雪舞散/亂聲……小説。2
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上お読み進めください。
雪舞散/亂聲
哥もの迦多利
亂聲
…タトゥーだらけの体をみれば壬ぶ悠貴は淚をあふれさせるだろうか。いわゆるこれみよがしなほどのぼう沱のなみだこらえきれずにあふれだすなににぬれしかきみか頬をともなく夜はたゝさえる月
しげる夏の葉につゆさえおかずに。
泣く女。壬ぶのゝうりにゆう貴がおもいだされるときにはつねにをんなはなみだするそん在としてでしかなかった。かれは悠きのなくすがたをみたことはいちどもない。じぶんがなみだすることをかたくなにじ分に禁じたけはいをおんなが不いにあざやかにもさらしてしまって、と。淚。と、そのこと葉の意みをはじめて覺えたきがしたかすかなその一瞬、さんねんまえのなつの暮かたの日にさえ壬生はけっしてぬれたほゝをはみいださなかった。「おれ、たぶんね。」
あの日みぶは云った。「あなたを赦さないと思う。」或いはわらいだして仕舞うだろうか。あの日おんなはただ目をふせてほゝえみ、をんなは、ゆうきはいつかみぶたか明の入れ墨の這うにく躰を見てしまったならば。色彩。みじめなまでにむごたらしいそれ。いろづき存在がそこに存在する以上引き受かざるを獲ぬいはゝ存在の限界。おもえばことごとくがなんらかのいろをもっていろづいていろをさらす。しかくさえないいきものにしぎなくとも。いろめいてしろいやわらかなはだのうえにそのうつくしさの純度をけがすためだけにいろづいたかの垂れゆらぐ藤のはなのむらさき。しろい肌がそれでも持っていたらしい肌のくすんだ色彩にくすんだ色。むらさきと綠のあいだをぬってのたうつ雙つの龍のからみあうゑ。
さいしょにほったのはかたほうのゝぼる兩目のりゅうだけだったが壬生ははじめてのはりがはだにしきさいをさしこんだ瞬かんからとりつかれたようにはだを線といろでうずめ盡はじめた。かた目の竜はあし首に地のそこにまでおちていこうとしたさきのそこにあるかなにものに咬みつこうとしたのか。いまやくびすじの右からほゝに這ったりゅうのつめはふぢなみを散らしながらまなじりにふれて思いつきで左のほゝにだけいれたなみだの靑ははんたいのほゝをこぼれおちた淚とは無かん係なまゝにとどまることもなければながれだすこともない色さいだけのなみだにユイシュエンはくちびるでじゃれた。
ふれ、したをさえはわせてひとりでかの女にしかみえないなにかをもてあそび、こび、かの女はじ分で聲をたてゝわらった。つめたいみぶのるい腺はもはやこわれていたにちがいない。かなしくもないのにたれながされるなみだがもはや温度のないみぶにありえないはずの熱をおびているのがまなざしのうちにさえつたえられてユイシェンはこと葉を失う。あたゝかさがそのまゝおんなのまなざしにす手にふれた。このはん年のなかでかれのはだにしき彩が馴染んでおちついたことなどない。つねにあたらしくタトゥーにいじられつづけてあたらしい図柄がもてあそばれてそのはだはいつか痛みをかんじていることこそをにち常とさっ覺した。みあげればあを、空。——と、靑。沸き立つ雲の白のかたちのくずれる速どに上空の風のはやさを知る。ゆうきのいつもみせたふしめがちのまなざし或いはまばたきのまつげのふるえ。じゅうろく歳のある日のあけがたくらいうちに顏もあわさずにわかれてからなんねんも逢ってはいないその女こそがほんとうに壬生のはゝおやだったのだという慥かなじっ感をはのこさないまゝだったのはかならずしも彼女が十五歳でうんだ若すぎるこどもだったからというせいばかりではない。あまりにもうつくしすぎる壬生にうりふたつのゆう貴はにおうばかりにうつくしくかった。いずれにせよ雙りならべばできすぎた夢のなかに見せられたまぼろしにしかみえなかった。みぶのをんなをとらえたまなざしのうちにも女は他人にかいまみられた夢の様にもおぼつかなくおもわせておぼつかないあざやかなうつくしさのまにまに壬生はいつかそのまゝおんなをおもいすてゝしまっていたのかもしれなかった。
