新勅撰和歌集。撰者藤原定家。卷第十五戀歌五。原文。
新勅撰和歌集
新勅撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年五月十三日印刷。同十六日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。
新勅撰和謌集卷第十五
戀哥五
みちのくにゝまかりて女につかはしける
業平朝臣
しのふ山しのひてかよふ道も哉ひとのこゝろのおくも見るへく
頭中將に侍ける時しのふ草の紅葉したるを文[ふえイ]の中に入て女のもとにつかはしける
謙德公
こひしきをひとにはいはてしのふくさしのふにあまるいろをみよかし
返し
よみ人しらす
いはて思ふほとにあまらはしのふ草いとゝひさしのつゆやしけらん
題しらす
きみ見すてほとをふるやのひさしにはあふことなしのくさそおひぬる[けるイ]
いへはえにふかくかなしき呉[笛イ]たけの夜こゑはたれとゝふひとも哉
むつのをのよりめことにそかは匂ふひくをとめ子の袖やふれつる
玉のをゝあはをによりてむすへれはたえての後もあはんとそ思ふ
あふことは玉の緒はかりおもほえてつらきこゝろのなかくも有かな
ひとはいさ思ひやすらん玉かつらおもかけにのみいとゝ見えつゝ
なかゝらぬ命のほとにわするゝはいかにみしかきこゝろなるらん
光孝天皇御製
月のうちのかつらの枝を思ふとやなみたのしくれふるこゝちする
湯原王
めにはみて手にはとられぬ月のうちのかつらのこときいもをいかにせん
貫之
こぬひとを月になさはやむは玉の夜ことに我はかけをたにみん
和泉式部
さもあらはあれ雲ゐなからも山のはにいているよひの月とたにみは
赤染衞門
たのめつゝこぬ夜はふとも久かたの月をはひとのまつといへかし
大宰大貮髙遠
おもひやるこゝろもそらになりにけりひとりありあけの月をなかめて
道信朝臣
ものおもふに月見る叓はたえねともなかめてのみもあかしつる哉
たのめわたりける女につかはしける
よみひとしらす
あふ叓をたのめぬにたにひさかたの月をなかめぬよひはなかりき
返し
相摸
なかめつゝ月にたのむるあふことを雲井にてのみ過ぬへき哉
法性寺入道前關白内大臣に侍ける時家に哥合し侍けるによめる
堀河院中宮上總
こひわたるきみかくもゐの月ならはをよはぬ身にもかけはみてまし
月前戀といへる心をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
戀しさのなかむる空にみちぬれは月もこゝろのうちにこそすめ
千五百番哥合に
二條院讚岐
更にけりこれやたのめし夜半ならん月をのみこそ待へかりけれ
建保六年内裏哥合に
嘉陽門院越前
あたひとをまつ夜ふけゆくやまのはにそらたのめせぬ有明の月
題しらす
正三位家隆
あまを舟はつかの月の山のはにいさよふまても見えぬきみ哉
殷富門院大輔
まつ人はたれとねまちの月かけをかたふくまてに我なかむらん
權大納言家良
なからへて又やは「もやイ」見んと待よひをおもひもしらて[すイ]ふくる月かけ[かなイ]
後京極攝政家哥合に待戀をよめる
藤原隆信朝臣
こぬひとを何にかこたむ山のはの月は待いてゝさ夜ふけにけり
建曆二年廿首哥奉りける戀のうた
正三位家隆
池にすむをし明かたのそらの月袖のこほりになく〱そみる
旅戀といふ心を讀侍ける
大藏卿有家
たひ衣かへす夢路はむなしくて月をそみつるありあけのそら
百首哥に
式子内親王
いかにせんゆめちにたにもゆきやらぬむなしきとこのたまくらのそて
題しらす
大納言實家
うちなけきいかにねしよとおもへともゆめにも見えて比もへにけり
左近中將公衡
思ひねのわれのみかよふゆめ路にもあひみてかへるあかつきそなき
參議雅經
歎わひぬる玉のをのよひ〱はおもひもたえぬゆめもはかなし
正三位家隆
いかにせんしはしうちぬるほとも哉ひと夜はかりのゆめをたにみん
殷富門院大輔
いかにせん今ひとたひのあふことを夢にたに見てねさめすもかな
法橋顯昭
つらきをもうきをもゆめになしはてゝあふ夜はかりをうつゝとも哉
道因法師
夢にさへあはすとひとのみえつれはまとろむほとのなくさめもなし
千五百番哥合に
二條院讚岐
あはれ〱はかなかりける契りかなたゝうたゝねの春のよのゆめ
戀哥よみ侍けるに
藤原重賴女
ちきりしもみしもむかしの夢なからうつゝかほにもぬるゝ袖かな
夏夜戀といふ心をよみ侍ける
按察使兼宗
なつむしもあくるたのみのあるものをけつかたもなき我思ひかな
題不知
權大納言家良
鹿のたつはやまのやみにともす火のあはていく夜をもえ明すらん
建保六年内裏哥合戀哥
權中納言定家
逢ふことはしのふのころもあはれなとまれなる色にみたれそめけん
