雪舞散/亂聲……小説。8
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上お読み進めください。
雪舞散/亂聲
哥もの迦多利
亂聲
十さん歳にもなれば壬生たかあきの素行のわるさは目にあまった。としうえのしょうねんたちにまで時にくわえられるおもい附きのしょう動をこらえようとはしなかった壬生はいつかせうねんたちの間にをそれられながら奇妙な敬意のたいしょうにさえなってなぐられてもそれを告げ口するばかりかむしろ家畜じみた忠誠を誓えば壬ぶをまもろうとさえする少年たちの無口なむれを見かねた担任敎師にようせいされて忠まさは孫をよびだして悠貴はかれをつれてのぼるかま倉の石段の周囲のさゝの葉のざわめきを聞く。電わ口の敎しのぐ痴じみた告げ口にはあきらかに壬生への嫉妬がみえすいてみぶたかあきがだれよりもあこがれられた稀なひととして特別な存在になっているらしい叓は知れた。學校の人間たちはおおかれすくなかれそれぞれのまなざしのうちにそれぞれの流儀でだれひとり教師もなにも齒牙にもかけずに壬ぶにだけよりそいつゝあるせう年たちの集團のゆくすゑを案じた。でんわを切ってことのしだいを耳にしたあとの忠雅のしばしの沈もくののちのこと葉も無い激髙を悠きはみのがさずにかれのいつものように唇をむすんでみゝのしたの周囲をあからませた忿怒のあらわれに独りむすこのためにだけこゝろをいためながら日をあらためてよびだされた鎌くらのやまのなかほどの別邸への道は遠い。あきらかに交通の便を抔あえてむ視していたずらに人氣のなくたちよりがたいところであれはどこでもよかったに違いない樹木の奧につくられた神經質なまでにきたえられた庭と池と木立を茂らせる道の石段の急こうばいはおんなの息をきらさずにはをかない。いし段い外にたどりつきようもないそこはあるいはりくのなかのはなれこじまのようなものだったのか。それともかんがへ抜かれた城壁のごときものだったか。まがりなりにも功なりなをとげたをとこのさいごにたどりつくべきふうけいとしてはあまりにもすさみすぎている氣さえも悠貴にはした庭には長月のさきがけの紅葉が計算され切ったあかねいろをとぎれがちにさらして綠ときとくれなゐのざわめきをすき勝手にちらしているはずだった。じ分をせんどうするともなくすう歩ぶんだけまえをあるく躬づからのはらをいためたしょう年はいまや悠きとかつてへその緒でつながっていたものだったじ實さえうがゝわせもせずにあるいは赤の他人の樣にしか見えなければふいにたちどまったせうねんはあからさまなまでにその肌に巢喰ったあく臭をただよわせて立ち止まった。しゅんかんにかれにぶつかりそうになってみぶ髙あきは赤裸ゝにとまどったはゝ親をまなざしにだけ笑った。まるでかれは、と。おもふ。わたしのこゝろのうちのちいさなおののき乃ふるえの端のはしまでもしりぬいてし舞って居るような目をするとも、おんなは独り言散てその日たゝ雅はみぶ髙あきをとりたてての乃しるでもなかった。おもう儘紅葉のいろをしり初めるこの葉のすれるい外にをともない庭をつれてあるいて退屈げなみぶたか明を振り向きみもせずにただはは親にだけどうだ?
