雪舞散/亂聲……小説。4
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上お読み進めください。
雪舞散/亂聲
哥もの迦多利
亂聲
娣においたてられるようにそとにだされたときそらはすでに燒けたいろをはうしなってただ無慈悲な迄の靑をさらした。おもえへば壬生たか明がかれをめにしたおんなたちのことごとくにそれぞれの流儀においてそれぞれにあいされずにおかなかったのはかれのいわば宿命のようなものだったとでもいうほかない。さそうなどしたわけでもなくてをんなたちのほうがかってにさそわれて仕舞うのなら壬生にいつか悠貴をふくめたかの女たちへの軽蔑ににた感情がめばえるのはせきとめようもなかった。おんなたちのまなざしは彼にとってつねにくらくいびつに病んだかつ自分にかゝわるすべのない他人のすき勝手な情熱にすぎずをんなたちの發ねつを躬のしゅう囲にまといながら壬ぶがあえてそれにはきづきもしなかったそぶりをするのををんなたちはそれぞれの流儀において糾彈した。獸じみた体臭のほうこそがむしろ壬生のほんしょうにはふさわしいとかれじ身は思ったものだった。それはけっきょくのところ十ろく歳の比のゆうきの嚴島入水のときにおやもとをとびだしてからの生き方のようするにならずものに過ぎなかった叓の自覺にほかならず流れ着いた歌舞伎町で壬生は相変わらずのおんなたちの餓えたまなざしをもてあそんでやることにじかんを費やした。いきるためにといえば言い過ぎるたゝたんなるひまつぶしのようなものとして壬生はかの女たちのまなざしのまえで美しいおとことしてのぞまれるまゝにありつゝけてやった。久松史子という名のおんながいた。紫陽花の花のあかず雨にぬれるきせつにかれをあいしたをんなだった。四十をこえて子持ちのおんなの息子はちほうのだい學に通っているのだと云ったその話の眞相には興みも無くかつての男にわかれてからは獨身をとおしてけれどもどこか執拗におんなにはなりきれないをとこになれない少女じみた擧動を壬ぶはおもしろくおもった。かならずしもうつくしいとはいえないおんなにすぎないことを十分い上に自覺した女のひとたびかれへのせつない思いをはじらいにくちびるをわななかせ乍もみゝうちしてからというもの壬生への愛の表明をためらう可憐さはむしろもはやうせた。はじめて店のなかで壬生をしり初めたとき女は壬生への軽蔑をかくしもせずにこれみよがしにかれをあしざまにぐろうすることにだけこゝろをつくしたものだった。おもいつくすべてのこと葉でをんなはみぶを侮辱した。くびすじのはだのすれすれに意図してよいつぶれかけた鼻をおしつけるようにして匂いを嗅いでくさいっ、と、さけんでわらった大げさなこえにみぶはじぶんにすでに墜ちたおんなの亂れたおもひを哀んだ。明けてふつかほどたったのちに久松史子は壬生にメッセージをいれた。おわびしたいの。たゝそれだけうちこまれた携帯電話のメッセージを壬生はいぶかることなく理解していた。彼女がたとえばあんた頭悪いでしょ。そう店であざけたてたときにさえ或いはこそ女がすでに自分にこがれていたことは隱すべさえなかった。なんで?と、わざと
わたし、わるいおんなだから。
どうして
じぶんでじぶんがいやなになるから。だから、あって、せめていっぱいいっぱいあやまろうとおもうの。
いらなくない?それ
わたしにはひつよう
おれがほしくないっていったら
おこってるの?
なにを?