從三位範宗
いかにせんねをなく虫のからころも人もとかめぬ袖のなみたを
題しらす
從三位顯兼
をのれなくこゝろからにやうつ蟬の羽にをくつゆに身をくたくらん
前關白家哥合に山家夕戀といへる心をよみ侍ける
正三位知家
はし鷹のと山のいほのゆふくれをかりにもとたに契りやはする
建保三年内裏哥合に
藤原信實朝臣
あつまちの富士のしは山しはしたにけたぬ思ひにたつけふりかな
心ならす中たえにける女につかはしける
大宮入道内大臣
こと浦のけふりのよそに年ふれと猶こりはてぬあまのもしほ木
家哥合に顯戀といへる心をよみ侍ける
後京極攝政前太政大臣
袖の波むねのけふりはたれも見よ君かうき名のたつそかなしき
題しらす
左近中將公衡
ゆふけふり野邊にも見えはつゐにわか君にかへつる命とをしれ
京極前關白家哥合に戀の心を
大納言忠敎
戀しなは君ゆへとたにしられてやむなしき空のくもとなりなん
題しらす
土御門内大臣
さためなき風にしたかふうき雲のあはれゆくゑもしらぬ戀哉
後京極攝政家哥合寄雲戀の心を人にかはりてよみ侍ける
前大僧正慈圓
こひしぬる夜はのけふりの雲とならはきみかやとにやわきてしくれん
寄木戀
正三位家隆
おもひかねなかむれは又ゆふ日さすのきはのをかのまつもうらめし
千五百番哥合に
按察使兼宗
ひとこゝろこの葉ふりしくえにしあれはなみたの河もいろかはりけり
百首哥奉りける時
大炊御門右大臣
つく〱とおつる淚のかすしらすあひ見ぬ夜半のつもりぬるかな
皇太后宮大夫俊成
いかにせんあまのさかてをうちかへし恨ても猶あかすもあるかな
待賢門院堀河
うたかひしこゝろのうらのまさしさはとはぬにつけてまつそしらるゝ
題しらす
從三位範宗
はるかなるほとは雲井の月日のみおもはぬなかにゆきめくりつゝ
戀哥あまたよみ侍けるに
藤原資季朝臣
いつはりのことのはなくはなにをかはわすらるゝ身[世イ]のかたみともみん
千五百番哥合に
宮内卿
津の國のみつとないひそ山城のとはぬつらさは身にあまるとも
源具親朝臣
のちの世をたのむたのみもありなましちきりかはらぬわかれなりせは
題しらす
藤原永光
のちの世といひてそひとにわかれましあすまてとたにしらぬ命を
津守經國
あふことの今いくとせのつき日へて猶なか〱の身をもうらみん
賀茂季保
おなし世に猶ありなからあふ叓のむかしかたりになりにけるかな
希會戀といふ心をよみ侍ける
淨意法師
せきかぬる淚のつゆの玉のをのたえぬもつらきちきり也けり
右衞門督爲家百首哥よませ侍ける戀のうた
下野
かた絲のあはすはさてやたえなまし契そ人のなかき玉のを
關白左大臣家百首哥逢不遇戀
從三位範宗
としをへてあふ叓は猶かた絲のたかこゝろよりたえはしめけん
戀十首哥よみ侍けるに[時イ]
權中納言定家
たれもこのあはれみしかき玉のをにみたれてものをおもはすも哉
百首哥よみ侍けるに逢不遇戀
後京極攝政前太政大臣
うつろひしこゝろの花に春くれて人もこすゑに秋かせそふく
建保六年内裏哥合に
前關白
目のまへに風もふきあへすうつりゆくこゝろのはなもいろは見えけり〇
中納言定頼心のうちをみせたらはと申て侍けれはよめる
よみ人しらす
あたひとのこゝろのうちをみせたらはいとゝつらさのかすやまさらん
謙德公藏人少將に侍ける時の臨時祭の舞人にて雪のいたくふり侍れは物見ける車の前にうちよりてこれはらひてと申けれは
なにゝてかうちもはらはむ君こふとなみたにそてはくちにしものを
おなし人舞人にてちかく立たる車の前を過侍けれは
本院侍從
すり衣きたるけふたにゆふたすきかけはなれてもいぬる君哉
雪のふり侍ける夜按察使更衣につかはしける
天曆御製
冬のよのゆきとつもれるおもひをはいはねと空にしりやしぬらん
御返し
更衣正妃
ふゆの夜のねさめにいまはおきて見んつもれるゆきのかすをたのまは
女につかはしける
中納言朝忠
なかれての名にこそ有けれわたり河あふせありやとたのみける哉
題不知
光孝天皇御製
山かはのはやくも今もおもへともなかれてうきは契りなりけり
夜更てつまとをたゝき侍けるにあけ侍らさりけれは朝につかはしける
法成寺入道前攝政太政大臣
夜もすからくゐな[くひなイ]よりけになく〱そ槇のとくちにたゝき佗つゝ[佗ぬる]
返し
紫式部
たゝならしとはかりたゝく水鷄[くゐな]ゆへあけてはいかにくやしからまし
題しらす
相摸
我もおもひ[ふイ]きみもしのふるあきの夜はかたみに風のをとそ身にしむ
貫之
花ならて花なるものはしかすかにあたなるひとのこゝろなりけり
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