雪舞散/亂聲……小説。1
但し書き。
茲に在る小説は所謂哥物語のかたちをとってあります。
小説の年代はだいたい八十年代から九年代くらい、七十年代半ば生まれのものたちの大凡二十歳くらいになるまでの物語です。
なぜそんな時代設定になっているかというと、このあとにつづく本編が彼等の子供たちの物語に成る筈だからです。
ところで今の時代樣ゝなきなくさい叓おもしろい叓注目すべき叓が溢れかえっています。
新型ウィルスが或る意味世界的な被差別大國というべきかの國に發生したり、いわずもがなの中東のなにやかやとか東アジアの島國と半島のなにやかやとかですが、そんな時代のなかでは非常に反‐同時代的なものになっています。
單純に、まわりがきなくさくればなるほどに、いわゆる雅びという感性をとぎすませてみようという、抑ゝ反時代的なこころみの産物です。
もっとも、抑ゝ今我々が翫ぶ雅びという概念の抑ゝは宮びる、卽都風とか宮廷風とかそういったありふれた形容詞が語源なのではないかともおもいますが、伊勢物語あたりからすでにその意味は擴大されて異形の姿をさらしはじめています。
その概念の實効性さえすでに亡びたいまとなっては異形の異形ぶりの擴大はなにをかいわんという感じですが、暇つぶしにでも讀んでいただければありがたいです。
小説の構成は序破急に成っていて、爰には序の一部と急とがあります。要するに雅樂の樣式を踏襲しています。
二年睦月二月妋乃尾‐黎記
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上お読み進めください。
雪舞散/亂聲
哥もの迦多利
亂聲
おんなのするようにまかせた。さらしたす肌をへやのなかのふゆの冷きにむしろいっぱいにあからめてをんなはたいおんをはなち時には聲さえもがたつ。或いははかれたいき遣いの亂れたそれらひびきのさん亂はよもにきえては更にもはかれ彼はもはやまばたきさえしなかった。たとえいきすぎたとおもうほどに女が自ぶんでひとりだけのじょう熱を咬みちぎったときであっても十九歳の壬生髙明はほう置しゝろい花。そのむ數の散るその身をなげだしていた。壬ぶは身をよこたえたまゝに色。しろ。その女がうま乘に花。と。まがうばかりにも散りおちうま乘りになったおんなの身をくねらすのにまかせたベッドのうえになにというでもなく花ら。もはや薰りたちもせずによじられた頸のまなざしのさきのかいま見たまどのそとに雪はおちそれら見つめはしないまでもみぶのまなざしはきさらぎの春かすめともものうきはかりのこゝろたにしらぬはかりのはな散りまとへ
まばたく。
あかつきがたゆきがふったことはしっていた。なんどもかきゝえてはふたゝび覺めるい識のうちにそれをみぶがしったのはほかでもなくおんなが雪とたゝひとことみゝもとにささやきかけたから。とびちったちをもはやかわかせていたみぶのみゝのききとったその聲は「…ゆき」と。あるいはふいに茫然としたかのような氣配をちらしていた。そのときにも女のくちびるにはわずかな笑みが、——ね?
