雪舞散/亂聲……小説。9
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上お読み進めください。
雪舞散/亂聲
哥もの迦多利
亂聲
けっしてうつくしいともかわいゝともいえないや野ふた葉がこどものころからかわいらしいといわれつゝけたのはかの女が自分のきわ立ってはいられない謂わばどうしようもない凡庸さにはやくからきづいてゐてそしてそれにあらがうでもしたがうでもなくせめてもだれかには愛されてはいたいとひそかにおもひつゝけた結果だったのかもしれない。とりたてゝいふほどの化粧っけもないまゝに最低限のみだしなみていどのメイクをとゝのえるのにたけた矢のふた葉は大學の就しょく課が二月の寒波の日にひらいたビジネスメイクの講習会で講師に讚嘆された。うまれてはじめてにちかく人ゝのまえで名ざしにたゝえられる自分を矢野ふたばははにかみながらもじ分いまたにんの奇妙なふうけいをみているようにも思った。講師の讚じに容赦はなかった。ふたばの骨くみじたいがまるい顏のはだにはふきでもの乃跡が見え、それはなにもきたならしいというわけでもなくて地にへばりついていきるにんげんのおんなだったらそんなものというていどのとはいえ、本人のいとにはかゝわりなくもへんな安心感をあたえたが基そけしょう品の収集には餘念がなかった。したぢをとゝのえるいじょうのこうりょうをもたないにゅう液のじゃっかんにだけすえた匂いのみずみずしさがそもそもすきだった。矢の雙ばはなぜそのしょうねんにおとことしてひかれているのかわからない。十歳をこえたばかりのその美しいはかなげなやはらかいいきものにおとなのをんながこがれる抔ありえないことでそしてかんがえられもしないことであってはならない叓だった。戀あい對象とするにはあまりにもとしはおさなくて抑幾ら美しいとは云えどもしょ詮はこどもにすぎない。いまだにふたつクラスをたんにんしたことがあるだけの新人教師といってよい二十五歳の春の花の馨の鼻につく中にあたらしいクラスにひときわきわだって稀なたゝずまいをみせた惡臭のにおいたつせう年のすがたは矢の雙葉のまなざしには禁忌にふれた色彩をさえともなってどこにいてもなにをしていてもをんなの目についた。禁忌だからひかれたとはい獲ない。しょう年への赦し難い愛情がもはやゆるしえない一線をこえてじぶんのうちにもえあがっていることにきづいたときにはじめて女は禁忌のいかがわしい匂いをかぎとったのだから。おんなはあきらめるしかない思ひをその乃どもとに時には血の匂いをさえかんじさせて逆りゅうする髙揚とともにかんじつづけたが少年のじぶんのうつくしさにはあくまで不遜なまでにきにもとめないまな差しは女のき持ちにはきづこうともしなかった。さんしゃ面談ではじめて顏をあわせたそのあまりにもわかすぎるはゝ親を見たしゅん間にかれじしんが矢野ふた葉のしらないところでなにか赦されない事件の許にゆるされないかたちでうまれおちたちに違いないことをきづかせられて、そんな叓の次第はすでに去年の担任からきき知っていた叓などかの女はわすれた。矢野ふた葉は美しくいとをしい少年にうりふたつのいろ黒のはゝおやをすなおに軽蔑した。こらえがたい嫉っとをつつんでかざった軽べつはふみまどうままに目のさきにみていたうつくしい禁忌。じぶんのくちびるがすでにふかくかんでいたそれをかたちはちがえども自ぶんよりもはるかに年下のころにふみこえてしまったらしいわずかに年上の女にたいするそれだったのか。そしてうつくしいいきも乃のあまりにもなすれすれのちかさにもっともちかく寄り添うべき權りをもつをんなとしてときにふれあいもする雙りのはだとはだの赤裸ゝな距り感のもたらしたそれだったのか。ときにちもなみだもないといわれたこともあったふた葉はあくまでも冷せいちん着をよそおいながらも眼差しはくらい熱氣をだけはらんで、雙子じみてうりふたつのふたりはまなざしの端にとゝめられつゝけた。わずかの後にふだつきの暴力性をさらけだすことにもなる少年のけんかっぱやさはいまだそれほどでもなかったものゝしんけいしつというよりはひたすらに衝動的なあやういけはいをすでにほそくきれながにながれたまゆとまなざしの線はあん示していてやわらかな肌はけばけばしくも生來のたつ惡しゅうよりむしろ直接的な痛みをこそまなざしにかんじさせた。あきらかに鮮明すぎる迄にあやうい少年だった。あの、と。あたりさわりもないはなしも終わり方にふいにちんもくに墜ちた悠きがふたびゝくちにした聲に矢野ふた葉は顔をあげて、「なにか?」
——いじめられたりしてませんか?