かれはつぶやく。
「おまえは最近、なんともないんか?」
揺れまどうこゝろのうちのいわば戀の闇の深いどろのあめの已む叓をしら無いくら闇いの容赦もないざはめき以がいにはなにもないと、ひとおもいにちゝをやのそのみゝもとにの能しりごえをあげてやりたくなるしょうどうをゆう貴はかろうじてそしてみずから羞じた。せう年とたとへむすばれたとしていかにすくわれない未来があるのかわからない。かならずしもむすばれたいわけでもない。ならばなぜなにをもって戀うのか。抑むすばれるということはなんなのか。はだとはだをかさねればむすばれるというのならじ分をすきなようにしてかれらだけ愉しんではてたかっしょくおとこたち乃至しろいはだのあのをとことすらむすばれていたことにる。よなよなにもおもえばめにうつるものゝすべてがむなしくも思えてたゝひたすらにすくいがたく想えればあるいは哀れとだにひとことのうちにいひきって仕舞うべきだったのだろうか。氣配を亂しもせずにそのくせこと葉を繼げもしないでさりながらかならずしも口をとざすともないあはひ沈もくのうちにくちびるをひらきかけたまゝのむすめに壬ぶたゝ雅はそれ以上めをあわせようとはしなかった。娘のまなざしのさきにあるものをさぐれば樹木はかぜのおだやかなうちにもつぎにめぐる季節を豫かんさせて「あれは松の木だよ。」父をやは云った。「こゝらへんはいつでも霧が立つから。いつでも露をころがせる。」
葉が、…ね。と、樹木はそこに見る悠貴のことをなど相變らずにもめにもくれずに荒いいたましいまでにふとい幹をさらしてやまの中腹のかさなりあった木䕃のうちにどこかになにかの鳥のいくつかのたてた鳴き声は響く。ゆうがたにちかくてしだいに影がこくなるのを眼さしは知っていた。ひやゝいだ空きの中にそのどれのともいえない樹木の匂いがはなにもまいこみ霧もなき暮れつかたにもこほす玉のみつはまつ葉のなんの名殘りそ
そのかたわらにそいながらなにをまつともなくまつ身はなにゝにこがれるのか。
檜山由美子は不在だった。はゝなるそのをんなのちがうおとこのへやにでもはいりこんで肌をかさねているにちがいない叓はすでにしれていたがなにがよくてなにがわるくともそれでもいかにしてもこらえられずにたちきれもしないうらみのをのこしてこがすならばなすゝべもなく戀や愛の純なおもひとでもいふしかなく戀や愛にけがれなどあってはならないことを信じてもゐれば檜山はな繪ははは親の關とめられえもしないこゝろの純情をだけおもった。岡野雄二という名の籍のいれられない儘の二人目のちゝおやの拳が腹部にくいこんだときに檜やま花ゑはぶ厚い吐き気の乃どにもえたつ能を感じた。喉の奥にとめどもなくすくって一瞬でそれは彼の女の頭の中からあしのさきにまで滿ちてし舞いたえられずに嘔吐した目をむく少女のみざまづいた上目つかひのあまりのむ殘なきたならしさにをかの雄二はなきふしたくなるほどのみじめな陰慘をしかゝんじない。どうしてこんなにすくわれようのないゝき物がうまれてきてしまったのか躬つからの目をも疑って、いつものように兩のにのうでとゆびさきにかるい痙攣をさらした檜山はなえをベランダにたゝきだせば鉄のて摺に憇う蛾は飛んだ。頭の上に罵声がおちつづけてひやまはな繪はようやくに顏をあげればもはや涙ぐむさえできなかったまなざしに君しるやくらかりにまう蛾の羽にさすつきのひかりの稀なるいろを
