかきねの竹もおれふして雪にはれたる里のひとむら〇

  冬御哥の中に雪を

  院御製

ほしきよきよはのうすゆき空はれてふきとをすかせをこすゑにそきく〇

  題しらす

  皇太后宮大夫俊成

ゆきふれは道たえにけりよしのやま花をはひとのたつねしものを

  俊成卿人ゝに四季哥よませ侍けるに冬

  權中納言長方

春ならぬ花もみよとやみよしのゝ玉まつかえにふれる白雪

冬の比後夜の鐘のをと聞えけれは峯の坊へのほるに月雲より出て道を送る峯にいたりて禪室[堂イ]にいらんとする時月又雲をおひてむかひの嶺にかくれなんとするよそほひ人しれす月のわれにともなふかとみえれは

  髙辨上人

雲を出てわれにともなふ冬のつき風やみにしむ雪やつめたき〇

  冬御哥の中に

  永福門院

つきかけはもりのこすゑにかたふきてうすゆきしろしありあけのには〇

  夜雪

  民部卿爲世

空は猶また夜ふかくて降つもる雪のひかりにしらむ山のは

  前中納言資髙

こよひ又かせふきさえてきえやらぬきのふの雪にふりそかさなる

  小辨

天の戶のあくる空かとみえつるはつもれる雪のひかりなりけり

  後法性寺入道前關白右大臣に侍ける時家に百首哥よみ侍けるに雪を

  皇太后宮大夫俊成

まきもくのたまきのみやにゆきふれはさらにむかしのあしたをそみる

  雪哥とて

  藤原隆信朝臣

ふりにけるあとにこゝろのとゝまるは髙津の宮のゆきのあけほの

  建保四年内裏にて遠村雪といふ叓をよみ侍ける

  前中納言定家

あともなきすゑ野のたけのゆきおれにかすむやけふりひとは住けり〇

  雪を

  前内大臣

かせはらふこすゑはかりはかつおちてしつえにのこる松のしら雪

  冬哥の中に

  従三位爲子

風の後あられひとしきりふり過てまたむらくもにつきそもりける

  嘉元百首哥の中に霰

  民部卿爲世

うき雲のひとむらすくる山おろしに雪吹ませてあられふるなり

  入道前太政大臣

ひとむらの雲にあられはまつおちぬしくれし空の雪になる比

  左近中將爲藤

あられふる雲のたえまの夕つく日ひかりをそへて玉そみたるゝ〇

  冬哥の中に

  前大納言爲家

あらしふくみやまのいほのさゝの葉のさやくをきけは霰ふるなり

  前大納言爲兼

閨のうへはつもれる雪にをともせてよこきるあられ窓たゝくなり

  弘長百首哥に霰をよみ侍ける

  衣笠前内大臣

吹風のあらちのたかね雪さえて矢田[やた]のかれ野にあられふるなり

  惟明親王家十五首哥に

  前中納言定家

しからきのとやまのあられふりすさひあれゆくころのくものいろかな

  寛元四年五節官應にて侍けるに午日節會はつる程有明の月の光くまなく見え侍けれは

  後深草院少將内侍

こゝのへによをかさねつる雪のうへの有明の月をいつかわすれん

  禁中雪と云へる叓を

  藤原秀長

花ならぬ雪にもつらし朝きよめまたこゝろあれともの宮つこ

  文治六年女御入内屏風に十一月五節のまつりの所

  皇太后宮大夫俊成

をとめ子か雲のかよひち空はれてとよのあかりもひかりそへけり

  六帖題にて人ゝに哥よませさせ給けるに霜月

  從二位兼行

たちましり袖つらねしも昔かなとよのあかりの雲のうへひと〇

  神樂を

  入道前太政大臣

やまもとやいつくとしらぬ里かくら聲するもりは宮井なるらん

  卅首哥めされし時夜神樂

  前關白太政大臣

わすれめや庭火に月の影そへてくもゐにきゝしあさくらのこゑ

  大藏卿隆敎

燒すさふ霜夜のには火かけふけて雲ゐにすめるあさくらのこゑ

  名所百首御哥の中に

  順德院御製

ゆきのうちにふゆはいなはのみねの松つゐにもみちぬいろたにもなし

  雪哥とて

  後法性寺入道前關白太政大臣

年のうちにさける花かと梅かえをおれは袂にかゝるしらゆき〇

  題をさくりて哥つかうまつり侍し時冬木と云叓を

  前大納言爲兼

この葉なきむなしき枝に年くれて又めくむへき春そちかつく〇

  しはすはかりにまへなる梅の木に雪のふりかゝりたるを

  藤原淸正

梅か枝にわきてふらなんしら雪は春よりさきの花とみるへく〇

  佛名を讀侍ける

  前大納言爲家

となへつるみよのほとけをしるへにておのれもなのるくものうへひと

  歳暮の心を

はるあきのすてゝわかれし空よりも身にそふとしのくれそかなしき

  左京大夫顯輔

はかなくてくれぬるとしをかそふれはわか身もすゑになりにけるかな

  常盤井入道前政大臣

としくれてとをさかりゆく春しもそひと夜はかりにへたてきにける

  天慶四年三月内宴[裏イ]御屏風に

  貫之

ゆくつき日かはのみつにもあらなくになかるゝこともいぬる年かな

  後法性寺入道前關白家に百首哥よませ侍けるに歳暮の心を

  後德大寺左大臣

なそもかくつもれは老となる年の暮をはいそくならひ成らん

  おなし心を

  鎌倉右大臣

むは玉のこの夜なあけそしはしはもまたふる年のうちそと思はん

  雪中歳暮

  前右兵衞督爲敎

道もなくふりつむゆきはうつめともくれゆくとしはとまりやはする

  堀河院に百首哥奉けるに除夜を讀侍ける

  京極前關白家肥後

過ぬれはわか身の老となるものをなにゆへあすの春をまつらん〇

  後法性寺入道前關白家に百首哥よませ侍ける中に歳暮

  皇太后宮大夫俊成

あはれなり數にもあらぬ老の身を猶たつねてもつもる年哉

  百首哥の中におなし心を

  院御製

としくるゝけふのゆきけのうすくもりあすの霞やさきたちぬらん〇

  天慶三年内よりめされける屏風哥に年の暮の心をよめる

  貫之

ことしはやあすに明なんあしひきの山にかすみのたてりやとみん

里に侍けるかしはすのつこもりにうちに參りて御物いみなりけれはつほねにうちふしたるに人のいそかしけに行かふをとを聞て思ひつゝけける

  紫式部

としくれて我世ふけゆく風のをとにこゝろのうちのすさましきかな








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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