もしくは種を付けたおとこの名まえさえもわからないがゆゑのきはくさだったのか。だれかが俺をたぶらかすために俺のまえにさしだした冗談に過ぎないんだろうよとあたまのうえで祖父はいった。「…こいつは。こいつの、」壬生忠雅というおとこ「こいつっていうやつは、…」六歳にもならない「…ね、」壬生たか明をひざにだいてまだそのちいさくやわらかな小どう物にすでにめばえたえい利なち性が冴え切っていたことにはきづかない。かれにとっては独り言散たにすぎなかったいわば罪もない戯れ言が六歳のいきもののこゝろにび細なきずをはらませて、いずれにしてもしょせんは夢のなかでみられたゆめにすぎないうつくしいいきものをいまみているのならば慥かに目の前にそんざいするじぶんにいきうつしのあでやかな肉の生成物が母おやと呼ばれる必然はなくましてや時に仕組まれでもしたかのようにあいされ時にうとまれときにゝくまれときに反目しときにわ解もするものであらねばならない必ぜんもなかった。でなければ悠きをそのうでにだきその躰のうちににあたらしい命をさへめばえさせてしまった叓など正気の彼にできるはずもなかった。ましてや貞淑な母なるかの女がそんな仕打ちを壬ぶに赦したことの必然などかんがえられもしない。夢のなかにみたさきの世の契りの夢のはかないままにうつゝに覺めてみた夢はうつゝにさえいつかしみたのか。ゆうきがおもわず奧ばをかみしめたのに気付いた。みぶは、かさねあったはだのおん度をそれぞれに相手のぶんのそれをだけかんじつゝけながらみぶはしあわせだろう?
おもう。いたみ。
おもった。かみしめた齒の、でしょ?
あなたは、と、こゝろの嘆息ともいう可き——幸せなんだろ?
今。…と、そんなせつじつな思いなどではなかった。たゝおもいつきでくちびるからこぼれおちたゝけのこと葉としてあなたは今、と。
とてつもなくしあわせな筈だ、と、肌にふれる。みぶはなぜならあなたがもとめつゝけていた愛おしいそん在に今、あなたはおもうがまゝに穢されているのだから。もはやあなた躬つから肌をおしつけて、と、なじるように肌をおしつけてみぶは女にあなたじしんの穢れたからだに、と、おれを穢させる。あいかわらず、と。壬生は女の肌にじぶんのはだのおん度がかんじられていることを實感しようとし歎きのなみだもよころびのなみだもながしおとすことをしらないゆうきの褐しょくのほゝに唇をそわせた。白い壬ぶ髙あきをあざわらうほどにいろぐろの母おやは喉のおくに押しつぶしくぐもったぶざまないきづかいでだけでたとえばひきつぶされた蛙の鳴らしたかの。壬生のくわえつづける行いにこたえるともなく應じていま。あなたは至じょうの夢のうちにさまようほどのあまいしつ拗ないたみの中にとけおちてしまおうとするのだろうか。そのあざけりににたおもいを壬ぶはおく齒にかみなつき暮かたの秋のくれたばかりのよるのあさきに有明の月はてらせとをともなき夢通路潮騒のみなく
みぶ忠まさという名のそ父なるをとこがかま倉のうみ邊に築いた木つくりの別邸のこう大な庭はいまそこにのこった雙り以外にはだれをもはいりこませないままにしずかに月にうたれていたにちがいなかった。
九月、ちくびをかるくかんでみせたユイシュエンのまえばのたわむれがなにも言わない壬生にせめても悲鳴のひとこゑをでも上げさせてしまおうとたくらまれたものだったのかどうか。唾液ははだをやさしくぬらしてその固有の匂いをつけたにちがいない。壬生のてのひらが自分のうしろあたまをなぜるのをうけいれて雨萱がおんなであったことなどいちどたりともない。ブーゲンビリアの花とわらっていわれたこと葉は抑ユイシュエンによう赦なくすてられた五じゅう代の日ほん人が吐き捨てるようにいったらしい蔭口だった。こうなり名をとげたにはちがいない大くら官僚のそのをとこのゝのしり侮じょくする口はいちどもくちびるにさえふれさせてはもらえなかった夢のなかのはなの馨にぶざまにもしっちゃくしていることないことふれてまわったにひとしく結かおとこにできたのはじぶんを醜ぶんにおとしめただけだった。女もしっとするをんなのかたちをふしだらなまでにみせつけて雨萱はかりに壬ぶにだかれるときでさえおんなのこゝろなどはしらないままだった。はじめて壬生にあったときそれはちかくのクラブのなかだったがきづく。みぶは極彩色のしょう明のくらがりにじ分をみつめるまなざしを、ふいに耳にひびたおんなの立てたに違いないわらい聲にかんじられた違わ感にみぶはおもわずほゝえんだ。みぶは女をいぶかるでもなく雨萱はあきらかにじぶんがおとこにひかれすでにこがれ戀しあくがれてさえいたじゝつに吹き出してしまわざるをえずにその色彩なつの日に馨さえたてずにあざやかににおうむらさき見せかけの花
ブーゲンビリア。あたゝかくさえあればき節などしらずに咲く常夏のとこしえに咲く花。あるいはそれは季せつさえしらぬまにうらぎっていろづいた好きかってな紅葉ゝだったのだろうか。ならば栬葉などじ生しない熱たいのどこかの島にさえ紅葉ゝはいちねんじゅう散り舞っているということになりそのむらさき白くれなゐのさまざまなしき彩をあざやかにもさらしてどうしてだろ?