はきだされる。
さゝやくような「わかる?…」ゆき。聲。ほゝにもふきかかるのはいき。おんなのくちびるのおとしたそれがみゝにふれた時さんざんにおもいつめたあげくのせめてものと息だったかのように感じられたのはなぜだったのか。をともなくまどのそと明けをしりはじめたばかりのそらの無殘なくれなゐのいろをとめた大気のうちに雪は花きさらぎの櫻にもまがいて降りながらもだれがみてもいわば夢のなかに見たゆめのごとくにも美しい壬ぶ髙あきは死にかけていた。後ろからなんどもさゝれた刃ものゝきずはたゝ血をふきながすしかなくてとめどもなくシーツがあふれた血に黒ずんだ。ながれだすいのちにもはや手のほどこしようもなくてマンションの前の街灯の下そのおとこが壬ぶのにく體をこわそうとしたのをみぶは赦したのだった。からだにつきさゝりえぐる刃ものゝ痛みの鮮めいさになんどかえづいた。頸をよじったまなざしは男のひょう情さえなくした冴えためをみた。わき立たいおんと。頭とせ骨の中に血のあじをなめてみぶがひとりドアをなぐりつけるようにノックした深やにユイシェンはひらかれたドアのかげにかろうじて身を立たせたおとこのたれながす血のにおいにもはやすべてが破綻して仕舞っていた事實をだけ見いだした。血にまみれても、と。聲がつらなる。あなたは美しい。——と、じぶんの聲が。
ユイシェンはきく。恐れおのゝき逆上しながらもち染めのおとこに見蕩れたじぶんじしんをおんなは疑った。叫ばなかった。悲鳴をユイシェンはのどに押し殺した。いつかはとはしりながらそれがいまと知ってはたゝとまどうていまにもとおもへといまとはしらさりき風ちらすへきはなさえもなきを
冬の夜にすでにおんなが彼の血にまみれた衣服をはぎとってしまっていたからみぶはベッドの上にすはだをさらす。からだがもうすぐほろびてしまう叓はしっている。さきの世をおもいかえした夢の中になんどもくりかえされたほろびがふたゝびくりかえされる。終にいちどもしょう明のつけられなかったくらがりにきゃ奢なからだはきゃしゃながらにうすく張らせたきん肉をいき遣わせた。さいごのすうふんのいき遣いを肌がせめてもあざやかにいぶかせたのをユイシュエンはなんども眼差しに見い出すものゝまがうことなき顯かな矛盾。少女じみたくせにその骨かくのあからさまにおとこのそれであることを隱さないみぶの顏だちはむきだしの美しさにあからさまな謎をかけた。しろいすんだひふには獸じみたあく臭がある。壬生たか明のはだはたとえば雨にぬれた野の獸の柔毛のとでもいうべき癖のある惡臭をいつでもはなった。まるでだれかのいたずらにあえてつけくわえられたゆるしがたい汚點のようににおいゆびさきですきかってにみぶにふれておんなが彼のひたいくちづけときにはくちびるにふれた血のあじがひろがっていまさらにおのゝきゆきをみよしのゝめにふるゆきはいま靜こゝろなくもなにをもかたらぬ
ふりむきみた十に歳の壬ぶたか明ははるかにとしうえのそのおんなのいきをひそめてみつめていたまなざしがあわててそらされたのを知る。矢野雙葉という名のをんな。あたりまえの風景にすぎなかった。おんなゝらだれでもがみぶに戀におちる。むざんないきもの。おれに、と。愛されるすべさえないまゝにおれに戀いこがれ戀するじぶんそのものに絶ぼうする爲だけにうまれて來ると三月の櫻は散ってみぶのほゝにもふれたのにもきづかずにたかひとか我をあいさぬものあらはゆきてたゝえん墨そめの櫻
靑山のはずれ渋谷の高台にあるマンションの最じょう階の一室のなかでいきをたやしかけたからだのうえにのったまゝじゃれつきいき遣いおんなはをとこならだれであってもひと目にもこがれてしまうにちがいなかった。そのおんなユイシェンはうつくしい。不穩なまでにゝおい立つおんなのまなざしのうちにはあくまでも冴えたおとこの視やだけひらけていたにはちがいなくともユイシェンはかの女になびくをとこたちを好きほう題にはべらせた。おとこたちに耐えがたくせつない夢をばかり見せてはなまめいてきさらぎの雪のあさに壬生とふたつのからだがより添いあえばふいにうつゝに描かれたうつゝにはありえないまぼろしのようにもいたみ。壬生は神けいをゝともなくもえたゝせてせめぎあういたみの鮮烈になんどめかに失神する。死にかけのにく體はもはやいますぐに死をのぞみながらだれの赦しもなくたゝ生きのびんとこそ固執していた。その矛盾がゆるしがたかった。さけびごえをさえあげそうに壬生は彼らが渋谷のへやの中にひきこもってしまえばたゝ雙りのまなざしいがいに見とめるものもなにもない。