おお股をひろげた女はでんすいしていたわけでもなかった。五十ぢすぎの女はあえてしゅう恥というものゝ自分に感じられるのを拒ひして亂れてすさんでみせることのほうをのみえらんでいた。む理などはなからしなければいゝと壬ぶ髙あきは軽蔑をかくしておもうも乃のこと葉にださないのはあるいは女をあわれんだからか。十はち歳の壬ぶは山階多佳子という名の女のきた靑山のマンションの中でみぶをあえてをほうっておいておもて參道にちかい街路樹にうもれたそこにそとのをとはとゝかない。おんなのじ分のち態をさらしてみせるくちびるのたてたいきづかいをきいてやった。山しな多か子が壬生をつれこんだとき先にいた三十ちかくみえた男はす直にとまどいをだけさらした。やましなのこ飼いのおとこらしいかれはあきらかにじぶんよりもうつくしい若すぎるおとこのふいの侵入にあるいはをんなに紹介さへされないで彼はすぐさまこゝを出て逃げてやるのが筋だとおもったのだが、いいよ。
多か子はさゝやいた。「こゝにいて、」
——こいつってね
「いいよ。いたいんでしょ?…というか」
——わたしにあまえるいがいに存ざいり由ないの。
「いくとこないじゃん。」
——まじで下ぼく以かだからさ。むしろ
「ちがう?」
——わんちゃん同列ねこちゃん下
「すわれば?」こうだいなダイニングまでぶちぬきのリビングに殴りつけるように夕焼けの光が差す。キッチン・スペースのしろ壁のはんぶんは朱にそまってふりむけばみえるはずだった文字通りあれくるった色彩の洪水はその北浦也文という名の男の背にしたまどのそとにはいわばおわりかけの世界のおわりかけの氣配をたゝ鮮烈にだけえがきだして終わる氣もないのに、と。
「やばい」
おわりさえしないのに「こいつね、」おわった気でいる。壬生は「莫迦すぎてやばいの。」ほくそえんだ。なり文というなの男をソファにすわらせたあとにおんなの想い附きではじめたあえてくつ辱てきにひざまづいたしろいふkらんだ尻がいとされておゝきく壬生のほうにむかってだけゆらされた。ぬぎすてもせずにパンツを下着ごとずりおろし淫ばいじみることをだけ意とした女のこゝろに壬生がかすかな同情さえかんじたのにはきづきもしないで多か子はソファに躬をなげた北浦のはでにひろげさせたれたあしにほおずりしてやればなり文は歎きのきわまったいたたまれない眼差しをゆがませた。む殘なほどにいきをつめたあとにはきだされたそれのとびちるのをわらっておんなはゆびさきにすくった。ソファーのくろい革地をまでよごしたそれは空間のわずかな部分にだけにおいをたてゝまっしろい色彩をたゝさらしたが「あなたには、してあげない。」
壬生を振り向きも見しない。
「だって、あなたって…ね。」
女は
「わたしにさわりたくも無いでしょ。」
くちびるをいまにもふるわせそうなじ分の笑い聲のたっちかけるのをだけひっしにこらえていた。「なんで?」
——穢いから。
「じ分だけ、なんでいっつも」
——存在じ體が。
「虫もころさないみたいな顏して、そのくせ」
——生まれてこなかった方がよかったんじゃない?
「だれよりも残酷なのはなぜ?」きのきいたセリフ吐いたつもりだ、と、ね?壬生は、それって。馬鹿なあんたなりに。そういってこれみよがしに嘲り笑ってやったときに女はまたがったかのじょのおとこのうえにしりをふっていた。いかにも亂雜なをんなのこう爲とソファからおちかけながらむりやりあおむけた姿勢のせいでおとこはをんなのからがのくずれおちそうになるのをようやくにしてささえのばされてフローリングにふれたかたほうの腕は肩ごと激しく痙攣した。こいつさ、と。「そこなしだけがとりえの猨なの」多か子はわめくようにそして壬ぶはをとことが肩のすじをいためて仕まうにちがいないとこゝろの端にあやぶんでゐた。
暮てくれゆきもはや紅蓮の燃え立つしきさいをさへもうすく濃い靑くらいゝろのうちにほうかいせさはじめたまどのむこうのそらのいろに「どう思います?」
きた浦なり文がかすかにだけ聲をふるわせてはいごにささやいたとき多か子は「ね?」ひとりシャワー室で汗とだ液とそのほかの躬にこびりついたなにもかもを「たとえば、」あらいながしていた。「ばかだっておもう?」
「なにをですか?」