歎かわしげな表情をもはや聲にかくせずにいっきにいひきった悠きはその瞬間におもわずなみだぐみさえしてしまいそうになった。故意にもこともなげに笑ってみせて矢野ふたばは「まさか」こたえるものゝこのふつうではない稀な美しいあく臭のいきもの。いつでも周囲に家畜じみた乃至は下僕じみた気遣いをだけなにというでもなくきょうせいしてなにをいうともなく少年たちをしたがえたこの。なにもかも彼の爲だけにつくさせないではをかない奇妙ないきものに「全然、大丈夫ですよ。」
「この子…」
「氣になります?」すごく繊細な子供だって思うんです。と、ややあって悠きは云った。おもい、おもいつめ、おもいあぐね、なにもかもはかなんだというまでにもかなしくて悠貴は、だから…
——でも、それっていいところじゃないですか?すごく繊細で、感性豐そうで、で、…。実際、豐で。
——こわいときがあって
「なに?」眼の前で年下のとはいえ同じ年比の教師がそのいっしゅんだけ咎めるようなまなざしをかくさなかったことにゆう貴はす直に自分を恥じた。はじてふせかけたまなざしのさきに教師のみゝにきらめいたちいさなピアスが一瞬だけめについて、このひとはそれでも一人だけ美しくありたいと思っているのに違いないと氣付く。たゝおもひ斷てられないはかなげで執拗な欲望を悠きは自こ嫌惡にちかいけいべつをあざやかに、そしてもはや女のどこかつくりこんだみせかけの擧動のすべてに感じ取った。この女は自分に自信がないのだとやのふた葉は思った。ほぼかんがえられるすべてのははをやたちよりもずぬけて美しく恥知らずなほどにわかく肌にきめひとつをとってもまるで老にかげるしかないおんなのゆくすえのかなしさなど他人叓のようにかすかなうぶげの氣配をまでもすべらかにかがやかせながらもそのくせにこの女には自分を躬づからせめても承認してみようという氣さえも無い。なにが怖いんですか?と、矢野雙葉が問いかけようとする前に、「このこって、ふつうにいきてるだけでこわれちゃいそうで」
「そんなことない。ぜんぜん」
「そう?」
「むしろ、すごく頭の回転も速いし、きがつくし」
「むりしてるんじゃなくて?」氣になってし方ないんですね。さゝやくように云って少年にながしめをおくった矢野雙葉は「でも、なんかいい。」いつか「すごくあいされてゝ、」自分が仇敵にせっしているようなまなざしを「しわあわせだよね」とほゝえみかけあるいはきゅうてきにせっしながらそれときづかせないで優しい女を演じているに違いないそんなまなざしのもとにか女をみていなかった叓におんなは氣附いた。ゆるしがたい鈍感なおんなとしか想えない。じぶんのたえがたくもえあがってひっしになってかろうじてやっとおさえられていたき持ちにさえきづかないで愚かしいはは親のおろかしいざれごとを口にし續けているこのうりふたつにもうつくしい女は。あなたはまなざしのうちに起って在る叓のほんとうのしん刻さになにもきづいてはいないと喉乃奧にだけひとりごちてとりたてゝなんの結論ももたらしはしない片一方のこゝろのうちにさぐりをいれてばかりいたかのような無益をきわめた會話がちからつきてしゅう息したあとに歸宅する親子をみ送りながらも矢野ふたばはせう年の自分にはめもくれない後ろ姿の名殘さえのこさいたゝずまいがそれでもしつようにしょうねんへの思いをだけこゝろにもえたたせてやまないのにあらためてきづいていちどほんのいっしゅんだけきづかれないようにじぶんの奧歯を咬めば西の日もゆくみちをこそしめせともはな闇のかけまといてくちなん