あるいは
——おれ、
光にまばたく。
——もうすぐ、ね。
どうして、俺。と、壬生は
——たぶん、俺、さ
ね?
——なに見てる?
みぶは壁に突き出した沙羅双樹の光の眞黑い血まみれ顔をみやりながらもどうして俺、お前の事すきになったんだろって、腐ったにくの匂いがする。その、…ね、思わない?眞黑い顔には。「なんで?」ささやきかけた言葉をのみこむというわけでもなくユイシュエンは壬生に秘密にした。
「なんでそんなこと知ってるの?」あなたなしで生きていけるなんて「敎えろよ」
——なんで空って「笑っちゃいそう。…」靑いんだろ?その「知ってた?」
痛いんだよ、と時に
——空気の塵だの光だの屈曲だのなんか「なにもない。」どうでもよくて。
ユイシュエンは云ったものだった。まばたき
——どうして「かならずしも、…さ。」あの「なにも」色彩をかたちつくらなければならなかったんだろ。「はなしたいこと」
まどごしのやわらかな陽光のひとさしに
——地上にあんな色なんて人間が「まったく完璧にないんだけど」染料作り出すまで「お前と話してたい」存在しなかった筈でしょ
壬生は「どこが?」
——唯一の「この世界が」色彩じゃん?なんで、「滅びるまでとか?」
想い出す。そういった時、ユイシュエンは
——俺の叓好きなの?「ずっと」
もう、あんたの存在ぜん部が。
——なんで?「雙りでいようね」おれたち、…と、壬生の沈もくをたゝ雅は赦さなかった。そのみぶの十ろく歳のときには。かのおとこ、壬生ロジスティクスとMIBU都市開発とを一代できずきあげてずにのりたいだけのっていたはずの六十代の男は羞じもなにもなくすなおに赤變した顏をむなぐらをつかんだ少年のはなさきにさらしていた。孫をなぐりたおしてたゝそれだけの運動に自ぶんの息がきれていたことをいぶかる。こんなはずではなかったきがした。めのまえの獸のにほいのうつくしくきたならしいゝきもの。他人のはんざいのじ分にふりかかった血と汚穢。めにうつることごくがまちがいだとさゝやきおなじ聲はすでに手遅れだとつぶやいていた。壬ぶたか明がふいにおもってたのはいま、と。なぐりたおされる俺をみたら悠きはどんなひょうじょうをしたのだろうかと「家畜か犬か虫かそれ以下か。」
忠雅はひくゝ錆びて云った。「お前、どっちだ」なにもかも
「それとも蛆むし以下か。」すでにゆるしてしまったような。そんな諦めもなにもないままにたゝひたすらすみわたらせたようないわばいろもにおいもないないそれ。聲。いかりくるっていながらも?まるで矜持ででもあるかにしら髪をかくさなかったおとこの聲はみだれるいきにあえいでいた。「どっちがいい?」くさったにおい。
數千年のときのうちに?