わるいのはわたしだから。ぜんぶ。だからあって、はなしゝなきゃなの。
メールを打つのになれてゐなかったに違いない女の返信には奇妙なこゆうのまがあった。あるいは複雑にかの女にしかりかいできないひつぜんのもとに女は思いまどい逡巡しながらもかろうじてメールのこと葉をうちづけたのか。六本木交差点を溜池のほうにくだったところにちいさな喫茶店があった。その店をえらんだのは壬生じしんだった。みせにはいったときにはさきに來てゐたをんなは一滴もくちにしないまゝにすでに酔いつぶれたようなまな差しをしていた。壬ぶは女がなにをもとめているものか知っていた。かれのようしゃなく投げつける鮮明な侮蔑の屈じょく的なまなざしに女はいよいよまなざしを上氣させおんなは自ぶんのち部のすべてをもさらけだしたかのような赤裸々な羞恥にまどった。なにもいえないまゝに眼差しをこゝろを病ませながらもうごめかせい識とはすでに乖離したおちつかない双渺はけっ果なにものをもみいだしえはしない。おなじくなんのこと葉をなげるでもなくひたすらに嘲り見下し罵倒する冴えたまなざしの壬生のそれでもかすかにきゝだせかもしれないこと葉のかすかな意味のうらがわにひっしに耳を澄まそうとしてその實ひたすらに自分のうちにこだますることばにならない言の葉の残骸のむれのむすうのつらなりにさいなまれるほかすべはない。あまりにみじめといえばみじめな自分そのものを軈ては自覺の内にかみしめながら意しきにはみじめさに気付くよちもなくてついには女はすべてをあきらめはてたまなざしをさらすしかなたった。茫然と、たゝ茫然と、茫然じ失にさらにそれをかさねて鮮明なまでに薄らぎいつか澄み切るしかなかった女の自分のほうをみつめながらすでに自分を通り越してなにもみつめないからっぽのまなざしに壬生はいつもかんじるなつかしさをかんじた。みぶにつめられおいたてられてつめたてられたさきにおんなたちはいつもこんなまな差しを種族の習性じみてさらした。どのおんなもそうだった。やむにやまれぬなつかしさがその空虚ないろも馨もないまなざしにはあった。「なにしにきたの?」
云ったみぶに女はなにかいいかけていひきれずに久松史子は三十分かけてようやくみゝにしたみゝにききとれる壬生の聲を耳に愛でくりかえさせた。「どのつらさげて俺に逢える氣?」
ひざまづいてあなたにうちのめされつづけてそしてもうころされてしまってもなにももんくなんていうはずもない、と。あるいは久松史子はいつくつものことばのむれにほんろうされながらそれでも自分のこゝろのうちがみだれもせずにただ重くしかも冴えているのだけかんじた。はなの奧にかんじられた血の味が自分はいま号泣しているにちがいないとさっかくさせて、たゝみひらかれたばかりでいろつやさえないまなざしはひたすらに壬生のみいだされてあったかたちをだけいしきのどこかにとどめ続けていた。もう、と。
わたしは失神しているに違いない、と「ぶちのめされたい?」云った瞬間に壬生はついに聲をたてゝわらってしまい、自分の笑いこゑを聞く壬ぶはカフェのよく知った初老のオーナーがカウンターのすみにつられて笑んだのにもきづかない。うつくしい、と、壬生はいつものように思った。しょせん自分勝手な所詮は情慾じみた色情にすぎなかろうがもえあがったおもいのせきとめあぐねたさきのさきになすゝべもなくこと葉も表情もこゝろじたいもうしなってたゝ沈もくしちんもくに堪えるしかない女のみせる空虛なまなざしはごくごくたん純に言ってうつくしいと壬ぶは軽蔑さえいつかわすれてひとり思うものゝなにもいひだせない女はたゝみぶのそん在そのものをひとつのせん明なぼうりょくとして皮ふのすべてにきょう受していつくしむしかない。もっと、と、ふたゝびたちなをれないくらいにもゝっと、と、くるときには氣配をにおわせるだけだったゝいきがすでにほんとうにあめの水滴をまきちらしはじめて暗く、とはいえひたすらに白をかさねたさきにみいだされる黑みなのだとでもいうほかない重いしきさいをさらす雨雲がようしゃのない豪雨をたとえひとときでもふらさずにはおかないにちがいなことがたしかであれば未生なるやみはひかりもしらさりとおもへはあはれ嵐めく雨
