雪舞散/亂聲……小説。14


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上お読み進めください。




雪舞散/亂聲



哥もの迦多利

亂聲

みぶ悠きはそれでもおとこのいき遣いのみゝもとにあらくすさんでひびき聞きとられるのにあらがうわけでもない。神經をさかなでしてやまないそれらおん響をいったいなんどくりかえしきいてきなのかないし男がちからつきてはてるまであとなんどきゝ取ることになるのかと考えればあるいはむしろすでに悠貴にいつかわいていた憐憫がついにはせつないゝつくしみの思いにさえも溶解していくのをゆう貴はきづかない。をとこがさらしたす肌、その背中にふれることもましてやだきしめてやることもないままにまるでなにも起ってはいないようにも悠貴のなげだされたうではベッドのうえにただ諦めのかたちを意図も無くさらしながら悠貴は男の焦がしたじぶんへの氣持ちになんの僞りも無い叓になんどめかにもきづく。いつでも男がむしろ軽蔑すべきものをすなおに軽蔑したまなざしの赤裸ゝをさらしてゆう貴をだくときにかんじさせてしまうなすゝべもなくせきとめようもない純なる氣持ちのいく重にもかさなった奔流にあなたは、と。

それでも私を單じゅんにけがし、きずつけ、おいつめ、こわし、だいなしにしてふこうにするしかできはしないものなのにとおもえば花ならはかこむ木の葉にこつたひてかせのまにまに散るへきものを

鎌倉の庭のちかくの櫻の花は周囲を松の針の葉にもさゝったものだった。

なぜだろう?

悠貴は思った。この、自分の叓をしかあいせな男のいきばしょのない戀をしり、すなおにこの男をあいしてやればいいだけだという氣がする。なんどもそうおもいながらも或いはそれが禁忌にふれているからという事實をもつからではなくてあくまでも單純に男を愛せないのはなぜなのか。あるいは男をおいつめさらには自分自身さえふこうにしているのは自ぶん本人にほかならないとさえも思えばゆうきはめをひらいたそこに弑さつ者とでもいうべき悠貴じ身がうすらわらいをうかべながら立って、まくらもとに、じぶんたちのせつなくもゆきばも無い行いを見おろしている氣がしてかの女にこと葉もなくも、かたくそのまぶたをとじようとしたときには耳もとに男は息をつめて彼のはいた聲になりかえたと息がふれる。おとこのてのひらがゆうきのあたまをにぎりつぶそうとしたかにつつんでゐた。おもわずにみ開かれたおんなのくらいまなざしはその明け方に、いまだたゝ雅さえねむったまゝにちがいないしのゝめのふかく澄んだそらの靑は窓越しに散る花はしりてちれるか背に負うたきさらきのそらのすみわたるあを

振り向いたときそのちえおくれの少女のまなざしがいっしゅんの思考停止におちいったのを見た。雙のくろめがうごきをとめた。十一歳のみぶはそのせう女の名まへをしっていた。一つ上の学年のそして耳になだれこんだのはひる休みの校庭のおん響。氣にも留めず目に目の前の先を走ったサッカーボールに眼差しを逸らそうとしたときにはその目のはしにようやくをくれて少女がいたたまれないようなほゝえみを泣き伏したかのようにうかべはじめたことをみとどめた。あるいははずされた視界のふれえないそこで少女はほんとうに聲を立てて泣き崩れたも知れずに女てふものの愚かさこゝにみよ花さかぬ間にも我に戀て落つ

小學校をでたあとの村上穂香、その少女の行方をはみぶはついにしることはなかった。

二十八歳の壬生正彦はその日の朝にへばりついて感じられたしつような汗の触感をむしろいじらしくさえおもいながらベッドからぬけだして庭に出た。彼の部屋に戻るためには忠雅の美い識の神けい質なまでにゆき届いたそこをぬけて離れの小さな家屋にまで歩かなければならずに空は明けを知る。かま倉のやまのなかばの彼らの居宅は周囲に竹林をめぐらして下の音をは届けずに、とはいえ麓におりたところで朝まだきの靜けさが疲れ果てゝ擴がっていたには違いない。壬生は耳をすますともなく笹のはのこすれあう響きを刹那にもきゝとれば確かに、と。風は吹いているに違いない。風ははだにも感じられていた。木造家屋の引き戸をひらいて庭のおもにしかれた小さな丸い石のうきたつような白さを踏んだ時にも。足をとにも砂利の音はまわりをしのぶこともなくたって所詮はいのちもこゝろさえもない無殘な殘骸と、あしおとに石はかすかにも鳴ってやまずにふいに目の前に落ちたみどり葉のひとひらをおとしたのはいったいなにものだったのか。みぶはあしに葉をふんでいた。容赦も無く藻殘酷な氣がしてこゝろがかすかなおのゝきをしる。壬ぶまさ彦はその樹木の名をも知らずにあるいはそこに自生してゐたそれのある儘を忠雅がその儘にのこしておいたものだったかもしれない。ちゝ親がこの土地をやまごと買ったのは壬生がむっつのときだった。もと城あとだったの火守のあとかこけにまみれた石垣が斷崖をなした。整地に數年かかり家屋の建築にだけでさらにその倍ちかくをかけた。十三か四にかれがはじめてここにきたとき彼の記憶の内には樹木はそのままただそこにあった。樹木は周囲に鳥をさえ散らしてはいなかった。壬生は自分がそのうちしんでしまうにちがいないと確信した。自分が生き延びていけるとは思わなかった。かれはうつくしくすぎた。ちゝ親のようには泥水などすすとうとはついに思えない。アジア人を娶って海のむこうに移住した兄はあてにならない。想えば自分は父親が一代できずきあげたものを一代でほろぼしてしまうためだけに生まれたに違いないとおもった。俺は、と。