たゝ黑く骨格じ體をほう壊させた沙羅双樹のひかりはみぶたか明の目の前で口をひらいてでたらめにゆがんだ顏をみせつけるのだった。
ささやきかえそうとして壬生はこと葉をのみこんで「自分で責任なんか取れもしないんだろう?」ちがう、と壬生は「糞だなお前」思った。
このひとはいま、ゆう貴を追いつめてしまった壬生たか明の事實をさえ
「死んでも償わせるからな。どうやって」
責めてはいない。じじつとして
「責任とるつもりだった?」
むすめがたとえ
「どたまかちわってやろうか」
海をわたった嶋國で十すう人の男たちにごうかんされたときにもなにも彼は怒りさえし無かったのだった。おれを
あなたは、と。受胎したゆうきをそのとき脱胎させもし無かったそんなおとこがあの、と、しってる。あなたはたぶん褐色の肌の男たちの種だろうがなんだろうがおれがあなたは、——と。貴方のむすめがかならずしも、と、いずれにせよ俺がふたゝびはらませたとして、と、孫に、と、いったいなにを感じるだろう?はじめて、と、あいされていたわけではないと。ただ、と、入水する冬のみずの冷たさをむすめの、と、慈善事業のようなものだった。おれにとってあなたのむすめに肌をそわせたあのひと夜の行いは、と、その肌が知ったとしても?さゝ波。「八つ裂きにしてやろうか?」まなざしのさきに忿怒をすなおにさらしてあからさまな怒りをみせたゝた雅を見あげ乍ら瀨との宮しまの山おくの別邸の和室のたゝみに身をはわせて壬生たか明はじ分がいまふしぎなものをみているとしかおもえない。そ父はたしかに目の前で本きで怒りくるいそれにはうそもいつわりもなにもなかったがそれを事實とはいえないげん實をみぶはかんじつゝけてこの世さえいまこそ滅ふとね覺せはそとは屋ね搏つあられの曉
いい気になってる?穗木達久という名の乃至すくなくともじ分ではそう名乘った日本じん男が六じゅう近いおとろえをすでにしったはだをさらしたまゝに「…お前、」いったのをユイシュエンは春あめのふったひのあけがたにふりむきみた。ひとりだけす肌をさらしていたおとこのそれは顯らかにかの女をもとめて首をもたげ、とはいえたゝたゝずんでだけいるのを雨萱はそれがけっしてじぶんのにくたいには存在しないばかりかそれにこがれられる対象にさえなっているいまの現實を奇妙なさく誤とみなす。聲をたてゝわらいそうにもなる。そして所在なげであるべき愚弄された男のひらきなおった罵りと糾弾のまなざしにほゝえむユイシュエンの「…しってる?」
ほゝのゆがみは「あなたは、…」
ね?
「おれには愛されないんだよ。」ほ木にせん明なくつじょくをあたえた。出會ったときほ木たつ久は自ぶんたちでたちあげたIT会社の社長をやってると云った。歌ぶ伎町にながれこんでホストをしていた十八歳の壬生が紹介したにすぎない男のじっ態はよくしらない。興みもかならずしもあるわけではなくてようやくさそいこんだ澁谷の髙層ホテルの上の方で空に、と。わずかにでも近くなった。あなたがかつてしんだそらに。穗木は窓の表面にむこうの明け方のしきさいにうつりこむ自分の裸体の白い反映をみいだしてでもみるほかはなく「あきらめられないんでしょ?」
おれのこと、
「すきになったら、もう」
ほしい?穗木が「餓えたくそまみれの耳から腐った脳みそたれながした犬っころみたく」アルコールにまぜこんだ錠ざいはユイシュエンには用をたさなかった。あるいはユイシュエンが感じていたかすかなめ舞いの感かくこそはそのピンク色の粒ふたつのせめてもの名殘だったのか。くろずくめのタイトな服に身をつゝみこんだパンツすがたのまゝで雨萱はすでにふり已んでしまったさっきまでのあめの音の殘響をみゝのうちに雨。ふりしきって已みそのゝじつをさえ日のしたにきえうせて仕舞うそのひゝきをひとりひゝかせてあそんだ。おまえ、と、「男の気もちなんてなんとも思って無いんだろ?」度胸あるの?そう云ったのだった。男がきゝめをみせない錠剤にごうをにやしたクラブの極さい色の暗がりのなかゝらかのじょをつれだして、ホテル、取ってあるから。云った穗木のもとめていることくらいユイシュエンは良く知っていた。あまたは、と。いつでもおとこというじ分にもっともちかいあわれな生き物が、と、おれは男なんだよ、と、じぶんをみいだしたとき終にはさかりがついたかのようにもとめはじめずにはいられなくなるものだったが俺の、と。
おれはおとこなんだよ。
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