てのひらのうえに口をあいたしゃらそう樹のくさった息の馨をかいだ。
ならに宮こがあった比にそのをんなをつれさった。式部卿のみやのみそめてあったをんなはかれがすでにおさないころからみそめていたおんなでもあった。そればかりかゝの宮のしりもしない千とせを千たびくりかえすさきの世にすでにちぎっていた。そのをんながおなじ肚にうまれていようがなんだろうがなにをもってもとゝめるべき堰などありようもないことは雙りにすでに當然だった。あれは、と。もはやこのうえ生きて殘るすべもありえない事實をしってわざとゝぼけてみせたのかをんあはさゝやいた。ゆき、と。
みればたしかに山のはにちっているのは雪、とちがう。かれはほゝえんでさゝやく。花、と、はるかすみゆきにもまかうはなのしたあはれかなわれしなんとおもふ
やがてはわかせことおなしくに、と。
已むまえには土砂降りの中に女をつれだした。轟をんを好きほう題に立てる雨の中に店先で踏み出しまよった久松史子の背をおしてよろめきださせれば女は顯らさまに喜びに倦んだ喚声をあげてとびだして躬のぬれるにまかせた。髮にたつひまつ。五月の豪雨はふれるものゝすべてにたゝをん響をだけあたえてじ分らはあめの粒それぞれにひとりづつに散ってゆきもはやかたちのなごりさえのこさない。みもふたもない失墜のつらなりが空間を満たしてあるいはなんとすさまじいむ意みな濫費かと、壬生はその喚声のまゝの女をほう置してタクシーを止めた。すぐにつかまったタクシーはわずかのあいだにびしょぬれになったふたりをあえて咎めはしなかった。車内にもじどおり濡れた獸の柔毛のにおいはみちてをんなはこゝろをいたむほどにもまどわせた。シートはぬれるにまかせて久まつふみ子はいまやなにもかもわすれてしまったかのようにドライバーの前でその美貌の少年の赦し難くとしをはなれ倫理をふみにじった戀人としてふるまった。もとよりおさなげにみえた壬ぶ髙あきはあめにぬれてしまえば十に三の少年の樣にさえみえたかもしれなかった。ひさ松ふみ子はそのもとから赦されていない關係を赦されてゐ無いまゝに見せびらかすことを愉しんだ。入水した女以外にはいまだおんなのからだをしらなった十六歳の壬生が麻ぶ台の久まつふみ子のマンションの中でをんなの謂ふが儘にす肌を曝した時におんなは地だん太をこゝろの内にふんだ。どうしようもなくめのまえの美しいいきものゝかたちに魅了されながらかれのからだの放逸なまでに撒き散らすあめにぬれた獸じみた惡臭がぬれていよいよきわだち鼻孔をまがまがしくもおそうのをひさまつふみ子はもはやたえがたくかんじてしまい輕い失神をいくどかゝんじるのはあるいは壬生が意図もなくしかけたようなものだった。女がそうなることはすでに壬生はしっていた。そうなるしかないならそうしてやるほかないと壬生は思ふ。髙台の麻ぶ台にあればたかが三階の部屋からも北方面のおちくぼんだち形が髙層マンションさながらにみわたせて壬ぶはかるい錯覺とめまいにおそわれる。女はりょうてにひろげたバスタタオルにじ分でかれの雨をなごらせた水滴をぬぎとろうともくろみながら、ふれることじたいに躊躇しておもはず糾弾するににたまなざしをさらして惑う。さわらないで、と
——ふれないで。
振り向きざまの壬生は云った。
——指一本、おれにさわっちゃだめだから。
久松ふみ子はその美しい
——おまえ、
惡臭の男を