雙りはユイシェンの部屋の中に身をかくして数か月をすごした。いつでもいきをひそめ時にはいきをとめさえしてはだをふれあいはだをかさねてたわむれじぶんかってなあいぶのうちにおんなは壬生が自分を愛してはいない叓などとっくにしっていた。ゆゑにこそいつでもおんなのまさぐるゆびさきにようしゃはなくてぶしつけなでに性急にも愛、と。おんなはじ分の思いのこがれたまゝにすなおにもてあそぶ指にあるいはおしつけられてかさなる肌にもためらいましてやしゅう恥のかけらさえ影だにありはしないのを当然のこと。いま、——と。
それいがいになにができるのか、と、壬ぶは思った。あなたにはいま、と。それしかできないのだから。あなたはもはやおれをだけ愛するしかなにもなしようがなく、と、ふれればいい。と、壬生はおもうがままに、すきほうだいにあなたは、と、そして。おれはあなたをもてあそぶ、と女は、すきかってに、おまえの赦しさえも無く、と、をんなはもう、と壬生は、おれはいきられない。
みぶは覺めたまゝにみる夢のなかにすでにじ分のゆくすゑをしり盡していた。かれのいのちはすでにつきかけていて殘りはもはやほとんど殘されてもおらずたれおちる女の髪の毛ははなにつくほどにあまやいだほう香をだけ周囲にまきちらしてやばい。と、ユイシェンはいつだったかの朝まだきにささやいた。
「なに?」
おれ、ほんきで好きになってる…「お前の叓」聲をたてゝ笑うみぶをおんなはとがめもしない。
知ってた?——ささいな躊躇とでもいうしかないこゝろのこと葉になりさえしないふるえ。はりつめた絲のつまはじかれたにゝた、なんども壬生がそんなときにはじ分じ身がすでゝ赤裸ゝなたにんのぜつ望にすでゝふれてしまっているさっ覺にとらわれていたのをおんなはきづかずにユイシュエン。雨の中の萱とその名を母親になづけられた中國女はその時まばたきをすることさえ一瞬忘れた。うまれたときからおんながおんなだったことなどいちどもなかった。おんなはたゝをとことしてだけみぶをあいした。かぎりもなく美しいかぎりもなく無殘な獸の惡しゅうのいまだにおさなさを殘すおとこ。ユイシェンはなづけおやを十ろく歳のときにちゝ親もろとも捨てた。「なに、」と、——みてるの?
さゝやいてはユイシェンはほゝえむ。——いま、と。
「おまえ、なにを」そのといかけにはこたえずにみぶは泣きながらわらったようないつもの笑みをユイシェンにくれた。いつでも假にほゝえむときにすらもかくしようのない翳りは男のまなざしに謎をいくへにもかけたいろ馨をそえていよいよはなれがたくさせるのを雨萱は惹かれるじ分をあざわらいながらもをとこをいつくしまずにはいられない。十歳近くとしうえのはずのおんなはからだのうえにさゝやくようにいき遣い十二月のすでに明け切った朝にもおとこは泣きながらわらった眼差しをなげた。そのこわれものじみたほゝえみのほのめかすやさしさをみたいがためにだけユイシュエンはいったいどれだけのおも白くもない冗だんをむりやりつくりだしこっけいなきょ動をさらしてみたものか。せめてもかれのまなざしのなかをひとゝきひとりじめしてしまうことをひとり口にもださずにたくらんで音さえもない。みみにふれるをとさへも、と、靜じゃくとはかならずしもいゝきれない無ぞう作な音のむれがもっともかすかなび弱でくうかんをみたしていることは女はしりながらおんなのみゝに周囲はたゝしずかだった。ビラ・モデルナという名がつけられた何じゅうねんもまえにたてられた手のこんだつくりの白い建て物の上層部、地上のおとはとどきにもさえせずに又、たとえ地じょうにおりたってみたところで澁やのまちのざはめきのなかに不いに落ち込んだあなぼこかなにかじみてこゝらだけ極端にかん靜な一角はとりたてゝたちさわぐ音きょうなどもとからやどらせてはいない。壬生のかわいがってやった野ら犬がいた。いまこの死に掛けの冬のおわりのもうかたてで芽もはるきせつにふれてしまっていた中でとうとつにふりおちた雪のよるをその犬。茶色い短毛の雜しゅがいかなるおもいで夜を明かしたのかユイシュエンは知るすべもない。或いはこごえて死んでしまっていればいゝと吠えたてる叓さえしらない家畜じみたおとなしいあの。
デザイナーズ・マンションのはしりだったギザつくじゅん白の建ぞう物はときをへたいまはたゝふるびてはい墟じみたたゝずまいをだけさらしくすみ雪にふられる、と。自分の下になってめをとじて肌を冷めさせはじめて聴く。じ分のながした血にまみれたおとこのためにだけにさゝやかれた自分のこと葉ををんなは、あなたゝけの、と。みぶのまなざしにはゆめをみているようなつやめいた氣配があってまばたきもせずになぜなら、と。ゆきはきせつさえしらないのだろうか?あまりにもつめたく。たとえまぶたのとじられていてさえもそれがいともなくかってに謎をかけて仕舞うあなたのまなざしはいま、と。——知ってる?あまりにもゆきはつめたくも冴えて。いまがすでにはるだということを?