武骨な父のそのゝど元にさゝったちいさくもはかなく致命的な棘だったにちがいないと、ようやくに明けをしったそら空を開いた空間のいっぱいにたくわえた大氣はもはやはじまりかけた夏の熱気の生成を隠そうとはしない。雅なる棘、とふいに壬生は自分がうまれた意味を知ったきがして逢瀨よりはかなきものは夏の日のあかつきに落つみどり葉のかわき

夏の朝は露のうるおいさえもしらない。

聲を立てて笑ったひ山はな繪の笑い顏を見た。壬生たか明はそれが自分の口走った冗談の結果にすぎなかったにしてもこの少女でさえこんなにも、と。こぼれるように笑うのか。壬生は独り言散て少女のくちびるには眞あたらしい切り傷があった。なぐられたそれとは思えなかった。するどい刃ものゝさきをあてられたようにしか、と、止血だけして血のとまったそのまゝにとりたてゝ手當さえされてはいなかったその傷のわらった皮膚のはでな波立ちがふたゝび血をほとぼしらせてしまうまぼろしを壬生はひとりおそれた。ひやま花繪はなにも氣にしてはいなかった。だれのなんのいたずらか亂れた數ほんの躬づからの髮の毛のさきをくちびるがかんでるしまってゐたにしても「お前、馬鹿だろ。」

壬生はさゝやくように云ってそのやさしい口早を、そして眼差しにさらされていた軽蔑はかならずしも作った表情だけとはいえなかった。「馬鹿っていう方が莫迦だから。」正気に返った顔をして、壬生を數秒だけ見つめれば、ややあってようやく思いだしたように少女のくちびるの云った瞬間の、——あ。

音。

と。

聲。

檜山はなゑがつぶやくのを壬生は聞いた。「なに」

おちたの。…と、「雨?」じぶんのほゝにきざまれたなおりかけの擦り傷ごとに右のゆびさきをふれて少女はそのくせにそらをみあげるでもなくてみぶをだけみていたのだったのがあまかけし鳥の淚か晴るゝ日の頬にしぶきぞ鳥あまかけし

空は晴れきっていた。晝休みの校庭のこ立のしたにまだ夏の來るのはとをく二日後の朝に少女は飛んだ。

やま田ひで房の指先がなじるように壬生のそれをつかんだ。俺たちってさ、と。

「莫迦だよね」さゝやく。なにごともなくきゝとられた耳もとのその聲に

「なに?」

壬ぶたか明は至近距離に瞬いた山田ひでふさのまぶたのふるえになぜかいたゝまれない、なきふしてしまいたくもなるような悲しさをさえ感じ出した自分をついには羞じた。いま、と。

「まじで馬鹿」

悲しむべきものはなにも

「おれら、まじに」

ありはしないというのに。もっとも

「くだらないこと、ずっとしてるよね」

あいすべき男がいまかれの

「ず、っうぅ…っと」

もっともあいする男にふれてたゝ

「あさからばんまで」

微笑んでさえいたというのに、と、そのときには

「飽きもせず」

すでにふさがれていたくちびるは男のくちびるの触感をかんじとりただそのふれあう皮膚の粗いかんかくにだけい識をしゅうちゅうしてしまおうとするものゝ吐かれるかれの鼻のいきの頬にふれるにまかせて「すき?」

と、山田秀房はささやきかけたのだったのだ。みゝ元に、すでにそのこたえなどよくしっていながらに「ね?」

「しりたい?」

おまえ

「おしえて」

だれ?

