新勅撰和歌集。撰者藤原定家。卷第十四戀歌四。原文。


新勅撰和歌集

新勅撰倭謌集。底本『廿一代集第八』是大正十四年五月十三日印刷。同十六日發行。發行所太洋社。已上奧書。又國謌大觀戰前版及江戸期印本『二十一代集』等一部參照ス。



新勅撰和謌集卷第十四

 戀哥四

  題しらす

  人麿

夕されは君きまさんとまちし夜の名殘そいまもいねかてにする

あしひきの山した風はふかねとも君かこぬ夜はかねてさむしも

  小町

こぬひとをまつとなかめて我やとのなとかこの暮かなしかるらん

たのまむ[しイ]とおもはす[んイ]とてはいかゝせん夢よりほかにあふよなけれは

  在原滋春

わすれなんとおもふこゝろのかなしきはうきもうからぬものにそありける

  よみ人しらす

さりともと思ふらんこそかなしけれあるにもあらぬ身をしらすして

  女につかはしける

  謙德公

おもへはやしたゆふひものとけつらん我をはひとのこひし物ゆへ

  題しらす

  延喜御製

しくれつゝ色まさりゆく草よりもひとのこゝろそかれにけらしな

  九條右大臣

むさしのゝ野なかをわけてつみそめし若むらさきの色はかきりか

  よみ人しらす

あつさ弓すゑ野の原にとかりする君かゆつるのたえんとおもへや

梓弓ひきみひかすみむかしよりこゝろは君によりにしものを

いせのあまのあさなゆふなにかつくてふあはひの貝のかたおもひ[イに入]して

ゆふたゝみしらつき山のさねかつら後もかならすあはんとそ思ふ

あふ坂の關はよるこそもりまされくるゝをなとて我たのむらん

  女につかはしける

  兵部卿元良親王

あさくこそひとはみるらめ關かはのたゆるこゝろはあらしとそ思ふ

  返し

  平中興女

せき河の岩まをくゝる水をあさみたえぬへくのみみゆるこゝろを

  たいしらす

  よみ人しらす

櫻あさのおふのした草つゆしあらはあかしてゆかむおやはしるとも

つゆ霜のうへともしらしむさしのゝ我はゆかりのくさ葉ならねは

いまはとてわするゝ草のほと[たねイ]をたにひとのこゝろにまかせすもかな

  人丸

玉ほこの道ゆきつかれいな筵しきてもひとを見るよしもかな

  よみ人しらす

夕され[やみイ]は道たと〱し月待てかへれわかせこそのまにも見ん

  額田王

君まつとわか戀をれはわか宿のすたれうこかしあき風そふく

  壬生忠岑

もろくともいさしら露に身をなして君かあたりの草に消えなん

  躬恒

わひぬれはいまはと物を思へともこゝろしらぬは淚なりけり

  采女まちにて右近のつかさのさうしにまかり出る人をまち侍けるに行過なから立よらさりけれは[よらす侍けれはイ]