朝の明け切った十時すぎのひかりがアスファルトに直射してむぞうさなきらめきのうちにくろくあるべきいろをもそれらをはくだくにのみこんでしまう。ひかりそのものがはじめてものの色彩をあたえるというのに赤裸ゝにも直射してしまえばたとえおぼろげとはいえそれは色彩そのものをことごとくにうばった。ひかりはあまりにもあやうくて壬生たか明はいみもなく一瞬にこのせかいのしんじつを悟ってし舞ったきさえすればとはいえそれでどうなるというわけでもない感傷におぼれてみるだけの自分をあざわらった。十九歳にもなるとしが一週間まえに明けた比すでにタトゥーに埋め盡されていたみぶの裸体をつゝんだシャツのところどころに彼が躬をうごかすたびにもそのシャツのしたに入れ墨のしきさいは垣間見えた。かれのす肌の現状をよくしっているはずの久まつ史子はそれにたいして何のくちごたえもせずに、…きれい。
一か月の中國出張のあとのうえをだけぬぎすてたへやのひかりのうちになんの前おきもされずにみせられたせなかのおおきく舞い上がる龍に「なんか、」久松史子は「やばいね。」そういった。わらい聲をたてることさえわすれてあるいは壬ぶ髙あきがなにをしたところで久まつふみ子はそれににた咎のないこと葉をしか口にしなかったに違いない。たとえみぶがときにそうしたようにめのまえにだれかをちまつりにあげたところで朝のかぶ伎ちょう、すきなの。わたし、——と。「きれい。」
——だってさ、夜とぜんぜんちがう町みたい。なんか
「なんかね、キスしてるね。」
——日本っぽくないんだよね。なんか
「やけちゃうくらい。ね、」
——すごく静かじゃん?
「きれい。ずっと、ドラゴン」
——閑散と
「たか明のそばにいられるんだね」
「なりたい?」壬生は唇にていねいに表現されたあざけりをかくしもせずに「むしろ人間やめて墨の繪にでもなりたいんじゃない?」
「なりたい」だってね、と。「ずっとそばにいたいから、ね」くさった沙ら双樹がおんなのひたいに血をはいた。
はじめて目の前にさらされたタトゥーによごされた壬ぶの雪よりもしろくおもわれもした肌にひさ松ふみこはこゝろの内に悔恨というよりも切實ではげしくえい利ないたみをかんじていながらもなぜかいつにもましてかならずしも情をかけるでもないおとこの冴えたはだにすがりついて男をいつか辟易させもしたのはかれのいのちがもうすぐ砕けてきえようとしているのを黑墨と肌いろにくすんだ極彩色のいろどりがにをわせていたからなのか。聲をかみころしながら女は戀死ねといわば今にも戀しなん君に逢う夜の常夜の闇に
あけがたの自分がさきにおきたベッドルームのまどぎわに立ち盡くす様にたって久松ふみ子は見てもみあきずみるほどに眼差しをそらせなくさせるおとこのねみだれたすがたに息をひそめた。
やのふた葉はかの女の部屋の窓に身をのぞかえてくらいよるの路面をみたがその少年が卒業してめのまえからきえてしまった春のあたらしい入学式のきせつのころにつき影もかくしきれすに櫻咲くはるのあめにも花は散れるも
こゝろのうちにあいた穴をうめようもなくとはいえ思い斷とうというきもさらさらないじぶんをふた葉はいつかあざわらうしかなくいずれにしてもすくいようもなくむくわれようもないものがこのじぶんの咬んだ戀とかぜのどこかしらにこすった葉か花のたてたをとをきく。卒業式の日少年が友づれたしょうねんたちとたわむれてふた葉を顧みもしないうしろすがたにもにもかかわらずなにかがおこってやがてそれが自分をどうして仕舞うにしても思いはとげられてしまう氣がするのを留めることはできなかった。