と、あなたはいま、じ分でもきづかないままに、と。おんなにきゝとられるおんなのいき遣いはたえだえのいきものの最期のこ動をきざむかのようにもいま、と、嗚咽さえもらさずにまどのそとがゆきにおゝわれようとしていることさえきづかないまゝにそうやってたゝふれるものすべてがあなたをきずつけてしまうとでもいいたげなまなざしはとざゝれたまゝにあなたのまなざしのうちでさえ降る雪はをともなくふりめを見ひらいたまゝにもなにをみいだすのかたとえばあなただけにもえあがるいたみにむせかえったりもしたりしつゝも?雪。みればいいまだ見えるというのならあるいは降りおちて解けもせずそこにどんなふうけいがひろがっているのかさえわたしにも、だれにもつげないであなたはいまもひとりひとたびだけきせつさえたがえたゆきさらきのゆきはいかてしらさらんかすみに舞える花にもまかえは
——見る?
「あなたに」
女はかつて
——すき?
「見せてあげたい」
その秋のおわりにこれみよがしなほどのおんなのからだの曲線をみせつけてわざとのけぞらせ、「おれが見てきた風景。」雨萱は云った。「たとえば」
——ね、
「おれになぐられて血を流した母親の顏の絶望のぶざまな切じつさ、とか?」
と。
——どうする?壬生はさゝやく。
なに?ふいにわらいをこらえたおんなの聲は息のみだれをかすかにふくんだ。
——…ね、お前さ
——いってよ。
——どうする?
——話して。すきだよ
——もし、さ。
——おれ。あんたのこゑ
——ね?
——すきだよ。おれ
——おれがおまえのこと
——けっこうね、
——まったくすきじゃなかったら
——ほんきで、花。「泣いてほしい?」花はなぜ「おれに。」かをりをなはなつのか壬生は「聲たてて。」ぎ問におもったことが「なきわめいたらいい?」あった。かつて「すきになってって。」まだ昭和とよばれていたじきの數年のいつか「ひざまづいて、」こどものころ「あんたの」おいさらばえるまえに「おしりでもなめたらいい?」蝶さえ未生のち上の渾とんのじ期にも花が芳香をはなっていたとするならその馨はいっただれのために「どうすれば」ただようたのか。「ないてもいい?」
——なんで?
いたい?
——り由、ひつよう?
いたくない?
——いいわけだけ必要
いき、できる?
——関係ない。なんかなきたい。
くるしい?
——なんとなく?
いきてる?
——めっちゃくっちゃせつじつに
まだ?
——ないちゃえ。…タトゥーだらけの体をみれば壬ぶ悠貴は淚をあふれさせるだろうか。いわゆるこれみよがしなほどのぼう沱のなみだこらえきれずにあふれだすなににぬれしかきみか頬をともなく夜はたゝさえる月
しげる夏の葉につゆさえおかずに。
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