新勅撰和歌集。撰者藤原定家。卷第十八雜歌三。原文。


新勅撰和歌集

新勅撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年五月十三日印刷。同十六日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。



新勅撰和謌集卷第十八

 雜哥三

  世をのかれて後四月一日法服袈裟を見侍て

  法成寺入道前攝政太政大臣

けさかふる夏のころもはとしをへてたちしくらゐの色そことなる

  返し

  從一位倫子

またしらぬころものいろをたちかへて君かためにとみるそかなしき

  少將髙光横河にのほりて出家し侍ける時ふすまてうして給せける御哥

  天曆中宮

つゆ霜のよゐあかつきにをくなれはとこにや君かふすまなからん

  髙光よ河[横川イ]に[すみイ]侍けるにとふらひまかりてよみ侍ける

  東三條入道攝政太政大臣

君かすむよかはの水やまさるらん淚のあめのやむよなけれは

  おなし時恒德公兵衞佐に侍けるかはりの少將になり侍てよろこひに大納言のもとにまうてきて侍けるを見てよみ侍ける

  大納言師氏女[髙光妻]

それとみるおなし三笠の山の井のかけにも袖のぬれまさる哉

  左近中將成信三井寺にまかりて出家し侍にけるに裝束つかはすとてけさ[袈裟]にむすひつけ侍ける

  一條左大臣室

けさのまもみねは淚もとゝまらす君か山路にさそふなるへし

  母の病おもくなり侍ていむことうけ侍けるにきせて侍ける袈裟を身まかりて後見つけてよみ侍ける

  右近大將道綱母

はちす葉の玉となるらんとおもふにも袖ぬれまさるけさのつゆ哉

  伊勢集をかきて人のもとにつかはすとてよめる

  中務

なきひとのことの葉うつすみつくきはかきもやられす袖そぬれける

  とし子と物語して世のはかなき叓なと申てよみ侍ける

  大納言淸䕃

いひつゝも世ははかなきをかたみにはあはれといかて君にみえまし

  後一條院の后宮かくれさせ給にける年の暮かの宮にまいりてよみ侍ける

  權大納言長家

春たつときくにも物のかなしきはことしのこそになれはなりけり

  返し

  出羽辨

あたらしき年にそへてもかはらねはこふるこゝろそかたみなりける

  九條右大臣かくれ侍にける年新嘗會の比内の女房につかはしける

  藤原髙光

しもかれのよもきのかとにさしこもりけふの日かけをみぬか[そイ]かなしさ[きイ]