  采女明日香

みかさ山きてもとはれぬ道のへにつらきゆくてのかけそつれなき

  后宮の御方にさふらひける時里に出侍とて九條右大臣頭少[中イ]將に侍けるにつかはしける

  右近

あひ見すはちきりしほとにおもひいてよそへつる玉を身にもはなたて

  淸愼公少將に侍ける時つかはしける

  式部卿敦慶親王家大和

戀しさのほかにこゝろのあらはこそ人のわするゝ身をもうらみめ

  忍ひて物思ひ侍けるとき

  孚子内親王

つゆしけきくさのたもとをまくらにて君まつむしのねをのみそなく

  中務

身のうへもひとのこゝろもしらぬまはことそともなく[きイ]ねをのみそなく

ありしよりみたれまさりてあまのかるものおもふ身とも君はしらしな

  題不知

  二條太皇太后宮大貮

かせふけはそらにたゝよふくもよりもうきてみたるゝわかこゝろかな

あらしかしこのよのほかをたつぬともなみたのそてにかゝるたくひは

  堀河院に艶書の哥めしける時

  周防内侍

ひとしれぬ袖そつゆけき逢ふことのかれのみまさる山のかけくさ

  返し

  大納言忠敎

おく山のしたかけくさはかれやする軒はにのみはをのれなりつゝ

  同艶書とて讀侍ける

  權中納言俊忠

みしま江のかりそめにさへまこも草ゆふてにあまる戀もするかな

  百首哥よみ侍けるに[にイニナシ]名所戀

  前關白

なみた川みなわを袖にせきかねて人のうきせに朽ちやはてなん

うしとおもふものからぬるゝそてのうらひたりみきにもなみやたつらん

  題しらす

  侍從具定母

ほしわひぬあまのかるもにしほたれて我からぬるゝ袖のうら波

  前大納言隆房

あまのかるみるをあふにてありしたに今はなきさによせぬ波哉

  後法性寺入道前關白家百首哥よみ侍けるに

  宜秋門院丹後

みるまゝにひとのこゝろは軒はにて我のみしけるわすれ[しのふイ]草かな

  俊惠法師

わするなよ忘れしとこそたのめしか我やはいひし君そちきりし

  逢不遇戀の心を

  二條院讚岐

めのまへにかはるこゝろをしら露のきえはともにとなにおもひけん

  題しらす

  入道前太政大臣

わするなよきえはともにといひ戀し[をきしイ]すゑのゝ草にむすふしら露

  鎌倉右大臣

わかこひはあはてふるのゝをさゝはらいくよまてとか霜のをくらん

  前大納言隆房

たとりつゝわくる袂にかけてけりゆきもならはぬ道芝[みちしは]のつゆ

  寂蓮法師

花すゝきほにたに戀ぬ我なかの霜をく野へとなりにけるかな

  藤原行能朝臣

なか月のしくれにぬれぬことのはもかはるならひの色そかなしき

  宮内卿

とへかしなしくるゝ袖のいろにいてゝ人のこゝろの秋になる身を

  八條院髙倉

明かたに[ふくからにイ]身にそしみける君はさは我をや秋のこからしの風

  俊惠法師

わきもこをかたまつよひのあき風は荻のうは葉をよきてふかなん

  秋戀といふ心をよみ侍ける

  入道前太政大臣

萩のうへの鴈の淚をかこつとも戀にいろこき袖やみゆらん

もみちせぬ山にもいろやあらはれんしくれにまさる戀のなみたを[にイ]

  内大臣

もろ人の袖まてそめよたつた姬よそのちしほをたくひとも見ん

  題しらす

  侍從具定母

なれ〱て秋にあふきをゝくつゆの色もうらめしねやの月かけ

  中宮但馬

月草のうつろふいろのふかけれは人のこゝろの花そしほるゝ

  藤原敎雅朝臣

おもかけは猶あり明の月くさにぬれてうつろふ袖のあさつゆ

  藤原資季朝臣

しろたへのわかころも手をかたしきてひとりやねなんいもに戀つゝ

  戀哥あまた讀侍けるに

  民部卿成範

思ひきやまたうらわかきはつ草の秋をもまたてかれん物とは

  侍從具定母

とへかしなあさち吹こすあきかせにひとりくたくるつゆの枕を

  法印幸淸

よしさらはしけりもはてねあたひとのまれなるあとの庭のよもきふ

  寂蓮法師

うらみわひおもひたえてもやみなましなにおもかけのわすれかたみそ

  俊惠法師

しなはやとあたにもいはし後の世はおも影たにもそはしと思へは

  左近中將公衡

契りしにかはる恨みもわすられてそのおもかけは猶とまる哉

  前大納言忠良

世のうさやきこえこさらむ面影はいはほのなかにをくれしもせし

  題しらす

  みあれの宣旨

おほそらにこひしきひともやとらなむなかむるをたに形見と思はん

  和泉式部

見えもせむみもせん人を朝ことにおきてはむかふかゝみともかな

ちりのゐるものとまくらはなりにけりなにのためにかうちもはらはん

  九條太政大臣中將に侍ける時たえ侍て後枕に[のイ]松かきたるを見侍て

  權中納言定賴女

こゝろにはしのふとおもふをしきたへの枕にてこそまつは見えけれ

  亭子院に奉りける

  藤原恒興女

わくらはに稀なるひとの手まくらは夢かとのみそあやまたれける

  女につかはしける

  藤原髙光

かたときもわすれやはするつらかりしこゝろのさらにたくひなけれは

  題しらす

  藤原惟成

かたしきの衣をせはみゝたれつゝ猶つゝまれぬ袖のしら玉

  和泉式部

あふことを玉のをにする身にしあれはたゆるをいか哀[かなしイ]とおもはん[ぬイ]

緒[を]ゝよはみ亂たれておつる玉とこそなみたも人のめには見ゆらめ

  よみ人しらす

あふ叓をいまはかきりとおもへとも淚はたえぬものにそありける

よしさらは戀しきことをしのひみてたへすはたへぬ命とおもはん

あつさ弓ひきつのつなるなのりそのたれうきものとしらせ初めけん

わかれてのゝちそかなしきなみた川そこもあらはになりぬと思へは

鳰[にほ]とりのおきなか川はたえぬともきみにかたらふことつきめやは[※鳰ハ水鳥名]

ゆく舟のあとなき波にましりなはたれかは水の泡とたに見ん

たちておもひゐてもそ思ふくれなゐのあかもたれひきいにし姿を

くれ竹のしけくもゝのをおもふかなひと夜へたつるふしのつらさに








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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