「なんで?」いたずらじみて聲をたててわらったやまだ秀房はそしてその消え去っていく笑聲をさえもはかなく想いなにをいふとにもかくにもこのよこそ滅びはてても我君に戀ふ

「なんかね」

「なんで」

「いっつも」

「おまえ」

「ね」

「なんでさ」

「いつも、ね」

「わらってんの?」

「おもったりする」

「なに?」

「しあわせかな」

「どうした?」

「わたし」

「はってる?」

「ね」

「頭の中」

「なんかね」

「おまえ變な、」

「しあわせな氣、する」

「虫でもはわせてる?」

「て、」

「ばか?」

「いうかさ。だって」

「なんでおまえ」

「おかねあるじゃん」

「にやついてんの?」

「かわいいじゃん」

「おれさ」

「きれいすぎじゃん」

「ときどきね」

「やばいじゃん」

「かわいそうになる」

「夢の中の女の子じゃん」

「おまえさ」

「て、」

「存在じたい勘違いしてない?」

「いうかね」

「やばいよね」

「ん。」

「ありえない」

「どうでもいい」

「しねば?」

「それ」

「きえて」

「ね」

「むしろ」

「ほんとは」

「存在自體きえて」

「でもさ」

「うまれたことじたい」

「わたしね」

「まちがいだからね」

「おもう」

「いまね」

「しあわせかなって」

「もはや」

「そんな」

「だまって」

「さ」

「めのまえからきえて」

「わたしこと」

「おれのめのまえから」

「さ」

「うざいから」

「すきなひと、」

「人類のあやまち」

「って」

「おまえ」

「さ」

「人るい史さいだいのかしつだからね」

「まちがいなく」

「おまえのそんざい」

「しあわせだよ」

「ね」

「だって」

「なんでさ」

「ね」

「おまえ」

「わたしのこと」

「わらってんの?」

「ね」

「なんでさ」

「すきなんだよ」

「ね」

「わたしこと」

「わらってられるの?」

「こんな…」

「なきさけんだら?」

「ね」

「うまれてきたこと」

「やばい子」

「後悔して、」

「じゃん」

「さ」

「しあわせ」

「いたいから」

「ね」

「おまえ」

「純度100%の」

「そんざいじたいが」

「ね」

「いたくてしかたないからね」

「しあわせ」

「わかってる?」

「ね」

「おまえ」

「じゃない?」

「じぶんがさ」

「だかえら」

「どんだけ」

「わたしね」

「くそか、おまえ」

「ん」

「しってる?」

「と」

「やばいよ」

「ね」

「おまえ」

「配達人なの」

「なんで」

「ね」

「そんなに」

「しあわせの」

「こわれてんの?」

「わたし」

「なんで」

「しあわせ宅配便の」

「そんなに」

「だ」

「きたないの?」

「から」

「ておくれだよ」

「さ」

「しぬかちさえない」

「しあわせ」

「くさい」

「わたし」

「おまえのあたまのなかじたい」

「ね」

「くさってるから」

「しあわせ?」

「におうよ」

「あなたは」

「むしかってる?」

「ね」

「いたい」

「どう?」

「おまえ」

「わたし」

「みてらんない」

「ね」

「くそすぎて」

「せめて」

「くさすぎて」

「せつないくらい」

「そしてくず」

「しあわせだよ」と片山ゆう夏はそのまじめ腐った表情のない顏を不いにほゝえみにくずすとシャンパンをあたまから被った。みぶはわらい聲も無くただやさしくも笑んでそのち態をみてやった。晝にちかくなったかたやま夕夏の部屋の中にみぶはす肌をさらすこともなくベッドによこたわってあるいはただひたすらになまめいた女のあるべきかたちをかたどっためのまえのしろい肉たいがまどぎわにふりむいて笑いかをゝみせるのを見る。片山ゆふ夏は慥かにうつくしくかった。淫売じみてエレガントで、やってやりまくってやってやるしか能のないほどノーブルで、と自分のからだがおとこたちをこがれさせることをよくしっていた肉體はむぼうびなままに自分のうつくしさにす直だった。かたやま夕夏の誕生日だった。かの女の所属する店の客であふれかえったパーティの終わり際に片山ゆふかは唐突に壬生を連れ出した。空間にひびく嬌聲に手をひかれたみぶに男たちはかの女がそれからなにをしようとしているのかなどよくしりながらも氣づかなかったふりをした。自分たちが傷つかないためにか乃至はかの女を傷つけない家畜たちのこゝろづかいだったのか。いつでも傲慢なまでに片山夕夏は壬生への戀をだれにもかくそうとしてはいなかった。をんなは足をふらつかせるていどにはよいつぶれかけていた。もとめられもしないまゝにじ分で服をぬいでみせてショーめかせてかた手につかんだ白いドレスをおどらせれば軈てはみぶにほうりなげておんなは遊んだ。片やま夕かの酔ったまなざしにうかんだほゝえみはみれば泣き顏にも近かった。なにもかなしくないのに、と。壬生はまなざしにだけないてみせる、と、女たちの習性。信じてゐ無いものを信じようとした時の。片山夕夏はみぶがじ分の肌に手もふれないだろうことはしっていた。いわれる儘にへやにまでころがりこみながらそれでも男ははじめからじぶんをもとめてなどいなかった。まるで目の前にみずしらずの他人の男をたゝせたににたへだたりがあってむしろくうかんさえ共有などしてはいないようにみえたもの乃おんなは壬ぶに戀していた。なんのゆるしないうちに勝手にベッドによこたわるみぶのめのまえでたったまま女はじ分でしてみせてやった。あなたは、と。

おとこじゃないから








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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