まはたひたとゝきをおなしうしてすてにきついてもゐた夢見しつてゐたいまみてゐるのはゆめにちかひはシないのたと見あけゆ良女きなからも於ちるハなはとしたまふたのうちにおちるはなはむらさき色のそれにほひたつ花ちりチり尓散墜てそのをとこみふ髙あきはみづからかその時にはゆめをみてゐたにちかいないことを自覺して光まぶたにふれる正午の、——光。壬生髙明は十四歳だった。十分すぎるほどに美しくむしろ煽情的でさえあって、彼。さらには軈て十五歳にもなって仕舞えば失われて仕舞うはずの餘りにもあからさまで隱されず意識されない儘の恥知らずにひけらかされた脆さ。花、…と。危うさのにおいたつほのかをきわめたある種のけばけばしさ。思う。目を逸らしたい衝動に駆られながらた人たちが執拗にきづかれないつもりのながし目をゝくっているのを壬ぶ髙明は自覺していた。壬ぶ髙あきが自分からをんなゝど誘惑した叓は一度も無い。女たちが彼に夫々の流儀でのめり込む爲だけに生まれ落ちて來るに過ぎない叓を壬ぶ髙明は知って居た。その流儀の一種が時に彼に深刻な不快を與え乃至いつか彼を身体的な危機に追い込む叓にもなるには違いなくとも、花…と。熊谷弓香というなのみっつうえのをんなはつかんだ剃刀のはをついにはとりこぼしてみぶのくびすじのうえにおとした。そのおちた刃がみぶをみぶをきずつけたかもしれないありもしない可能性にをんなのたてたちいさな悲鳴らしきいきづかいにみぶはめをひらいた。すうか月まえのしのゝめのじぶんがころされかけてころされるのがしくじられたその、花、と。「いや。」さゝやく。金村仁枝は十九歳のみぶにたゝ不穏なまなざしをあげて「みないで、もう、」と
——おねがい。
その十歳近くうえのおとこなびたおんなのやがては自分でじぶんをころしてしまう可能性のはかなさにみぶはあわれをかんじいきなり聲をたててわらった田崎奈々惠のふよういな息遣いがくびすじにふれたとき頭上の高速を過ぎる車の音響がふりかゝる。六本木の交差点の下、じぶんをまちぶせていた目元にいまだおさなさのある同い年のおんなの自分勝手に思いつめたおもいを他人のいたみとしてここゝろにふれさせた、それら花、と。不意にこと葉を断ち切られた一瞬の空白の後に、壬生髙明はそう独り言散たのだった。彼の頭の中だけでその一つのこと葉は停滞した。違和感が在った。振り向いた瞬間に彼女、壬生悠貴という名の女が彼を息を細めて見つめていたのに氣づいたときに。余程若くして一人むす子を生んだには違いない女。未だに三十を超えていく月にもならない壬ぶ悠貴のからだじゅうにおとなにもかかわらずにへばりついたかすかな幼さを残骸じみて殘しおんなのはだは肉に百合のはなをおしつぶしたににた躰臭をにをわせた。まるで、——と。男など知らない儘に老いさらばえでもしたようだと、壬生たか明が侮辱まじりにあはれんだことにをんなは馨たつまゝ氣づかない。いまだに正気付かない女は少年がじぶんのみつめた眼差しにきづいたことに未だきづかず眼の玉の向こうに複雜にこがれたさまざまな思ひにも色めき立ちすぎた眼差しは必ず茫然とした無表情に堕す。よく知る見蕩れ憧れぬき想いによごされ落ちた取り付く嶋もないおんなたちの一樣の眼差し。あなたは、——と。俺の母ならせめて母らしくしたほうがいいと、見上げれば竹林。夥しい薄い綠の線がかさなって鄙びた道の両脇を埋めた。それらのむ數が風にこすれあはさった。たゞくらい道の意図的に若干荒らした神けい質な石段を上がればそ父壬ぶ忠雅の別荘が在った。鎌くらの汐のある風。茶室に籠っているのか。不機嫌な時の老人のいつものように。紙幣に火をつけても傷む者など誰もゐ無い現状を惠まれたというならばみぶたか明も悠きもめぐまれていた。ふいに爲すゝべもない哀みに襲われて彼は母がかれのまなざしに気附く前には眼をそらしふたゝひの雨とおもえはしのゝめのやみなすさゝの露の飛沫か
つらなるさゝの葉のざわめき。
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