  後髙倉院かくれさせたまう[ふ]て後參議雅淸出家し侍て多武[たふ]の峯にすみ侍けるあからさまに京にまかり出たるよし聞てつかはしける

  内大臣

こゝろこそうき世のほかにいてぬともみやこをたひといつならふらん

  返し

  左近中將雅淸

まよひこし夢路のやみを出ぬれは色こそ[都はイ]よその墨そめの袖〇

  嘉承の比ほひあけくれ思ひなけきてよみ侍ける哥の中に

  權中納言國信

君こふとくさ葉のしものよとゝもにおきてもねてもねこそなかるれ

かきりとて薪[たきゝ]つきにし野へなれはあさちふみわけとはぬ日そなき

あさ夕になけきをすまにやく鹽のからくけふりにをくれにしかな

  おなし比香隆寺にまいりて紅葉をみて讀侍ける

  堀河院讚岐典侍

いにしへをこふる淚にそむれはやもみちもふかき色まさるらん〇

  貞信公かくれ侍て後かの家にまかりてよみ侍ける

  九條右大臣

ゆきかへりみれはむかしのあとなからたのみしかけそとまらさりける〇

  天曆八年おほきさいの宮かくれさせ給うて五七日御誦經せさせ[侍けるイ]櫛のはこのかけこの下に入て侍ける

夢かとてあけて見たれは玉くしけ今はむなしき身にこそありけれ

  式部卿敦慶のみこかくれ侍にける春よみ侍ける

  中納言兼輔

咲にほひ風まつほとの山さくら人の世よりは久しかりけり

  後冷泉院の御ふくに侍ける比花橘を女房の本[もと]につかはしける

  大納言忠家

いとゝしく花たちはなのかほる香にそめしかたみの袖はぬれつゝ

  題しらす

  つらゆき

きのふまてあひみしひとのけふなきはやまのくもとそたなひきにける

  人丸

みよしのゝみ舟のやまにたつくものつねにあらんと我おもはなくに

  内わたりのさうしにのへといふわらはにつたへて文なとつかはしけるにのへ身まかりにける秋よみ侍ける

  謙德公

しら露はむすひやすると花すゝきとふへき野へもみえぬ秋哉

  題しらす

  相摸

あさかほのはなにやとれるつゆの身はのとかにものをおもふへきかは

  後京極攝政前太政大臣

おはり思ふすまゐかなしきやま陰に玉ゆらかゝる朝かほの花

  入道前太政大臣

はやせ河わたる舟ひとかけをたにとゝめぬ水のあはれ世の中

  前大僧正慈圓

鳥へ山夜半のけふりのたつたひにひとのおもひやいとゝそふらん

  俊惠法師

とりへやまこよひもけふりたつめりといひてなかめし人もいつらは

  源有房朝臣

ほともなくひまゆく駒を見ても猶あはれひつしのあゆみをそおもふ

  正三位家隆

はかなくもあす[けふイ]のいのちをたのむかなきのふを過し心ならひに

  なき人の鏡を佛にいさせ侍けるに

  前大納言忠良

かなしさはみるたひことにますかゝみ影たになとかとまらさるらん

歎なよこれはうきよのならひそとなくさめをきしことそ悲しき

  從三位能子かくれ侍にける秋月を見てよみ侍ける

  入道前太政大臣

あはれなと又と[みイ]る影のなかるらん雲かくれても月はいてけり

  なきひとゝを思出てよみ侍ける

  八條院髙倉

數ゝにたゝめのまへのおもかけのあはれいくよにとしのへぬらん

  公守朝臣母身まかりにける時左大臣のもとにつかはしける

  大納言實家

さても猶とふにもさめぬ夢なれとおとろかさてはいかゝやむへき

  返し

  後德大寺左大臣

おもへたゝ夢かうつゝかわきかねてあるかなきかになけくこゝろを

  參議通宗朝臣身まかりて後常にかきかはし侍ける文を母のこひ侍けれはつかはすとてよみ侍ける

  大納言通具

身にそへてこれをかたみと忍ふへきあとさへ今はとまらさりけり

  皇嘉門院かくれさせ給にける後の春髙倉院の御もはて過侍にける後俊成卿許につかはしける

  後法性寺入道前關白太政大臣

とへかしな世のすみそめはかはれとも我のみふかき色やいかにと

  母の思ひにて北山に侍ける時よみ侍ける

  内大臣

しら玉はからくれなゐにうつろひぬ木こすゑもしらぬ袖のしくれに

  周忌はてゝよみ侍ける

名殘なきけふはきのふをしのへともたつおも影はゝつる日もなし

  病にしつみ侍ける比新少將身まかりぬときゝて素覺法師かもとにつかはしける

  賀茂重保

朝かほのつゆのわか身をゝきなからまつきえにける人そかなしき

  後京極攝政かくれ侍にける時よみ侍ける

  藤原親康

うつゝのみ夢とはみえてをのつからぬるかうちにはなくさめもなし

  賀茂重保身まかりて後つねに哥よみ侍けるものとも跡にまかりあひて遇友戀友といへる心をよみ侍けるによめる

  覺盛法師

うちむれてたつぬる宿はむかしにておもかけのみそあるし也ける

  世を遁て後水邊述懷といふ心を讀侍ける

  藤原親盛

かはりゆくかけにむかしをおもひいてゝ淚をむすふ山の井の水

  たいしらす

  前大納言光賴

ゆく人のむすふにゝた[こイ]る山の井のいつまてすまむこの世なるらん

  老の後母の身まかりにけるによみ侍ける

  法印覺寛

とまりゐる身もおいらくの後なれはさらぬわかれそいとゝかなしき

  後髙倉院かくれさせ給うて年〱過侍ぬる叓を思ひてよみ侍ける

  平信繁

をくれしと歎きなからに年もへぬさためなき世の名のみ也けり

  老の後述懷哥よみ侍けるに

  能蓮法師

をくれゐてしなぬいのちをうらみにてあはれかなしきよのわかれかな

  入道大納言の思ひに侍ける時よみ侍ける

  左近中將基良

物ことにわすれかたみをとゝめをきてなみたのたゆむときのまも[そイ]なき

  僧正範玄身まかりて跡に侍りける物とも賴方なきよし申てまかりちり侍ける時よめる

  法印圓經

いかにせんたのむ木かけのかれしよりすゑ葉にとまるつゆたにもなし

  小侍從身まかりにける時よみ侍ける

  法印昭淸

うらむへきよはひならねとかなしきはわかれてあはぬうきよ也けり

  大神基賢か身まかりにける時誦經せさせ侍けるに讀侍ける

  中院右大臣家夕霧

わかれにし日はいくかにもあらねともむかしのひとゝいふそかなしき

  八條院かくれさせ給うて御正日八月十五夜にあたりて侍けるに雨ふり侍けれはよめる

  藤原信實朝臣

やみのうちもけふをかきりの空にしも秋のなかはゝかきくらしつゝ

  父身まかりて後月あかく侍ける夜蓮生法師か本につかはしける

  平泰時

山のはにかくれし人はみえもせていりにし月はめくりきにけり

  返し

  蓮生法師

かくれにし人のかたみはつきを見よこゝろのほかにすめる影かは

  文集親愛自零落存者仍別離と云心をよみ侍ける

  八條院髙倉

あすか河けふのふちせもいかならんさらぬわかれは待ほともなし

  題しらす

  行念法師

さためなきよにふる鄕をゆく水のけふのふちせはあすかゝはらん

  報恩講といふことをこなひ侍けるになき人の名をかきつらねてよみ侍ける

  前大僧正慈圓

もろ人のうつもれぬ名をうれしとや苔のしたにもけふは見るらん












Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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