「たとえば、おれのこと。」とか、…ね、と。壬生は男が「あのひとのことゝか。」自分をかならずしもはじているわけでもないくせにあえてつくった恥じらいの繊細な音色を軽蔑した。ふりむいたそこに「單なるくそですね。」
「そう思う?」男はささやく。「それ、あなたの本心?」
「そういってほしいんじゃないですか?」知ってますか?と、語る北うらなり文の「おれね、事業に失敗したんですっよ。たいした会社じゃないけど。でも失敗は失敗じゃない?負債は負債だしさ。最ご、親族からも借りてたから。金。複數件、ね。…と。」
「なに?」
「けっきょくにげっちゃった。」
「親は?」
「もう、連絡つかない。全然。て、いうか、東京のマンション引き払うでしょ。電話番号かえるでしょ。そうしたら本等にふつうに音信ふ通に成れちゃうんだよね。…それだけ」
「にげたわけね」
「逃げたわけじゃないんだけど。すててもない。たゝ、申し譯ないでしょ。で、すくってくれたんですね。はまみさんが…」と、そのみょうじなのかなまえなのかもわからないきいたこともない三音が山しな多か子のそれであることにはすぐにかんづいたが「まえの取ひき先のね…やっぱり、負債も不ぎ理も大りょうにあったけど。めっちゃくっちゃ。大久保の駅で偶然顏合せちゃって。」
「それで?」
「ひっぱたかれたけど。」
「いきなり?」
「じゃなくて。最初、なんかびっくりするくらいやさしい、…親切な?親身な?で、話し合って、はなし一方的にきいてもらって。でもうなずくだけで。いろいろ侘び入れして、やっぱ、うなずくだけで。その最期にね。最初はむしろそんな、ひっぱたくと、そんなかんじ、なんいもない。というか、さ。なんか、本気で叱ってくれたんですね。そのとき。おれのはなし、いっちゃえばでっちあげの言い譯、ぜんぶ、まるごときいてくれて。あの、事業しっぱいするじゃん。そしたら、今時ほん氣でくそみそにいってくれる人、案外いないからね。みんな、そっからさきの処世術みたいな。そういう、こうしたらいいよ、ああしたらいいよ、とか。一應助言くれるわけ。ま、もちろん、こと葉だけね。やっぱ、なにもしてくれるわけじゃない。ほんとはおれにちかづきたくもない。あわれだね、がんばってね、でも、うちら赤の他人でいようねって。で、いろんなあたりさわりないききかじりのアドヴァイスだけくれる。」
「感激したんですね。あの女に。で、…」
「家畜?」いった北うらは自ぶんの唇がついには嘲笑をもらすのをこられられなかった。みぶは聲をたてゝわらうなり文をみてゐた。
——いや、むしろ家畜以下でしょ
「まだ、かろうじて家畜レベルじゃない?」ぶざまじゃない?そう言ったのは北浦のほうだった。「はずかしくない?どのつらさげてあんな…無樣だと思う。自分で。おれ。…ね。あのひと、一應あのひとの會しゃに世話にもなったんだけど、なんか、それなりの待遇で。役職はないんだけどさ。長續きしなくて。ど短期。すぐに一回にげた。」
「つかまった?」
「いや。自分から。ごめんなさいって。なんか、でも、逃げ場所がないんじゃない。いっても、なんとかなるよ。日雇いでもなんでもね。とりあえず死なゝい。だってきったないビルの非常かい段の踊り場とかでねてたもん。一週間近く。でも、かえるところってのははまみさんのところしかないきがした」
「家ちく以下だね」
「そう?」北浦の「そうともいうかもね」背後に聞こえる聲に興みが無い譯でも無かった。きいてやるましてや會話してやる義理もなくそれほどにでもかれに惹かれるわずかなゝにものもなかった。みぶはいろをこくしていく靑くくろい空の闇のあまりの透明さにみ蕩れてそらは焦がす色のくずれおちればひたすらにすみわり澄む靑い黑かげ
あざわらうのんきさで横切った黑い翳は鴉だったか。
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