——おまえのきたないゆびで。
みつめた。少年という可き、とはいえそういいきってしまうにはあまりにも煽情的に過ぎる色づききったをとこは「…安心して」と
——おれ、さ。おまえじゃないから。
「さわんない。わたし」その時に「ぜったい」
——おれの決めた女って、まちがってもお前なんかじゃないからね。
ひさまつふみこの双渺に淚はようやくにして決壊しついに自分が滂沱の涙にのまれたことをかの女自身は氣づきもし無いまゝに紫陽花のふりしきるあめのなかにさへいろとられたのも蝶は知らすも
ぶざまな大股をひろげてそのまま失禁でもしてしまうのではいかといぶかるほどにあられもなく痙攣しながら女はめのまえに號泣しふいにとめどなくおそいかかる寧ろ軽蔑にいたたまれずにめをそらせば広すぎはしないガーデン・バルコニーに紫陽花の花の植栽は白濁するしかない豪雨の色彩の中あざやかすぎてけふにさくあしさゐのはなはふるあめの爲にのみたけ咲けりと思ふ
はるたつひすてにかすみをしるそらのしたのやまのはにゆきともさくらのはなともわかぬしろひいろをちらした日にをとこはをんなのゝとをつけはその時に女の立てた聲のひびわれた音色が耳に殘った。
をとこには流す可き淚さへなくてこのまゝあなたのにおいのなかにうずもれていたいと片山夕夏が云った時その二十代後半のおんなの唇のしゅういにはのみほしたばかりのシャンパンのうつした臭氣があった。十七歳の壬生は年齢をもはや僞りさゑせずにおんなのするがまゝにまかせてやり片山夕夏がもと旧防衛庁の廃墟のちかくの敎会のむかいにかりていた部屋の中に肌をさらした。女がむしろのぞんでよいつぶれかけていたのにはきづいていたので片山夕夏がなにをいひだそうとも壬生はほゝえみのうちに無視して遣るしか術をもたない。まどのそとには霧雨がふってカーテンさえしめられはしないガラスに飛まつがすきほうだいのにび色のひかりを散らんさせた。じぶんのはきだしたこと葉をた人のくちずさんだひとりごとだったかのようにすでに片山ゆふ夏はおもいかえしてふいにわらってしまったそのときにはゆびさきはかれのくちびるをなぞった。かた山ゆうかは彼の女に貢いだ客がケースでおくったよこしたドンペリニヨンのくろい躯躰がわきのテーブルにあって朝の十時を越たというのにうすくらいままの雨の日の室内にそれなりの日のひかりの反射をさらしているのを「あんたには興味はない」と壬ぶはその六本木のクラブの女にはすでにつげてゐた。をんなは氣にとめもしなかった。いゝじゃん。
じぶんかってなおもいこみ。て、と、おんなは…さ。でもさ、と。
——戀愛ってそういうそく面なくない?
片山ゆふ夏はじっ感のともなわない自ぶんのこと葉を莫迦な女のしったかぶりの詠嘆じみてみゝにきいていた。めのまえ床のうへに躬をなげだしたうつくしいゝきも乃の裸たいはあからさまに目になじみ視界もろともとけてきえてまじわってしまいそうでふれて仕舞えとこと葉もなく命じたて乍もかたやま夕かにふれてしまうことをためらわせつづけるのだった。羞恥いぜんのふかゝいな葛藤が片山ゆふかを倦ませのみたくもないシャンパンのボトルの口に唇をおしつけさせつゝけた。ふくんだ金いろのくちのなかにあわだっているはずの液たいをかがみこんだくちうつしに壬生にのませたときシャンパンの匂いよりに激しい少年の獸じみた惡臭がふたたびおんなの鼻をついた。をんなはわらってしまいそうになった。なぜこんなにも、と、少女の餘にもむ責任でたゝたゝ耽び的なゆめのうちにしかそん在しないはずのかたちをさらしながら容赦もなくふ快でしかない惡しゅうをあなたの肌はかきたてゝいられるのだろう乎と「みつめていい?」
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